4/10日にUPした官邸機能せず(上)の続きです。
官邸機能せず(下)首相以下「惨敗」を無視
2011年4月12日(火)08:00
4月11日午後2時46分。1カ月前の同時刻に東日本を大地震が襲った。
首相官邸4階の大会議室では第15回緊急災害対策本部に先立ち、大型液晶画面に表示されたデジタル時計が時を刻んだ。
ピッ、ピッ、ピーン…。
時報に合わせて首相・菅直人や閣僚ら約80人は一斉に頭を垂れた。
「最愛の家族を失い、最愛のふるさとが被災したみなさんにお悔やみとお見舞いを申し上げたい。新たな日本を作り出すため、私も先頭にたって全力で頑張り抜く覚悟であります」
菅はこう力を込めた。
海外の被災者支援への感謝のメッセージも披露された。表題は「絆」。菅は「日本新生への道を歩み、国際貢献の形で恩返ししたい」と訴え、意外な言葉で締めくくった。
「まさかの友は真の友」
◆珍妙な論理
10日の統一地方選前半戦で民主党は惨敗した。昨夏の参院選後、連敗続きの菅政権はいよいよ追い詰められた感があるが、菅の頭に「退陣」の2文字はない。
官房長官・枝野幸男は記者会見でこう強弁した。
「民主主義のルールに基づき首相は職責を与えられた。内閣はその職責を果たしていくことに全力をあげるのがまさに筋だ」
民主党幹事長・岡田克也は党務委員長会議で珍妙な論理を繰り広げた。「負けは負けとしても公認・推薦の数え方の基準を作った方がよい」。公認候補だけでなく推薦した無所属候補も当選に数えれば、負けが薄まるというわけだ。
これには出席者もあきれた。41道府県議選で一つも第一党を取れず、岡田のお膝元・三重県知事選も惜敗した。勝数の勘定方法を変更しても負けに変わりない。さすがに国民運動委員長・渡辺周がかみついた。
「この1年半何をやったのかと言われている。政権のレーゾンデートル(存在理由)を示さなければならないのではないか」
◆党内に諦め
それでも岡田は諦めきれず記者会見で「公認候補の当選は12増」「三重県議選は全員当選」など“言い訳”を重ねた。進退を問われるとこう言った。
「責任は感じているが、辞めるのとは違う。何かあると『責任を取れ』という議論は生産的ではない」
党内には諦めムードが蔓延(まんえん)する。党役員会で出席者が「後半戦に向けメッセージを打ち出すべきだ」と訴えると参院議員会長・輿石東は冷ややかに言った。
「それはそうだが、どんな政策を訴えるんだ?」
■「ポスト菅」絡み合う思惑
「大震災で政局がすっ飛んだと喜んだらダメだ。うまくやらないと絶体絶命になる。野党は『次の首相ならば協力できる』と言ってあんたを追い込むぞ!」
3月11日の東日本大震災発生を受け、与野党が「政治休戦」で合意してほどなく、国民新党代表・亀井静香は首相・菅直人に電話でこう忠告した。だが、東電福島第1原発の事故対応に追われていた菅にまともに聞く余裕はなく「亀井さんは未来が分かるんですか?」とぞんざいに応じた。
亀井も菅の多忙は百も承知だ。それでも電話したのは、民主党で「ポスト菅」の動きが本格化しており、その中心にいるのが党代表代行の仙谷由人だと伝え聞いたからだ。
亀井は菅を評価しているわけではない。むしろその逆だ。郵政改革法案に冷淡だし、財政規律を重視する与謝野馨の経済財政担当相への起用も許せない。
それでも仙谷の動きは看過できない。しかも仙谷の念頭にある次期首相は「原理主義」とされる民主党幹事長・岡田克也だと聞く。このまま菅が追い込まれれば、国民新党も「お払い箱」になりかねない。
そう考えての忠告だったが、菅がその重要性に気づくのはしばらく後だった。
◆「自民と組むしか」
仙谷は1月の内閣改造で官房長官を降りると自民党副総裁・大島理森に急接近した。「裏方」「強面(こわもて)」「人情家」-。共通点の多い2人は意気投合し、酒を酌み交わしながら民主、自民両党の大連立を模索するようになった。
ただ、自民党は民主党政権と徹底抗戦してきただけに大義名分もなく大連立を組めば「無節操」とのそしりは免れない。大島はきっぱりと言った。
「首相が菅のままではとても協力できない…」
そんな押し問答が続く中、仙谷は3月17日に官房副長官として首相官邸に復帰した。かねて民主党が掲げる「政治主導」に限界を感じていたが、震災後の官邸の機能不全に愕然(がくぜん)とした。「官僚を使いこなし、復興をやり遂げるにはやはり自民党と組むしかない。そのためには…」
◆「2人で会いたい」
市民活動家出身で政界にコネはない。自分勝手で癇癪(かんしゃく)持ち。信望も薄い。そんな菅が首相の座に上りつめることができたのは特異な「嗅覚」を持つからだ。不穏な空気を感じ取った菅は機先を制する動きに出た。自民党総裁・谷垣禎一との直談判である。
3月19日、菅は谷垣に電話で「2人だけで会いたい」と持ちかけ副総理兼震災復興担当相での入閣を打診した。「2人」にこだわったのは仙谷に動きを悟られたくなかったからだろう。最後は谷垣の優柔不断な応対に逆上してしまい破談となったが、菅はそう簡単にはあきらめない。
「実践的で中身のある提案をいただき感謝します」
3月30日、谷垣らが官邸を訪ね、復旧・復興に関する提言を渡すと菅はいつになくへりくだった。同時に自民党との窓口役に岡田を指名し、閣僚増員でも協力をとりつけようとした。
それでも谷垣は慎重姿勢を崩さない。党内の意見は割れており、無理にかじを切ると自らが引きずり降ろされかねないからだ。
しびれを切らした菅は4月7日、官房長官・枝野幸男らを自民党本部に遣わした。政調会長・石破茂は「震災に与党も野党もないでしょ」と丁重に対応したが、枝野らが去ると胸をなで下ろした。
「ここに菅さんが来て『協議をよろしくお願いします』なんて言ったら大変なことになったな…」
◆透ける「小沢外し」
民主党も一枚岩ではない。元代表・小沢一郎に近い勢力は菅を即刻退陣させたいが、仙谷とは距離を置く。仙谷の「菅降ろし」の先に「小沢外し」が透けてみえるからだ。
さまざまな思惑が複雑に絡み合う上、有力な「ポスト菅」も見あたらない。自民党のような派閥がないため「数合わせ」もはっきりしない。仙谷とて党内を掌握するすべはない。これが大連立が浮き沈みを続ける要因となっている。
首相補佐官・藤井裕久は菅をこう諭した。
「民主党にも自民党にも政局屋はいる。批判されるのは仕方がないが、ここで辞めると政局になる」
菅は「わかっています」とサラリと応じた。辞める気はさらさらないようにみえる。大島はあきらめ顔で周辺にこうこぼした。
「仙谷は『結婚しよう』と迫ってくるくせに新居がないどころか、『イエス・ノー枕』さえ用意していないんじゃ!」
震災から1カ月。福島第1原発の放射能漏れは続き、被災地復旧のめども立たない。政界はいつまで我欲に満ちた権力闘争を続けるつもりなのか。(敬称略)
この企画は今堀守通、水内茂幸、斉藤太郎、杉本康士、村上智博が担当しました。
gooインターネットニュースより抜粋
http://news.goo.ne.jp/article/sankei/politics/snk20110412083.html