「京都・北山丸太」 北山杉の里だより

京都北山丸太生産協同組合のスタッフブログです

床の間のお話。

2012年08月23日 | 北山丸太・みやこ杣木 使用事例

8月も後半に入り、夕方にになるとツクツクボウシの声。朝晩は大分過ごしやすくなってきました。

今日は突然、雷とともに激しい雨が降りましたが、雷に打たれて命を失うこともあります。

小説「古都」では美しい雨宿りのくだりがありましたが、激しい雷の時は間違っても大きな木の下に入らないように気を付けましょう。

 

 

今回は少し、床の間のお話をしてみようと思います。

今では無駄なスペースだと、失われつつある「床の間」。けれどそこにはきっと歴史と意味があるはずです。どんな背景で生まれどのように使われてきたのか・・・。

室町時代、僧侶の住まいで仏画の前に机を置き、香炉・花瓶・燭台の三具足(みつぐそく)を並べたものが起源と言われています。そして机を造りつけにした押し板が登場し、貴族や武士の住まいでは飾り物を飾るようになりました。

やがては書院造に発展し、他の部屋よりも一段高い押し板が付けられ、主君が家臣と会う時などに使う「上段の場」となっていきます。

それは主君の座。聖なる空間でありハレの場であり、その人の権威を象徴する場であるとも言えます。


トコという日本語は、人が座る「座」「寝床」などの意味のほか、「とこしえ(永久)」「とこよ(常世)」などと使われるように、絶対に変わらない「永遠」というイメージもあるそうです。

家を造る際には床板を張り、その上に畳を敷いたり化粧板を張ったりしますが、その中で、絶対に安全で抜けたりはしない一隅が「床の間」。

その家が永遠に絶えることがないように祈りを込め、清潔に保ち、まるで見えない主君がそこに座しているかのように。

床の間はそんな特別な空間だったのではないでしょうか。

 

床の間を背にして着座できるのはその家の長のみ、もしくはお客さんですから客間では上座と呼ばれたりもしています。

その昔、武家では戦の勝利を祈願して鎧兜を置いたり、商人は商売繁盛を願って心得や家訓が記された掛け軸をかけたりしていたようです。

江戸時代になると庶民が床の間を造ることは贅沢なことだと規制されましたが、明治時代以降は上座として客間に設けられるようになりました。 

床の間のある和室を「座敷」と呼びます。

 

【資料画像】

 

現在の床の間は一畳程度で人が座れるような広さではありませんが、床柱に銘木(北山丸太f^^;)を使ったり床板や床天井に特別の材木を使っています。やはりそれは、床の間を家の中で最も聖なる空間として大切にしてきた、畏敬の念にも近い気持ちの表れなのかも知れません。

それでは床の間がどのような収まりになっているかをご紹介しましょう。

 

【資料画像】

 

床の間の形式には本床・琵琶床・洞床・蹴込み床・釣り床・袋床など様々なタイプがありますが、 これは一般的な本床(ほんどこ)の形式パターンです。

 

①床柱(とこばしら)

②床框(とこがまち)

③床板(とこいた)

④落とし掛け(おとしがけ)

⑤廻り子(まわりこ)

⑥天井板(てんじょういた)

⑦無目鴨居(むめかもい)

⑧長押(なげし)

⑨書院欄間(しょいんらんま)

⑩出書院地袋(でしょいんじぶくろ)・床脇地袋(とこわきじぶくろ)

⑪床脇天袋(とこわきてんぶくろ)

⑫床脇違い棚(とこわきちがいだな)

⑬雪見障子(ゆきみしょうじ)

⑭書院組子障子(しょいんくみこしょうじ)

⑮欄間(らんま)

 

・・・と、まぁ本床はたくさんのパーツで成り立っていますね!

主役とも言える床柱を中心に床の間と床脇。よく耳にする落とし掛けや長押は、もともとは柱と柱を水平につなぎ、構造を補強するためのものでしたが現在は装飾的な部材となっています。

出書院や違い棚などは南北朝時代以前に生まれているものだそうです。書院はもともと、禅僧が書を読むために出窓のように室内からはり出して付けられた「出文机(だしふづくえ)」という机でした。

縁側の方に明かり障子をつけて、明かりを取りながら行に勤しむ僧の姿が浮かんできます。

南北朝時代以降は、飾り棚として用いられるようになり、「書院」と呼ばれるようになりました。縁側に十分なスペースがない場合は出窓のように外に張り出さない、「平書院」(ひらしょいん)という形式もあるようです。

時代と共に、その家に住む人の事情や環境によって歴史や形式がだんだんと変わってきたのが解ります。

 

北山杉の里総合センター内の小会議室は、立礼式のお茶室になっていて床の間も少し形式が変わっています。

たくさんの可能性を多くの方々に見てもらいたいという意図のもと、床柱は釘など一本も使わずに取り替え可能。

 

上段の場で取替え可能な床柱なんて、 昔の主君は「ジョーダンじゃない!」とお怒りになるかも。

 

けれど、チョウナではつった落とし掛けや美しい木目の天井板、面皮柱など極上の粋を見ることが出来ます。

何もない空間の美。見えない部分に施された細かな技。これが侘び・寂びの世界でしょうか。

千利休は「時と時の間に、お茶くらい飲める時間が必要」と言ったそうです。

私たちは日々の暮らしの中で、心のゆとりの時間を失うと同時に、空間さえ溢れるモノで埋め尽くしてしまったのかも知れません。

考え方を変えてみると、「床の間は無駄なスペース」は「何もない空間があるスペース」。

時代の流れで住宅事情は近代化・極小化と大きく変化してきました。けれど狭い家の中だからこそ、たとえ小さくても床の間のような空間が必要な気がします。

少しだけ歴史を振り返ってみて、その小さな空間が自分の家の特別な部分だと思えれば。

季節の花を生けたり好きな器を置いてみたり、そしていつも清潔に保つ暮らしは、親から子へと受け継がれ日本の床の間の歴史を繋いで行ってくれるのではないでしょうか。

たとえ小さくてもどこかに北山丸太を使って欲しいというのがホンネですけどf(^^);

 

【資料画像】 

 

最後になりますが、こんな面白い画像を見つけました。

民宿か旅の宿のようですけど、見事に床脇には冷蔵庫が押し込められ、床の間はテレビが鎮座ましまして子どもが一生懸命見ています。

広くお部屋を使ってもらうには致し方ない措置、他にも長押にカーテンレールをつけてクローゼットになってる画像もありました。違い棚に靴が並べてあったりして。(笑)

何とも嘆かわしいですが、こういう使い方をしている家は結構ありそうですね。

う~ん、せめて子どもが「何でこんなんなってるの?」って聞いてきたら「ここはね、床の間って言うんや。昔な・・・」っていうのもコミュニケーションの一つと思って、頭の中のちっちゃなスペースに床の間のトコ、いやコトを置いてもらったら嬉しいです♪

(了)

 

 

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