プラマイゼロ±

 某美少女戦士の内部戦士を中心に、原作、アニメ、実写、ミュージカル等問わず好き勝手にやってる創作、日記ブログです。

それが仕事だから

2021-10-02 23:59:09 | 概要




「あら、顔色悪いわね。また痩せたんじゃないの?」

 それは病室で放たれた第一声だった。そして病室で彼女に会うたび、挨拶のように毎度開口一番に放たれる言葉だった。毎度また痩せたと言われるが、実際にその都度痩せていたらもはやコピー用紙のようにぺらぺらになっているだろう、と思う。
 だが、健康的な体を保てている自信が無いのも事実なので、亜美はそれを言葉にはしないでいる。

「ちゃんと食べてる?毎日毎日仕事ばっかりできちんと休めていないんじゃないの?」
「・・・あの」
「なに?忙しいのがいいって言うのはもう昔のことだからね。今は健康に気をつけてほどほどに休んでこそ、いい仕事が出来るんだから」
「・・・ええ、そうね」
「まったく、医者のあなたにこんなこと言わなきゃ言わないなんて」

 やれやれ、と言わんばかりに無駄にだだっ広い特別病室の無駄にだだっ広いベッドに腰掛けた美奈子を、亜美は立ったまま目だけで追う。
 そもそも、顔色だの体型だの、医者の自分が尋ねられることではないのだから、言うのがいやだと思っているなら言わなきゃいいのに、と思う。そして、やっぱり思うだけで言わない。彼女の言っていることは正論であると同時に、彼女の仕事でもあるのだ。

 亜美が自分の仕事を大切なように、亜美も彼女の仕事を邪魔したりはしない。

「で、どうなの?水野先生」

 美奈子の、どうなの?の問いかけは亜美の仕事の進捗を尋ねるものだと判断した。まさか亜美の血圧の数値が基準以下なことなんて聞いてないだろう。

「どこも問題ないわ。このまま内臓をホルマリン漬けにして飾りたいくらい。いいサンプルになるわ」

 亜美は医者として彼女の健康診断を担当している。というより、ほぼ専属の主治医だ。彼女のデータは内容は既に頭に入っているので改めてカルテを見直す必要もなければ、改めてカルテを見直すふりをする必要さえ無い。

「ええ・・・・・・・・・」

 だが、美奈子のリアクションは芳しくない。と言うより、引かれている。俳優家業の美奈子だが、ここでそんな演技のサービスはいらないだろう。本当に内臓をホルマリン漬けにすると思われているなら由々しき自体だ。亜美は慌てて言いつくろう。

「あ、いや、内臓の写真を撮っておきたいくらい。ほら、あなたの内臓、ほんとにきれいなのよ」
「あら、きれいと言われて悪い気はしないわね」
「病院だと症状の出ている内臓のサンプルばかりだと思われがちだけど、ほら、病院に貼ってるポスターで、健康な内臓と疾患を発症している内臓の比較写真みたいなの、見たことあるでしょ?ああいうののサンプルにちょうどいいなって。あれ、医学書だけでなく保健の教科書とかでも使われてて需要があって・・・」
「あら、あたしの内臓、先生が欲しいんじゃないの?でも残念ね、あたしこれでもヌードはNGなのよ」
「・・・芸能界って、内臓の写真はヌード扱いなの?」
「え、究極の全裸じゃない?世に出せば絶対需要はあるわよ」
「・・・ぜ、ぜんら」

 職務上、お金を貰って不特定多数の究極の全裸を見まくっている亜美には、美奈子の言う需要というものがよくわからない。ただ、世に出せないと言われたら出さない、それはシンプルにコンプライアンスであり、人間としてのマナーだ。

「まあ、外見のヌードはNGとして、内臓は事務所がオッケーしたらいいけどね、これも仕事だし」
「いいの?」
「聞いとくわ」
「・・・ありがとう」

 検査服に体を包んだ美奈子を見つめる。驚くほど質素で簡素で、医療を与える者の側に都合のいい姿を、今の美奈子はしている。その人となりから放たれる華やかなオーラに対し、その装いは亜美でも違和感を抱くほどに似合っていない。事実、彼女は健康そのものだ。
 対し亜美は美奈子に会うたび痩せてきていると言われるし、顔色が悪いのは自覚している。ここで顔だけなら患者と思われるのは亜美の方だろう。そんな妙な主治医と患者の関係を、少し前から続けている。

「でもここはいいわねえ。パパラッチもここまでは入ってこないし」
「まあ・・・看護師の真似したり、ほかの入院患者のお見舞い客の振りして、迷っちゃいましたとか言ってここまで来る人たちもそれなりにいたけど」

 学校の教室くらいあるのではないかと思うほど広いVIPルーム、腰掛けたら起き上がるのに苦労しそうなほど深く沈む、広く柔らかいベッド、光がたっぷり入る大きな窓と、キャビネットにクローゼットに調度品、カーテンもずいぶんと分厚くて派手だ。

「あら、やっぱりあたしって人気者ね」
「らしいわね」
「あら、そこはちゃんとそうねって言ってもらわないと」
「・・・・・・あまり、テレビとかも見ないから」
「はあ、まったく」

 美奈子がため息をつく。ここは、どうすべきなのか。でも、これは仕事だから。亜美はぐるぐると考える。仕事だから。そう、仕事だから、亜美はここにいるのだ。

「このトップ俳優を生でしか見る機会がないって、逆にすごいわ」
「・・・主治医の特権、というやつなのかしら」
「暇がないのはわかるわよ。だからそんな顔色なんでしょう」

 ベッドに座ったままの美奈子が、亜美の手を引く。強い力を込められているわけではなかったが、否定を許さない意思が指先から伝わってくる。亜美はぐるぐるした頭で考える。仕事だ。これは、仕事なのだ。

「いらっしゃい」

 腕を引かれる。腕を付く気力も意思も反射反応さえもなくて、ほぼ無抵抗にベッドに引き込まれる。ベッドは大部屋の入院ベッドとも診察室の簡易ベッドとも担架とも違う、一度触れると起き上がるのが困難なほど心許ない柔らかさだ。引き倒される時に彼女の流れる髪が香った。ここは病院で、香水など付けているはずもないのに、その香りは妙に人を蠱惑する。亜美は頭からベッドに沈んだ。

「主治医の特権はトップ俳優の外と内のヌードを見られること」
「・・・・・・・・・」
「じゃあ、トップ俳優の特権は主治医を選べることかしら」
「・・・・・・・・・」
「水野先生」

 これは仕事だ。自分にとっても、彼女にとっても。
 芸能界とは、医療業界とはまた違う特殊さだ。業務量が人気に左右される面が大きく、違法で劣悪な労働環境がまかり通っている。芸能界に疎い亜美でもそのイメージは容易につくし、事実、肉体、精神的に追い詰められた芸能人を、亜美は医者としてニュースではなく現場で多々見ている。
 そしてその芸能人のイメージを払拭すべく、美奈子が仕事でここにいることも。

 トップクラスの俳優である美奈子と病院がタイアップしたこの企画。芸能界にクリーンなイメージをつけるため、また、不特定多数に病院に行くハードルの高さを払拭するため、健康で若い女性である美奈子に白羽の矢が立ったというわけだ。美奈子ほど忙しくても病院には行ける、定期的な検診こそ健康の秘訣、病院はに行くことはこわいことじゃない、彼女の笑顔がテレビでそう語る。ポスターで呼びかけている。
 そして、別に必要も無い過剰な検査でその柔肌に針で穴を開け、不要な薬剤を飲み、仕事の合間にVIPルームで仮眠を取らせる。不健康なら出来ない過剰で異常なスケジュールをその身に背負わせている。

「・・・・・・いつまで、ここにいるの」
「二時間は休憩できるわよ。次の現場は近いから」
「・・・・・・いつまで、こんなこと続けるの」
「そのまま同じ言葉を返すわよ。水野先生、あなたはいつまで」

 だから、ここにいる理由は仕事だ。亜美も、美奈子も。
 がむしゃらに医療に邁進していた亜美が、大病院に必要なのは医療技術でなく、上に取り入る力だとやっと気づいた時には、既に組織に必要とされなくなっていた。技術という薄氷の上にかろうじて立っていただけだった。美奈子がこの仕事を受ける際に亜美を指名をしてくれなければ、利用されるのであれば亜美にしか触れさせないと宣言しなければ、もうここに亜美の席はなかったはずだったし、残る気力も失せていた。
 自分を守るために、彼女を利用して、彼女をほかの医者に任せたくなくてここにいる。

 美奈子に医療は必要ないのに。自分は組織に必要ないのに。

「・・・病院に行くのに心情面でハードルが高く感じる人は多いわ。でも、あなたのおかげで間違いなく健康診断に来る人は増えた。救える命も増えた。あなたには本当に感謝してる」
「まあ、それが仕事だからね」
「なら、私だってやめるわけにはいかない」
「まあ、それが仕事だものね」
「そう、仕事だからよ」

 病院を必要でない者が、病院に必要ない者と、こうやって仕事で手を取り合ってここにいる。そのさまがあまりにも滑稽で、亜美はベッドに沈んだまま口先だけで嗤う。本当に彼女をホルマリン漬けにすれば、自分も彼女もここから出て行けるのかもしれないとさえ思った。彼女がそんなことを望んでいないのは、よくわかっていたけれど。

「ねえ水野先生」
「なにかしら」
「ほかに仕事を頼んでいい?」
「なに?往診?それは一応上の許可が」
「いや、ここを出てあたしの専属にならない?」
「それこそ、あなたは年に一回健康診断を受ければ十分だと思うけど。ハードな撮影だと怪我をしたりする可能性はあるかも知れないけど、そういう現場ならある程度の対策は取られるだろうし、なら、あなたの専属になっても私の仕事はないわね」
「そうじゃなくて、心情面でよ」
「心情面?精神科は本業じゃないわ。カウンセリングはそれこそ専門家に任せた方が」

 手が握られる。ベッドはふかふかで、水中みたいに沈んでいって、亜美は体を起き上がらせる力がまだ湧かない。頑張っても沈んだ頭の向きを変えるのが精一杯だった。ポスターで病院に行こうと笑顔で呼びかける人と同じ顔で、違う表情が目の前にある。

「そうじゃなくて、亜美ちゃん」 

 仕事から離れられない。生活のためなのか、使命のためなのか、意地のためなのか、彼女のためなのか。ならばそれらをすべて満たせる仕事ならば、亜美はここから抜け出してそれに飛びつくのだろうか。考える間もなく美奈子の言葉がやってくる。

「あたしの愛人にならない?」

 そんな言葉に亜美の心は動いたりしない。
 愛人文化は上司たちの間で盛んだし、ここまで露骨な言葉ではないが実際に結構な勧誘を受けた経験がある。それに完全なる偏見だが、芸能界でもそういうことは多そうだ。

 学生の頃ならともかく、世間に揉まれた亜美はこんな言葉を受けても自分で思ったより冷静だった。
 もうこんなことで心は動かないから、頭で考えて言葉を放つ。
 
「愛人って、なにするの」
「えー、あたしが亜美ちゃんにお金を出すって言うか生活を提供するから、亜美ちゃんはあたしがさみしい時とか、具合悪い時に相手してくれたらいいのよ」
「・・・あなたのおかげで仕事ができることを考えたら、それは今と大差ないわね。雇い主が代わるだけだわ」
「じゃあそうしない?あたし、結構待遇いいわよ」
「・・・私があなたの愛人になったとして、医療雑誌は、論文は、薬剤は、器具は、問題なく手に入る?」
「あら、あたし結構稼いでるって」
「お金もだけど、医療法人でないとなるといろいろ面倒だわ」
「そんなフラれ方ある?これでもいっせーのーせーの告白だったのに」
「いっせいちだい、かしら」
「・・・わかった、言い方を変えるわ」

 手は離さない。体がどんどんベッドに沈んでいくような感覚だった。患者と手を取り合ってベッドに寝ている、こんなところを誰かに見られたら、自分はもちろん彼女の破滅だ。仮にも病院のVIPである美奈子のプライバシーを病院の人間が覗いたりはしないだろうけど、それでも。

「あたしの愛人になりなさい」

 それでも、手は離さない。亜美はそれこそ今となにが違って、彼女になにができるのだろうと考えていた。
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