母の膵臓癌日記

膵臓癌を宣告された母の毎日を綴る

精神腫瘍科

2009年10月11日 01時03分30秒 | 日記
10月9日(金) 午後
レントゲンは受付から3分で終った。もとの診察室前に戻り待っていると弟から携帯に電話が入る。
今どうしているかと訊かれ、入院して検査する方向でレントゲンを撮ってきたところだと言うと
「さっきM先生から電話で入院のことについて訊かれたけど僕は必要ないって言ったんだ。」
「本人がいろいろな症状に不安を持ってて、入院して検査するのが安心と思ってるのよ。」
「本人がどうしてもそうしたいのなら構わないけど入院しても何も変わらないし、
自宅で過ごせる時間があとどれだけあるかわからないのにもったいないんだけどなぁ。」

私はいきなり冷水を浴びせられた気持ちになる。
今日母は、同年代で同じ病状の男性が元気でいるのを見て、
さらに腫瘍マーカーの数値が下がっていると聞いて心にに希望が生まれた。
気持ちが前向きに明るくなっているのが母の表情を見て伝わるので、こちらも
(もしかしたら抗がん剤が効いて元気になるかもしれない)と思い始めていたのに
弟の言葉はその逆を示唆していた。
しかし、そんなことを母に言えるわけもなく、私は
「T(弟)は入院しても何も変わらないから必要ないって言ってるよ」とだけ伝える。
母は「あら、そう?」と、思ったよりがっかりもしていない様子だった。

M先生の診察室に呼ばれ、中に入る。
M先生は母が箇条書きに書いた質問のメモを(オキシコンチンを減らせないか、等)を見ながら
辛抱強く母の訴えを聞き、わかりやすく説明しながらひとつひとつの問題を解決していく。
そんな姿を見て、つくづくM先生は優秀な先生だと感じ、担当を変わられてしまったことを残念に思う。
触診もして、薬の処方も母と相談しながら前回と内容を変え、精神腫瘍科にも連絡をとって当日の予約を入れてもらう。
結局担当のS先生の診察をM先生が全て最初からやり直した形になる。経験の浅いS先生のフォローをしているようにも見える。

「腫瘍マーカーが下がったとお聞きしたんですけれど、どのくらい下がったんですか?」と母が先生に訊く。
やはり腫瘍マーカーのことをとても気にしているのだ。
「まあ、もともとの数値が健康な人だと37くらいのところ3800あったんですけどね。」
私はその数字の差に驚いてつい小さな声でええっ!と言ってしまう。
「それが2070になったってことです。でももちろん上るより下がる方がいいですから頑張って続けましょう。
普通ならこの抗がん剤治療を77歳の人にするのはちょっと考えてしまうのですが
Iさん(母)はお若く見えるし、いろいろ活動されてて体力があると思ったからゴーサインを出したのですよ。」
「ああ、そうなんですか。」年齢より若く見えると言われて母はまんざらでもなさそうに笑顔で答える。
「辛いことはあっても、いい結果が出ているのなら是非続けたいと思います。」

M先生の診察を終えて今度は別棟にある「精神腫瘍科」へ足を運ぶ。
待っていると診察室から担当の先生が出てきて、「時間が伸び伸びになっているからあと30分から1時間待つようになる」というので
それでは食事をしてきます、と言って3人で院内のコンビニに弁当を買いに行きカフェテリアで遅めの昼食をとる。
40分ほどして戻ると、タイミング良く診察に呼ばれる。

担当の先生は漫才コンビ「オリエンタル・ラジオ」の「あっちゃん」のような風体の30代らしき男性で、眼鏡の奥の眼差しが優しい。
母は夜中に何度も目が覚めてしまうことや精神的な辛さを非常に遅いペースで
何度も同じ事を繰り返したりしながら細かいことまで話す。
しかしこの先生もイライラする様子は見せず、辛抱強く母のまどろっこしい話をよく聞いてくれる。
「夜は心配があって寝つかれないんですか?」と先生が訊くと母は
「いえ、全然。全然心配なんかはないんです……
ただ…不安感がどんどん出てきちゃって眠れなくなるんです。」
(はあ!?)と私は心の中で叫び、母の横顔を斜め後ろから凝視してしまう。
心配はないけど不安感が出る、って矛盾していて意味がわからないじゃないと言いたい。
しかし先生は変わらない態度で「そう、不安感が出るんですね」と答える。
ここでは長時間効く睡眠薬と、息苦しいときに飲む安定剤を処方してもらう。

この後抗がん剤の点滴を始めたときはもう4時半近くなっていた。
点滴中は夫とカフェテリアに行き飲み物を買って飲み、終るのを待つ。
「さっき、お袋さんに思いっきり突っ込もうとしてただろ。」と急に夫が言う。
私はなんのことかわからず首をかしげていると
「精神腫瘍科でお袋さんが言ってたじゃない、「心配はないけど不安がある」って。
その時にこんな感じでお袋さんを見たじゃない。」と、夫はすばやく首を振って横を見つめる動作をしてみせる。
「あの時ママがお袋さんに突っ込み入れるんじゃないかと思ってハラハラしたよ。
先生はそんなこと慣れてるだろうから普通に聞いてたけど。」と夫は笑う。
「ああ、あれね。」
さすがに夫は私の頭の中をお見通しだ。私もその場を思い出して笑ってしまう。

帰り道薬局へ寄ってさらに増えた薬を買い、1時間強の道のりを経てやっと家に帰りついたのは6時半頃。外はもう真っ暗である。
私はこの日、以前パートで勤めていたデパートの同僚たちとの飲み会があって、約束の時間より大幅に遅れてしまった。
しかし、久しぶりに気のおけない同年代の友達とおしゃべり出来てとても楽しかった。