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「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」

教育編 第6回 特権階級のための教育から、全ての人々の能力を底上げする教育へ

2012-01-07 | 憲法って、面白っ!

 コンドルセは自分が数学者であったからかもしれませんが、教育における数学や自然科学の必要性を強調しています。
「長い思索に没頭したことがまったくなく、いかなる種類の知識も深めたことのない人々にとっては、数学と物理学の初歩的な研究でさえ知的能力を発展させ、正しく推論し、諸観念をうまく分析するためのもっとも確実な手段となる。」

 革命前の学校と言えば、もっぱら神学者を養成するためのラテン語に偏重した教育で、ラテン語の聖書を読めることが特権階級の証しでした。しかし、彼は最初にも紹介したように、全ての市民が人の意見を鵜呑みにせず自分の理性で考えられるようになることを目指していました。自然科学(数学と物理)は、理性を鍛えるための確実な手段なのです。

 初等学校においても、「物理学の基礎知識は、魔術師や奇跡をでっち上げたり物語ったりする連中から身を護るだけのためであっても、必要である」としてます。

 今日の日本でもオカルトを利用したあやしげな商法が後を断ちませんが、当時はもっとはびこっていたのでしょう。コンドルセはこうした詐欺師から人々が身を守ることについても関心を寄せ、人に騙されないための智恵を身に付けてほしいと願っていました。

 また、第3回で紹介した、革命前に学ぶ機会のなかった人々や初等教育だけで働きに出なければならない人々を想定した公開授業では「市民が権利を知り行使する上で」知っておくべき法律の知識や社会科学の基本的な原理が教えられることになっていました。

 一方、「ゆとり教育」を推進した当時の教育課程審議会の会長であった三浦朱門氏が、ジャーナリストの斎藤貴男氏のインタビューに答えて、「できん者はできんままで結構」、「限りなくできない非才、無才には、せめて実直な精神だけを養っておいてもらえばいいんです」と言った話は有名です。コンドルセの立場とは真逆であることがよくわかります。(鈴)


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