完璧な準備

「･･･奈、美奈」
「･･･はっ、どこかからあたしを呼ぶのは、いったい誰･･･？」
「･･･みーな、こっちこっち」
「えっ、まこちゃん、どうしたのそんな物陰で･･････あ、あやしい」
「ちょっと内密の話があってね。こっち来てくれない？」
「内密の話･･･ま、まさか愛の告白･･･？ちょっと待って、いくらあたしが魅力的だからってそんな、レイちゃんに悪いわ」
「安心しろ、それはないから」
「さらっと落としていくのね、それはそれで美奈子さみしい」
「べつに告白してほしいなんて思ってないくせに、面倒くさいやつだな。いいからこっち来て。あんまり人に知られたくないんだ」
「はいはい。で、告白じゃないなら、こんな物陰でいったいなんの用？」
「ちょっと見てほしいものがあってね･･･これ。この袋の中」
「うっ･･･なにこれ･･･どうしたのこのいかにも怪しそうなこの粉は･･･」
「安心しろ、合法だ。園芸部の後輩が家でこっそり栽培したやつだよ」
「それを粉にしたって･･･？うわあ見た目にも禍々しいんだけどなんなの･･･合法って言うけど、やばい薬物じゃないわよね」
「ブート・ジョロキアって知ってる？一時は世界一辛いってギネスにも登録されてたんだ、唐辛子の比じゃないくらい辛くて、食べて搬送された人もいるっていう」
「あ、なんかテレビで見たことあるかも。へえ、そういうのって普通のおうちでも栽培できるのね」
「できるにはできるんだよ。もちろん、種がまず手に入れるのが難しいし、育てるのも結構大変みたいなんだけどね」
「へえー、そこまでして･･･激辛好きな人、いるのねえ」
「いや、単に珍しい植物を育ててみたいって気持ちだけだと思うよ。園芸部ってそういう連中ばっかだから。だから今回一本だけ成功したからって粉にしてちょっとずつわけてもらえたんだ」
「へえー。それにしても、世界一辛いと聞いたら見てるだけで口の中がぴりぴりしてくるわね。でも、わざわざこんな物陰でそんな粉を見せるなんて」
「クラスで見せたら、珍しいからみんなわーって見に来て粉撒いちゃうかもしれないだろ。それに、危ないって言ってもちょっと味見させてとか言うやつ、いそうだし」
「はあ、確かに、合法だけど危険ではあるわね」
「で、そこで相談なんだけど、美奈･･･これ、いっしょに食べてみる気、ない？」
「えっ、そんな、食べて担ぎ込まれた人もいるような危険物をあたしに食べろって･･･」
「いや、そのまま舐めろって言ってるわけじゃないよ。ちょっとひとさじカレーに入れてみようかなって･･･あんた、カレー、好きだろ」
「まこちゃんの作るカレーはそりゃ大好きですけどね？ねえ、まこちゃんのカレーってそれでもう完成してるじゃない、それで充分おいしいじゃない。そこにそのひとさじ、いる？」
「激辛目当てじゃなくて珍しい植物を育てたいからジョロキアを育てるやつがいるみたいに、あたしは激辛が食べたいわけじゃないけど珍しい食材を使って料理がしてみたいんだよ」
「やだ、納得できないのにかっこいい」
「自分で作って自分で食べてもいいんだけどね、ひとりで食べて万が一倒れたら洒落にならないなーって」
「ああ･･･」
「それに、過激な意見が独り歩きしてるだけで、案外くせになるかもしれないし」
「まこちゃんの料理はくせになるけどね～。う～む」
「もちろん行き当たりばったりじゃないよ。レシピとか本とか見て、これでも結構勉強して下準備もしてるんだ。倒れたりしない程度の量に気を付けるし、調理方法も考えてあるし、牛乳とか、あとで甘いものも用意するし･･･なあ、付き合ってよ」
「うーん、わかった。さすがまこちゃん、あたしの心を掴む方法をよく知ってるわね、しょうがない、あたしも興味がないわけじゃないし、まこちゃんの料理の腕を信じるわ」
「ああ、よかった。ありがとう」
「あっ、でも、これって食べたら倒れなくても口は腫れるかもしれないわよね？やだ、しばらくたらこ唇になって亜美ちゃんがキスしてくれなくなったらどうしよう･･･！そのあたり亜美ちゃんに聞いてからでもいい！？食べる前にいっぱいキッスしとかなきゃもたないわ！」
「あ、それはもう亜美ちゃんに聞いてるからだいじょうぶ。倒れたときの応急処置とか聞いたときにいっしょに･･･もし美奈がたらこ唇になったら医療的観点からチェックはしたいけど、あとも先もそういうことはいいって」
「えっ料理の下準備って亜美ちゃんに聞くそういうところまで含まれてるの･･･完璧だけど食べる前から辛くてもう搬送されてしまいたい･･･」






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