昨日☆今日☆明日~金曜日のピュ

私の毎日と心に浮かんだこと

練馬は今日も練馬

2013-10-28 01:22:18 | 昨日~思い出
東京都練馬区練馬1丁目で暮らした10年余りは、我が人生の中で最も貧乏でカッコ悪い時代だったのだけれど、
どんな時代だったにせよ多感な少女期を過ごした土地というのは忘れ難く愛しい。
父と母は懸命に生きていた。私は友達に恵まれていた。みじめな思いをしなかったといえば嘘になるかもしれないが、
この年齢になれば全て懐かしい。
人生の駆け出しのあの日々は、友情も初恋も受験も音楽への憧れもギターも家族の思い出も、練馬という土地に丸ごと
ふんわり包みこまれている。

昨日は、その練馬でギターを弾いた。
少女の頃、鐘淵紡績練馬工場だった広大な敷地は、今や立派な文化センターと開放的な公園に変貌している。
その文化センターの小ホールで<ギター合奏フェスティバル>が開かれたのだ。

あの頃、工場の敷地は高い塀に囲まれていて中をうかがい知ることは出来なかった。その塀の内側で数十年後の私が
ギターを弾くことになるなんて、少女の私には想像も出来なかった。
でも、私にはあなたが見えるよ。読書が大好きで、水森亜土のシールを集めていたおデブな女の子、詩も書いていたね。
通りの楽器屋さんのショーウインドウのギターを憧れの眼差しで見つめていた。お小遣いをためてギターを買い、教則本と
にらめっこしながら弾きはじめたね。あれがはじめの一歩。

合奏フェスティバルで、私の所属している合奏団はトリを飾った。飾ったかな...、つなぎ目でしくじった。エクセレントな
メンバー揃いなのに、こんなこともある。最も非力なメンバーの私は、無我夢中で、でも心をこめて弾いた。悔いはあっても
引きずってはいない。また頑張ればいい。次はさらに洗練された演奏を目指す。ここに入って良かった。

演奏を終えてロビーに行くと、中学校時代の親友が待っていてくれた。会うのは3年ぶり。
自転車を押す彼女の隣を歩く。中学生の頃と同じだ。学区域のはずれに住んでいたからだろうか、彼女だけは自転車通学を
許されていた。私たちはいつも、自転車と一緒に歩いていた。

「<アンデス>に行く?」…あれは大学生になってからだったか、通りの喫茶店<アンデス>で長々とお喋りをしたっけ。
まるで昨日のことのように覚えている。彼女の笑顔も隣で新聞を読んでいたオジサンのことも。
残念ながら懐かしい<アンデス>は日曜定休だったので、ありきたりの珈琲館に入り3時間、喋り続けた。

「人生ってあっという間だね。」彼女が言った。
ホントに、あっという間だ。私たちはセーラー服を着ていた。リボンは青色。彼女の憧れのヒトは一学年上のイケメン。
私の憧れのヒトは音楽隊で指揮棒を振っていた。
ついこの間のことのようだけれど、もう決して手が届かない。その寂しさを埋めるのは、友達と思い出。

そして、練馬は今日も練馬。変わってしまっても練馬は練馬だ。私の町。

月は幾つだ、1Q84

2013-10-22 13:42:52 | 

最近Youtubeでヤナーチェックの「シンフォニエッタ」を探して聴き入っている...、と書けば
分かる人にはすぐ分かる。「ははん、村上春樹の<1Q84>を読んでいるんだな。」

初めて聴いた曲だった。何ていうか、普通ではない奇妙な道を歩いているような曲。
方向音痴な私が時おり感じる、違う世界に紛れ込んで行く感覚がある。
見慣れたはずの風景が不意によそよそしくなって足がすくんでしまったり、自分の位置が分かったとたん
周囲が急に生き生きしてきたり...この感じ、方向音痴でない人には分かるめえ。
ヤナーチェックの「シンフォニエッタ」の迷子感覚は、その後、この作品の登場人物たちが経験することに
なるのだから、私の印象は当たらずといえども遠からずかもしれない。

物語の冒頭、ヒロインの青豆さんは渋滞に巻き込まれたタクシーの中で「シンフォニエッタ」を聴く。
クラシック音楽ファンでもない彼女の頭に、ヤナーチェックに関する様々な知識が浮かぶのは何故か。その答えは
ちゃんと用意されている。

孤独な少女だった青豆さんが初めて得た親友は、夫のDV(ドメスティック・バイオレンス)に耐えかねて自殺した。
研ぎ澄まされた感覚と知識で致死のポイントに針を刺すことが出来る青豆さんは、親友の夫を「あちらの世界」に送る。
やがて娘をDVで亡くした富豪の老婦人と知り合い、2人は酷い男たちを闇に葬るようになる。最後のターゲットは、
10歳の少女たちを欲望の対象にする宗教団体のリーダー。

もう一人の主人公は天吾さん。“ふかえり”という名の17歳の美少女が書いた未熟な小説「空気さなぎ」に魅かれ、
悪いこととは知りつつ、作品に手を入れ世に出す手伝いをする。
天吾さんの父親はNHKの集金人で、日曜日の集金に息子を同行させていた。それが小学生の天吾さんにとってどんなに辛い
経験なのかを理解せずに。父親に連れられて町を歩く小学生の天吾さんは、同じクラスの女の子を見かける。彼女は母親の
布教活動のお伴をさせられていた。
似たような境遇の2人は、ある日、教室で一瞬、心を通わせる。その女の子は青豆さんだった。

このときの経験は、2人の心にしっかりと根付き、生きる支えになっている。20年後、彼らは出会うことができるのか。
長くて饒舌なこの作品は誠実なラブストーリーでもある。

30歳になった2人は、月が2つある1Q84年に迷い込んでいる。「空気さなぎ」の物語の中に登場するリトル・ピープルが
存在する世界。青豆さんがリーダーを葬った宗教団体は、リトル・ピープルの声を聞いて成り立っている教団だった。
リーダーの跡をついでリトル・ピープルの声を聞くのは誰なのか。
実はリーダーの娘である“ふかえり”は、父の作った教団を告発するために物語を書いたのか?

脇役たち。
タマル
私は老婦人のボディーガードのタマルが好きだ。絶対に失敗しないプロフェッショナル。壮絶な暴力の世界の住人であり
ながら誠実で繊細で知的。青豆さんに プルーストの<失われた時を求めて>を読むように薦めるのも彼だ。でも最後の
あの残虐さはいただけない。
(何年も前<ノルウェーの森>を読み、そこに出てきた<魔の山~トーマス・マン>に挑戦してエライ苦労をしたので、
今回は<失われた時を求めて>には手を出すまいと思う)

牛河
宗教団体に依頼されて、リーダー殺しの青豆を探す。春樹さんは、この牛河の容貌とか背景にかなりのページを費やしているから
彼は脇役ではないのかもしれない。醜く生まれ、自分には何ができるか、何ができないかをきちんと把握し、出来ることに全力を
尽くす。たとえそれが間違った方向であろうと。
2つの月の存在に気付き、“ふかえり”に心魅かれる彼は、死んだのち身体からリトル・ピープルを生み出す。

天吾の父親
この人、すごい。辛酸をなめ、ようやくNHKの集金人という職業を得る。その仕事に誇りを持ち、厳しい取り立てをし、認知症に
なってからも幽体離脱して「電波泥棒」たちの家の扉をたたき、受信料を払うようにと罵り続ける。
自分を裏切った妻と、自分とは似ても似つかない天吾さんに抱く愛憎から生まれた執念なのかもしれない。


で、まあ、最後まで読むと例によってクエスチョンマークでいっぱいになる。
何が言いたかったのか。

もちろんDV撲滅を叫ぶわけでも、邪悪な宗教を糾弾するわけでもない。
どこであろうと、与えられた世界の中で戦ったり使命を果たそうとする人たちの視点と生き様があるばかりだ。

牛河が生みだしたリトル・ピープルは「空気さなぎ」を作り、たぶんそこからは第二の牛河が現れる。第二の牛河はパシヴァとして
リトル・ピープルの言葉を伝える存在になるはずなのだが、それを聞くべきレシヴァ→教団のリーダーが死んでしまっているのでは
行き場が無い。それとも新たな世界が展開するのだろうか。

宗教団体のモデルはオウム真理教と言われているが、リーダーの言葉の中には邪なものは感じられず、むしろ淡々としている。
リトル・ピープルが何を告げ、何を成そうとしているかも曖昧なままだ。

“ふかえり”は、自分の体を通して天吾さんと青豆さんを結び付け、まだ天吾さんと出会っていない青豆さんを受胎させるが
その後の行方は分からない。

数多くの登場人物たちと、その饒舌とエピソードは、結局のところ1984年では絶対に再会し得なかった青豆さんと天吾さんを、
1Q84で出会わせる小道具に過ぎなかったのだろうか。
無事に逃げおおせた2人の戻った世界は、元の世界ではないらしいが、幸せの予感が残る。

クエスチョンマークでいっぱいになりながらも、これからしばらく、私は夜道を歩くとき月を探すだろう。
一つであってほしい。

台風の朝のひとりごと

2013-10-16 06:12:24 | 思うこと
昨日、用事があって最寄りの駅に行った。近くの、成城石井的な、ちょっとハイソなスーパーマーケットに立ち寄る。
この店では夕方のある時刻が過ぎると、賞味期限が近いものを半額にする。ちょうどその時間になった。
ぼんやり眺めていたら、年配の可愛いご夫婦が、天ぷら弁当を2つサッとカゴに入れた。ここのならきっと美味しい。
なるほど。このお弁当に、サラダ、ワカメとお豆腐のお味噌汁を添えれば、カロリーもバランスもOKだな。野菜の
煮物をプラスすれば言うことなし…なんて考えた。

私も夫と二人の生活になったら、こうしよう。適当に手抜きして安上がりでバランス良く美味しく。半額セールも倹約も
ちっとも恥ずかしいことではない。来るべき8%の消費税を、笑い飛ばす。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

最近、少し憂鬱なことがある。私は、ある人からの電話を恐れている。
その人の人格が変わってしまい周囲に迷惑をかけているのを知っているから、仕方がない。私は平凡な主婦で家族もいる。
今の平穏な日々をかき乱されたくない。
そんな私の心配を、ストーカーなどという言葉を使って茶化した人がいたが、無神経な発言だ。
昔は良い仲間だった人の力になってあげることができないばかりか、逃げている自分。そのことが悲しいのに...。

人は皆、他人同士だ。他人だからこそ、言葉を選んだり、節度をわきまえたり、相手に迷惑をかけまいと努めたりする。
そこから本物の親愛や友情が生まれるのだと思う。
でも「他人であること」を上手に認識出来ない人もいる。残念なことだけれど。

嬉しいこともある。スペイン語サークルに新しい仲間が来ることになった。それをつぶやいたらすぐ、勉強中の資料の用意を
申し出てくれた人がいた。そういう間髪を入れない気配りが人の心を和らげてくれる。

人に疲れるけれど、人に癒される...これが人生だろう。

スペイン語サークルといえば、メンバーのT氏の急逝から3年が過ぎた。あのとき、私はブログにこんなことを書いた。
~~神様たちもそろそろネット環境が欲しくなって、彼を呼び寄せたのかもしれない。神様の世界はきっとアナログだから、
  お仕事は大変かな。
  首尾よく立ちあげたら天国からメールをください~~

メールはまだ来ない。私の方から出そう。
サークルは、あの時のメンバーのまま和気あいあいと続いています。あ、一人増えて、月末には、もう一人来ます。

ヨカッタネ...と聞こえた気がした。

テレビを見ながら大人になった

2013-10-09 02:09:57 | テレビドラマ・漫画
ここ数年、テレビの連続ドラマを滅多に見なくなった。
「相棒」とか「ドクターX」のような一回完結ドラマは見るが、こういうのは主人公たちのキャラや設定が面白いのであって、
ストーリーの方は、その場限りで消えていく。気が向いた時に見れば、それでいい。

昔は「ああ、この続きはどうなるんだろう、早く来週にならないかな。」なんて思えるドラマがたくさんあった。
ビデオの無い時代だから、一回見逃すと大騒ぎだった。テレビを見た家族や友達を質問攻めにしたものだ。

少女の頃「ポーラ名作劇場(1963年~1979年)」というのがあって母がよく見ていた。遅い時間帯で、大人向けの内容だったと思う。
そういうのに興味深々のお年頃だった私は、寝たふりをしながらしっかり見ていた。
一番印象に残っているのが林美智子主演の「女と女」で、離婚した主人公のその後...みたいな話だった。
化粧品を詰めた四角い鞄を持って「こんにちは、ポーラ化粧品です。」と販売員が訪ねてくるコマーシャルも覚えている。
「ポーラ名作劇場」と銘打っているから、一社提供だったのだろうか。

それから「火曜日の女シリーズ(1969年~1972年)」というのもあった。サスペンス系の連続ドラマだったから、毎週楽しみにしていた。
恋愛が絡んだものが多く、大胆なシーンも結構あったように思う。
このシリーズの凄いところは、当時はまだメジャーじゃなかった横溝正史の作品を幾つかドラマ化していたこと。「犬神家の人々」は
「蒼いけものたち」というタイトルだった(酒井和歌子主演)。衝撃的なおどろおどろしさだった。

三田佳子主演の「ホームスイートホーム」はタイトルにそぐわない過激な内容で、私にはかなり刺激が強かった。殺人の理由も、結末も、
ちょっとここには書けません。(当時、意味分かってたのか?)
「女シリーズ」だから、女優さんたちが豪華だったのも印象に残っている。

「木下恵介・人間の歌シリーズ(1970年~1977年)」は素晴らしかった。
あおい輝彦が主演の<冬の旅(立原正秋作)>は、母親を守るために腹ちがいの兄を刺した少年の苦悩の人生を描いていた。
兄役の田村正和が本当に憎々しかった。主人公が思いを寄せる女性(大谷直子)にまで魔の手を伸ばす。こんなに重いテレビドラマを見たのは
初めてだったかもしれない。
辛口ホームドラマの<冬の雲>も良かった。複雑な家族の愛憎を描いて感動的だった。テーマ曲はロシア民謡<ポーリュシカ・ポーレ>で、
素朴なメロディーがドラマを引き立てていた。キャストは<冬の旅>とかぶっていたが、田村正和は良い役だった。子供の頃、妹(大谷直子)に
怪我を負わせた...という影を引きずっていた。是非もう一度見たい作品。

<バラ色の人生>は青春ドラマ。年上の女性(香山美子)と可愛いガールフレンド(仁科明子)の間で揺れる若者(寺尾聡)の物語。軽薄な友人に
森本レオが扮していた。
テーマ曲はジョルジュ・ムスタキの<私の孤独>。アベック・マ・ソリトゥード(私の孤独と共に)というフランス語の歌詞が好きだった。
ジョルジュ・ムスタキはフランス人のシンガーソングライターで、この5月に亡くなっている。中野サンプラザのコンサートにも行ったっけ。
 ジョルジュ・ムスタキ


あの頃、テレビドラマは人生を教えてくれた。
世間知らずの少女は、テレビを見ながら大人になった。

ヘイトスピーチと癒し

2013-10-01 04:09:19 | 思うこと
ヘイトスピーチという言葉を初めて耳にしたのは数カ月前のことだ。
具体的にどういう行為なのか分からなかったが、嫌なものがこみあげてきた。
日本ではこれまでヘイトスピーチなるものが大っぴらに行われたことが無かったので(たぶん)、その言葉を知らないでいられた。
それは幸せなことだと思う。
韓国や中国では、ことあるごとに日本の旗や首相の写真を焼いたりするが、日本人はそんなことしない。
お人好しと言われようと寛容すぎると笑われようと、そんなことをしないのが日本人だと思っていた。

もしこれが韓国のやり方に対する正々堂々とした抗議であるなら、私も~本音を言えば~日本人も強くなったと頼もしく思ったろう。
スポーツの場に政治的なプロパガンダを持ち込んだり、子供たちに反日感情を刷り込んだり、仏像を盗んだり、許される行為では
ないにせよ慰安婦問題を政治的な駆け引きに利用したり、納得できないことが多いから、それらについて真剣に向き合い考えて行くのは
間違った方向ではない。

でもヘイトスピーチは全く違う。
日本で懸命に働き、子供たちを日本の学校に通わせている在日の人たちに「出て行け」とか「死ね」とか酷い言葉を浴びせている。
八つ当たりのイジメでしかない。人間として、一刻も早くやめてほしい行為だ。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

先週の土曜日、心温まる小さな集まりがあった。
楽器演奏の時間もあり、私は、大正琴やその進化形の楽器の演奏にギター伴奏者として参加させてもらった。伴奏だけ...というのは
初めての経験。
メロディーを聞いただけで伴奏が付けられるような才能は持ち合わせていないので、コード記号をびっしり書き込んだ楽譜を作った。
1行とばして変な和音を鳴らしてしまったり、ちょっとだけソロ演奏をするところでは上ずった情けない音を出してしまったり、
あんまり良い出来ではなかったな...。でも、そういうふうに恥ずかしく思う自分というのがいちばん恥ずかしい。
演奏した人たちの中には上手く弾けた人もいれば、そうでもなかった人もいたが、そういうことにこだわったのは私だけだった。
皆、素敵な場所と経験を与えられたことに感謝し、心から楽しんでいた。
感謝やねぎらいや、これからの活動への期待がいっぱい詰まったメールが何通も来た。すごく良い出会いをしたと思っている。

この集まりを中心となって企画した人たちの中に韓国の女性が2人いた。2人とも積極的で行動的で、物おじせずにスピーチし、
終始大活躍だった。日本人の場合、そういう行動的なヒトは自信満々でキツい印象だったり、近寄りがたかったりすることも少なく
ないが、彼女たちは思いやりと気遣いにあふれていた。
美味しく淹れた紅茶と手作りのシフォンケーキ、ゲーム...。最後は皆で椅子や机を片付けた。


人を憎んで罵って幸せになれるだろうか。ヘイトスピーチをしている人たちに、あの温かい紅茶を届けたい。