6月の最後の日は、渋谷Bunkamuraの<デュフィ展>に行って来た。
ラウル・デュフィは「色彩の魔術師」と称される19世紀末から20世紀半ばにかけて活躍した画家だ。
展覧会というと重厚な油絵を見る機会が多かったので、デュフィのさらりとした軽妙さには肩すかしをくらったが、
その肩すかしが妙に心地よい...そんな感じだった。レガッタ、競馬、音楽、花、ホテルの窓からの風景など、趣味や
娯楽的なテーマが多く、ゴッホやゴーギャンやモディリアーニのように狂おしいまでに命を燃やして描いた画家たちとは
全く違う世界なのも興味深かった。
自ら耳を切り落としたゴッホ(1853-1890)は狂気の天才画家・炎の画家と呼ばれた。
ゴーギャン(1848-1903)は妻子を捨てタヒチ島に渡ったが、その人生は苦悩に満ちていた。
モディリアーニ(1884-1920)は貧困と病の中で世を去った。映画<モンパルナスの灯>で、銀幕の貴公子
ジェラール・フィリップがモディリアーニを演じていたが、やつれ果てた姿で絵を売り歩くシーンが忘れられない。
それに比べるとデュフィ(1877-1953)は早くから有名デザイナーや豪商たちに認められ、パリの万国博覧会では
電気館の壁画<電気の精>も描いている。明るく軽やかな作風は人生の重みや苦悩を感じさせない。
絵と画家の人生を重ね合わせて見ることの多い私には少し物足りなくもあったけれど、会場を出た時の爽やかでホッと気分は
何だったのだろう。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆
この6月は大正琴コンサートのギター伴奏に始まって、ギター重奏フェスティバル初参加に終わった。
大正琴の伴奏は思いのほか上手く弾けて、打ち上げのお酒はとても美味しく、心から寛いだ。
一方、重奏の自分の演奏は、そんなに難しいパートではなかったにもかかわらず練習の成果が出なかった。朝から緊張して
食事もそこそこだったから打ち上げでは豪快に飲んだり食べたりしたけれど、心の片隅でふてくされていた。
上手く弾けてなんぼ、なんだよね...とつくづく思った。練習でいくらちゃんと弾けても本番で上手く行かなかったらアウト。
ま、しかたない。良き重奏の友ができたことに感謝。今年はあと何回もチャレンジできる。
いろいろなことがあった6月が終わった。7月は大きな行事が無い。
昨日は久しぶりにスペイン語のメンバーと、ゆっくり時を過ごした。日本とメキシコの関わりについての話題が楽しかった。
400年前の支倉常長メキシコ訪問。100年前、メキシコ革命の際に暗躍した天皇の密使。青春時代の旅...。
7月は落ち着いて本を読んだり映画を見たりしよう。○○が迫っているからギター練習しなくちゃ、じゃなくて、気が向いたとき
肩の力を抜いて弾きたい。
デュフィの絵のように、軽やかに明るく過ごせたらいい。