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他国のゲイ世界。そこからも見える違い。

2011年06月28日 12時28分50秒 | エッセイ

以前にも記事の中で書いているけれども、私はアメリカの某ゲイサイトのメンバーになっていて、プロフィールもそこに載せている。世界各国の、むろんアメリカに住む男たちが中心だけれども、およそ20万人ほどがメンバー登録をしている。年齢は10台後半から80台後半位まで。タイプは、多様。髭面も実に多い。刺青、ピアース、190センチ前後の身長で、体重130キロ以上などというタイプは、ザラにいる、と言っても良い。日本人の感覚からすると、とても合いそうにないというような体格。それで髭面、毛深い、等々の感じとなると、近寄りがたい感じともなりますか。そんな大男同士が、お互いに求め合って、愛し合ったりセックスをするということのある世界。

そうしたサイトの特性でもあるけれども、プロフィール写真に股間の物そのものを入れているもの、当然のように結構あるけれども、それもまた一部ということで、また大部分は通常の自身画像、あるいはパートナーと一緒のカップル画像、その中には同性婚をしている者達もいたりする。それも、長年の間柄の五十代、六十代同志だったり、更にまた上の年齢も。その他に自身の裸体画像ギャラリーのコーナーもあって、そこでは、五、六、七十代辺りが、全裸、股間の一物をこれ見よがしに屹立させている様子だの、性行為場面を見せているものが、ごく一般パターン。髭面、肉の塊のような大男たち、他、タイプさまざまだけれども、感じるのは、なぜにそこまで底抜けな感じを見せられるのか、ということ。プロフィールの画像もそうだけれども、ともかく表情が明るい。

日本とは、別の世界がそこにあるという印象が強い。アメリカの場合でも州、あるいは国によっては同性婚が認められている、それだけでも違いに究極と言っても良いほどのものを感じさせる。何故なのか?
なんにしても、例えばのこと、その全裸画像を載せているギャラリーページでは、70台の彼らなどが股間の物をたくましく立てて、自信に満ちた笑顔を見せ、ポーズをとっていたりするのである。アジア人との肉体的な感じも違っていたりで、なにか肉食系の体、肌のたくましさのような属性ゆえに、年齢を感じさせないところがでてくる、とも思わせたりする。ええっ? この人が70代? などというおどろきに出会ったりすることになる。

こんなことがある。例えば刑務所の中にいるアメリカの囚人に、これからの人生で願う処を実現できると思うか否か、というような質問に対する答えのデータ。「できる」と答える者の割合の高さ。刑務所の中にいてさえ、彼らは自信を失わない。というような日本、日本人の場合の諸々の意識に関する国際比較の中で、最低レヴェルにある場合との違い。諸々の条件に恵まれ、誰から見ても羨みを抱かれそうな人間にしてからが、「自分に自信が持てない」というような意識人間というパターンが多い、と見ても当たりそうな日本人の意識。そのレヴェルと彼らの、そんな意識の欠片もなさそうな自己主張姿勢。感心させられるほどのものがある、ということ。

何故に日本人は自分に自信が持てず、彼らの意識が楽天的、前向きなのか、その辺りのことは、とりわけこうしたゲイのサイトを通じて彼らを見ながら、もっと考えてみたいところでもあるのですね。