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仁、そして、皆へ

そこから 聞こえる声
そして 今

壁の向こうの溜息の意味3

2010年05月11日 17時19分42秒 | Weblog
 もう初老と言ってもおかしくない滝沢さんに対するミサキの態度にヒカルはいくぶん違和感を持っていた。はじめて、ミサキと名古屋にきたときから、それは続いていた。
「ねえ、年上の滝沢さんに・・・・。」
と話しかけたことはあったが、言葉は続かなかった。滝沢さんはミサキのことを美咲さんと呼んでいた。ミサキが滝沢さんを見下しているという感じでもなかった。

 ミサキの店、いや、ミサキの父親のその父親の父親が始めた店。店というのは当らなかった。百貨店という言葉が一番、適していた。おりしも、高度成長とバブルの流れが、その店を大きくした。ミサキが店内に入ると、アルバイトや若い店員以外の関係者は必ず、近づき、恭しく挨拶をした。そして、アルバイトや若い店員に耳打ちした。
 一階のフロアーに入ると中年の店員が走った。課長クラスのフロアー長が現れ、ミサキに頭を下げた。
「お嬢様、本日は。」
「ヒカルの背広が見たいの。」
「はい。」
そういうとエレベーターまで案内し、3階の紳士服売り場の担当に伝えておくといった。
 ヒカルを連れて来たことをミサキは一瞬、考えた。
 
 お店の噂になるかもしれないなぁ。

が、それはそれ、そんな思いは一瞬で消えさった。
 ヒカルは非常に恐縮した。ヒカルの知らないミサキがいた。前回は滝沢さんに連れられて、病院に行き、ミサキの実家には寄らずに「ベース」に戻った。ミサキからの重要なお話という連絡を受けて、マサルにまた、背広を借りた。

 背広を着てきてよかった。

 ミサキは「ベース」のミサキとは別人だった。まして、あの宗教団体の頃のミサキとも違っていた。黒縁の眼鏡は同じでも、薄く柔らかいそうな生地のワンピース、乳白色の下地にに紫の花が踊るワンピース姿、太陽の光がその生地を通りぬけ、乱反射し、天使の羽を作り出しているかのような・・・・
ヒカルはそう感じた。嬉しかった。そして、複雑だった。

 紳士服売り場の主任が二人をエスコートした。ミサキを見るなり、嬉しいそうに微笑んだ。
「美咲ちゃんのボーイフレンド。」
「典宏さん。」
ミサキも嬉しそうに微笑んだ。
「いとこの典宏さんよ。」
「ヒカルです。」
頭を下げた。
「社長はどう。」
「意識は回復したの。でも、しばらくは病院かな。」
「そう。」
「典宏さん。ヒカルの背広、見立ててよ。」
「いいよ。」
そういうとヒカルを見た。ジーと見た。
「これ、借り物でしょ。」
「はい。」
「吊るしで、あうのあるかなあ。今日、着て行きたいの。」
「そうなのよ。」
「じゃあ・・・・。」
そういうと足早に売り場を探索した。一分も立たないうちに四着の背広を手にして戻ってきた。


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