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きゅうちゃん出たとこブログ

行きあたりばったりの人生、そして愉快な仲間達との日々をちらほらと・・・

『この世界の片隅に』 映画&漫画

2017-02-09 20:59:28 | BOOK

魏・蜀・呉の三つの国が戦いを繰り広げた壮大な物語 『三国志』。

裏切りに次ぐ裏切りの繰り返しに アタシを「もう誰も信じない」状態にさせたところへ

やっと、やっとお会いできましたわね という感じで諸葛孔明がババンと登場し

かと思えば手に汗握る心理戦の応酬の嵐で疲れ切り心休まる暇も無いし先は長い。

きゅうです、ども。






さて、先日久しぶりに映画館へと足を運び話題の映画


『この世界の片隅に』


を観てきた。

長くSNS上で これはいい、是非観るべき、今年最高の映画(まだ1ケ月しか経っとらんが)と

これでもかこれでもかとお勧めしてくるので観念して観に行ったらば


「とにかく観てください。」


と言ってしまうアタシになって帰って来た。

あまりに良かった(ヨカッタ?)ので原作本も購入した。

    

内容や感想をどう伝えたらよいのか、

想いはあるのだがそれを具現化出来るような言葉や表現の仕方が見つからない。

言葉にできない尊さと、

アタシにはアタシという入れ物や背景があり、

そこで汲み取った感じ方をそのまま変わらず誰かに伝える事も難しく

それらが 「とにかく観てみて」 になってしまうのだろう。

映画ならエンドロールが全て終わり会場の照明がつくまでスクリーンから目を離さず観てほしいし

原作本は表紙からあとがきまで線の一本一本に込めた空気を感じてほしい。

そして、主人公 すず の人生をたおやかに生きてみてください。

きっとそれぞれの 何か を感じると思います。











『沈黙』 遠藤周作

2017-01-24 14:02:43 | BOOK

明けぬ夜は無いというように、降りやまない雪もないのであるが

にしてもよっく降るなーもぉ。

おかげでスカパーのアンテナに雪が積もりBS画面がPerfumeの世界観。

乱れた画像がもれなくプロジェクションマッピング。

おまけにドライヤーからチリチリというスパイシーな音がしてきたと思った途端

一台しかない貴重なドライヤーがご臨終。

このクソ寒い冬に頑として冷風しか吐き出さないドライヤーを手に

水の滴る髪を乾かしたらどうなるかという人体実験をしています。

きゅうです、ども。






さてその昔、何が善で何が悪なのか 

また、西洋と日本における“神”に対する概念についてがつかめそうでつかめないイチゴのようで

どうもイマイチ合点がいかなかった小説 『沈黙』。

このたび巨匠マーティン・スコセッシ監督により完全映画化された。

マーティン・スコセッシ監督といえば、猫も杓子もロバート・デ・ニーロだった時代に映画を観てた者なら

「タクシードライバー」 や 「レイジング・ブル」 や 「キング・オブ・コメディ」 と色々お世話になってると思う。

「カジノ」も豪華でかっこよかったな。

と、話が脱線したが

その映画公開にあたり遠藤周作の 『沈黙』 を再度読み返してみたくなったのだ。

結果、

やはり再度読んでも重いし、そもそもこれは 「正義と悪」 を問う次元の小説ではなかった。



キリシタンたちが受けた弾圧や拷問については事実としてあった出来事ゆえに

ページをめくる手が止まるし辛い。

しかし、登場する3人の司祭はじめ迫害を受ける貧しい村の隠れキリシタン達の清らかな尊さ。

また、役人におびえ残忍な拷問を恐れるあまり卑怯な手を使い 「パードレ」 を売り

そして 「転ぶ」 信者キチジローの苦悩が切なく、赦されるべき弱者として深く心に落ちてゆく。

それと呼応するように、キリストの「神」を唯一絶対の真理とするこの小説の主人公ロドリゴの心の変化を

一人称、三人称という移人称という形を用いて丁寧に描かれており一気にラストまで連れていってくれる。


信じるものがある強さと

信じるものがある為の苦しさ。


『沈黙』 を読みながら 「神」 を家族や自分にとって大切なものに置き換えて想像してみたり

己の中にある 「キチジロー」 と対峙してみたりと様々な出来事や思想に問いを投げかけてみる。


で、ここから全くお門違いな話をするけど

福島県から横浜市に自主避難した当時小学生の男子がいじめを受けた問題で

この少年がゲームセンターなどで同級生に150万円支払わされた件を、

「いじめと認定できない」

とした横浜市教育委員会は一体何の踏み絵を踏まされたのだろうか。

どう考えても犯罪としか思えない行為だと教育委員会もわかっているはずなのに

そう答えなければならなかった理由は何なのだろう。

この人たちの 「信じるもの」 って一体何なのだろう。











何度でも読みたいカメ本。

2016-05-25 13:38:10 | BOOK

美容院でスッキリと髪切って伸びきってた前髪もアシメにしてもらい

 あ~さっぱり とウチに帰宅し改めて鏡を覗くと

何かに似てるな....と考える事数分。

出した答えがゴールデンボンバーの鬼龍院で、スッキリ!スッキリ!。

前髪がまるでホストクラブ、きゅうです、ども。





さて、先日のブログでとうとう亀好きを公表してしまったわけですが、

犬や猫のようなポピュラーな動物と違い、亀を主人公やモチーフにした

小説って意外に少ないって知ってました?(すげー唐突)

童話や昔話には度々登場する亀も、現代の小説には扱いにくい存在なのか

なかなか出会う機会がございません。(知らんだけかもしれんけど)

しかし、人類が二足歩行を始めてたかだか400万年なのに対し

亀は甲羅を背負い続けて2億年という

果てしない時間をほぼ変わらぬあの姿で生き続けてるって

もう神秘的じゃあーりませんか。

もっともっと亀は世の中に熱い視線で関心をよせられるべきべき!

と、そんな亀を取り敢えず皆に好きになってもらう取っ掛かりとして、数少ない本の中から

今日は(今日は?)このエッセイ2冊を紹介しよう。

亀のひみつ

こちらは作者と亀のサヨイチ他多数と猫との日常を綴ったエッセイ部分と

亀の種類や飼い方などにも特化して書かれてある亀のバイブル的一冊。

もう一つが

うちのカメ

昆虫学者 石川良輔先生が夜店で買ったクサガメ “カメコ” と35年間生活した観察記録。

昔、石川先生が糸井重里氏との対談で、この “カメコ” について愛情あふれる言葉を発しておられ

非常に興味をそそられ買った一冊。

もう“カメコ”が愛しいのなんの。(笑)

興味がある方は是非。










高等遊民風生活。

2015-02-04 23:29:25 | BOOK

やべっ......

ブログ更新するの遅すぎ

米無くなるの早過ぎ。

きゅうです、ども。




苦手なヘアサロンで半年ぶりにカットしたのに

調子に乗ってシャギーを入れたら翌日から己では手におえない状態になり

鏡の前で こんな~はすじゃ~なかぁったよねぇ~ と、手が攣りそうになってたり、

呑みに行って久々二日酔いに見舞われ、朝 旦那と 「あー」 やら 「うー」 やらの「あ行」だけで意思疎通を図れた事に

さすが夫婦歴17年目、付き合い始めから数えたら22年 と、感慨深かったり、

何かの仕事に繋がればという邪まな考えで大人の会合に参加したけど

拍子抜けするほどあっさり終わってしまって

折角ワンピースを新調して挑んだのに疲れただけで不完全燃焼だったり、

知り合いの方が突然お亡くなりになったり....。


バタバタと日々送りつつ、

今流行りの高等遊民風な生活をしております。金は無いしバカだけど。

日課としてレグザ全録をチェックし、合間に本を読む。

ええ、やっと本を手に取る心の余裕が出来ました。

今はお馴染みの北欧ノワールと、乱歩ワールドを行ったり来たり。

昔、乱歩の「芋虫」読んだ時は反戦小説かと思ったけど、

改めて読んだら夫婦愛だったんだなと納得。

そしてまだまだ続くよ高等遊民もどきは。











dancyuを読む喜び。

2015-01-09 15:47:43 | BOOK

お金がほしい、お金持ちになりたい

と呟きながら手に握りしめ持って帰った年末ジャンボ。

毎年だが、今回こそは当たっている気がして

勿体ぶって今日まで結果を見ずにきた。

そして、本日開封し当選番号を確認するも、

脳内BGMはゆずの“栄光の架橋”から

瞬く間に浜省の“MONEY”へとチェンジした。

きゅうです、ども。





レグザ全録生活は、アタシをTVの前から離してはくれない。

コイツがきてからというもの、アタシの情報媒体は完全に活字からTVにシフトし、

あんなに大好きだった本の類いを一切読めなくなった。

こうしてみると、意外に面白い番組が多く、

それを消化するのに結構な時間を取られるからだ。

が、それは自分への言い訳にすぎず

暫くぶりに本を買いに出かけた。


そこで素晴らしく素敵なものを見つける。



『dancyu 日本酒クラシックス』



それ雑誌じゃね?

というのはこの際スルーして

只今日本酒について熱心に勉強中。

一体アタシは何になろうとしているのか・・・・。










忘れじのdancyu。

2014-09-20 00:34:54 | BOOK

蓮子さまが御入籍されたというニュース、

今知りました。

ところで今日という日は一体何曜日なのだろうか。

アタシは大好物の相撲も観ずに、

一体何の為に生きているのだろうか。

きゅうです ども。




うっかりしてたら買い忘れてしまう “dancyu”

案の定、先月決して忘れてはならない号を買い忘れてしまい

本屋に頼んで取り寄せてもらった。

崇拝している “神” が載ってるんですもの、

そりゃ取り寄せねばでしょ。


     


「町にあかりを灯す会」 会長としては(?)、今月全然呑みに行けてないこの状況を

どげんかせんといかん!と思いつつ、

缶ビール片手にBSの “酒とつまみと男と女” をつけながらdancyu読んで、

ひたすら妄想居酒屋ののれんをくぐるのだが、

最近妄想が度を越してきて、TVや雑誌の中の人々に声を出して話しかけてしまう始末。

所謂ひとりごと。

落ち着いたらしっぽり居酒屋めぐりの旅に出たい。


そうそう、先月のdancyuは、我らがアイドル類さんBOOKがついてきた。



必要かどうかはアナタ次第。


あ~ほんとに居酒屋っていいものですね、さよならさよなら~。








現実逃避。

2014-06-26 23:34:15 | BOOK

車で街を走っていたら

「大相撲高岡場所」 という神々しいポスターを見つけ

即効チケットの有無を確認したら既に一階席は完売しており、

旬な情報はいつも周回遅れでやってくるという

おのれをを呪う、きゅうです ども。



もう感性も意見も女子力とやらも何もかも

全く世間とズレズレなんで

現実逃避して小説読みまくってマス。

めんどくせぇ世の中とは一旦おさらば。

って言ってるアタシがめんどくせぇか。

しかし、自称面倒くさい人種は

「ったく、めんどくせぇオンナだな~」

って言ったら大概喜び

「そんなに面倒くさくないよ」

って言われたら まあまあ機嫌が悪くなるのでやっぱりめんどくせぇ。

そして、本当に面倒くさい人間は己の事を “面倒くさい” などとは露ほども思っておらず

自分の事を“メンドクサイ”と言える人は正直そんなに面倒くさくない。

故にアタシは正常。

......なのだろうか。







3.11 僕の道。

2014-03-12 14:55:26 | BOOK

昨日はどこにも出掛けず

一日静かに過ごしていました。

きゅうです ども。



3年。

様々に、いろんな思いを抱えて過ごした3年間。

言いようのない不安と悲しみと苦労。

それでも手探りで今日までやってきた。

たとえ未来が見えなくとも、振り返れば間違いなく自分で歩いてきた道がある。

躓こうが、立ち止まろうが、それも意味のある事で、

自分の後ろに出来た長い道は、いつかきっと自信へと変わる。

一生懸命生きよう。

がんばろう!東北。



『道程』  高村光太郎

どこかに通じてゐる大道を僕は歩いてゐるのぢやない
僕の前に道はない
僕の後ろに道は出来る
道は僕のふみしだいて来た足あとだ
だから
道の最端にいつでも僕は立つてゐる
何といふ曲りくねり
迷ひまよつた道だらう
自堕落に消え滅びかけたあの道
絶望に閉ぢ込められかけたあの道
幼い苦悩にもみつぶれたあの道
ふり返つてみると
自分の道は戦慄に値ひする
四離滅裂な
又むざんな此の光景を見て
誰がこれを
生命(いのち)の道と信ずるだらう
それだのに
やつぱり此が生命(いのち)に導く道だつた
そして僕は此処まで来てしまつた
此のさんたんたる自分の道を見て
僕は自然の広大ないつくしみに涙を流すのだ
あのやくざに見えた道の中から
生命(いのち)の意味をはつきり見せてくれたのは自然だ
これこそ厳格な父の愛だ
子供になり切つたありがたさを僕はしみじみと思つた
たうとう自分をつかまへたのだ
恰度そのとき事態は一変した
俄かに眼前にあるものは光を放出し
空も地面も沸く様に動き出した
そのまに
自然は微笑をのこして僕の手から
永遠の地平線へ姿をかくした
そしてその気魄が宇宙に充ちみちた
驚いてゐる僕の魂は
いきなり「歩け」といふ声につらぬかれた
僕は武者ぶるひをした
僕は子供の使命を全身に感じた
子供の使命!
僕の肩は重くなつた
そして僕はもうたよる手が無くなつた
無意識にたよつていた手が無くなつた
ただ此の宇宙に充ちみちてゐる父を信じて
自分の全身をなげうつのだ
僕ははじめ一歩も歩けない事を経験した
かなり長い間
冷たい油の汗を流しながら
一つところにたちつくして居た
僕は心を集めて父の胸にふれた
すると
僕の足はひとりでに動き出した
不思議に僕は或る自憑の境を得た
僕はどう行かうとも思はない
どの道をとらうとも思はない
僕の前には広漠とした岩畳な一面の風景がひろがつてゐる
その間に花が咲き水が流れてゐる
石があり絶壁がある
それがみないきいきとしてゐる
僕はただあの不思議な自憑の督促のままに歩いてゆく
しかし四方は気味の悪い程静かだ
恐ろしい世界の果へ行つてしまふのかと思ふ時もある
寂しさはつんぼのように苦しいものだ
僕はその時又父にいのる
父はその風景の間に僅かながら勇ましく同じ方へ歩いてゆく人間を僕に見せてくれる
同属を喜ぶ人間の性に僕はふるへ立つ
声をあげて祝福を伝へる
そしてあの永遠の地平線を前にして胸のすく程深い呼吸をするのだ
僕の眼が開けるに従つて
四方の風景は其の部分を明らかに僕に示す
生育のいい草の陰に小さい人間のうぢやうぢや這ひまはつて居るのもみえる
彼等も僕も
大きな人類といふものの一部分だ
しかし人類は無駄なものを棄て腐らしても惜しまない
人間は鮭の卵だ
千万人の中で百人も残れば
人類は永久に絶えやしない
棄て腐らすのを見越して
自然は人類の為め人間を沢山つくるのだ
腐るものは腐れ
自然に背いたものはみな腐る
僕は今のところ彼等にかまつてゐられない
もつと此の風景に養はれ育まれて
自分を自分らしく伸ばさねばならぬ
子供は父のいつくしみに報いたい気を燃やしてゐるのだ
ああ
人類の道程は遠い
そして其の大道はない
自然の子供等が全身の力で拓いて行かねばならないのだ
歩け、歩け
どんなものが出て来ても乗り越して歩け
この光り輝く風景の中に踏み込んでゆけ
僕の前に道はない
僕の後ろに道は出来る
ああ、父よ
僕を一人立ちにさせた父よ
僕から目を離さないで守ることをせよ
常に父の気魄を僕に充たせよ
この遠い道程のため




(全文を掲載させていただきました。)


かなりストイックな感情が交叉しているけど、

アタシはこの 『道程』 の原文が好きだ。






『自虐の詩』 上・下 業田良家。

2014-03-06 13:21:01 | BOOK

日テレ春スタートの連ドラ、

不正を見て見ぬふりできない“あきらめない”銀行員 という設定で、杏ちゃんが主演をつとめるそうだ。

やめてくれ! 眉間に皺で口を尖がらせる芸風は “ごちそうさん” でお腹いっぱいなんだ!!!

きゅうです ども。




さて、病み上がり引き籠り生活中、読む暇が無く放置状態だった小説を読みあさっていたのだが

それらの本は、なんと見事に清々しいまでのクソ小説ばっかりで驚いた。

それを第六感的に感じ取っていたのかなんなのか、だから放置していたのかアタシ。

が、その放置してあった中に漫画があった。


自虐の詩 上・下


賛否両論あるこの漫画、 妹が学生の頃、「すごく面白い」 と言っていたのを思い出して

数年前に買ったのはいいけれど、救いようのない 設定アンビリーバボーな人間模様に腹が立ってきたのと、

画のタッチが好みでなかったという理由で、上巻の半分程読んでやめてしまっていた。

今回、本屋へ行きたくとも外出を控えていた為、新たに小説を買いに行く事も出来ず、

渋々読み掛けを引っ張り出して修業の気分で読んでみた。


そしたらなんと!

不覚にも恐ろしく心揺さぶられてしまいました!


上巻最初は 『日本一泣ける4コマ漫画』 と異名を持つ “自虐の詩” に、もの凄い邪念を持って読みすすめていた。

いや、上巻まるまる このロクでもない男と それに尽くすイタイ女に流す涙ほど無駄なものは無い!、

“自虐の詩” を読んで芽生えた暴力と不毛な御奉仕に対するアンチテーゼ。

それなのに、それなのに、下巻から速度がゆっくりと変化するのにつれ、アタシもゆっくりとそれに連れていかれた。

親友“熊本さん”とのくだり、 母の顔を知らない幸江が「生まれた時の記憶を取り戻した」くだり、 その母へ「手紙」を書くくだり。

どうしちゃったんでしょう、病み上がりだったからでしょうか、


涙腺決壊。


とてもじゃないが共感するのは難しい、しかしそんな登場人物達がそっと寄り添い

その彼等が一瞬見せる人間味、彼等が目にする一瞬の光、

そこにこそ人間の本質、意味があるんだと、

なんとも言いようのない感慨にひたってしまったのだ。(“愛おしさ”という感情とは全く違うので、念の為)

いやー自分に驚きです。


人生は、世にも奇妙で素敵だわ! バンザイ!!!







すいか 木皿泉

2013-09-05 00:36:13 | BOOK

今期夏、自分の時間がなかなか持てず

全くと言っていい程 本が読めなかった、きゅうです ども。


がしかし、この 


『すいか』


だけはこの夏の間に読んでおきたくて、日に5分だけでも余裕があれば

ページをめくって読み進めていった。

シナリオブックだからさ、本気だせば多分すぐに読み終えられただろうけどね。

でもそんな読み方はしたくなかったんだ。

なんてったって あの伝説のドラマ(と、アタシは思ってる)『すいか』だよ。

10年前『すいか』を観てから今日まで、これを超えるTVドラマにお目にかかった事がない

と、言っても過言ではない程好きだった。


読んで正解。

やっぱいい。

登場人物の心情を “煮詰まる” とか “凍る” とか、まるで食べ物の様に表現する独特の感性。

夏なのに“絹さや”や“白菜”なんて出てくる季節感のズレはご愛嬌。

ひらがなで『すいか』と書くタイトルからは、なんとなくほのぼのした癒しを想像するかもしれないが

どっこい、意外にそうでもない。

むしろ、熱い。

共感のぬるま湯どころか、責任もって生きていく為に熱湯かぶる、そんな感じ。(ちょっと大袈裟?)

兎に角イイ、“オマケ”も更にイイんだわ。


不思議だったのが、映像がおととい観たドラマの様に、

役者の表情からハピネス三茶の空気感まで、何もかもが鮮明に蘇ってきたって事。

あと収穫だったのは、

教授が自殺を図った学生の親に言ったこのセリフ

「人の命を大切にしていないのは、お嬢さんの方です。
単位をくれなければ死ぬなんて、生きるという事を、バカにしているとしか思えません。」


ここ数年、ずーっとこのセリフが頭にこびり付いていて、

一体なんの小説のセリフだっけ? もしくはドラマだったっけか?って何年もモヤモヤしていたのが

浅丘ルリ子の真っ直ぐ親を見つめて言い放つ表情までそっくり思い出せてスッキリした。


ああ、この本はブック○フには持ち込まず

ずっと大事に持っていよう。