声欄とえくれあと眼鏡とへそのごまと…

大人と社会について、自らの考え思いで腐していきます。社会への抵抗ではなく挑戦。

誰かが死ぬだけの物語

2009-01-30 06:21:53 | 読んで欲しい度☆☆☆
もうやめませんか。
これから死んでいく人のドキュメント。
確かに悲しい。
人が亡くなっているから。
それは事実。
でも全然面白くない。
笑われへん。

何故か。
おそらく、それを見た100人中100人が悲しいと思うから。
それ以上でもそれ以下でもない。
もちろんそれぞれに物語があるわけだが、それは『やがてくるしかし確実にくる死』を盛り上げるための演出にしか見えない。
曲がった見方だろうか。

しかし考えて欲しい。
一年に何人もの人を看取る医者や看護師は、人が死んでもいちいち悲しんまない。
それは悲しんでいる時間がない事もあるが、人が死ぬという事が日常になっているのだ。

死を扱う職業ではない我々にとって、死を日常にする必要はない。
非日常でなければならないものだ。

生きていく上で、誰にとっても死というものは避けられない。
それは身近な人のものと自分のものだ。
確実に自分にもそういう時が来るのにわざわざ他人の死を見たいとは思わない。
ただ悲しいだけの。


それなら漫才を見る。
そこには磨き上げられた機知に富んだものがある。 -->

反面教師

2009-01-29 06:07:06 | 読んで欲しい度☆☆☆
子供の頃、父親から休日の伸びた髭で頬をスリスリされた。
子供心にそれがとても嫌だった。
何より髭がチクチクした。
しかし髭が伸びる年頃になった今、もし子供が出来たら私も同じ事をしてしまうだろう。
なぜだろう。
おそらく私の頭の中で“愛しい子供に対する愛情表現”=“頬をスリスリ”になっているのである。
それ以外の父親からの具体的な愛情表現を知らない。
実際、幼心に嫌がりながらも父親からの愛情は感じ取る事は出来たら。
つまりそれは私にとって“母親が頭を撫でてくれる”のと同じ役目だったのだ。


こう考えて、すっかり社会問題になってしまったDV(ドメスティック・バイオレンス=家庭内暴力)の要因がわかった様な気がした。
事実過去にDVを受けた経験のある人が自分の子供にしてしまうケースが大半なのだ。
彼らにはそれ以外の具体的な愛情表現がわからないのだろう。
しかしここで、自分が受けた傷の大きさを思い起こさなければならない。
子供の頃には、嫌だったという記憶だ。
負の連鎖を、自分の傷を反面教師として、断ち切らなければならない。


もちろんこれはDVに限った事ではない。

霊の存在

2009-01-28 06:58:56 | 読んで欲しい度☆☆☆
霊の存在については、否定的な立場を取っている。

まず見たことがない。
認識出来ないものを信じるのはムリがある。
霊は実際に危害を加える事がない。
霊よりも生身の人間の方が怖い。

またあれは“何か説明の出来ない現象が起こった時の最も簡単な落とし所”だからだ。
不確かな存在だからこそ何でもこじつける事が出来る。
『あなたの後ろに幽霊が憑いています。』と言われた所で…。
『はぁそうですか。』と言うしかない。
『だから今に悪い事が起こる。お祓いに3万円。』となれば、もうお笑いである。
根拠がないからだ。

また、何も考えていない頭の悪い不良や学生達が悪ふざけをする要因となる。
所謂肝だめしだ。
例えば墓場。
墓場は悪ふざけの場所ではなく、死者を尊ぶ場所だ。
悲惨な事件や事故現場が、標的になる事もある。
それは、不運にも命を落とした人たちを茶化す事になる。
本当に脳ミソが足りないのだろう。

しかし人間の想像を超える様な現象は確かにある。
夢枕に立つと言われる事だ。
遠く離れている親しかった人物や可愛がっていたペットが、急に夢に出てくる。
後々聞けば、その時間の前後に彼らが亡くなっていたというものだ。
これは霊ではなく、お互いの意識の中のものだろう。
しかし、証明は出来ない。


そもそも本当にこの世に自分たちが存在しているかどうかも証明する事が難しい。
いっそのこと、誰も彼も全てが霊である事にすれば全て解決するが。

待ち合わせ

2009-01-27 04:10:52 | 読んで欲しい度☆☆☆
普段やり慣れていない事をした場合、それが及ぼす結果によってその印象は2つに分かれる。
その行為によって
→好ましい結果が出た場合、『やってよかった』
→好ましくない結果が出た場合、『やらなきゃよかった』
と思う。
当たり前に抱く感情だが、人間ってほんとに身勝手だね。

久しぶりに待ち合わせをした。
結果から言うと『やらなきゃよかった』と思った。
待ち合わせるという行為は、お互いの信頼関係の上に成り立っている。
というよりそれが全てだ。
お互いが各々の場所からひとつの場所に同じ時間に会う事を約束する。
お互いがそれまでどこで何をしているか関係なく、同じ場所同じ時間に会う。
だから相手がそこにその時間に来る事を信じるしかない。
また相手との関係性によって、随分と違いが出てくる。
目上の人を待たせる訳にはいかないが、気の置けない仲間なら許される。
異性との待ち合わせが最もビミョーだろう。
そこに人間性が色濃く出る。


そして私は待ち合わせの約束を忘れられた。
待ち合わせなんてしなきゃよかった。

村上龍『インザ・ミソスープ』

2009-01-25 12:05:34 | 読んで欲しい度☆☆
この本は暴力だった。
いや暴力は何も伝えないが、村上龍は確かに何かを伝えようとしている。
だから、暴力的な本だったと書くべきか。

しかしどちらも的確ではない。
やけにリアリティーを持った恐ろしさがある。
想像力がそうさせるのだ。
例えばそれは、見知らぬ生身の人間が自分の家のベランダに立ってこっちを見ているのを想像するのに似ている。
幽霊がベランダに立ってこっちを見ているのを想像するのとは恐さが異質だ。
前者は現実に起こり得る可能性を孕んでいるために、その後の出来事までも強制的に想像させる。
そういう本だった。

間違いなく子供には、読ませたくない本だ。
子供は、想像力と現実また理性と好奇心の均衡が保たれていない。
高校生でもどうかと悩むところだ。
『めちゃイケ』?『クレヨンしんちゃん』?、この本に比べるとまるで無害だ。

また、今までの考えがクリアになった恐ろしさもある。
新聞やテレビで〇人(人数)が死亡というニュースを聞く事があるが、そこにはリアリティーがまるでない。
しかし実際には、当事者であるその〇人の人には、各々に数人の家族がいて数十人の友達があって数百人の知り合いがいるのだ。
そのリアリティーのなさと現実に起こっている事のギャップをはっきりと認識させられた。

とにかく想像する事を脅迫する。
この本はアダルトビデオと犯罪の関係と同じく、単純に善か悪かという風には論じる事が出来ない。
だからこそ、子供には見せたくはない。


ただこの本を読み終わった時、寝不足のためだけではなく、頭が冴えていた。
なぜか自分の部屋がいつもより明るく見えた。

偉いと賢い

2009-01-24 05:28:10 | 読んで欲しい度☆☆
偉いと賢いは全く質の違う言葉だ。

例えば東大卒と中卒を比べた場合、賢いのは東大卒。
しかし東大卒のニートと中卒で毎日全うに働いている人を比べた場合、後者の方が偉い。

偉いは尊敬されるべき人物に使う。
賢いは計算能力に優れていたり、思慮深い人物に使う。
つまり、偉いは立場であり賢いは能力なのだ。
この場合の立場とは地位と無関係である。


偉いのがいいのか賢いのが良いのか、それともどちらも良くないのか。

短絡的

2009-01-23 05:56:12 | 読んで欲しい度☆☆☆
社会の風潮として、物事の結論付けが短絡的過ぎないか。

例えば朝バナナダイエット。ダイエットのために毎朝バナナを食べる。
しかしそもそも偏食は体に良くない。そんな事は小学校で習うことだ。
例えばゲームが悪影響を及ぼすのではないかと言われれば、ゲームを排除しようとする。
ゲームでなければ、やれ漫画だ。やれ携帯だと。

社会や人間の成り立ちは、そんなに簡単なものですか。
違うやろ。
もっともっと複雑なもので、問題は奥の方にあるんやろ。

実はみんながこれくらいらの事には気付いているのに、問題を複雑にしたくないから、表面の分かりやすいところで結論付ける事で終わらせようとしていないか。
朝バナナダイエットでは、本当は元から体質を改善しなければいけない事を知っているのだ。それを紛らわすために、自分を誤魔化すために朝バナナで納得しているのだ。


この現象の起因は社会と人間がすっかり疲弊してしまっているからではないか。
つまり他の事にいっぱいで物事を追求する余力がなくなっているのだ。
そんな社会の姿勢では腐っていくだけです。

クレジットカード

2009-01-22 05:43:29 | 読んで欲しい度☆☆
今や現金を持ち歩かなくても、大抵の物が買える時代となった。
クレジットカードや電子マネーが発達したおかげだ。
将来的には全てのお店でこれらを導入する様になるのだろう。
しかし、クレジットカードを持ちたいと思わない。

あれは、借金だと思っている。
売買は物の対価としてお金を引き渡す。
この行為は絶対に同時でなければ成り立たない。
クレジットカードは、その場にはないお金で物を買い、後から支払う。
支払い時期にズレが生じているため借金と同じ論理なのだ。

手元にないお金で物を買う行為が好きではないのだ。
ローンも同じだ。
だから家を買うとしても、それだけのお金が手に入ってから買いたい。

ちなみに居酒屋や飲食店などのお店では現金払いが喜ばれる。
それはクレジットカードを使えばカード会社を通すため、お店への入金が遅くなると共に、仲介料もいくらか取られる。


そもそもお金を持ち歩かなくてイイというのは、消費者にとって利点なのだろうか。
大した利点はない様に思うが。

根をはる期間

2009-01-21 12:45:10 | 読んで欲しい度☆☆☆
目に見えて成果が表れないときは、根をはる期間だと自分に言い聞かせて、次の機会まで待つしかない。
とにかく、自分をうまくコントロールする事が大切だ。
大きな枝葉を広げた木にはそれに見合う程の根を地下にもはっている事は事実である。
人間も色んな方面に根をはっておき、日が当たった時の蓄えとする。

たとえ迷っていても、自分の胸に手を当てれば、自ずからどういう方面に根をはれば良いのか分かるはずである。
根をはっていても、ずっと光は当たらないままかも知れない。
ただ、根をはっていなければ葉はつかない事は確かである。

村上龍『五分後の世界』

2009-01-20 08:30:03 | 読んで欲しい度☆☆
村上龍の五分後の世界という本を読み終えた。
もともとパラレルワールド、タイムトラベルを素材として扱っているから読みたかった本である。
あくまでも個人的なまた記録的な感想として書くと、
無駄な物を削ぎ落とした世界を描く事で、今私たちが生きている世界の矛盾や煩わしさを浮き彫りにしようとする。
その根底には生きる事への疑問がある作品かな。
なんか的を射ている様な射ていない様な評論だ。
半分は表していると思う。
もう半分は村上龍の趣味というか何というか。

それとは別に何点か重要な言葉が散りばめられていた。
咀嚼し要約すると、まず『モーツァルトの作品は完璧だから、新しく作る必要なんかないが、それでは進まない。全ては組み合わせの上に成り立っている。』という点。
そして、ほとんどすべての人生相談の答えを聞いたようと書かれているが『最も大切な事がある。絶対に悪い想像をしてはいけない、最悪の状況をイメージしてはいけない。大丈夫だと自分に暗示をかけるんだ。』という点。
何処かに書いておかないと忘れてしまいそうなのでここに記録した。
こうやって何かを蓄積出来る。
いやーやっぱり本って良い