プラマイゼロ±

 某美少女戦士の内部戦士を中心に、原作、アニメ、実写、ミュージカル等問わず好き勝手にやってる創作、日記ブログです。

理性の夜

2014-04-26 23:59:44 | SS




 ヴィーナスは、マーキュリーを見つけた。

 つかまえるのは難しくても、見つけることはたやすいマーキュリーは大概本か機械か水のある場所にいる。今日も、仕事を終えたヴィーナスは、コンピュータ・ルームでなんの苦労もなくマーキュリーを見つけた。

 すでに夜は始まっているのに、マーキュリーはコンピュータ・ルームの画面を見つめ、眉一つ動かさず作業をしている。青と白を基調にしたコスチュームに、あまり明るくない室内でいる彼女は、ほかのものを受け入れないひどく潔癖な印象を与える。
 訪問者には気づいているだろうに、マーキュリーは振り返らない。いつもならそれでも軽口でも叩いたかもしれないが、今日はそんなやり取りすら煩わしく感じた。愛の女神のヴィーナスは、それでも、理屈のこね合いではなかなかマーキュリーに敵わないのだ。

 画面から目をそらさないマーキュリーにならって、ヴィーナスはマーキュリーの目線を追う。ぱちぱちとコントロールパネルのキーを叩く音を聞きながら、腰かけているマーキュリーの背後に回り、背もたれに手を置き一通り目を通す。
 数分ほどそうしていたが、ヴィーナスはようやく腰を折った。

 背後から、覗き込むようにしてマーキュリーにキスをした。マーキュリーは画面を見つめて作業をしている顔の角度を変えることもしなかった。つまり、積極的に受け入れているわけではなかったが、拒絶もしていない。ようやく、キーを叩く音が止まった。
 ただ黙って唇を押し付けるだけの行為。一分ほどそうしていただろうか、ようやく唇を離したヴィーナスを、マーキュリーは目を微かに細めて見つめてくる。
 ヴィーナスはそんなマーキュリーを見つめ、にこりと微笑む。

「こんばんは、マーキュリー」
「・・・こんばんは、ヴィーナス」

 お互い、まるでたった今顔を合わせたかのように挨拶をする。それでも、ヴィーナスはいい夜ね、とつぶやいてマーキュリーに背を向けた。マーキュリーは挨拶がそのまま別れの挨拶になると思っていたのかもしれない。去りゆく背中を、やはり少しだけ目を細めて見つめる。

 だがヴィーナスは去り際、少しも振り返らずにマーキュリーに告げた。

「あなたの部屋で、待っているわ」

 ヴィーナスは、マーキュリーの返事を聞かなかった。マーキュリーも黙って目線を画面に戻し、作業を再開する。部屋の扉が閉められる音を確かに聞きながら、長い夜になるな、となんの感慨もなくマーキュリーは思った。







「おかえりなさい、マーキュリー」

 しばらくして戻ってきたマーキュリーを、ヴィーナスはベッドで出迎える。意外と待たされなかったことに、ヴィーナスは心からの笑顔を向ける。ヴィーナスはマーキュリーのベッドにリラックスしたように足を伸ばし、ベッドサイドにはワインの大瓶を二本置いてあり、機嫌よくグラスを傾けている。

「・・・この場合は、ただいまというべきなのかしら」
「そうねえ。あなたの部屋だし、不法侵入ではないわけだし。だから、ちゃんと言って」
「・・・ただいま、ヴィーナス」

 律儀なやり取りの後、マーキュリーは大したリアクションもせず目を細め、ベッドに腰かけた。なにか警戒でもしているのか、ゴーグルをはめている。

「飲む?」

 ヴィーナスは更にワインを傾ける。度も糖度も粘度も程よく高い濃厚な液体を舌で転がしながら、ポーズだけ楽しむふりをして、開けかけでまだなみなみと残るボトルを無視し、新品のボトルにコルク抜きを差し込み栓を抜く作業を芝居じみた大げさで行う。濃厚な香りが部屋に膨らんだ。
 わざわざ用意した高級品だが、マーキュリーは更に目を細めて軽く手で押さえつけ首を振った。

「遠慮するわ」

 手を突き出すやり取り、やっと、目が合う。青白い顔。髪も青くて瞳も青くて、コスチュームも青くて。唇だけがうっすらと赤くて、それがひどく煽情的に見えた。氷のような冷たさを纏っていながら、でもそれをほどいてやれば中から淫らさがこぼれてくるように思えた。ワインをベッドサイドに置くと、突き出す手を掴んで、ベッドに引き倒す。ぼすん、と、乾いたシーツの音。色気がない。清潔感漂うベッドにも、マーキュリーにもなにもかも。

 言葉もなく押し倒されたことに、マーキュリーは別段驚きも抵抗しない。誘って、きちんと部屋に来てくれたのだから一応はそのつもりでここにいると思っていいのだろう。ヴィーナスはほとんど大きさの違わない体をぴったり貼り付けるようにマーキュリーをベッドと自分で挟み込むと、わずかな隙間も許さないようにキスをする。コンピュータ・ルームでの挨拶の延長のようなキスとは違う、もっと、ワインのように濃厚で淫らな口づけ。
 ぬるぬると口の中をかき乱す。呼吸が漏れる。ワインの味が広がっていたヴィーナスの口内が妙に水っぽくなる。自分から分泌されているのか、マーキュリーからのものなのかはよくわからないけれど。

 するりと、糸を引かせてマーキュリーの顔を覗き込む。短い髪を枕に広げてこちらを向くその顔は、しかし光を跳ね返すゴーグルにより隠されていた。わかっていたはずなのに、そもそもここにやって来るときにゴーグルをはめたままだったマーキュリーに、いまさらに腹が立つ。少し乱暴な仕草で胸のリボンの真ん中に手のひらを落とし、コスチュームごと解除した。一瞬青い光が弾け、武装が丸ごと消えた。コスチュームもゴーグルもない、まるはだかのマーキュリーがいる。

 武装しているマーキュリーしか見ない者は知らない色が、その体にもきちんとある。普段から禁欲的な姿をしているせいか、それとも、だからこそ隠しているのか、こんな場ですら律儀に足を閉じても、いやらしい体をしていると思う。だが、まつ毛が重いとでも思っているかのように鈍く重く瞼を開く仕草の方が、ずっとヴィーナスの視線を奪う。

 どうしたら、この人の理性を奪えるのかしら。理性の塊であることがアイデンティティのようなこの人を。

 抵抗もせず、マーキュリーはとても、まるで犬のように従順だ。おそらく今ヴィーナスが命令すれば靴の裏だって舐めるに違いない。屈辱に興奮する性質ではなく、理性で従う以上そんなことはとても無意味なのだけど。

 ヴィーナスは微かな苛立ちと、内心舌舐めずりをしたくなるような状況にしばし頭を回す。椅子になれと命令してやろうかと思ったが、そんなことをしてもヴィーナス自身は楽しくないし、今夜の目的はそれでもない。

 とりあえず、吸ってみた。

「・・・・・・・・・」

 肩口にきつく吸い付く。マーキュリーは驚きも抗議もせず声も上げないが、皮膚の感覚が、体に灯る熱が、少なくともヴィーナスが今抱きしめているのが氷の塊ではないと教えてくれる。ヴィーナスは皮膚の薄いところを、選んで吸った。跡が、赤く浮き立つ。青と白の世界に、ぱっと赤い花が咲く。新雪に足跡をつけるような気持ちにそれは似ていた。
 足の甲やくるぶし、膝や手の甲、鎖骨などを下から上に順に。首筋に跡を残してもそれでもマーキュリーはなにも言わなかったが、まぶたにくちびるをつけたとき、ようやく、抑揚のない声で言った。

「・・・ヴィーナス」
「なぁにぃ」
「ライト、消して」

 そういえば灯りがつけっぱなしのままだと、いまさらヴィーナスは気づいた。そんなこと、考えもしなかった。
 だが、寝室でねだりごとをするのならもっと言い方があるだろうに、マーキュリーの言葉はあくまでも事務的だ。ヴィーナスは痛みを感じる近くまでまぶたに吸い付くと、まぶたに咲いた花に、今度は優しいキスを落とす。

 そしてしばらくその体をじっくり眺める。赤みは全身に散っているけれど、肌と肌が触れることで単純に生まれる熱もある。仄かに赤みが増したマーキュリーの姿を見つめ、ヴィーナスは微笑む。

「どうして、ライト消してほしいの」

 恥ずかしいから、なんてかわいい言葉を少しはヴィーナスは期待していた。どれだけ事務的でも、言葉を出してくれたら、それに応えてあげたい。まぶたに触れた少しうるんだ瞳でヴィーナスを見上げてくるマーキュリーの言葉は、しかし、冷ややかだ。

「まぶしいの」

 そりゃ上を向いてたら目にライト直撃だもんねさっきまでゴーグルしていたもんね、といつもならふてた口調で言っていただろう。事実頭でそう思う。だが、今日はそう言ってあげる気にはならなかった。

「そう」

 ヴィーナスはマーキュリーにのしかかったまま、ベッドサイドに手を伸ばす。マーキュリーは目線だけでそれを追う。灯りを落としてくれると思ったのだろう。だがヴィーナスが手にしたのは、開けたばかりのワインの大瓶だった。

「まぶしいなら目を閉じていなさい」

 灯りは消さずに、瓶をマーキュリーの顔めがけて傾ける。どぶ、と音をさせマーキュリーの顔にワインを降らせ、ばしゃ、とマーキュリーの顔と枕とシーツを容赦なく汚した。む、とアルコールの臭気と濃い果実のにおいが漂ってくる。

「目を開けると痛いわよ」

 たっぷり、小瓶一本分くらいはかけただろうか。度も粘度も強いワインはマーキュリーの視界を完全に奪う。ヴィーナスは目の利かない相手に、最高の笑顔を向ける。
 きちんと目に入る前にまぶたを閉じていたのか、マーキュリーは特に驚いている様子も苦しんでいる様子もない。だが、視覚だけでなく嗅覚も利かないだろう。それでも乱れないのは、果たして理性なのだろうか。

 顔中ワインまみれにしたマーキュリーは、思い出したように息を吐いた。抗議も、不安も、拒絶もなく、かといって相変わらず積極的に受け入れているわけではないまま、青とは違う色に染めた顔をして、目をしっかり閉じたこと以外、表情ひとつ変えない。

 ただ、ゆるく唇を舐めた。ワインが流れるその唇を、舌先を出して、味を確認するように。

 それだけだったが、ヴィーナスは、マーキュリーの自発的なその行動にようやく笑みを消す。考えることをやめた。出していた舌に吸い付くようにキスをした。先ほど以上にワインの味がした。噛みつくように口内を犯したあと、ワインの軌跡を舌で愛撫する。耳や喉元に流れたワインの筋を追う。
 青と白が塗りつぶされていく。ワインの跡をなぞると肌が熱を帯びる。わずかとはいえアルコールが入ったせいか、単にマーキュリーにようやく火がついたのか。ワインに濡れた個所を舐めとり、痕を舐めとり、歯を立て、乳首を舐めた。青くも白くもない場所は目についた。だから特に乳首は執拗に丁寧に舐めた。

 ぷっくりと赤い乳首がさらに赤く色づく。控えめに固く尖りだす。視覚と嗅覚、そしておそらくは味覚も支配されている状況で、肌が過敏になっている。そもそも愛の女神であるヴィーナスがこんな風に体を乱すことは簡単だけれど、マーキュリーの自発的な行動を見てから遠慮がなくなった。肌全体がさらに赤く色づくのが、マーキュリーの所望通りとはいかずいまだに赤々とついた灯りの下にさらされている。
 それでもマーキュリーは声ひとつあげず、身じろぎもしない。手の自由は奪っていないのに、未だにまぶたを濡らすワインを拭うようなこともしない。ぱたぱたとワインが髪の端に流れるまま、ぼうっとしている。

 いらいらとむらむらが同時にやってくるひと、とヴィーナスは思う。まだワインの被害を受けていないからだは、相変わらずいやらしい。筋肉の筋から、うっすらと浮いたあばらが作る影、そして未だに固く閉じられた足まで。

「マーキュリー」

 聴覚は利くはずだ。ヴィーナスは猫のように口角を上げて笑うと、耳元でやさしくやさしく、名前を呼ぶ。ぴくり、とマーキュリーは動いた。でも、それだけだった。ヴィーナスはますます笑った。最高の愛の女神の笑顔は、残念ながらマーキュリーには届かない。

「あなたに言葉はいらないのね」

 顔を、ワインまみれの顔を手のひらでわしづかみにする。体重をかけて枕に後頭部を押し付ける。手のひらで呼吸さえ奪う。ヴィーナスは声を出せないようにするが、マーキュリーからはそもそも声を出そうとする意志を見いだせない。枕にずぶずぶと沈む王国の頭脳はあまりに無抵抗で、ヴィーナスは難なくその口に金の環をかける。馬に噛ませるような轡をチェーンで作り、マーキュリーの口と後頭部を結び、拘束する。

「似合ってるわよ、マーキュリー」

 轡でできた唇の隙間に指を突っ込み、ヴィーナスは焦らすように囁いた。言葉を奪われても呻くくらいはできるだろうに、マーキュリーはあとから思い出したように呼吸するだけだ。轡を噛ませている以上指を噛みちぎられるということはないという打算もあったが、それでもいくら口の中を指で弄っても、かちりとも鎖は軋まない。

 ここまで来るとすがすがしい。ワインの混じった唾液が絡みつく指をずるりと引き抜くと、ライトに当たっていやにてかてかとした。こんなに、いやらしいのに。

 今度はまぶたから順に、皮膚の薄い部分に歯を立てていく。上から下に、先ほど跡をつけたところをたどるように。皮膚が歯を弾く感覚。痛みをきちんと感じるように、力を込めて噛む。先ほどよりもずっと濃く酷く痕が残る。歯や唇を伝って、どくどくとマーキュリーの血液の流れが伝わる。薄い皮膚の下に駆け巡る熱の存在を知る。しかし、食い破ってみたら、まさかワインより冷たい液体が流れてくるなんてことはありはしまいか―そんな想像にすら苛立つ。

 乳房をわしづかみにして乳首を噛む。噛む。噛みしめる。噛みながら上目づかいに見つめる。握りしめたマーキュリーの手の甲の皮膚から血管が太く浮き上がる。ようやく、がちり、と轡が軋んだ。閉じきれないくちびるからワインと唾液がはみ出る。

「よかった、あなた、神経通ってるのね」

 余裕めいた暴言を吐いて、くちびるに優しくキスをする。ワインの味がほんのりと薄まっている。乾き始めたワインでも、額や瞼に血管が浮いているのは隠せていない。詫びるようにまた乳首を舐める。今度は、やわく。
 マーキュリーの体が、震える。だらしなくベッドに落ちていた手がシーツを握りしめる。恐怖からではないだろう。恐怖だとしても、それはヴィーナスにではない、自分がほどけて落ちていく感覚から。

 だいじょうぶよ、と声も出さずに全身にくちづけを散らす。先ほどと逆に降りていく口づけは、足先にたどり着く。視界を封じられ口枷を噛まされていて、爪先や足の甲に口づけられるこの状況を、果たしてこの頭脳はどうやって解釈するのだろう。ヴィーナスは、やはり目が見えていない相手に微笑みかけ、片足を掴みあげる。固く頑なに思えたその足は、あっけなく開かれた。

 ぴくり、と体が動く。灯りのついた部屋で足を開かれている自分の状況がわかっているのか、少しマーキュリーの様子が変わったように、少なくともヴィーナスは思えた。いまさら様子が変わるなんて、そんな状況を判断できる理性は、相変わらずヴィーナスを苛立たせる。

「見られたくない?」

 返事が返って来るとは思っていないし、そもそもヴィーナスは返事を求めていない。そしてマーキュリーも返事はしないが、指に絡みついたシーツの皺の深さは、やはり、と思わせる。
 ヴィーナスは黙ってもう一度ワイン瓶を掴むと、掲げた足先に添わせる。白い足を伝って、容赦なく足の間にワインを降らせる。

 ワインのにおいは、肉体から香り立つ芳香をかき消す。流れ着く先で、ワインはマーキュリーの秘部を静かに濡らし、隠していく。嗅覚も視覚も味覚も奪われている条件は、実は同じだということに、果たしてこの頭脳は気づいているのだろうか。だったら、あとは、どちらが。

 空になるまで注いだ瓶をベッド外に放ると、カーペットに当たってごろんと音を立てた。シーツでも吸いきれないワインは、マーキュリーの秘部あたりにたまり、ぬらぬらとライトを反射して光っている。

 ほんとうに、いやらしい。マーキュリーの片足を肩に抱え、ヴィーナスは容赦なく舌を突き立てた。自分の届く、もっとも深いところまで。ぬるぬると舌に絡みついてくるのは、ワインなのか、それとも。
 アルコールを内蔵に擦り込むように、舌を暴れさせた。狭い穴はそれでも潤滑油の力を借りてぐちゃぐちゃと赤く泡立つ。もっと奥深く。口内にワインにまじった愛液が溢れる。轡が軋む音がする。ぎりぎりとチェーンに歯を立てている音が聞こえて、ヴィーナスはほくそ笑む。だが、もう顔は見なかった。

「マーキュリー」

 ワインより甘い声で囁く。ぐしゃぐしゃになった舌を引き抜いて、マーキュリーの膝を曲げさせ、足首と尻の肉がくっつくくらいに折り曲げる。そしてヴィーナス自身はマーキュリーの足の間に指を埋めた。

「ぐっ・・・」

 容赦なく突き立てる。マーキュリーが轡の下で喘ぎとも呻きともつかない声を、初めてあげる。マーキュリーの全身がびくびくと跳ねて、血管が破れんばかりに皮膚から浮き上がる。マーキュリーの首がようやく枕から浮き上がる。なお、突き立てる。らせんを描くように動かす。

 ぐちゃぐちゃとマーキュリーの秘部を指三本でかき回しながら、ヴィーナスのもう片方の指はマーキュリーの爪先にあった。更に深く突き立てる。先ほどから握っていたコルク抜きを。マーキュリーの爪先に。
 爪と皮膚の間にコルク抜きを差し込み、ワインのボトルを開くように皮膚を割いて押し込む。シーツに鮮血が散り、指から手のひらにまで愛液が飛び散る。

 ぎゃり、と轡をかみしめる音を甲高く響かせて、マーキュリーは爪先にコルク抜きを差し込まれたまま果てた。ぼふ、と枕に頭を落とす音は、先ほどと違って水分を多く含んだ音がした。







 まつ毛に半乾きのワインが張り付いて、目を開けようとするとそれは重く抵抗し、上下に糸を引いて赤い綾が視界を覆った。マーキュリーはぼんやりと覚醒していく意識の中で、ただ、くせになりそうだな、とぼんやり思う。
 
 気が付くとベッドでひとり寝ていた。顔は変わらずべたべただし爪先はおろか足全体がもう自分のものじゃないみたいだし、相変わらず轡は噛まされっぱなしだし、しかも耳を傾けると水の音がする。ヴィーナスは今のマーキュリーを放置してシャワーを浴びているらしい。
 ベッドはワインまみれの血まみれで、自分は未だに足の間からワインとも体液ともつかないものを流している。爪先からコルク抜きが生えている現状を霞む目で見ても、抜く気力さえわいてこなかった。

 爪を剥がし肉を割くように刺された爪先は、もはや痛みを通り越している。それでなくても皮膚が過敏になっていたところに、神経の集中する指先を刺されるというのはほとんど拷問に近い。
 だが、刺されたのは、いい。そういう事実はそれで頭で受け止められる。実のところ、殴られはするだろうな、という気でいたのだ。コンピュータ・ルームで会ったときから、ヴィーナスが怒っていたのはマーキュリーにはわかっていた。
 だから、最初から抵抗はしなかった。殴られようと詰られようと、覚悟を決めてきたのに。

「(やられた・・・)」

 痕をたくさんつけられるのは、罰だと思った。噛まれても、噛みちぎられても、仕方ないと思った。だが、これでは。

 それがわかっていて、だからどうしよう、という気にはいまだならず、マーキュリーは足からおかしなものを生やしたまま目を閉じる。むしろ、金属を噛みしめっぱなしだったせいで、あごの骨が割れそうに痛い。
 足全体の感覚はもう失せているのに、忘我のうちに果てた余韻はまだ体の奥深くに残っている。
 コンピュータ・ルームで出会ったときから、ヴィーナスがまぶしかった。ヴィーナスがまぶしく見えるときは、ヴィーナスが欲しくてたまらないときだ。
 灯りを落とせば少しは輪郭がぼやけずに済むかと思ったのに、結果として目を塞がれたことは幸いだったのだと思う。だが、あの、刺された瞬間、痛みに、ワインで潰されていた眼を開いた。まつ毛に綾がかかって、その隙間からヴィーナスが見えた。まぶしくて心臓が潰れそうだと思った。綾をかけてなお、瞳孔が絞り潰れるような感覚に、マーキュリーは声を上げて果てた。思い出すとまた心臓の動きが激しくなる。

 強すぎる光は足を刺される以上に拷問めいておそろしいのに、綾越しに見えるあの光が。それがくせになりそうなことのほうが、怖い。

 口を閉じることも、まだ適わない。起き上がるのも面倒になって、マーキュリーはまた目を閉じた。睡眠欲はなによりも強い。それでなくても数日寝ていない。やるべきことは、今ではなく目覚めた後のマーキュリーがなんとかするだろう。痛みを通り越しても感じる違和感から意識を逸らし、気怠さを受け入れることだけに集中する。

「起きてたの」

 それなのに、ふと聞こえてきたヴィーナスの声にまた意識を呼び戻される。返事をしようにも、まだ轡はかかっているのでどうにもならず、マーキュリーは投げやりな気持ちになってたぬき寝入りを決め込んだ。だが、ヴィーナスはいまさら思い出したようにああ、と言うとチェーンを解除した。
 長く噛まされていた轡がようやく解除されたことに逆に違和感を覚えながら、仕方なくマーキュリーは目を開ける。まだ綾がかかった視界の中で、ヴィーナスはバスタオル一枚まとった姿で、ひどいことになっているベッドに腰かけた。『水でもかぶって』冷静になったのか、ヴィーナスはさっきよりずっと平静だ。

「ひどい顔ねえ」
「・・・生まれつきよ」
「それに関しての文句ではないけど」
「じゃああなたのせいよ」
「そうだったかしらねえ」

 マーキュリーはまだ動きの鈍い舌をのろのろと動かす。ヴィーナスはベッドサイドのワインを口に含ませながらとぼけるような態度を取ると、風呂上がりだというのにマーキュリーの体に覆いかぶさり、キスをした。それと同時に、爪先のコルク抜きに手を触れる。
 微かに触れるだけで、鈍っていた痛みが電流のように脳までせり上がる。今度は轡を外しているぶん、マーキュリーは自らの歯をぎゅっと噛みしめなければいけなかった。

「さて、なんでこんな風になってるのか、わかるかしら」
「・・・わ、たしが・・・」
「あなたが?」
「・・・・・・出陣するから」

 言った瞬間、ぐり、とさらに奥深くに押し込まれ、金属に肉が裂かれる感触。どっと脂汗が出た。その反面、まだかろうじて理性的な部分がいやに理屈っぽくマーキュリーの脳内で思考を形作る。
 王国を取り巻く状況で、数名とはいえ出兵は避けられない、と判断した。数日ずっと、悩んでいた。理性では出すべきだと知っていたが、感情がどうしてもそれを良しとしなかった。ブレーンが感情に流されるなど、許されない。だが、守護神であるのなら民である兵を守るべきなのではないかと、感情を理性にすり替えて悩んできた。

 そしてマーキュリーは答えを出した。自らひとりだけで出陣することで問題は解決する、と。そのほうが気も楽だし、自分で現地の様子も察せる。ほかの守護神を残した方が、王国の守護は安泰だ。
 だがそれは、ブレーンが前線に立つという点で反対されるだろう。だからジュピターとマーズにも黙っていたが、リーダーであるヴィーナスにだけはそういうわけにはいかない。
 だからほかの仕事を数日寝ずに片付け、今夜ヴィーナスに報告するつもりだった。段取りをすべて整えておけば、反対はさせない、つもりでいた。理屈のこね合いだけでは、負けないつもりだった。

「勝手なこと、するわね」
「・・・ごめ、んなさ、い」
「あたしが許可を出すとでも?」
「出、すように、した、わ」
「だから怒ってるのよ」

 戦うつもりだったのに、ヴィーナスはそれよりも先にマーキュリーを見つけた。コンピュータ・ルームで画面を覗いたヴィーナスはすべてを察したようにマーキュリーを誘った。態度には出なかったが、怒っているな、と思った。反対できないようにだけは、手を回していたから。
 だから詰られたり、命に差し支えのないくらいの暴力くらいは覚悟していたのに。

 ヴィーナスはそんなことはしなかった。ただ、明確に痛みと傷痕を残した。肌の痕はただの情事のあとに過ぎないし、体はセーラーで、首はチョーカーで、まぶたはゴーグルで隠れる。なにより氷を使えば簡単に散る。だが、爪は。

 ようやく、爪からコルク抜きが引き抜かれる。細く深い傷から、栓を抜いたワインのように血が噴き出た。そのあとだらだらと流れ、だらしなく足の裏を汚す。だが、むしろ、そんな拭ってしまえば終わるような血は、ヴィーナスの心もマーキュリーの心も動かさない。

 この傷痕は、爪の裏に浮かんでしばらくは残るだろう。肌よりも長く、マーキュリーの体に刻まれ続ける。出陣の前に痛みは引いても、それでも。ヴィーナスしか知らない場所に、赤々と。

 くらくらとしながら、マーキュリーは荒い息をつく。まだべとついたまぶたを押し上げる。押し上げたまぶたにキスをされる。爪先ではなく、全身に散った痕に、ヴィーナスは指を這わせる。

「ほかの痕をつけて帰ってきたら、許さないから」

 詰るような言葉は、ない。ヴィーナスもわかっているのだ。憤っていても、リーダーとしての理性は最初から保ったままだ。だからこんなことをしても、どれだけマーキュリーの身勝手さに怒っていても、結局マーキュリーを止めることは、しない。
 ワインを用意したのだって、それは刺さる部分に限界のあるコルク抜きを傍に置くためだろうし、轡をはめたのだって、声を塞ぐのでなく、これから起こすことにマーキュリーが舌を噛んでしまわないための配慮だ。結局、ヴィーナスも、終始理性で動いている。どれだけ抱きしめあっても、自分たちは理性を捨てることができない。

 ただ、ふと思う。
 リーダーとブレーンである自分たちが理性という鎧を捨てて、抱きしめあう日が来るのだろうか、と。もっとも、そんなこと、普通の女の子に生まれ変わりでもしなければ―マーキュリーは生まれ変わりなど信じていなかったし、万一そんな未来があったとしても、その時は彼女は自分を選んだりなどしないだろうが―それでも、ふとそんな未来が、あったらと思ってしまう。
 そしたら自分はどうだろう。大人しく抱きしめあうのだろうか。それとも、根が臆病だから逃げ出してしまうかもしれない。理性という鎧は、それだけマーキュリーに根付いているから、ない自分が、想像できない。

 くちびるからくちびるに。もう一本、残っていたらしいワインがヴィーナスを介して流れ込んできた。空気を吸うよりもアルコールの濃い液体に、マーキュリーは声をもらした。ありもない未来への思考が消え去る。痕を残さずここに帰る未来さえ、はっきり見えていないというのだから。

 疲労より眠気より痛みより、目の前のまぶしさがマーキュリーの心を占める。まつ毛に絡みついたワインを舌でなめとる仕草をされて、まぶしさとあたたかさに気が遠くなる。
 ほんとうに、後のことはきちんと目が覚めた自分に任せることにした。出陣の用意も、痕を氷で散らすことも、傷を塞ぐことも思考を整え理性を立て直すのも、目覚めた後でいい。


 仄かにとろける理性で、窓の外を見る。コンピュータ・ルームでの予想と違わず朝は遠く、夜はまだ長い。言葉に出さなくとも、それが素直にうれしい、とマーキュリーは思って、まつ毛を落とすように目を閉じた。









                        *************************


 ふたりとも、本気で怒ってる時は笑顔でいるタイプかなぁと。
 実はヴィーナス攻めの年齢制限って初めて書きました。
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2 コメント

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Unknown (モスかわ)
2021-03-27 21:05:08
記憶を消して何度も読みたい素敵な作品でした。ありがとうございます。
返信する
ありがとうございます。 (マー坊)
2021-05-04 23:18:00
>モスかわ様

記憶を消して何度も読みたいと言っていただけて、書き手として本当に光栄です。とてもうれしいです。コメントありがとうございます!
返信する

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