入学前夜

「はぁ、緊張するう･･･」
「へえ、美奈でも緊張することあるの」
「あったりまえでしょ！？まこちゃんあたしをなんだと思ってるのよ。だって高校の入学式って人生の一大事じゃない。もう、どっきどきよ」
「いや、悪い悪い。あたし今まで転校多かったから、新しい学校っていうのは結構慣れてるんだよ」
「でも高校ってあのにっくき受験を蹴散らしてやっと入れたじゃない？そう思うと、こう、いろいろ、胸にぐっとこない？」
「それは、うれしいよ。あの戦いの後から必死で勉強したいし、合格できて本気でよかったと思ってるよ。でも、緊張はしてないんだよね」
「そうなの？」
「だって、うさぎに亜美ちゃんとも離れないし、今度は美奈もいっしょだからね。だから、なにも不安なんてしてないよ」
「ま、まこちゃん･･･！やだもう唐突に泣かせないで」
「そんなつもりは･･･」
「あたしだって緊張してるって言うよりは、実は心配してるだけなんだけど」
「だいじょうぶだよ。明日やることって入学式と、ホームルームくらいだろ。先生とか在校生とか、誘導してくれるよ。さすがにいきなりテストはないと思うし。迷子とか遅刻が心配なら朝迎えに行くよ」
「そうじゃないの！心配って、実は亜美ちゃんのことで」
「亜美ちゃん？亜美ちゃんこそ遅刻や迷子はないだろ」
「そうじゃなくて･･･亜美ちゃん、入学式で新入生代表挨拶やるらしいのよ」
「ええっ、そうなの」
「ああいうのって合格者で成績トップの人がやるんでしょ」
「亜美ちゃんが成績トップなのはわかるけど、どこもトップの人が挨拶するとは限らないんじゃ」
「亜美ちゃん宛の入学案内、見ちゃったんだけど、新入生代表挨拶してねって書類入ってたのよ」
「人宛の書類を勝手に見ちゃだめだろ･･･」
「違うの、決して下心があったわけでは！自分宛の書類なくしちゃって！合格者全部同じの来てるから、でも叱られたらいやだから亜美ちゃんのこっそり見せてもらったら、挨拶してって書類が入ってるの見ちゃったの」
「そもそもそんな大切な書類なくすんじゃないよ･･･」
「いやあたしだって心配なのよ･･･亜美ちゃんが･･･あの亜美ちゃんが初対面の人いっぱいの前で挨拶を･･････ああああああおおおおおお」
「そりゃ、心配だけど･･･それこそあんたが不安になってどうするんだ。亜美ちゃんならきっとうまくやるって」
「だいじょうぶだって、だいじょうぶだってわかってるけど、あれで結構緊張したりするほうだから、本番で頭真っ白になったりしないかしらって思うと今すぐ会いに行って一晩中抱きしめたくなるの。それからあれそれもしたくなるの」
「一晩中抱きしめてあれそれしたいのは新入生代表挨拶に関係ないだろ。さりげなく下心を出すんじゃないよ」
「いやだって亜美ちゃんやるって教えてくれなかったしい･･･あたしもこっそり書類見ちゃったから本人には確認できなかったけど、いろいろ思っちゃうじゃない」
「あたしもやるって聞いてないし、案外、亜美ちゃん挨拶は断ったのかもよ。それか緊張するから敢えてあたしたちに言わないようにしてる、とか。どっちにしたって、べつに亜美ちゃん含みがあって黙ってるってわけはないんだから、あたしたちはなにも言わずに見守ってあげようよ」
「そうは言っても、そわそわしちゃうのよ。わかるでしょ、まこちゃん」
「まあ、美奈の気持ちもわからなくはないけど･･･」
「心配で心配で、そこでこんなものを作ってみたんだけど」
「ん？」
「亜美ちゃんがふと挨拶中に不安になったとき、言葉が飛んだとき、緊張で頭が真っ白になったときに、新入生の中にあたしの姿を見つけたら安心してもらえると思うのね。だから」
「･･･なにこれ･･･アイドルのコンサートの時に使ううちわ･･･」
「入学式ならさすがにライブと違ってライバルもいないし、これを振れば目立って見つけてもらえて、それで亜美ちゃんは安心するんじゃないかと」
「安心させるためのうちわに『ウインクして』とか『投げキッスして』とか入れてるんじゃないよ」
「はっ･･･文字につい本音が･･･で、でも、べつに、みんな亜美ちゃんの方向いてるから、亜美ちゃんからしか見えないでしょ」
「先生から見えるだろ。入学早々職員室呼び出し確定だぞ」
「だったらあたしはいったいどうすればいいの！？うちわがだめならフリップ！？看板！？手旗信号！？」
「不安がなにもないっていうのちょっと撤回させてくれ･･･あたしはあんたの高校生活がなによりも不安でしかたがない･･･」




　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　


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