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音盤日誌「一日一枚」#385 椎名林檎「無罪モラトリアム」(東芝EMI TOJT24065)

2022-12-04 06:01:00 | Weblog
2022年12月4日(日)



#385 椎名林檎「無罪モラトリアム」(東芝EMI TOJT24065)

シンガーソングライター、椎名林檎のデビュー・アルバム。99年リリース。北城浩志プロデュース。

一年半にわたるロング・セラーとなり、170万枚を売り上げた本作は「林檎シンドローム」とでも呼ぷべき社会現象さえ引き起こした、衝撃のデビュー盤である。

前年にシングル「幸福論」でデビュー、続く「歌舞伎町の女王」、そして「ここでキスして。」のスマッシュ・ヒットで、一躍注目を浴びた。

その歌声は、「澄んだ美声で綺麗に」歌うのがデフォルトの、従来の女性シンガーソングライターにはほとんどなかったタイプ。

沸き起こった感情をそのままぶつけるような、エモーショナルな声。どこか、ガールポップの大先輩・戸川純に通じるものがある。

時には乱調、破格な歌いぶり(例えば「同じ夜」)、べらんめえ口調の歌唱スタイルは、リスナーを驚かせたが、彼女の際立った特徴はむしろ、その生々しい「歌詞」にあると思う。

例えば「警告」というナンバーは、メジャーデビューして少し名前の売れて来た彼女と、当時リアルで付き合っていた恋人とのやり取りから生まれたという。言わば痴話喧嘩がまんま題材になっている。

そんな己のプライバシー丸出しの歌詞を書くなんて、相当な覚悟がないと出来るわけがない。

ラブソングを作っても、決して自分の清純なイメージを損なわないよう、当たり障りのない表現をし、出来るだけ生の自分を隠蔽するのが、これまでの女性シンガーの「掟」だったのに、平気でそれを破ってしまったのだから、世間に与えたインパクトはハンパなかった。

女性の生理、性的欲望を、時にはあからさまな比喩を交えながら表現するオンナ。

「歌舞伎町の女王」のような昭和的な情念の世界を、あえて平成の時代に表現し、流行りの「シブヤ系」にたいして自ら「新宿系」と名乗り、悪目立ちするオンナ。

もちろん、それは現実の椎名林檎(本名・椎名裕美子)そのままの姿というよりは、彼女の心の中に住んでいるいくつもののキャラクターが、特徴的な行動をとって現れたのだという気がする。

つまり、どれも彼女がやってみたかった、コスチューム・プレイ。

淑女、貞女的な部分、阿婆擦れ、ビッチ的な部分、メンヘラな部分、幼女的な部分。 

いずれも彼女の、椎名林檎の「芯」にあるものなのだ。

こういった「赤裸々」な表現方法は、男性よりもむしろ女性リスナーの共感を強く呼ぶこととなった。

音楽のスタイルも、ひとつにとどまらない。

デビュー曲の「幸福論」も、その王道ポップス的なアレンジから一転、本アルバムではガチなメタル・サウンドになっている。

つまり、自分で一旦作ったものも、自分で壊して新たなものに変えてしまう、破壊と再生の繰り返し。

ピアノやオーケストラでのバラードも林檎、ジャズィ・アレンジも林檎、ヘビメタも林檎、パンクも林檎、ギター弾き語りもまた林檎なのである。

そのサウンドの多彩さは、アレンジ担当のベーシスト、亀田誠治によるところが大きい。

通称カメちゃんのサウンド・プロデュースにより、「無罪モラトリアム」はデビューとは思えないほどの充実した仕上がりとなった。

が、本当にスゴかったのはそれからで、デビュー以来24年、椎名林檎は固定したスタイル、安定した作風にとどまることなく、常に模索と脱皮を続けている。

「すべてのオンナは、本来メンヘラなのだ」と誰が言っていたが、自らの「女性性」を全開にして、根源的なメンタルの「振幅」を歌う椎名林檎ほど、リスナーを揺さぶるシンガーはいない。

こりゃあ、男どもはとても敵いそうにないな(笑)。

<独断評価>★★★★☆

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