プラマイゼロ±

 某美少女戦士の内部戦士を中心に、原作、アニメ、実写、ミュージカル等問わず好き勝手にやってる創作、日記ブログです。

この熱が骨に届くまで

2018-10-21 23:59:41 | SS






「レイちゃんって、割と手大きいよね」

 言うが早いが手を取って自らの手のひらを合わせてくる美奈子に、レイは困惑した。さすがにそんなことで箒を取り落とすほどには動揺しないものの、しげしげと見られるのはあまり居心地がよくない。

「・・・急に、なんなの、美奈」
「いや、レイちゃん、箒を持つ手の指、結構余ってるなーって思って」

 レイが望んだことではないが、亜美の目の前で美奈子と手のひらを合わせているのに、意外と亜美は動じた様子を見せない。彼女にとって美奈子の唐突な行動は、自分に直接的な影響がなければ慣れているのかもしれない。

 火川神社の境内。放課後。集合。すでに集まっているのは信号機カラーのトリオ。
 まこととうさぎは掃除当番で遅れるということだったので、亜美はレイを待たせないために先に動けるメンツで、美奈子はデート気分でふたりで、とお互いに考えていることにあからさまな齟齬があるんだろうな、とレイにひしひしと感じさせる表情を引っ提げやってきた。
 それぞれの思惑はともかく、女子三人、顔を合わせれば雑談に花が咲く。レイも、自分だけが違う学校に通っているため、友人たちのなんでもない話を聞くのは嫌いではない。箒で参道を掃きながら美奈子と亜美の漫才に耳を傾けていたのだが、唐突に自分にスポットが当たったというわけだ。

「さあ、そうかしら」

 とはいえ、今まで特に自分の手が大きいと思ったことはない。レイは気のない返事を返す。だが、明確に同級生が手のひらを重ね合わせる以上、その差は明らかに出ていた。
 決して美奈子の手が小さいわけではないが、重ね合わせた手は、一目見てわかるほど美奈子の指より高いところにはみ出ている。

「それは、レイちゃん、手が大きいというより、指が長いからじゃないかしら」

 すると亜美はあろうことか自分の手のひらを、レイのもう片方の手に合わせてきた。箒は肩にかけて倒さずに済んだものの、図らずしも両手に花状態となったレイは困惑した。自分が、というより、これは美奈子の望む状況ではなかろう。

「ほら、レイちゃんの指、長くて・・・きれい」

 亜美はレイにやわらかい笑顔を向けるが、そこはレイの手に触れる美奈子に嫉妬する場面では、と真正面からレイは思う。と言うのも、美奈子は美奈子で、レイと手を重ね合わせる亜美を横で恨めしそうに見ているからだ。かくも女子とは面倒だ。
 美奈子は亜美に、この朴念仁め、とでも思っているのだろう。レイもそう思う。

「・・・私が一番背が高いから、じゃないの」

 レイは当たり障りのないことを言って、ふたりから一歩引き、手を離す。もう手をふいに取られないように、箒を握りしめた。

 レイに離された亜美と美奈子の手は一瞬虚空をさまよったが、もちろんそのままふたりの手が合わさるということはない。美奈子はそのアクションに至ろうとしたのだが、亜美はレイが離れたことで手を下ろした。意図的にやっているわけではないであろう表情が、行動が、傍からすべての流れを見せられているレイにとってはなんとも胸の痛い光景である。

「まこちゃんも、指が長くてきれいだものね」

 背が高い、というレイの言葉に呼応したのだろう。亜美はここにいないまことの手を、なぜか嬉しそうにほめる。

「・・・そうね」
「まこちゃんの指、あんなにすらっと長いのに、お料理もお裁縫もとっても動きが滑らかで、細かい作業もとても正確で・・・うん。とってもきれい」

 まことの手は確かにレイより大きいし、それは見た目も触れ合った時の実際の大きさの差も、レイが一番よく知っている。指が長くてきれいという言葉にも、器用で滑らかな動きも、いかなる反論の余地もない。贔屓目でなく誰の目にも明らかな事実だからだ。亜美の、人を褒めるという点においても非難すべきことはない。
 しかしやっぱりレイには、亜美の行動はどうかと思ってしまう。まことが褒められることに嫉妬するほど狭量ではさすがにないが、美奈子のことには一切触れず、わざわざここにいない人をほめるのはどうなのよ、と思ってしまうのだ。まことほどおせっかいではないものの、正面から美奈子を見ている身としては、さすがに思うことがある。

 そもそも人をダシにしていちゃつくきっかけを作ろうとしている女子もだが、それを意図的ではないが徹底的に無視する形になる女子。その花を両手になにを喜べというのだろう。レイはドン引きする己の心を振り払うように、砂利を箒でなぞる。
 すると、石段からポニーテールが、数秒遅れてお団子ツインテールが上がってきた。レイは安堵のため息をつくが、そこに微かな苦みが混じっているのは、どうしようもない。


 結局、亜美と美奈子の手が重ね合わさることはない。背格好が似通ったふたりの手はどちらが大きいのか、レイがその場で知ることはできない。





「そういえば、今日、なにかあった?」

 集合のあと神社にひとり居残ったまことは、そのままいつものお泊りの流れを過ごし、レイの隣で眠る体勢に入っている。ふたつに並べた布団で横になり、向き合い、とりとめもない話を、誰にも聞かれたくない秘密のように声を落としてしゃべる。

「なにかあった、って?」

 まことの口調はあまり重要なことを尋ねているようには感じない。レイとて、まことに隠して、それでも見抜かれてしまうような秘め事などない。素直に首を傾げる。

「いや、美奈がずっと亜美ちゃんの手、見てたからさ」
「・・・ああ」

 まことに言われるまで、正直、忘れていた。美奈子と亜美の言動がかみ合わないのはいつものことだからだ。その場では引いたり呆れたりしつつも、レイひとりが感情を持ち越すほどに憂う事態ではない。

「美奈に、わりと手が大きいねって言われたの」
「え、レイが?」
「まあ、身長的に、美奈や亜美ちゃん、あと、うさぎよりは大きいんでしょう。美奈の意図は私の手の話を出して亜美ちゃんの手を触るとか握るとかしたかったんでしょうけど」
「はは、そんな遠回しじゃ亜美ちゃんには通じないよね」

 まことはへらりと笑う。レイと違い彼女たちと同じ学校に通うまことは、レイより遥かにその手のやりとりを目撃しているのだろう。レイのようにいちいち引いてなどいられないのだ。

「じゃあ、美奈と亜美ちゃん、どっちが手大きいんだろ。身長は似たようなもんだし・・・気になるな。明日話振ってみようかな」
「・・・・・・おせっかいね」
「いやあ」

 まことはそういう気遣いがうまい。言われてみれば、あの両手に花だったとき、レイだってそういう提案ができたはずなのに。
 美奈子に、そんな面倒なことやるなんて、と思いつつも、彼女にも言葉なく手を触れ合わせたい日があるのだろうとも思う。今、レイがまことに、言葉にせずとも手を握ってもらいたいように。

「亜美ちゃんのほうがちょっとだけ背は高いみたいなんだけど、あたしはなんとなく美奈のほうが手が大きいんじゃないかって思ってる」
「なぜ?」
「美奈はバレーやってるだろ?あんだけボールひっぱたいてりゃ、手のひらも伸びるんじゃないの。ほら、テレビで見るバレーの選手もみんな手大きいし」
「・・・そう?」

 バレーをやるから手が大きくなるのではなく、背が高さが圧倒的有利となる競技で、長身のため自ずと手も大きい人が選手として選ばれる可能性のほうが高いと思うのだが。もっとも背が高くても手が小さい人も世にはいるはずなので、なにも一概には言えない。
 あからさまに否定はできないまでも、肯定もできないレイは、そこで、ふと思い出す。

「・・・バレーをやったら手が大きくなるかはわからないけど、同級生にすごくピアノがうまい子がいるのよ」

 手の大きさから話が飛んだと思われそうなものだが。
 意外とまことは疑問に思う様子もなく、レイに続きを促す。

「へえ、ピアノ。レイより?」
「私なんて比べ物にならないわよ。それこそ、幼稚舎に入る前から習ってて、学校行事でも、いつもその子がピアノ演奏に選ばれてたわ」
「そうなんだ。でも、なんで急にピアノ?」
「その子、とても小柄なの。身長だけなら初等部の子と間違えるくらい」
「えっ」
「学校行事で演奏する曲は年齢相応なところもあるから、子どものころはそこまで音域の広い曲は、少なくとも私の知る限りではだいじょうぶだったんだけど、中等部に上がるとやっぱり一気にレベルが上がるのね」
「・・・それじゃ、鍵盤に指が届かないんじゃ。その子、手は大きいの?」
「いえ、身長相応の大きさね。指も特に長いわけないし。でも、演奏を見ていると、指がとても柔らかいのは確か。あと、指の骨」
「ほね?」
「小指の骨が、曲がってるのよ」

 レイはこの場にいない同級生の指を想像する。子どものものと見まがうような大きさの手のひらは、ピアノを弾いているときには吸い付くように鍵盤を叩くその指が、日常生活の中では異質なほどに歪んでいる。人形やモデルのような均整の取れたものではないが、枝を注いだように骨がずれて伸びているその指を、レイは素直に美しいと思う。

「ピアノを弾いていないときは、本人も笑いながら指が曲がっている、なんて言うんだけど、私は、その手はピアノのためにあるって思う」
「・・・そう」

 なにかをやっているから、あるいは、やっていないからこうなるなんて、必ずしも一概には言えない。手の小さいピアニストがいるように、それを思えば、バレーボールに捧げたゆえの大きい掌も、あるのかもしれない。レイはむしろ、持って生まれたものの形を変えるほどに捧げた情熱に、美しさを感じる。そのために生まれたわけではないから、それにふさわしい肉体ではないけれど、意志と行動を以って。その情熱で。

 その熱は、骨の形を変えるほど。

「ほんとうに、きれいな手、だと思ってる」
「・・・そっか」

 手の話をしたことに呼応したのか、まことは、きゅっとレイの手のひらに自分のものを重ね合わせる。昼に一番大きいと言われたレイの指を優に超える長さの指が、レイの指を包み込む。

「・・・やっぱり、あたしのほうが、大きいね」
「・・・まあ、身長が」

 指の関節をなぞる手。
 まことは、ふっと笑う。手のひらがきゅっと閉まる。手の自由が奪われる、かすかな感情のさざめき。

「あたしとふたりのときに、ほかの人を褒めないでよ」

 微かに甘えた声。ああ、昼に亜美を朴念仁だと思ったはずなのに、同じ過ちを、日をまたがないうちからしている。レイはうんざりする。級友の話を出したことに、他意はなかったのに。
 ただ、レイに他意がないように、亜美もまた、他意なくレイとまことの指を長くてきれいだと、純粋にほめてくれたのだ。今となってはあの亜美の生き様は、変わってほしくないな、と思う。

「レイ」

 指と指が、籠を編むように絡まる。どこにも隙間がないように指を重ね合わせていくのに、なにかを閉じ込めているような背徳感。ほかの人のことを考えていることを見抜かれている。締め付けられる感覚にレイは欲情する。

「あたしの手、好き?」

 大きさは違っても、関節の数は同じはずなのに。レイの持っている手のひらでは想像もつかないような距離を詰め、やわらかい動きに絡めとられる。これなら、適切な努力と情熱さえあればピアノに愛される指だろう。

 持って生まれたもの。

「あたしの手、大きくて、女の子らしくないって、ずっと思ってたけど」

 生き様で変わったもの。

「レイがこの手、好きだから」

 レイの手を握ったまま、まことの中指がレイの手の甲をなぞる。自分の指同士を組み合わせても決して届かない場所に這われる軌跡に、離れるときに名残を残すように感覚にとろける。それこそ、骨の形が変わるような熱を持って。
 レイの指では届かない場所に、まことの指は届く。下腹部から脳天までを貫くほどの快感をもたらす、その指先。それはとても淫猥で。

 手を握ったまま、指先に口づけ。まことはふっと笑う。レイはその一部始終を見ている。

 燃えるような目で、まことを見ている。

「・・・・・・好きじゃないわよ」
「素直じゃないね」

 まことは困ったように眉を下げたが、レイはそれでもまことを見ている。まことの手が好きでないというのは、嘘ではない。長くて美しくて器用で正確な指。愛らしいと思う。レイに適切に快楽の渦をもたらす指。愛しいとも思う。だがこれは彼女が持って生まれたものだ。レイのための指ではない。

 ピアノのために骨を変えた人がいるならば、どうしてこの指はレイのためのものにならないのか。レイは手を握り返しまことを見つめる。あまりの熱にたじろいだのだろう、先に目をそらしたのはまことのほうだった。

「・・・・・・なんか、レイ、変」

 この指が短くて、不器用で、レイに快感をもたらさなくなればどうなるのだろう。骨の形がレイの望むように変われば。今だってレイの視線からそらすように、もう片方の手を目の前にかざしている。レイはそれが邪魔で仕方がない。

 レイに的確に快楽を与えるのがこの指なら、レイがまことを抱いたときに流す涙を隠すのも、声を押し殺すために咬むのも、背中に手をまわしたときに爪を立てないように虚空をさまようのもこの指だ。どうして、と思う。思ってしまう。あなたはわたしのものなのに。

 泣き顔を見せて。声を隠さないで。爪なんて立てていいから、その指先が与える痛みが、骨に届くほどに抱きしめて。レイはまことが、レイの指の動きを奪っても、腕全体までは拘束していないのに気付いている。勝てないはずの力で、手を絡ませたまま、手首を返して押し倒す。

 すでに焼き付いている理性で、レイはかすかに思う。亜美も、ただの朴念仁ではなく、本当に自分たちの手は好きでも、美奈子の手は好きではないのかもしれない。それこそ、彼女の手は、なにがあっても亜美のためには変わらないだろうから。だが、それも、ここでは関係のないことだ。

 まことが入れる力以上の力で、レイはまことの手を握りしめる。抵抗しない手首を布団に沈め、レイはまことの肉体に熱を沈めた。微かでも己の熱が、彼女の骨に届くことを、ひたすらに思いながら。











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