オフの課題①は順調に進行中。
まだ、頭の中にはサラ・オレインの「タイムトラベラー」が鳴り響いています…。\(//∇//)\
フィギュアスケート 男子シングル 羽生結弦選手。
この二十歳になったばかりの男は、前持って神様にその生きる過程をプログラムされて人々に影響を与えるために生まれてきたのではないか?
そう確信したグランプリファイナルでした。
フリルを着た阿修羅は、修羅の道を辿り解脱の過程を進んでいるのか?
その行く末は、末法の世に現れ衆生を救う弥勒菩薩か?
…エキシビションを観てそんな妄想も湧いて来るほど(≧∇≦)
以前のエントリでも書いたのですが
>この試練は次の壮大で美しい、真の感動の舞台に繋がっていくということを。
まだまだ伝説を伝説で終わらせる訳にはいかない。
羽生結弦という奴は、まだまだこんなもんじゃない
もちろん心配はしましたが…繋がりました☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆
本当に期待どおりに、“羽生結弦伝説”第二章を描いて魅せてくれました。
プロ野球を十数年ほぼ毎試合観てきても、わかることですが。
真に強い男、王者と言われる男は追い込まれてからが強い。
古くは王・長嶋の時代からダルビッシュ・田中将大の現在まで。
それは不変の法則なのです。
神様が試練を与えれば黙って血と汗を流し、
神様がチャンスを与えれば、
その場所が断崖絶壁であろうとも爪の先だけで這い上がる。
後は地上から星が昇るが如く当然のように一番高い所へ。
羽生結弦さん(20)の場合。
競技直前のアクシデントが試練で怪我の影響があろうとも、
グランプリファイナルの6人枠を爪の先に引っ掛けるようにもぎ取り、
もう下は無いところから見事に玉座に返り咲く。
そして更に手がつけられなくなってゆくんですね(笑)
その試練のプロセスはこちらの記事をご参考に。
羽生復活の軌跡 11・8激突負傷から1カ月で頂点
スポニチアネックス 12月15日(月)7時44分配信
◇フィギュアスケートGPファイナル最終日(2014年12月13日 スペイン・バルセロナ)
【羽生復活の軌跡】
▼11月8日 中国杯男子フリー直前の6分間練習で閻(エン)涵(カン)(18=中国)と正面衝突。頭部、顎から流血したが、止血後に強行出場した。5度も転倒しながら滑りきり、スコアを見ると号泣。合計237・55点で2位に入った。
▼9日 エキシビションを欠場し、成田空港に緊急帰国。車椅子に乗った痛々しい姿で空港に姿を見せ、そのまま都内の病院で精密検査を受けた。
▼10日 日本連盟が精密検査の結果を発表。頭部挫創、下顎(かがく)挫創、腹部挫傷、左大腿挫傷、右足関節捻挫と負傷は5カ所で、全治約2~3週間の診断。
▼20日頃 氷上練習を再開したが、ジャンプは跳べず。
▼25日 ブライアン・オーサー・コーチが来日。NHK杯出場について「可能性はかなり高い」と明かした。日本連盟は26日の非公式練習後に最終判断すると発表。
▼26日 非公式練習でトーループ、サルコーの2種類の4回転に成功。練習後、小林強化部長が「出場いたします」と発表。
▼27日 会見で中国杯の強行出場について問われると「スポーツは限界に挑むもの。ある意味、死と隣り合わせ」などと話した。
▼28、29日 NHK杯はSP5位と出遅れ、フリーでもミスを連発。4位に終わったが、ポイント6位でぎりぎりファイナルの出場権を獲得。
▼12月1日以降 オーサー・コーチに渡された練習メニューをトロントに戻らず国内でこなす。
▼7日 20歳の誕生日を迎える。
▼9日 ファイナル開催地のバルセロナ入り。「年は関係なく、僕らしい演技をしたい」。
▼12日 SPで94・08点をマークして首位発進。
気が付くと、去年のグランプリファイナル以来全てが金。
羽生選手のファンさんは皆さん肝が据わってらっしゃるので(人生経験が豊富?)
まずは起きた事を受け止め、整理し最後には彼のために何ができるのか考える方が多かったですねぇ。
それなのに昭和の時代から進化もせずメディア(ワイドショー&タブロイド)は、
くだらない憶測をし、したり顔で説を唱え凋落を囁くのは滑稽の極み…
圧倒的な王者の力の前には、何とも陳腐な表現が並ぶのみです(失笑)
さてさて、来年はマリーンズのゴールデンイヤーと云われていますが
(いや、世間一般的には言われてないから)(^◇^;)
黄金の時に導くには「羽生級の王者の称号」を約束されているような選手の存在が複数必要だと思います。
その星は、京洛の方角から来るのか?はたまた都の西北か?
それとも未だ地上に眠る星々か?
今はまだ神のみぞ知るところ。
そして星を導く「ゆりかご」も作為的に必要だと思っています。
まあ今なら夢見放題だというところでしょう…☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆

〔いつもご一読ありがとうございます〕
まだ、頭の中にはサラ・オレインの「タイムトラベラー」が鳴り響いています…。\(//∇//)\
フィギュアスケート 男子シングル 羽生結弦選手。
この二十歳になったばかりの男は、前持って神様にその生きる過程をプログラムされて人々に影響を与えるために生まれてきたのではないか?
そう確信したグランプリファイナルでした。
フリルを着た阿修羅は、修羅の道を辿り解脱の過程を進んでいるのか?
その行く末は、末法の世に現れ衆生を救う弥勒菩薩か?
…エキシビションを観てそんな妄想も湧いて来るほど(≧∇≦)
以前のエントリでも書いたのですが
>この試練は次の壮大で美しい、真の感動の舞台に繋がっていくということを。
まだまだ伝説を伝説で終わらせる訳にはいかない。
羽生結弦という奴は、まだまだこんなもんじゃない
もちろん心配はしましたが…繋がりました☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆
本当に期待どおりに、“羽生結弦伝説”第二章を描いて魅せてくれました。
プロ野球を十数年ほぼ毎試合観てきても、わかることですが。
真に強い男、王者と言われる男は追い込まれてからが強い。
古くは王・長嶋の時代からダルビッシュ・田中将大の現在まで。
それは不変の法則なのです。
神様が試練を与えれば黙って血と汗を流し、
神様がチャンスを与えれば、
その場所が断崖絶壁であろうとも爪の先だけで這い上がる。
後は地上から星が昇るが如く当然のように一番高い所へ。
羽生結弦さん(20)の場合。
競技直前のアクシデントが試練で怪我の影響があろうとも、
グランプリファイナルの6人枠を爪の先に引っ掛けるようにもぎ取り、
もう下は無いところから見事に玉座に返り咲く。
そして更に手がつけられなくなってゆくんですね(笑)
その試練のプロセスはこちらの記事をご参考に。
羽生復活の軌跡 11・8激突負傷から1カ月で頂点
スポニチアネックス 12月15日(月)7時44分配信
◇フィギュアスケートGPファイナル最終日(2014年12月13日 スペイン・バルセロナ)
【羽生復活の軌跡】
▼11月8日 中国杯男子フリー直前の6分間練習で閻(エン)涵(カン)(18=中国)と正面衝突。頭部、顎から流血したが、止血後に強行出場した。5度も転倒しながら滑りきり、スコアを見ると号泣。合計237・55点で2位に入った。
▼9日 エキシビションを欠場し、成田空港に緊急帰国。車椅子に乗った痛々しい姿で空港に姿を見せ、そのまま都内の病院で精密検査を受けた。
▼10日 日本連盟が精密検査の結果を発表。頭部挫創、下顎(かがく)挫創、腹部挫傷、左大腿挫傷、右足関節捻挫と負傷は5カ所で、全治約2~3週間の診断。
▼20日頃 氷上練習を再開したが、ジャンプは跳べず。
▼25日 ブライアン・オーサー・コーチが来日。NHK杯出場について「可能性はかなり高い」と明かした。日本連盟は26日の非公式練習後に最終判断すると発表。
▼26日 非公式練習でトーループ、サルコーの2種類の4回転に成功。練習後、小林強化部長が「出場いたします」と発表。
▼27日 会見で中国杯の強行出場について問われると「スポーツは限界に挑むもの。ある意味、死と隣り合わせ」などと話した。
▼28、29日 NHK杯はSP5位と出遅れ、フリーでもミスを連発。4位に終わったが、ポイント6位でぎりぎりファイナルの出場権を獲得。
▼12月1日以降 オーサー・コーチに渡された練習メニューをトロントに戻らず国内でこなす。
▼7日 20歳の誕生日を迎える。
▼9日 ファイナル開催地のバルセロナ入り。「年は関係なく、僕らしい演技をしたい」。
▼12日 SPで94・08点をマークして首位発進。
気が付くと、去年のグランプリファイナル以来全てが金。
羽生選手のファンさんは皆さん肝が据わってらっしゃるので(人生経験が豊富?)
まずは起きた事を受け止め、整理し最後には彼のために何ができるのか考える方が多かったですねぇ。
それなのに昭和の時代から進化もせずメディア(ワイドショー&タブロイド)は、
くだらない憶測をし、したり顔で説を唱え凋落を囁くのは滑稽の極み…
圧倒的な王者の力の前には、何とも陳腐な表現が並ぶのみです(失笑)
さてさて、来年はマリーンズのゴールデンイヤーと云われていますが
(いや、世間一般的には言われてないから)(^◇^;)
黄金の時に導くには「羽生級の王者の称号」を約束されているような選手の存在が複数必要だと思います。
その星は、京洛の方角から来るのか?はたまた都の西北か?
それとも未だ地上に眠る星々か?
今はまだ神のみぞ知るところ。
そして星を導く「ゆりかご」も作為的に必要だと思っています。
まあ今なら夢見放題だというところでしょう…☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆

〔いつもご一読ありがとうございます〕