新・私に続きを記させて(くろまっくのブログ)

ハイキングに里山再生、れんちゃんとお父さんの日々。

第五形態としての京アニ殺し

2019年08月02日 | 革命のディスクール・断章
◆『シン・ゴジラ』と「鯰絵」

 『シン・ゴジラ』の巨大不明生物は、最初、「生物だから」ただ移動しているだけだ。
 「蒲田くん」ことゴジラ第二形態は、蒲田の街を破壊し、多数の犠牲者を出したけれど、海から川を遡上し、陸地を移動し、また海に帰っていったにすぎない。まだ歩き始めたばかりでオムツの外れない赤ちゃんが、初めて見た世界の面白さととまどいに、部屋をすっちゃかめっちゃかにしていったように見えなくもない。
 自衛隊が多摩川を防衛ラインに総力をあげて迎え撃ったゴジラ第四形態は、最初、威力偵察の陸自のヘリを、トンボでも見るようにキョトンと眺めている。丸子橋を投げ飛ばし、戦車隊を蹂躙していくけれど、進行の邪魔になる障害物を、「邪魔!」と排除したのにすぎないように見える。体はすっかり大きくなって、力も強くなったけれど、まだまだ「子ども」なのだ。
 しかし米軍のB-2爆撃機の爆撃を受けたゴジラは、初めて「覚醒」し、本格的に反撃する。「内閣総辞職ビーム」というあだ名のついた、あの熱線攻撃である。あの場面のゴジラは、本気で怒り狂い、米軍機を叩き落とし、東京を破壊する。その姿は、『羆嵐』の人喰いクマのように、もはや死から逃れることが不可能な野性の暴力である。

 私はあのシークエンスに、安政大地震直後に流行した「鯰絵」を思い出さずにはいられなかった。
 『妖怪の民俗学』の宮田登は、ゴジラのルーツを「鯰絵」に描かれた鯰男に求めた。宮田は、C・アウエハント『鯰絵』(岩波文庫)の共訳者の一人でもある。
 鯰絵は、大鯰が地下で暴れることによって地震が発生するという伝説や信仰に基づいた、浮世絵の風刺絵画である。1855年(安政2年)に安政大地震が起きてから、地震から身を守るお守りとして、あるいは不幸を避けるおまじないとして庶民の間に急速に広まった。
 鯰絵では、地震鯰が鹿嶋大明神に成敗されていたり、民衆たちが大鯰を懲らしめていたり、擬人化された「鯰男」が被災者の救助や復興にあたったり、地震のお詫びに切腹した鯰男の腹から大判小判がざくざく出てきたり、さまざまなバージョンがある。
 鯰絵を見ていると、当時、安政大地震は、前年(1853年)のアメリカのペリー来航が原因になって発生したという俗説・俗信が、当時の庶民の間に伝わっていたことがわかる。ある鯰絵では、地震を起こした罪で、鹿嶋大明神の裁きを受けることになった鯰男が、「近頃は外国のやつら、たびたびこの国へまいり、地の下でもうるさく存じ、亜米利加を力まかせにゆりつぶしたる尻尾はずみにのって、江戸前(湾)へ持ちだし、……幾重にもお許しお許しと」と、釈明している。
 米軍のB-2の爆撃に怒り、反撃するゴジラに、私はこの「外国のやつら」に怒って力任せに尻尾を振った鯰男を思い出した。
 安政鯰男はアメリカのペリー来航がきっかけで暴れ、昭和ゴジラと平成シン・ゴジラは、アメリカの核実験が原因になって生み出された。どちらもアメリカと密接不可分な関係にある。これは、ゴジラ作品が日本人に愛されてきた理由を考える上で、重要なポイントだろう。そこには、日本とアメリカのねじれた関係、特に戦後の対アメリカ感情がむき出しになっている。



◆ゴジラの両義性

 鯰男は、地震災害を起こす忌まわしい破壊神であると同時に、庶民の味方の世直し神でもある。人びとの命を奪う死神であり疫病神だが、復興特需をもたらす福の神でもある。恐怖の対象でありながら、どことなく間が抜けていてひょうきんで愛すべき存在でもある。この両義性が、鯰男がゴジラのルーツといわれるゆえんだろう。多くの日本人にとってアメリカとは、この鯰男のように、恐怖と軽蔑、親しみと憎しみ、共感と反感、相反する感情がないまぜになってきた。彼らは一般市民に無差別爆撃と原爆投下を行った許しがたい虐殺者であると同時に、民主主義や文化や復興物資を与え、国際社会への復帰と戦後成長を支えてくれた「恩人」でもあるのだ。
 こうした日本人のアンビバレントな対米感情とゴジラとの関係を考える上で、示唆に富んだ『シン・ゴジラ』の考察記事があった。
 平成シン・ゴジラの熱線攻撃で破壊された建物と、破壊を免れた建物の位置関係を検証して、熱線の射程距離を割り出したその記事によれば、皇居にはあの熱線は到達しておらず、被害を受けることは免れたようなのだ。アメリカには怒りの攻撃を加え、結果として多くの日本人も犠牲にしたゴジラだが、鯰男の末裔だけはあって、攘夷であるばかりでなく尊皇でもあるらしい。
 『シン・ゴジラ』は、1954年の初代『ゴジラ』と同時に、実録映画『日本のいちばん長い日』をベースにしていた。戦後生まれにとって、「日本のいちばん長い日」とは、2011年の大津波の被害と福島第一原子力発電所の事故の行方を、恐怖と不安の中で見守った3・11の体験だろう。

◆『君の名は。』と広重の世界

 『シン・ゴジラ』と同じ2016年に大ヒットした『君の名は。』も、3・11と地続きの同時代を描いた作品だった。
 『シン・ゴジラ』が、安政年間における鯰絵の流行にたとえられるなら、『君の名は。』にあたるのは、広重の遺作『名所江戸百景』(1856年~1858年)かもしれない。
 「広重ブルー」ともいわれる広重の空や海や川の表現は、フランスやヨーロッパの画家たちをとりこにした。広重ブルーは、北斎ブルーと同様、「ベロ藍」(ベルリン藍)といわれた輸入品のヨーロッパ製顔料だったのだが。水や空気を得意とした点で、広重と新海作品は共通している。
 江戸名所を斬新な手法で描いた『名所江戸百景』は、安政大地震で壊滅的な被害を受けた江戸の復興を祈念した「世直し」がテーマであったという。
 本シリーズでは、ゴッホが模写した「大はしあたけの夕立」がいちばんよく知られている。広重が描いた隅田川大橋は、安政地震での倒壊を免れている。「江戸名所は残っている」「被害を受けた名所も復興した」と伝えることが、本作のめざしたものだというのだ。
 『君の名は。』には、大手ゼネコンがスポンサーとなり、物語の最後では、主人公はゼネコンへの就職をめざす。鯰絵にも震災で儲けた人間の典型として、左官屋や大工がよく登場する。『君の名は。』も形を変えた「震災映画」「3・11作品」であった。



◆浮世絵とカウンターカルチャー

 永井荷風は、浮世絵についてこう語る。

 「特殊なるこの美術は圧迫せられたる江戸平民の手によりて発生し絶えず政府の迫害を蒙りつつしかも能(よ)くその発達を遂げたりき。当時政府の保護を得たる狩野家即すなわち日本十八世紀のアカデミイ画派の作品は決してこの時代の美術的光栄を後世に伝ふるものとはならざりき。しかしてそは全く遠島に流され手錠の刑を受けたる卑しむべき町絵師の功績たらずや。浮世絵は隠然として政府の迫害に屈服せざりし平民の意気を示しその凱歌がいかを奏するものならずや。官営芸術の虚妄に対抗し、真正自由なる芸術の勝利を立証したるものならずや。宮武外骨氏の『筆禍史』は委(つぶさ)にその事跡を考証叙述して余すなし。余また茲(ここ)に多くいふの要あるを見ず」(江戸芸術論)
 
 江戸幕府は、民衆の願望や欲望をストレートに描いた浮世絵を弾圧・規制したが、現代の政府は、漫画・アニメ・特撮などの「オタクカルチャー」を政権浮揚に積極的に利用している。『シン・ゴジラ』の商業的成功は政府や自衛隊の全面協力なくしてはありえなかったろうし、『君の名は。』もゼネコンがスポンサーとなり、JR東日本企画が制作委員会に加わっている。
 『シン・ゴジラ』の庵野監督も、『君の名は。』の新海監督も、自主制作作品からスタートした、メジャーの「官営芸術の虚妄」に対抗し、「真正自由なる」オタクの意気を示す、「われらが庵野」「おれたちの新海」であった。まさか、『愛国戦隊大日本』の特撮監督に本物の自衛隊が全面協力したり、成人ゲームのOP監督に大企業がこぞってスポンサーに名乗り出る未来など、誰が予想しえただろうか。
 『シン・ゴジラ』の作中では、こんなセリフがある。

 「ゴジラは人類の存在を脅かす脅威であり、人類に無限の物理的な可能性を示唆する福音でもある、ということか」

 1954年の『ゴジラ』は核の象徴であるゴジラを否定し去ったが、ここでは「核の平和利用」も示唆されている。
 2016年のゴジラが象徴する3・11は、「核の平和利用」なるものが嘘でありペテンだったことを示すものにほかならない。しかし、この点について、監督や作品を批判しようとは思わない。これは保守党の政治家ならいかにも言いそうなセリフだし、監督が仮に原発再稼働派だったとしても、政治的信条と作品への評価は全く別である。そして、私も営業や商業ライターの経験からわかるが、こんな白々しいセリフを言うときは、たいてい嘘をつくときに決まっている。初代『ゴジラ』のように核の危機に警鐘を鳴らす作品なら、原発再稼働をめざす現政権の支援は取り付けられなかっただろう。


◆共犯関係の始まりと終わり

 サブカルチャーは、かつては若者のカウンターカルチャーとして、権力の存在を脅かす脅威であった。漫画やアニメは子どもの娯楽を越えて、『あしたのジョー』は旅客機をハイジャックした革命家(?)に引用される反権力のアイコンにもなった。庵野監督も新海監督のルーツや背景も、1960年代から連綿と続いてきたカウンターカルチャーの系譜に連なるものである。
 潮目が変わったのは、阪神淡路大震災、オウム事件、そして『新世紀エヴァンゲリオン』という三大事件が勃発した、1995年頃だろうか。
 オウム事件のあと、「現実がフィクションを越えた」といわれることがあった。正しくいうなら、『宇宙戦艦ヤマト』や『機動戦士ガンダム』や『ノストラダムスの大予言』の世界を信じ込んだ集団が犯した、「現実がフィクションを模倣した」事件だったのだが。古い左翼の罵倒用語に「漫画的」というフレーズがあるけれど、もしオウム事件が漫画なら、あまりに粗雑で稚拙で幼稚すぎて、ネームになる前のアイデア出しの段階で没になっただろう。
 しかし、オウムの時代の精神や悪夢を、卓越した技術で、誰の目にも見える形で可視化したのが『新世紀エヴァンゲリオン』だった。
 1995年は「インターネット元年」といわれた年でもある。政権党もアニメ業界も、この新しいインフラをさらなる成長エンジンにしたのはいうまでもない。庵野監督と政界のパイプ役になったのは、ドワンゴの川上だったというが、「クールジャパン」と「日本スゴイ」の大合唱の下、政治家とクリエイターは手を結び合っていく。これは『菅原伝授手習鑑』の「寺子屋」に象徴的だが、明治以降、歌舞伎が忠君愛国のイデオロギー装置に利用されていったのと似ている。

 京都アニメ放火殺人事件は、この「核の平和利用」ならぬ「アニメの政治利用」、あるいは「権力とクリエイターの共犯関係」の終わりの始まりのように見える。
 『シン・ゴジラ』のラストシーンで、東京駅脇に凍りついたまま立ちつくすゴジラの尻尾の先端部に、背びれを持つ人型の小柄な生物が数体、生じかけたまま静止していた。私は、京アニの事件が、再び活動を再開したゴジラの第五形態が引き起こした事件であるよう思えてならない。
 京アニの世界は、政治からも権力からも程遠い、ニュートラルで優しい世界である。『氷菓』のED『まどろみの約束』は、少女のエロティシズムとフェティシズムに満ちながら、「尊い」と表現するしかない崇高さに満ちている。庵野や新海は、「あちら側」に行ってしまったけれど、美の技を純粋に追い求め続ける京アニが、「最後に残った道しるべ」のように見えたのは、私一人ではあるまい。
 庵野や新海ならいいというわけでは断じてないが、襲われたのが彼らなら、まだ想像がつく。標的が京アニでも、監督やアニメーターや作品に出演する声優、社長個人というのなら、悪質なストーカー犯罪ということで終わったかもしれない。
 政治テロでもないのに、京アニという会社そのものが狙われるなんて、誰が想像しただろう。


◆Who will know


 私は犯人を百万回殺しても飽き足りない、怒りと憎しみを覚える。しかし、そう考える時点で、私は犯人と同類であり同罪なのだ。マルクスは「人間的なもので私に無縁なものは何もない」という言葉を愛したそうだが、これは「非人間的なもので私に無縁なものは何もない」と言い換えることが可能だ。
 本稿の執筆のきっかけは、ある場所で『シン・ゴジラ』に言及したことである。鯰絵についての前半部は、その仕事で使えなかった素材の再利用である。私はこの仕事に熱中するあまり、木曜昼に発生した事件を日曜の夜になるまで知らなかった。
 このブログを長く休んでいる間、私にもいくつか変化があった。『魔法少女まどか☆マギカ』に出会ったのをきっかけに、アニメや漫画にどっぷり浸かったのがそうだし、源氏の仕事がきっかけで、古典芸能のご関係者にご縁ができた。
 『黒塚』の舞台にご招待いただいたとき、私は『シン・ゴジラ』のゴジラの「中の人」が野村萬斎だったことを思い出し、東京総破壊のシークエンスの美しさと悲しさの意味が、初めて理解できたように思った。
 『黒塚』は『安達ヶ原』という名でも知られる。手塚治虫が本作を換骨奪胎してSF作品に仕立てている。
 阿闍梨(高僧)の東光坊祐慶が、安達ヶ原を旅していると、日が暮れ、陋屋で繰らす老女に一夜の宿を求める。老女は都落ちした元は貴族の出で、今は世捨て人の不運をかこっている。祐慶は、「たとえ鬼神魍魎であっても、必ず成仏できるのです」と仏の教えを説く。祐慶の優しい言葉に打たれた老女は、「恥ずかしいので、おばあさんの寝室など覗かないでくださいね」と言い残して、祐慶一行のために薪を取りに行く。やさしいことばをかけてもらった感激に、老女は童女に戻ったように月下で舞い踊る。
 その頃、老女の家では、祐慶に従う強力が、約束を破って寝所を覗いてしまう。そこには人間の白骨死体がゴロゴロ転がっていた。老女の正体は、安達ヶ原で旅人を殺してむさぼり食う鬼婆だったのだ。強力はあわてて逃げ出すが、老女とはち合わせてしまう。その表情に、老女は正体を知られたことを悟り、とって殺そうとする。
 このときの鬼婆は、正体を知られたことを悲しんでいるだけで、まだ本気で殺そうとしているようには見えない。実際、取り逃している。「お許しを」と助けを求め、転がりながらほうほうの体で逃げていく強力のコミカルな演技が際立つ。
 しかし、祐慶が調伏に姿を見せたときは、鬼婆はもう完全に怒り狂っている。「たとえ鬼神魍魎であっても、必ず成仏できるのだ」というあの言葉は嘘だったのか。自分には、救いなどどこにもないではないか。それなのになぜ優しいことばをかけてくれたのか、なぜ生きる希望を与えてくれたのか。

 京アニの優しい世界は、優しく希望に満ちた明るい光に満ちあふれている。御仏の言葉が鬼婆の心を打ったように。しかし、暗闇に生きるしかない者たちにとっては、その明るい希望の光は、眼を失明させかねないほど眩しすぎるかもしれない。
 『シン・ゴジラ』の東京総破壊のシークエンスで流れるBGMのタイトルは、「Who will know」である。全く、誰が知っていたというのか。誰が知ることになるのか。あのゴジラは、『黒塚』の鬼婆であり、京アニ殺しの犯人だ。そして、京アニ殺しの犯人は、もう一人の私なのである。


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