『春を待つ谷間で』(創元推理文庫/直良和美訳)
S・J・ローザンの最新刊といっても、去年の8月に出たやつだけど、読みました。
このシリーズは、リディア・チンという中国娘の探偵と、ビル・スミスというアイルランド系アメリカ人の探偵が交代で語り手となり、主役を務めるという面白い構成のシリーズ。
つまり、最初に出た第一作の『チャイナタウン』ではリディア・チンが語り手となり、二作目の『ピアノソナタ』では、ビル・スミスが語り手となるといった感じ。
そして、語り手が変わるということは、もちろん、雰囲気も語られる視点もがらりと変わるわけで、同じように、リディアとビルが登場し、背景となる人物も共通するけれども、まるで違った感じの小説になっています。
で、わたしは、最愛の娘を交通事故で失い、妻とも離婚するという過去の痛みをもち、ピアノを弾くことに心の癒しを見出しているビルのほうが好きかもしれない。
水を打ったような魂の静けさが底流にあり、緊張感が違うような気がします。
まあ、ピアノっていうのは、人の気持ちをひきつけるのにもってこいの小道具だけど。
「…冷たく滑らかな鍵盤に指を走らせて、一連の音階を鳴らし、深呼吸をして心を静めてから、モーツァルトの変ロ短調アダージョを弾く」
「わたしは座席を目一杯下げ、長々と脚を伸ばした。CDプレーヤーのスイッチを入れ、練習中のモーツァルト、ウチダの弾くアダージョをかける…」ですって。
ミュージシャンが昔から女にもてるのは、美しい音楽、ロックみたいに爆発するようなものでも、自分でやらないなら、人にやってもらうしかない。人から喜びを提供してもらうしかない。それで、やってくれる人がステキに見えちゃうのだと思う。
このビル・スミスって、けっこうごつい男性のようだけど、でも、こういう描写とか読むと、ついステキに思える。
なんにしても、男の心情が超低音のリズムを刻むようなハードボイルド。ぐっと引き込まれる、いい小説です。
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サラ
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