プラマイゼロ±

 某美少女戦士の内部戦士を中心に、原作、アニメ、実写、ミュージカル等問わず好き勝手にやってる創作、日記ブログです。

カフェインは濃いめ

2020-07-20 23:59:54 | SS
「ちょっと待っててね、美奈」

 よかったらうちに来ていっしょにコーヒーでもどうかしら。そんな亜美の誘い文句に、断る理由のない美奈子はほいほいと釣られ、無駄にがっつりシャワーなぞ浴びてから亜美の家に来た。
 そして、『母が知り合いからもらった珍しい豆を挽いた、入手が簡単ではないからこそ淹れるにも手をかける本格的な』コーヒーをごちそうになっている。そのコーヒーをもらった当の亜美の母は今日夜勤で留守だと言うから、美奈子はコーヒーよりも亜美とふたりきりなことに莫大な期待をしてしまっているというのに。

「わたしも、普段はインスタントばかりだから、実は本格的なコーヒーってあまり淹れないのだけど」
「んー」
「まこちゃんだったら、きっともっと上手に淹れられるけど・・・あ、でも、豆はとてもいいものだから、わたしが淹れても味は保証するわ」

 恋人同士で交わされるコーヒーの誘いなんて、きっかけでしかない。そのきっかけの先に至るのが何なのか、例えばAなのかBなのかCなのかは、それこそケースバイケースだろうけど。少なくとも美奈子がこれまで見てきたちょっと背伸びした少女漫画やドラマでは、「いっしょにコーヒー」はマラソン前の準備運動みたいな言葉だ。
 でも、たとえ世の中の恋人同士がそういうコミュニケーションのすえにAとかBとかCに行っちゃっている事実があっても、亜美にその気がないのは美奈子はわかっている。それこそ前世からの長い付き合いだから、いくら期待をしても、亜美のコーヒーにはコーヒー以上の意味なんて無いのだ。

 そんなの知ってる。体はシャワーを浴びてきても、頭でよくわかっている。

 亜美が美奈子に背中を見せて、なにやら理科の実験道具みたいなのに火をかけたりぺらぺらの紙を詰めたりしていても、美奈子にはありがたみがない。せめてこちらに顔を向けて作業してくれたら投げキッスのひとつでも飛ばしたのだけど、亜美はコーヒーメーカーに向き合っているばっかりだ。ある意味隙だらけだけど、さすがに火を扱っている人に後ろからあれそれするほど人でなしにはなれないので、結局亜美は難攻不落だった。

「豆を挽くのは母がやってくれたの。それで粉をレイちゃんにもおすそわけしたんだけど、レイちゃんもおいしかったって連絡くれたわ」
「ふーん」
「まこちゃんにもあげたの。とっても喜んでくれて、今度コーヒーに合うお菓子持っていくねって言ってくれて、うれしかったわ」

 そもそも、美奈子には珍しいコーヒーとインスタントコーヒーの区別さえつかない。日頃そこまでコーヒーなんて嗜まないし、微妙なお年頃の舌はまだコーヒーの味に価値を見出せないから、正直インスタントの味さえよくわかっていない。
 だから、本格的なサイフォン式のコーヒーメーカーとか説明いらないから!インスタントで10秒で出来るやつでいいから、こっち見てよ!そう目線をびしばし飛ばしても当の本人はよくわからない形のコーヒーメーカーを見つめて出来上がりを待っていた。亜美はお湯がフラスコを移動する理屈を説明してくれたけど、美奈子自身が沸騰しそうだから、そっちをどうにかしてほしい。

「豆の種類もだけど、手間をかけるって大事ね。まこちゃんも言っていたし、粉をあげたお礼にいろいろ淹れるコツを教えてもらえたの」

 そういうわけで、亜美が淹れてくれた珍しいコーヒーは、美奈子にとっては飲む前から苦いものだ。亜美はコーヒーの産地が珍しいとか収穫条件が珍しいとかいろいろ言ってくれたけど、どれも亜美の誘いが誘い以上の意味を持つよりも珍しいものではない。

 あげく、もう少しかかるから部屋で待ってて欲しいなんて言われて、ひとりつくねんと美奈子は待っている。一分。二分、三分。生々しい待ち時間のなかコーヒーの香りが漂ってくるので、気を利かせて先にベッドに潜り込んでおくというのはいまいちスマートではない。亜美がいつ戻ってくるかわからない以上、こっそり家捜しをするのも破滅フラグだ。

「はい、お待たせ、美奈」

 そして実際、美奈子が枕カバーのにおいを嗅ぐ間もなく亜美は戻ってきた。こうなると早いのか遅いのかわからない複雑な乙女心だ。
 卓上に真っ白いカップに半分くらいの真っ黒いコーヒー。このソーサー付きのカップがいくらか想像も付かない上、そのコーヒーの量が単に粉が少ないのか、高いコーヒーはカップになみなみ注がないのがエレガントな作法なのか、美奈子にはさっぱりわからない。どことない場違いさに少しだけ意気地になって、湯気が立ち上るコーヒーををふうふうと必要以上に吹き散らかして飲む。

「ぐえっ」

 熱い。そして苦い。でも口からこぼれたのが言葉だけな分、まだ自分を褒めてあげたい。いや、盛大にこぼして服を脱いだのち既成事実を作るという手もあったけど、そこはお小遣いの乏しい中学生、できればクリーニングがいるレベルに服を汚したくない。
 しかしこのコーヒーの味はどうだ。舌から喉、鼻に抜ける香りと味は、今まで美奈子が飲んできたコーヒーの中でも格段に濃い。濃い、が先に来てしまったので、繊細なコクとかキレとか豊かな味とか豆の珍しさを称える言葉なんて出て来ない。宇宙が誇る美貌の持ち主の美奈子であっても、自分の美意識的にはイケてない表情をさらしてしまった。
 そんな、露骨にしかめっ面をしている美奈子を、亜美は湯気の向こうでにこにこ眺めている。

「美奈、苦かった?」

 なんということだ、人が苦いと悶絶しているフェイスを見て微笑んでいようとは。

「・・・・・・・・・にがい」
「ふふ、うさぎちゃんのところにも粉をあげたんだけど、おうちでそんな顔して飲んでるうさぎちゃんの写真をちびうさちゃんが送ってくれたの。あとからうさぎちゃんに聞くと、ちびうさちゃんも飲んだときは似たような顔をしてたって言うけど」

 あら、いけず。亜美に対する率直な感想をを、美奈子はコーヒーの表面の湯気をさらに吹き倒すことで発散する。
 このイケてない感情は、舌の肥えているレイにおいしいと言わせたコーヒーの豆のせいではない。まことに習ったと言っていたから、亜美の腕のせいでもない。だから単純に、美奈子の舌がコーヒーに向いていないのだ。

 だからまずいとは言わないけど、でも、ようやく向けた最高の笑顔がこのシチュエーションなのは難がありましてよ水野さん。そんな感情にコーヒー以上の苦みを感じてしまって、どうにもしかめっ面は戻らない。それでもコーヒーをすすり続けるのは、目の前で涼しい顔で同じ濃さのコーヒーを飲んでる彼女への意地だ。

「そもそも、亜美ちゃんはおいしいって思うわけ?コーヒー」
「わたしも普段はコーヒーって眠気覚ましのつもりで飲むくらいだから、あまり味を気にしたことはなかったけど・・・やっぱりきちんと手をかけて淹れたコーヒーはおいしいのね」
「ふーん・・・こんなに苦いのに」
「この苦みが上品でいいのよ。この豆はブラックで飲むのがいちばんだと聞いていたけど、納得だわ」
「ああそう・・・」
「まこちゃんはね、これはコーヒーは苦手な人もきっと好きになれる味だよ、って言っていたけど」
「うわー、それ好き嫌いがないひとの理論よね・・・」

 好き嫌いがある上に理性的な亜美がまことの理論を採用しているのは意外な気もするが、それだけ亜美にとってこのコーヒーはおいしいものらしい。うさぎの苦悶の表情を写真で見ていると言ったはずなのに、好きはいろいろと判断を狂わせる。
 一方の美奈子は、その辺はきわめて合理的な考えの持ち主だ。おいしいものは、おいしいと思う者同士で共有すればいい。仲間は好きだけど仲間内で高級しいたけパーティーとか開かれても参加しないし、かといってそれをやること自体は否定しない。だからこのコーヒーだって、いくら亜美がデリシャスと思ったところで、美奈子にはやっぱりデリシャスじゃない。それだけだ。
 ここで眠り姫よろしく倒れ伏して、亜美のコーヒーを飲んだ直後の口でキスをされたら一ミリくらいデリシャスみを感じられるかもしれないが、実際に倒れた場合亜美はそれこそ科学的手段に訴えてキスなどしてくれないだろうし。

「まこちゃんにコーヒーの淹れ方を教わったときに、手間暇かけて淹れて飲むからおいしいんだよ、とも聞いて、確かにって思ったわ」
「あー、まこちゃんなら言いそうねえ」
「でも、これだけ手間がかかるなら、お勉強のお供には向いていないわね。やっぱり普段ひとりで飲むにはインスタントで充分かしら」
「へえ・・・」
「だから、特別な豆だからって、適当な淹れ方で適当に飲むんじゃもったいないわって」

 そう言って微笑む亜美は、よいものを手間暇かけて得た結果に満足しているようだ。お勉強だとテストで満点を取っても反省点を見つけてくる亜美のことだから、これはこれで美奈子もレアな表情を見ていられるのかもしれない。だからといって、口の中に広がる苦さは、なかなか退いてはくれなかったけど。

 やっぱりだめだ。おいしいと思えない。もう少し冷めたら息を止めて一気にあおってしまおう。そもそもカップ半分程度の量なのにまだ全然減らないコーヒーを、どうにか飲み終わる算段をつける。
 そして、飲み終わったら。

 飲み終わったら。

 亜美の用件は「コーヒーを飲みに来て」だ。それがAやBやCへの序章でなく実際にコーヒーだけだというならば、コーヒーを飲み終わったら用件終了ではごきげんようとはならないだろうか?さすがに用が済んだらさっさと帰れなどと言われないとは思うが、塾なのでまたねくらいのことは言われる可能性がある。それを思うと、美奈子のコーヒーカップを口元に運ぶ手は止まった。
 苦い。いろんな意味で、このコーヒーは苦すぎる。

「どうしたの、美奈」
「・・・にがい」
「やっぱり、苦いのね」
「あたし、やっぱりコーヒーは」
「・・・わかったわ」

 わかったわ、と言われて亜美に立ち上がられる理由が美奈子にはわからない。わからないまま、背中を向けられて、退室されて一分。二分。三分。生々しい時間だ。やっぱり枕カバーのにおいを嗅ぐ気にもなれず、いっそ全裸で追いかけてやろうか、そう乙女らしからぬ思考回路まで膨らんできたところで亜美は戻ってきた。

 片手にピッチャー。もう片手に手のひらに収まるサイズの瓶。とりあえず放置のつもりはなかったらしいことにまず溜飲は下がったが、それはそれでなんだという気になる。

「お待たせ、美奈」
「・・・え、なに?」
「まこちゃんに習った、コーヒーに合うミルクと砂糖」
「・・・え、なに?」
「まこちゃんに習った、コーヒーに合うミルクと砂糖」

 思わずオウム返しした美奈子を、亜美もオウム返しで返す。聞き取れなくて聞き返した訳ではないが、あくまで持ってきたものを繰り返すのは亜美の妙な真面目さに思えた。

「亜美ちゃんがなにを持ってきてくれたかはわかったわ。それで・・・」
「美奈がブラックコーヒーはそんなに得意じゃないのはわかっていたから、ミルクを用意していたの。まこちゃんがそのコーヒーに合う成分のミルクを教えてくれたから、温めてあらかじめ準備していたのだけど」
「だけど?」
「ブラックがおいしいコーヒーだから、先に勝手にミルクといっしょに淹れるより、一度ブラックで飲んでもらおうかなって。もしそれでおいしいと思ってもらえたのならそれはそれでいいし、もしうさぎちゃんみたいな顔になるんだったら、ミルクと砂糖を出そうと」
「・・・・・・はぁ」

 亜美はこともなげに言うと、美奈子の前にピッチャーを置いた。湯気が立ち上るピッチャーは普段美奈子が家で嗜む牛乳とは少し違うにおいがする。コーヒーはわからなくても、普段パックで飲んでいる牛乳とこのミルクの違いはどことなくわかる。

 豆そのもののいちばんおいしい飲み方がブラック。でも、その人にとっていちばんではないブラック。カップ半分しか入っていないコーヒー。必要でないかもしれないミルクをわざわざ温めて用意しておく。今のこの数分でミルクがこんなに温まる事なんて無いから、最初からコーヒーと同時にある程度温めていて、今必要だと思ったから改めて少しの時間最適な温度にして出したのだろう。

「カフェオレ、好き?」
「それなら好きだけど・・・」
「よかった。準備していた甲斐があったわ」
「・・・Oh」

 なんということでしょう。
 コーヒーをいっしょに、と言われた。でも、それは準備運動みたいな言葉で、目的はその先だって、どれだけ頭でわかっていてもそれこそコーヒースプーンひとさじくらいは期待した。でも、それがカフェオレだなんて思わないじゃない!?
 美奈子は頭を抱えた。亜美はコーヒーを準備運動に、美奈子にカフェオレを飲ませたかったのだ。珍しい豆で、本格的な入れ方で、でも、ブラックがいちばんおいしいはずの豆にも合うミルクを用意して、美奈子の好みに合わせて。
 そもそも、ほかのみんながコーヒーを飲んだ報告を亜美にしたのは、亜美といっしょに飲んだひとがいないからで。そしてまことに習った成果をここで試しているというのならば。

 亜美はわかりにくい。愛の女神であるはずの美奈子でも、とってもわかりにくい。
 でも。それでも。

「どうしたの、美奈」
「いえ・・・ミルク、ありがたくいただきます」
「どうぞ」

 コーヒーが入っているけれど、それ以上にミルクがたっぷり入るカップを見つめる。もともと半分しか入ってないコーヒーを少しすすってからさらにミルクを入れると、ミルクのほうが量が多い。真っ黒よりはマイルドな色合いになったカップをひと吹き、ミルクが温かいのでカフェオレはできたての熱さだ。砂糖を溶かすのにもちょうどいいだろう。
 美奈子のうぬぼれでも何でもなく、どう考えても、これは亜美の愛の仕業なのだった。

「ふふ、やっぱり、美奈はミルク、たくさん入れるのね」
「あー・・・そうね、好きだから」
「よかったわ」
「好きなのよね、亜美ちゃんも」
「あ、ええ。ブラックもいいけど、そうね、せっかくだしミルクも入れてみようかしら」
「まあ、そういう解釈もあるわね、まあいいわ。気持ちは伝わってるから」
「なんだかわからないけど・・・美奈が喜んでくれたのならうれしいわ」

 この笑顔も、おいしいコーヒーを、誰と飲むかによるものだと思うと、砂糖はひとさじで十分な甘さだった。更に言うと、結果としてAもBもCもいかなかったけれど、おいしいコーヒーのせいでふたりで過ごす夜は少しだけ長かった。



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