『秘密の花園』の冒頭部分…
「メアリー・レノックスが伯父さんと一緒に暮らすためにミッセルスウェイトのお屋敷につれてこられたときには、だれも彼女のことを、こんな感じの悪い子どもは今まで見たことがないといったが、まったくそのとおりだった。
彼女の顔は小さくて細く、からだも小柄でやせていて、髪の毛も少なくて色がうすく、いじわるそうな顔つきをしていた」
メアリは、子どもが欲しくなかった母親にも、仕事が忙しく病気ばかりしていた父親にもかまわれず、インド人の乳母にまかせっきりにして育てられた子どもでした。
インド人の乳母は身分の低い召使なので、イギリス人の乳母のようにしつけをするわけでもありません。
したがって、メアリが6つになったころには、怖いものなしのわがままいっぱいな、いうことをきかない子どもになってしまっていました。
メアリが後で述懐するところによると、このインド人の乳母ですら、メアリのことを嫌っていたようです。
メアリはインド人の召使に対して、「豚、豚、豚の娘」とののしったり、ぶったり蹴ったりする手のつけられない子でした。
文字を覚えるために雇われた歴代のイギリス人家庭教師たちは、メアリがいやでたまらず、3カ月もたたないうたに辞めてしまう…
まったく、こんなひどい子はいない!
それでも読者が本を閉じてしまわないのは、物語の展開が速いことと、メアリが実際は両親の愛も誰の愛も受けなかった、可哀想な子どもだと知らされているからでしょう。
物語が動きはじめるのは、メアリが9歳のある朝のこと。
そのころインドに蔓延したコレラに罹って、乳母が死に、父母も死んでしまいました。
インド人の召使たちは、おびえきって逃げてしまい、メアリだけが子ども部屋に取り残されてしまいます。文章から察するに、たぶん1日から2日の間。
そのことを、メアリは知らされていません。
まったくのひとりぼっち。
敷物の上を一匹の小さな蛇がするするとすべるようにはっていきながら、宝石のような目で、メアリをじっと見守っている静止した瞬間。
その蛇もドアの下にするりとすべりこんでしまいました。
「なんて静かで変てこなんだろう!
まるでこのバンガローにはあたしとあの蛇のほかにはだれもいないみたいだわ」
…そのとおりだったのです。
しかし、次の瞬間、どたどたと人の足音がして、男の人たちが家に入ってきてメアリを見つけます。
そして、こういうのです。
「やあ、これが、だれも見かけたことがなかった例の子どもだよ!
この子はすっかり忘れられていたんだ!」
こんなふうにして、物語の始まりで、メアリ・レノックスがいかに愛されない子どもだったかを語ると同時に、なぜひとりぼっちになってしまったのかが、ドラマチックに、要領よく語られます。
でも、なんという主人公なんだろう。
こんなひどい主人公は見たことがありません。
それでも物語に引き込まれていくのは、文章のたくみさ、物語を語り進めていく「運び」のたくみさのせい。
「次はどうなるんだろう」と強く思うので、本を置く気にならないのです。
つまり、好奇心をすっかり刺激されてしまうわけです。
しかし、とまたサラは考えてしまいます。
同じバーネットの作品、『小公女』や「小公子』の主人公たちの、非の打ち所のない人となりと比べ、なぜこうも性格の悪い子を主人公にしたのだろう。
「どうして?」と首をかしげたくなります。
もちろん、日本語に訳されたバーネットの作品しか読む機会がないのだけれども、この『秘密の花園』は、バーネットにしては、一風変わった作品なのではないでしょうか。
なぜ、『秘密の花園』はほかの作品とこうも違うのでしよう?
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