井沢満ブログ

後進に伝えたい技術論もないわけではなく、「井沢満の脚本講座」をたまに、後はのんびりよしなしごとを綴って行きます。

風情

2012年12月14日 | 日記
ビル街を歩いていたら、モーターの唸る音がして、銀杏並木の剪定と落ち葉の掃除中でした。
いつも残念に思うのですが、都会ではなぜ目の敵のように落ち葉を片付けてしまうのでしょう。以前暮らしていた世田谷の住宅街の家でも、住まいの前に大きなけやきがあったのですが、それをご近所の人たちが寄ってたかって掃除してしまうのです。
レンガの道でしたから、そこに落ち葉が降り敷くと靴底に感触が優しいのです。
それはビルの谷間のコンクリートの道も同じです。靴底だけでなく、目にも優しい色合いになる。

排気ガスの都会の街路樹でも、銀杏の木の根本だけは土が残されていますから、落ち葉をそのままにしておいてあげれば天然に腐葉土となって自らを育て上げる滋養となります。道を微風に転がる音も、季節が奏でる音楽です。

落ち葉が降り敷いて、誰がどんな迷惑をこうむるというのでしょう。
いずれ強い風が吹き払ってくれるのに。枯れ果てて土に戻り、あるいは天に戻って行くのに。

2 コメント

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Unknown (名無しのごんべ子)
2012-12-14 20:25:21
街路樹の根元のわずかな土を見ると、
いつも「息苦しそうだなあ」と思ってしまいます。

そんなこちらの感傷的な想いをよそに、
アスファルトに覆われたその下にしっかりと根をはり、
空に向かってぐんと伸びているのだなぁ。

下を向くと哀しみが、
上を向くと強さが、
心に湧いてくるような。

そんなことを思いつつ…
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雨・・・・ (井沢満)
2012-12-14 20:53:29
名無しのごんべ子さん

緑と花に埋もれるように暮らしていた世田谷の住宅街の時代には、ありがたみもさほど感じなかったのに、六本木はミッドタウン、現在の千代田区と都心で暮らすと、緑のありがたさが身にしみて解ります。

ビル街の立木は、雨が降らず延々と乾いた日々が続くと苦しそうで、こちらまで息が窮屈になります。一本一本に水をかけてやりたい衝動に駆られます。
そんな時に一雨来ると本当にホッとします。
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