団地の夕方

　リーマン水野と団地妻美奈子。




「・・・ただいま、美奈」
「早かったのね亜美ちゃん！おかえりなさ・・・あ、あれ？」
「今日は早かったでしょう？いっしょにお夕飯食べられるわ。あ、お店が開いている時間に帰れたから、お土産も買ってきたの」
「・・・亜美ちゃん、朝と違わない？」
「え？特に変身はしていないけど・・・」
「・・・朝出て行った時とネクタイの結び目の模様の位置が変わってる」
「えっ・・・」
「しかも、おんなじ色の同じデザインだけど朝着て行ったシャツと違う」
「み、美奈・・・？」
「亜美ちゃん、外で着替えてるでしょ」
「なっ・・・なんでわかるの・・・？同じ服なのに・・・」
「一日着てた汗のにおいがしないわ。せいぜい３時間ってとこね」
「わっ・・・私、そんなに汗くさい・・・？」
「いんや、いっつもさわやかないいにおいよ。でも人妻ってね、愛する人の服に染みた汗の量までわかるものなのよ」
「ひ、人妻って・・・結婚しただけでそこまで変わるの・・・？」
「あたりまえでしょ？すべて愛のなせる業よ」
「私・・・そんなことできない・・・・・・修行が足りないのかしら」
「で、いつもと同じお仕事に行って、どこでナニして服着替えたのよ。お土産なんかでごまかされやしないわよさあ白状しなさい」
「じ、実は職場で・・・同僚の人がつまづいて、私の方に転んできて、コーヒーをこぼしてしまって・・・それで」
「・・・ほんと？」
「ええ」
「なら、火傷とかはしてない？コップの破片で切ったりとか」
「え、ええ、それはだいじょうぶだったわ。冷たいコーヒーだったし、紙コップだったから」
「ならよかった・・・怪我がないなら、それが一番だわ」
「美奈・・・心配してくれてたの」
「まあ、そんな話聞いたら、亜美ちゃんが痛い思いしてないかってそれが一番の心配よ。でも、ほんと？じゃあシャツ着替えたのって」
「ええ、コーヒーをかぶってしまったから・・・美奈、私が着替えを持ち歩いているのは知っているでしょう？汗をかいたり、汚してしまったり、あなたのお弁当を食べて悲劇的なことになってしまってもだいじょうぶなようにって」
「ええ、着替えを持ち歩いてるのは知ってるけど・・・って、あたしのお弁当食べて悲劇的なことってなに？」
「う、うっかりシャツにソースなんかを跳ねさせたりしたらって言う意味よ。決して汚い意味で言ったんじゃ」
「・・・ほんと？」
「ええ、もちろん。いつもありがとうって感謝していただいているわ。最近は私も体強くなってきたし」
「いちいち語尾が気になるけど、まあ、ならいいわ。じゃあ、シャツ洗濯するから出して」
「・・・ありがとう。でも、早く帰ってきたんだし、私の洗濯ものだから私が洗うから・・・」
「いいのよ、これも嫁の務めよ・・・って、あれ？このシャツ、コーヒーこぼしたっていうわりにしみが・・・」
「あ、コーヒーをこぼした人が、しみ抜きをやってくれて・・・私は気にしないでって言ったんだけど、やっぱり責任を感じさせてしまったのね」
「・・・ふーん」
「でも、やっぱりちゃんとクリーニングに出すべきかしら。美奈、やっぱり返して？明日仕事に行く時にでも出しておくから」
「・・・あたし、亜美ちゃんが嘘を言ったとは思ってないわ」
「え、ええ・・・嘘なんてついてないわよ・・・？」
「コーヒーのしみ抜きのあと、確認した？」
「いえ、着替えをしたらすぐ仕事に戻ってしまって、あとからシャツを返してもらっただけだから・・・あまりまじまじ確認するのも失礼かと思って」
「じゃあこの口紅は後からついたと思っていいのかしら」
「えっ・・・」
「こーんなキスマーク、今どきつくのねー。その人、確信犯かしらね」
「え、口紅・・・ぶつかったときにつけてここだけ落とすの忘れてた、とか・・・」
「ふーん、ずいぶん好意的な見方ね。あたし亜美ちゃんの優しいとこ好きだけど、そこまでいくとちょっと罪なんじゃないの？口紅つけてここだけしみ抜き忘れるなんてあるわけないでしょ」
「そんなのわからないわ！だってたくさんの人とぶつかったんだもの」
「・・・えっ」
「私の机のまわり、とくに段差はないようなのだけど、どうしてかいつも、つまずいて私の方に倒れてくる人がいるのよ。今日も何人か受け止めたから、そのときに口紅がたくさんついてそのうちのひとつを見落としてたっていうのはあり得る話で・・・変な幽霊でもいるんじゃないかしらって、レイちゃんに相談すべきかと思ってるんだけど」
「それは最初っから亜美ちゃんが狙われてるのよ性的に！！！相談するのレイちゃんじゃなくてあたしとか労働組合とかそっちでしょもうこのすっとぼけ！！！」






　　　　　　　　　　　　　　　　　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊


　リーマンの水野くんは若くて有能でイケメンなので結婚しててもモテモテです。