20代の頃の話、通いつめている喫茶店があった。
同じく通ってきている30歳くらいの痩身の男性がいた。
物静かで穏やかな雰囲気を持つ人だった。
時代劇に出てくる浪人モノが似合いそうな感じだった。
言葉を交わすようになったのは、知り合ってから半年くらい経ってからだったと思う。
ある日、彼が履歴書を書いているのに気がついた。 求職中らしかった。
当時は、今ほど不況でもなかったので仕事はすぐに見つかり面接にこぎ着けて
めでたく就職のはこびとなった。
彼の勤めぶりはきわめて真面目だったと思う。
就職して一年も経たないうちに営業成績は上位に入っていたらしい。
そんなある日、彼が例の喫茶店で履歴書を書いていた。
訊ねてみると、会社が不渡り手形をだしたとかで倒産したというのだった。
勤めにも慣れて仕事も面白くなってきた、さあ・・・結婚でもと
考えはじめたころのできごとだった。
半月もしないうちに彼は次なる就職先を見つけた。
勤務先が少し遠かったため、アパートを借りてこれで安心と思った矢先の出来事。
朝、出勤したら会社の前に人だかりが出来ていた。
中に入ってみると、社長はすでに失踪、専務が債権者に囲まれていたらしい。
その後、同じようなことが2度ほど繰り返された。
その間、彼は失業保険で生活をしていた。
彼が趣味で所属していた音楽サークルもトラブルが発生して解散。
公私にわたって彼がトラブルのタネになったことは一度もなかったのだが・・・
結果はいつもこんなだった。
ある夏の終わり、観測史上2番目というものすごい台風が九州に上陸したときのこと、
私の家は全壊し、車の屋根は落ちたカワラでボコボコになってしまった。
家を修理するあいだ、私の家族はホテル暮らしをしていた。
メチャメチャに壊れた瓦礫の下でベルが鳴った。
どうやら、家は壊れても、電話は無事だったようだ。
受話器を取ると・・・
「台風どうだった~?」という彼の声が聞こえてきた。
台風が上陸する前日、彼はうちに遊びに来ていた。
あまりにも条件がそろいすぎてはいないか?
これをどう理解したらよかったんだろう?
次の日、彼は見舞いを持ってあらわれた。
なにかと心配してくれているのだが、自分は大丈夫だったのだろうか?
不運に慣れてしまっている彼は、人の不運をフォローするのが上手かった。
そんな彼が結婚したのは、うちがぶっ壊れた翌年だったと思う。
誰もが彼の将来を心配したものだが、めでたいお話しなので喜んだものだった。
教会で結婚式を挙げて新しい生活が始まった。
彼は自分で商売を始めて、それが波に乗ったころ
私は家を引っ越して、つきあいがとぎれてしまった。
数年前、突然手紙が来た。 差出人には覚えがあった、懐かしい名前だ。
離婚して仕事も変わったのだという内容だった。
どこまでも星まわりの悪い男だった。
私が知っている中で、彼が勤めてつぶれなかったところは自衛隊だが
もし、そのまま勤め続けたら自衛隊もつぶれてたのだろうか?
つぶれる前に彼が退職してくれたのは自衛隊にとってはラッキーだったかもしれない。
その後、彼からの連絡はとだえてしまった・・・
今、どこでどうしているんだろう?
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