サラ☆の物語な毎日とハル文庫

村上春樹の秋の夜のラジオは、しっとりしたジャズが心に沁みる癒しの時間だった

おはようございます!!

ちょっとゲリラ的に…、日曜に放送された村上RADIOの「秋のジャズ大吟醸」

ヤフーニュースで村上春樹の語りを詳報してくれているので、こっそりコピペ。

近々、どうせTOKYO FMのホームページで公開されますけど。

 

<オープニングテーマ> Donald Fagen with Jeff Young & the Youngsters「Madison Time」

こんばんは、村上春樹です。

村上RADIO、今日は「秋のジャズ大吟醸」と銘打って、秋の夜長にしっとりと味わえるジャズをお届けします。

というわけで、今夜かけるのは全曲アナログ・レコードになります。

うちにある古いレコードなので、途中で少しぶつぶつ入るかもしれませんが、秋の夜長、お酒のグラスでも傾けながら、骨太なジャズのサウンドを気楽に楽しんでください。

いや、べつに無理して飲む必要はありませんけど……。     

* うちにあるレコードは、だいたい7割がジャズ、2割がクラシック、1割がロック、ポピュラー音楽という感じになっています。

CDに関しては、かなり事情は変わってきますが、アナログに関しては、そういう比率になります。

その7割のなかから、僕が昔から愛好している曲と演奏を厳選しました。

古い時代のものが中心になりますが、気に入っていただけると嬉しいです。

 

◆Sir Charles Thompson+Coleman Hawkins「It's a Talk Of The Town」

最初はサー・チャールズ・トンプソンというピアニスト。

1940年から1950年代に活躍したピアニストで、なかなか趣味の良い黒人ピアニストです。

この人は、チャーリー・パーカーやマイルズ・デイヴィスとも共演しましたが、本来もっと古い時代の音楽をやっていた「中間派」と呼ばれるミュージシャンで、バップ以前の音楽が肌にあっていたみたいです。

スウィング時代に活躍したミュージシャンが、ビバップのあとで、ちょっと古いスタイルの演奏をするのを「中間派」と呼んでいました。

コールマン・ホーキンズなんかはそういうタイプのミュージシャン。

つまり50年代、60年代というのは、ビバップとかハードバップになっているんだけど、その時代にあっても、古いスタイルのジャズでやっていた人ということですね。

このへんの時代の音楽は今では聴く人が少ないみたいです。

残念ですけど。

テナーサックスの巨匠コールマン・ホーキンズと共演した素敵なバラード、“It's The Talk Of The Town”「街の噂」を聴いてください。

でも「街の噂」になると嫌ですね、最近はSNSとかあるから(笑)。

* このレコードは昔からの僕の愛聴盤で、水道橋のジャズ喫茶でアルバイトをしていたころ、よくこれを聴いてました。

サー・チャールズ・トンプソンという人は、日本が好きで、日本の女性と結婚して、晩年は日本に住んでいたんです。

日本でよく演奏をしていて、長生きして、最近亡くなったんですよね。

 

◆Stan Getz「Bronx Blues」

次は僕の大好きなスタン・ゲッツです。

去年僕は、スタン・ゲッツの伝記を翻訳して出版しました。

翻訳はけっこう大変でした。

今日かけるのは、スタン・ゲッツがオスカー・ピーターソンのトリオをバックに、自作のブルーズ曲を演奏したものです。

スタン・ゲッツは、自分で曲をつくって演奏するということはあんまりないんです。

だいたいありものの曲をとてもうまく演奏するというのが持ち味の人なんだけど、これは珍しく自作のブルーズを演奏しています。

タイトルは「ブロンクス・ブルーズ」。彼はニューヨーク市のブロンクス地区で生まれて、貧しい家庭で少年時代を送りました。

音楽が少年時代の彼にとってほとんど唯一の喜びだったんです。

僕の訳した本のなかに、このセッションについて回想している一節がありますので紹介します。

「ここには素晴らしい雰囲気が満ちている。

ぼくがこれまでおこなった中では、いちばん楽しめる録音だったね。

一流のプロと演奏するのは、実に心地の良いものだ。

ドラムは入っていないが、そんなものは不要だった。

ぜんぜん気にならなかった」

昔なじみのミュージシャンが集まって、気軽にジャムっているような、温かい雰囲気の気楽なセッションだったんですね。

ブルーズというのは、ミュージシャンがみんなで集まって、適当にセッションをやっているうちにメロディができちゃったみたいなことが多いから、そういうものかもしれない。

メンバーはピアノがオスカー・ピーターソン、ベースのレイ・ブラウン、ギターのハーブ・エリス。

このブルーズで、最初にスタン・ゲッツがすごくリラックスした、いいソロを吹くんですよ。

それからオスカー・ピーターソンのソロが入って、次にベースのレイ・ブラウン。

このベースソロがめちゃめちゃかっこいい。

派手なことはやってないんだけど、レイ・ブラウンのベースが沁みるんですよね。

なかなかこんな演奏はできないです。

「おお」と、うなりたくなるようなソロで、スタン・ゲッツはそれを聴いて燃えるんですね。

そのあとのゲッツのソロときたら、もう絶妙の一言です。

ジャズって、「どう燃えるか」、お互いをインスパイアして高めていく過程がいちばん面白いところなんです。

 

◆Pepper Adams「Star-Crossed Lovers」

次は「スター・クロスト・ラヴァーズ」。デューク・エリントンとビリー・ストレイホーンがつくった、とても美しいバラード曲です。

それほどポピュラーではないし、演奏している人もあまり多くないみたいですが、このペッパー・アダムズのグループの演奏はほんとに素晴らしくて、僕はずっと愛聴していました。

“Star Crossed Lovers”というのは、「不運に見舞われた恋人たち」いう意味で、戯曲「ロミオとジュリエット」のためにシェイクスピアがこしらえた言葉です。

デューク・エリントンはシェイクスピアに捧げる意味で、この曲をつくりました。

だからロミオとジュリエットをイメージしてもらうといいですね。

僕はこの曲を「国境の南、太陽の西」という小説のなかで、けっこう大事な役割を持たせて使いました。

もう20年以上読み返していないので、ひょっとして間違っていたらすみません。

でもたぶん間違いないと思います。

演奏メンバーはペッパー・アダムズのバリトンサックス、ズート・シムズのテナーサックス、トミー・フラナガンのピアノ、ロン・カーターのベース、エルヴィン・ジョーンズのドラムズ。

1968年の録音です。

超素晴らしいメンバーです。

何度も何度も聴いたレコードだから、チリチリと音が入ってますけど。

 

◆Grant Green「Red River Valley」

サックスの演奏が多かったので、ここで箸休めみたいな感じでギターものをかけます。

グラント・グリーンのカルテットが演奏する「レッド・リバー・バレー」。

ハービー・ハンコックのピアノが素晴らしいです。

グラント・グリーンもいいけど、ハンコックのピアノがとても素敵です。

ベースがレジー・ワークマン、ドラムズがビリー・ヒギンズという豪華なリズムセクションをバックに、肩肘張らないリラックスした演奏になっています。

僕はこの『Goin’ West』というブルーノートのアルバムが昔から気に入っていて、愛聴していました。

* 僕はこのレコードに思い出があって……。

あるとき、友達から「ジャズを聴きたいと思うんだけど、何か良いレコードを推薦してくれないかな。ギターが好きなんだけど」と言われたので、それで僕はこのレコードを買ってきて、プレゼントしたんです。

そうしてしばらくたったら“街の噂”で、「春樹は自分がいらなくなったようなつまらないレコードを押しつけてきた」と彼が言っていたという話を、まわりまわって耳にしまして、けっこう傷つきました。

僕はこの音楽が好きで、わざわざレコード屋さんに行って買ってきたんだけどね。

それ以来、本やレコードを人に薦めることを遠慮するようになりました。

人それぞれ好みってありますからね。

当時のジャズ喫茶は、難しい顔してジャズを聴くというイメージがあったから、軽くみられたかもしれない。

軽いから悪いってわけじゃないのにね。

この演奏でグラント・グリーンはシングルトーンのギターを弾いているんだけど、グラント・グリーンの最後のフレーズを受けて始まるハービー・ハンコックのピアノソロ、これがカッコいい。

ハンコックはこの頃、マイルズ・デイヴィスのグループでギンギンのジャズをやっていたんだけど、ここにきて今日は気持ちよく楽しくジャズをやろうかという感じで軽快に演奏しています。

 

◆Ben Webster「That's All」

今日はなぜかサキソフォンの演奏が多いです。

秋の夜には、サキソフォンの音色がなぜか似合います。

次は、僕が大好きなテナーサックス奏者のベン・ウェブスターです。

デューク・エリントンの楽団に入っていて有名になった人だけど、さきほどのコールマン・ホーキンズと同じくスウィング時代に活躍したスターでした。

スタイルを超えて、長い間、ジャズ・ファンにそのジャズ・スピリットを愛されてきました。

とくに彼のバラ―ド演奏は絶品です。 なかでも僕がいちばん好きなのは、この「That's All」です。

これ、ほんとに泣かせます。

リズムセクションは、オスカー・ピーターソンのカルテットで、このテナーサックスのプレイととてもよく馴染んでいて、素晴らしいです。

 

◆Lucky Thompson「When Sunny Is Blue」

次はソプラノ・サックスです。ラッキー・トンプソンの演奏する「When Sunny Is Blue」、「サニーがブルーになるとき」。

もともとはテナーサックスの奏者で、たぶんジョン・コルトレーンの影響だと思うんだけど、60年代に入って、ソプラノ・サックスをよく演奏するようになりました。

バックをつとめるのはスペインの盲目のピアニスト、テテ・モントリューのトリオ。

スペインのレコード会社のためにバルセロナで吹き込んだ曲です。

トンプソンはどちらかといえば古いタイプのテナーサックス奏者ですが、60年代に入って、ソプラノ・サックスを積極的に演奏するようになってからは、はっとするような新鮮な演奏スタイルになって、独特なポジションを獲得していきました。

とても個人的な演奏家ですね。

一般的な人気はそんなにないけど、こっそり愛好するジャズ・ファンは多いかもしれません。

* これは僕が店をやっていたときに、よくかけていたレコードで、好きなんです。

ここに店の名前「ピーターキャット」のスタンプが押してありますね。

レコードってけっこう持つものでしょう?

50年近く前のレコードなのにちゃんと聴ける。

 

◆The Ray Brown Trio 「Take the 'A' Train」

次は、さっきスタン・ゲッツのところで話に出てきましたが、ここでもう一度あらためてベースのレイ・ブラウンをかけます。

僕のいちばん好きなジャズ・ベーシストです。

今日は、彼がリーダーになったトリオで聴きます。

1960年代後半にオスカー・ピーターソン・トリオのメンバーとして来日したときに、ナマで聴いたことがあります。

ウエスト・サイド・ストーリー」のなかの「サムホエア」という曲を弓で弾いたんですが、それが本当に素晴らしかったことを覚えています。

神戸で聴きました。

この人、派手なテクニックをひけらかしたりしないんだけど、でもさりげないちょっとしたフレーズで人を深くうならせます。

たぶん、そういう人柄なんですね。

曲はデューク・エリントンの「A列車で行こう」。

ピアノはザ・スリー・サウンズのジーン・ハリス、ブルーなサウンドでレイ・ブラウンとぴったり息が合っています。

ドラムズはジェフ・ハミルトン。

そっくりそのままおいしい丸かじりのジャズです。

かなり新しい録音ですが、このLPはなにしろ音がいい。

本当は大口径のスピーカーでがつんと聴いてもらいたいんですが……。

最近のベーシストはギターを弾くみたいにベースを弾くんだけど、この人はゆっくりツボを押さえながら派手なこと抜きでベースを弾く。

本当にSOUL(ソウル)があって、味がある。

この曲はウォーキングベース、ちょうど歩くスピードで演奏されています。

レイ・ブラウンのウォーキングは自然で本当に素晴らしい。

ソロを取る人は、裏でレイ・ブラウンがベースを弾いていると、すごく演奏しやすそうですよね。

さっきのスタン・ゲッツとのセッションみたいにインスパイアしてくれる。

 

<クロージング曲> Antonio Carlos Jobim「Insensatez」

今日のクロージング音楽はアントニオ・カルロス・ジョビンの演奏する「Insensatez」。

英語で“How Insensitive”「私はなんて無考えだったんだろう。あなたの愛の告白を、素っ気なく聞き流してしまうなんて……」、ショパンの「前奏曲」が元歌ですが、実に美しいアレンジメントで、素敵なボサノヴァ曲になっています。

秋の宵、目を閉じて聴きたくなります。

*  *  * さて、今日の最後の言葉は、この曲の作曲者、アントニオ・カルロス・ジョビンさんの言葉です。

「僕ら、ブラジル人のつくる音楽はどうして美しいのだろう? その理由はひとつ、幸福よりは哀しみのほうが美しいものだからだ」

ジョビンさんがそう言うのは、彼の育ったブラジルという国が、政治的に決して幸福とは言えない道を歩んできたからです。

1960年代半ば、ブラジルのアーティストたちは時の軍事政権から言論弾圧を受けて、彼も半ば亡命のような形で長いあいだ祖国を離れなくてはなりませんでした。

ソフトで洗練された彼の音楽のなかにも、耳を澄ませば、哀しみや郷愁の響きが色濃く聴き取れます。

ボサノヴァって、ただのお気楽なカフェ音楽じゃありません。

音楽家やスポーツ選手は政治なんかに首を突っ込まずに、自分の仕事をしっかりしていればいいんだ、という主張をときどき耳にしますが、自分の仕事が万全にできる環境をこしらえるために、またそれを護るために、仕事以外の場所で声を上げなくてはならない場合だってあるはずです。

*  *  * 「秋のジャズ大吟醸」楽しんでいただけましたでしょうか。

ジャズに限らず、音楽って、じっくり聴き込めば聴き込むほど、じわじわと見えてくる何かがあります。

そしてそういう何かは、人の心を間違いなく豊かにしてくれます。それでは。     

(TOKYO FMの特別番組「村上RADIO」10月25日(日)放送より)

 

いかがですか。

まだRadikoの放送に間に合います。

聴取可能期限:2020年10月27日 13:33まで!

radiko

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