井沢満ブログ

後進に伝えたい技術論もないわけではなく、「井沢満の脚本講座」をたまに、後はのんびりよしなしごとを綴って行きます。

フグは「ふぐ」食べたいのだ

2014年12月24日 | 日記

表題はむろんダジャレであるが、いつの頃からかダジャレが
オヤジギャグとして軽侮され、いつの間にか絶滅種に属してしまった。

言葉遊びの部分もあり、切れっ端ながら文化ではないか?
と、思うのだがしかし、よく考えてみるとダジャレというのは
言っている本人が面白いと思っているわりに、聴かされて
いるほうは、ちっとも面白くないのだ。

亡き和田勉さん名物のダジャレを時に朝から晩まで浴びせられていた
私は、聴くほうの疲労感もわからぬではない。
最初は勉さんのダジャレに付き合って、笑っているのだが、
だんだん、日も傾き夜になる頃合いには作り笑いも苦痛になって来るのであった。
取材旅行で一日中一緒だったある時、勉さんが「井沢さんっ、ジャニーズ事務所の連中が別れ際にはねえ」と、おっしゃるので私は一日中のダジャレの洗礼に、
耳が疲弊していたこともあって、「じゃーにーって言うんでしょ」
と先回りしてしまったのだったが、勉さんは「井沢さんっ! 私はねえ、人にダジャレを先回りして言われると不機嫌になるんですよっ!」

それから1時間ほどは、お陰で静かであった。
今もなつかしく、時折思い出す。勉さんとは、信州、鹿児島、マレーシャと
取材でご一緒した。

さて表題のフグは「ふぐ」食べたい・・・・・であるが、食べたいと思い立ったのが
一昨日のこと。思い立ったら矢も盾もたまらず、小説版の「わが家」に登場する
ヒノキの一枚板のカウンターのある老舗に電話したら、「あいにく満杯でございまして」と女将さんが言う。

口開け5時ならなんとかなるだろうと踏んでいたのだが、6時から予約が満杯なので、5時にいらして頂いても、1時間で慌ただしく召し上がって頂く事になりますので・・・・との説明だった。慌ただしくてもいい、と言いかけたがお店にしてみれば、きちんと食べさせたいのであろう。

しかし、脳内はフグは「今ふぐ」食べたい状態なので、チェーン店で展開している店に電話してみたら、やはり口開け5時には空いているが、しかし6時から満杯なのでと老舗の女将さんと同じ説明。
しかし、私がどういう言葉で粘ったのか忘れたのだが、
ひょっとしたら、哀れっぽい声を出したのかもしれない。
「じゃあ4時にいらしてくださいませ」と、私一人でしばらく
大きな店を貸しきることになったのだった。

てっさは、私は肝で食べる本場で子供の頃から馴染んでいるので、
肝の使えないフグはだめである。肝をポンズに溶いて食べたことの
ある人はわかると思うが、味の深みが天地ほどにも違うのだ。

だから、てっさはそこそこ、狙いは白子である。私は塩焼き派である。
大皿に盛られたぶつ切りが、ピクピク動いていて驚いた。
鮮度なのだが、私は実は苦手。活き造りがダメなのだ。
昔から「他者の命を奪って生きる浅ましい人間」というのがあって、
そのために長く拒食症気味であったぐらいだから、今もどこかで
罪悪感と自らの卑しさに嫌悪感がある。
皿で動かれると嫌でも、命を奪って食らっている現実を突きつけられるのだ。

しかし魚はまだ痛点がにぶそうなのと、場に引かれていく牛ほどの
想像力や勘がないので、罪悪感が薄い。
結局食らうのだから、きれいごとでしかないのだが、しかし極力
やはり四足は避けたく、となると昔の日本人は素晴らしく優しかった
と思うのだ。イノシシやタヌキは食していただろうが、一般的では
なかったろうし。

それにつけ、食した魚たちの供養をする日本は精神性において
本当に高いところに本来はあったと思う。
使った針から人形まで供養をする民族的優しさ。

うまうまと潜り込んだチェーン店の開店前たった一人の迷惑な客であったのだが、私のフグへの愛が伝わるのか、迎えてくれたお兄さんも案内の
和服のおねーさんがたも、とびきり優しく丁寧であった。

悩んだこと一つ。白子は塩焼きかタレの好み選択で、私の頼んだコースには
入っていたのだが、もう一人前白子を単品追加で頼むかどうかということだった。
老舗に比べると、チェーン店のコース価格は三分の一程度なのだが、
必ずしも値段の問題ではなく「身に過ぎた贅沢」は慎みたい。

小さな葛藤の末、結論に迷うときの常の質問を自分にしてみた。
「あなたはこれをしないで、臨終の床で後悔しませんか?」

する、と即座に「後悔する」と明朗な答えが来たので、私はいそいそと卓の呼び鈴を鳴らしたのだった。
2度目の白子は、極上の美味であることに変わりはないけれど、
1度目の感激はもはや薄れていて、これならまだ食したことのない
白子の天麩羅にすればよかったかな、と軽い後悔をしたのだが、
白子を揚げるのはいかがなものか? でも今度きっと2度目の白子は
天麩羅で頼んで、結局塩焼きがやっぱりベストだな、結論付ける気がする。

昨日は、フグ老舗のランチに行こうかと思った。
お昼は鰻重をやっているそうで、評判が大変いい。
女将さんは鰻のことを「おウナさん」という言い方をして面白かった。
「わが家」のドラマ版でも、小説版でも一部この女将さんの
口調を拝借している。

しかしフグ老舗のランチタイムの時間帯が分からず、時間はもう
2時半であったので、また電話してふられるのもつらいので、
そうだ、『チャーハンならうちの店で』と看板を出していた中華に行こうと
思い立った。チャーハンという言ってみれば、あまり当たり外れのないジャンルで、しかし実は結構難しい調理であるチャーハンをわざわざ特筆大書
しているからには、そこそこ美味であらめ。

と、探すのだがありゃしない。方向音痴の私はすぐありかを見失う、というより
私の感覚では建物が私の目の前から姿を消し、どこかに身を隠すのである。
失せ物探しも甚だ不得手。わが家では、実に色んなものが、身を隠したり、
家出したり蒸発してしまうのである。

レスリー・チャンとの2ショット写真など、ある日忽然と消え失せそのうち
ご本人も自死の道を選ばれてしまった。
ウォンカーウァイ監督「ブエノスアイレス」メーキングを見ていたら
レスリー・チャンとトニー・レオンが画面に息づいていて、
私がレスリー・チャンと会って言葉を交わしたことなど、夢のように
思われる。美しい男であったが、素顔は普通。
スクリーンや舞台でふいに輝きを放つタイプなのであろう。
光を浴びるときらめく宝石。
彼の主演である「覇王別姫さらばわが愛」は映画史上に残るであろう秀作である。
内に男性性と女性性を秘めた妖しく不思議な俳優さんであった。
香港に男性の恋人がいたことは知られているが、その一方カナダに
妻子がいたことは、ファンも余り知らないようだ。

方向音痴なので道も迷うが、話も時折横道にそれる。

チャーハンの話だった。
目当ての中華屋に姿をくらまされた私は、「ベーコンチャーハン」という
看板を見つけ、その店への階段を上がっていた。
秘密クラブめかした扉のしつらえに臆したが思い切って引き戸を引くと、
SMの鞭も鞍馬(使ったっけ? 使ったような?)もなく、駅前にしてはだだっ広い店。
カウンターの男と、給仕の女は広東語(中国)を喋っていた。

ベーコンを縮まるまでカリカリに焼き焦がしたのをまぶしたチャーハンを
想像して、階段を上がったのだったが、出て来たのは中国ソーセージ(のごときもの)を小さくぶつ切りにしたもので、失望。チャーハン自体は普通のチャーハンだった。しかし、値段は老舗でフグのフルコースを食べた時の九十分の一だった。

あれも人生、これも人生。

贅沢と質素を織りませながら、ぼちぼちやっていきましょう、と実は分に過ぎた贅沢が好物の私は思ったのだった。