プラマイゼロ±

 某美少女戦士の内部戦士を中心に、原作、アニメ、実写、ミュージカル等問わず好き勝手にやってる創作、日記ブログです。

黄昏エチュード

2020-12-30 23:59:42 | SS

「・・・亜美ちゃーん!」

 待ち合わせが待ちぼうけに変わって結構な時間、亜美は待ち人の声で現実に引き戻された。
 読書や勉学はどちらかと言えば紙媒体派の亜美だが、この待ちぼうけに関しては、お供をスマートフォンに頼っていた。表示される時間と自分の体感時間と実際彼女と会っているはずの時刻、すべてにギャップを感じながら亜美は顔を上げると、待ち人は息せき切らせてという風に走って来た。すでに空には薄い月が浮かんでいる。

「ごっ、ごめん!お待たせしちゃったわね、亜美ちゃん」
「あ・・・遅かったのね、美奈」

 亜美はぜいぜいと息をする美奈子にシンプルな事実を告げたのだが、走ってきた人に投げかけた言葉は少し足らなかったかもしれない。そう亜美が思って言葉を継ごうとすると、美奈子は呼吸も整わないうちにまくしたてた。

「いやほんっとごめん・・・!ちょ、ちょっと・・・宇宙人に拉致られてて」
「なら、思ったより早く来た、と捉えたほうがいいのでしょうね」
「・・・あー、うん。冗談なんだけど。はい、ごめんなさい。寝坊しました」

 腰を直角に折る美奈子に、亜美は最初から怒ってなどいなかった。
 宇宙人に拉致られてというのはジョークにしても寒いが、実際にブラック・ムーン一族にさらわれた経験のある亜美にとってはかなり生々しく笑えない話なので、まだ寝坊したという方が理由として好ましい。そう思って淡々と応じてしまったのが本当のところだった。
 愛野美奈子といえば、西に泣いている迷子がいれば、交番まで送り届けてあげるはずがなぜか美奈子本人が保護者と引き合わせるまで付き合わされる羽目に陥り、東に重い荷物を持った老人がいれば、安請け合いをして尋常じゃない距離の運搬を担う羽目になり、北に新人アイドルのゲリラライブがあれば、新手の敵の罠かもしれないと鼻の穴を膨らませ最前列で構える女である。そして南にいる亜美は待たされる、と言った塩梅だ。

 美奈子の遅刻は、困ったことに本当に寝坊のときも多々あるのだが、この手のおせっかいや危険を顧みない行動をしばし寝坊とごまかすことを亜美は知っている。迷子がいたことや、困っている老人がいたなんて、いかにも嘘くさいから言わないほうがマシとでも思っているのかもしれない。
 世界や自分たちに危険がないのであれば、美奈子が言いたくないことを無理に問い詰める気にはならないけれど、手伝えることがあれば声をかけてほしい、とは思う。

「待ってくれてありがとうね、亜美ちゃん。でも、ちょっと遠くから声かけてもなかなか気づいてくれないから」
「ああ・・・携帯を見ていたの」
「携帯?珍しいわね。いつも本なのに」
「行く予定だったプラネタリウムの上映回が終わったでしょう。だから、感想やレポートが上がっていないかと思って探していたの」
「う、うぅっ・・・」

 やはり淡々とした物言いになってしまった、と亜美は思った。そもそも最初から心は平静そのものなのだが、このシチュエーションなら多少なりともわかりやすく咎める態度でいたほうがいいのかも、とも考える。だが、そんな態度に出られるほど亜美の感情は揺れていないのだ。

「好評だったみたいよ。美奈が好きって言ってた最近売り出してる俳優の特別ナレーション、やっぱり素敵だったって感想を上げている人をネットでたくさん見つけられたわ」
「そうなの!まだそこまで有名ではないんだけど、童顔気味の甘いマスクとハスキーボイスがギャップで、将来有望よ!この上映回しか出ないけどっ・・・・・・ああああああ」
「なら、星の解説の内容は同じでも次の回に行く必要はないかしら」
「いやごめんほんとごめん」

 イケメン俳優が一回ポッキリで出てくるプラネタリウムの上映会なんて、これまで敵対してきた組織が好きそうな手だ。幸いにしてここ最近大きな敵と戦う機会はないけれど、経験から疑う気持ちがあった。美奈子もそうだったのかはわからない。すでに分かりやすく敵組織の影が仲間内で認識されているのならば別だが、自分しかわからない不穏なものは仲間から遠ざけようとする人だ。だから美奈子からプラネタリウムに誘われたとき、亜美はうれしかったのだ。美奈子の意図がほんとうにただのイケメン俳優目当てでも、それならそれで、そういう人だと知っているから別にいいとさえ思った。
 でも結局亜美が事前に調べてもそこまで怪しいものなど見つけられなかったし、今だって連絡のつかない美奈子を置いて行くことはできなかったから、ルナの手を借りてその現場の様子を中継したものを見ていた。
 そして今は実際に行った人の書き込みや感想が怪しいものかどうかを携帯で調べていた。やはりなにもなかったようだ。なんのことはない、ただの美奈子好みのエンターテインメントだったのだ。

 結果として安全なものだとわかって、それでもいっしょに見る予定だったプラネタリウムを惜しむ気持ちがないというのは、それはそれで冷たいことなのかもしれない。だが、美奈子が亜美と違い待ってくれないイケメン俳優を逃したことを考えると、やはり寝坊説は疑うべきだろう。何か問題があって遅れて、ここに来られたからにはその問題は解決したのだろう、とも思う。いまだに平謝りする美奈子に対し、亜美はぼんやりと応手を考える。

「ほんとにごめん亜美ちゃん、さみしかったでしょ?お詫びに情熱的なハグその他もろもろを捧げるからあっちの建物の影に行きましょ」
「いえ、遠慮するわ」

 亜美は目を細めて美奈子を見つめる。どこかぐるぐるした美奈子の言動に、やはり『嘘』を感じる。かと言って暴く気もない亜美は、どうしたものかと考える。そんな亜美に気まずさを感じているのか、美奈子の言動はずっと滑りっぱなしだ。
 最初に宇宙人に拉致られていたと言っていたけど、解決済みなだけでもしかしたら事実かもしれない、と亜美は思った。ここに来る前に救った星があるのなら、それはなによりなことだけれども。

 さみしくなかった、と言うのは相手にも失礼だとすでに学んだ。なら待たされたくらいで帰る気はなかった、と言ってあげればいいのか。迎えに行ってあげればよかったのか。血眼になって探せばよかったのか。何もわからないふりをして、もっと遅刻を咎めてあげればいいのか。
 美奈子が望むことは、亜美にはわからない。だからなにをしてあげたらいいのか、わからないことだらけだ。

 ただわかるのは、マラソンさえ平然とこなす彼女が、今ここに息を切らしてここまで走ってきてくれた、というだけだ。

「じゃあ、美奈、行きましょうか」
「えっ、どこに?」
「プラネタリウムに行ってもいいけど、もうあなたの見たかった俳優さんが出るわけではないから、もう急がなくていいでしょう?どこかでなにか食べましょうか」
「えっ・・・あ、うんうん!行きましょ!いやぁ~それにしてもお腹すいちゃったわ~」
「なにも食べて来なかったの?」
「あ、え、うん・・・ね、寝坊しちゃって」
「・・・正直、具合でも悪いのかと思ったわ」
「・・・ごめんなさい」
「怒っているわけではないの。ただ・・・」
「うん、ごめん・・・」
「・・・心配、してた、わ」

 亜美の言葉にうなだれる美奈子の隣を歩きながら、心配は許されるようだ、と亜美は密かに思った。残念なことにこれが今できる最善で、今後最低にしなければならないな、と思いながら伸びた影に添った。



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