プラマイゼロ±

 某美少女戦士の内部戦士を中心に、原作、アニメ、実写、ミュージカル等問わず好き勝手にやってる創作、日記ブログです。

足りないもの

2021-07-26 23:59:41 | 概要




 キスをした。

 カーテンを閉めていない窓から射す西日が眩しくて、まことはついいつものキスより少しだけ早く目を閉じてしまって、レイの唇の右端に唇がぶつかった。ゆるく口を開いて舌を出しながら位置を調整し、顔の角度を変えて収まりの良い配置で、唇を触れ合わせる。出してしまった舌を迎え入れてもらえたので、レイの後頭部を押さえて、ゆっくりと舌を動かす。

「・・・ん」

 着地点は低めだったけど、継続なようだ。まことはさらにレイの腰を抱いた。そのまま引き寄せベッドに腰掛ける。レイもまことに続き膝に腰掛けてきた。レイの腕も、まことの背中に回される。

 夏の西日は眩しい。時計は見ていないが、夏でここまで西に日が傾いているということは、きっと思っているよりも遅い時刻だ。冷蔵庫の中身はどれくらいあっただろう。今あるもので夕飯と明日の朝食がまかなえるだろうか。できるのなら買い物にも行きたいし、その前にお米も洗っておきたい。学校に行く前に干してとっくに乾いているであろう洗濯物も取り込まなければいけないし、アイロンも当てたい。

 首の角度を変える。レイがまことの舌に応えるように舌を絡ませてくる。腕の中の体温が上がっていく感じがして、まことは体の奥底に熱を注がれたような気分になる。レイは華奢で、力には自信のあるまことにはずいぶん軽い体だけど、生きた人間の重みが膝にかかっているのが心地よい。口づけの合間に漏れる息がずいぶんと熱くて、まことは唇を尖らせる。まことのレイの頭を支える手はそのままだったけど、レイの腕はまことの背中から少しずつ離れて、両手で制服の生地を掴んでいる。

 今家にある野菜は冷凍のものもあるけど、今日園芸部で収穫したトマトとパプリカは無農薬で、そちらを早く使ってしまうべきだ。牛乳は、一人暮らしで飲む分にはあまり減らないけど、料理に使うと思いの外消費が激しい。今開封している牛乳の残量を、すぐには思い出せない。確か今日は学校とは反対方向のスーパーのチラシが入っていて、青背の魚が安かった気がする。ほかにも、箱ティッシュが底値だったから、予備はあるけど備蓄として買ってもいいかもしれない。ティッシュは少しくらい余剰があっても困らないから。卵は買いたい。料理やお弁当はもちろん、お菓子作りに使うと、一人暮らしでも結構な消費をしてしまう。

 レイの腕がまことの体から離れる。と思ったら、そのまま体を折るようにまことの体に体重をかけてきた。やっぱり華奢なレイだからその腕に押されたってまことの体はびくともしないけど、だからこそ、少しだけ迷って、まことはレイに身を任せることにした。ベッドを横切るように倒れる体をレイが口づけたまま追いかける。背中も後頭部もすっぽりベッドに沈んでも、レイとまことの顔の距離は変わらない。まことの顔の横にレイの長い髪が下りてくる。唇をすりあわせる。レイが自分の髪を耳にかけようとするのを手伝ってあげる。肩を突っ張ってるレイを引き寄せて、自分の体に体重をかけさせる。じゃれる猫のように口づけはつづく。お互いの制服越しでも、触れる部分はずいぶんと熱い。

 お風呂も掃除しないと。でもやっぱり今気になるのは夕飯をなににするかだ。買い物に行ってから決めようと思っていたから、今ここでなにができるか思いつかない。缶詰は万が一の備蓄用だから、あまり使う気は起きない。桃の缶詰ならデザートに開けてもいいかもしれないが、メインが決まらない。まことは結構料理にこだわる方だから、できあがった時の彩りや栄養を考えると、やっぱり今日スーパーには行くべきだ。チラシに載っていなくても、ふといい物に出会うこともある。紅茶はあるけど、コーヒーは一昨日から切らしていて、次の安くなった時に買おうと思っていた。

「まこと」

 レイの唇が、体が、離れる。寝そべっているまことに対し、レイの体は起きている。やっぱり西日が眩しくてレイの顔は暗く影がかかっていたけれど、さっきまで触れていた唇がぽってりと赤く濡れている。いつもは美しく流れる髪も少しだけ乱れて、赤く染まった耳が覗いていた。

「なに、レイ」
「なに考えてるの」
「なにって?」
「私以外のことを、考えているでしょう」

 レイの言葉は淡々としている。まことはレイとの付き合いが長いから、その美しい口から紡がれる抑揚の少ない言葉が、怒りのためか、そうでないかは区別が付く。あまりレイのことを知らなければ少し怖い印象を与えてしまいそうなその態度を、まことは困ったような笑顔で受け止める。

「晩ご飯、なににしようかなって」
「晩ご飯?」
「冷蔵庫の中とか、備蓄とか、いろいろ思い出してたんだ」

 レイの表情は変わらない。夏用でも暑いと感じてしまそうな生地の厚い制服から、細い首が伸びている。日頃涼しげな顔をしているレイの首筋に薄く汗が浮かんでいて、まことはやっぱり少し困った表情を向けてしまった。少し遠くなってしまったレイの腰に手を伸ばす。

「晩ご飯に、なに作ったら、レイが帰らないかなって思ってた」

 ひとりならどうにかなるけど、二人なら今ある材料では少し物足りない。でもそのためには買い物に行かなきゃ行けなくて、でも、そうしたら。少しだけ下唇を浮かしたまことに、レイはふ、と息を付いた。

「私が帰る心配をしてたの?」
「帰るって言うかなって」
「私が、あなたが作ったものがなにかによって、帰るか帰らないか決めるとでも?」
「アスパラのソテーだったら?備蓄であるぞ、アスパラの缶詰」
「それはイヤだけど」

 買い物に行きたい。レイが上に乗ってるから行けない。レイにどいて欲しくないから、手をほどけないから、行けない。でも、このままだとレイにご飯を食べさせてあげられない。レイとキスをしながら、まことはそうやって困っていた。

「・・・アスパラは出さないから、帰らないでよ、レイ」

 まことは体を起こして、レイにキスをしようとした。さっきより少しだけ日は落ちて眩しさは抑えられていたから、もう収まりの悪い角度でキスしたりなんかしない。また腰を抱き寄せる。
 でも、それはレイに阻まれた。レイが体重をかけて倒れてきたのだ。まことはやっぱりその華奢な体を支えることが出来なくて、さっきと同じようベッドに倒れ込む。でも、今度はレイだけ体を起こした。距離が遠くなって、でもさっきみたいに追えなくて、まことはレイを見て目をぱちくりさせる。少しだけ沈黙した後、レイはまことの制服の胸元に触れた。

「まこと」
「なに、レイ」
「自分が食べられる心配をしたら?」

 制服が胸元までまくられる。湿度の高い外気に肌が晒される。夏だから、さっき触れ合っていたから、少しも寒くない。ただ、さっきよりも、ずいぶんと体の内側が暖かい。

「・・・帰らないんだ、レイ」
「帰って欲しいの?」
「・・・ごはん、炊いてない」
「いいわよ、別に」
「おかず、足りないかも」
「だから、帰れと?」
「・・・・・・帰らないでよ」
「最初からそう言えばいいのよ」

 下着の隙間に、レイの細い指が入り込む。緊張よりときめきより、安心感がまことを包む。あるべきとことにあるものが収まるような、穏やかな喜び。まことはまたレイの顔に両手を伸ばす。

「先にキスしてよ、レイ」
「したじゃない」
「今度はちゃんとレイのことだけ考えてるから」
「・・・・・・・・・」
「して、レイ」

 睫毛の震え、微かな吐息、今度は少しの距離も間違えない、体の隙間も心も埋めて、ぴったりと心地よく収まった口づけ。瞼の裏に夕日よりも熱く柔らかい温もりが満ちる。相手のことだけを思う瞬間がなによりも心地いいことをまことは覚えた。触れて欲しかった。家事も終わってないような部屋だけど、いなくならないで欲しかった。お腹をいっぱいにしてあげることは出来ないけど、ここにいて欲しかった。

 ここにはまことしかいないけど、レイにそばにいてほしかった。

 夕焼けの残滓が消え、夜が街に染み出してきていても、瞼を閉じたまことには見えない。違うことを考えていることはレイには伝わってしまうから、まことは静かにレイに体を委ねた。
 
 
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