今日は京アニ放火殺人事件から2ヵ月。
亡くなった西尾太志さんは、アニメに詳しくもない私でも名前を知っていて、好きなアニメーターの一人だった。他にも好きなアニメーターさんはいる。しかし、少女であれ少年であれ、あの優しげで儚げでいながらピンと背筋の通ったキャラクターは、西尾さん以外に描けない。作品は永遠に生き続ける。しかし、私は『氷菓』や『聲の形』や『リズと青い鳥』を観るたび、二度と帰ることのない命と、二度と生まれることのない新作に思いを馳せ、怒りと呪いと憎しみに駆られるだろう。
ブログを再開したのは、この事件の衝撃が大きい。アニメを愛する若い人たちのために、「まどマギおじさん」には、発言の責務があると思った。「無敵の人」を生んできたのは、この社会を許してきた年長世代に責任があると思うからである。私はこの事件について、以下の3つの記事を書いた。どれも長文で、「第五形態としての京アニ殺し」は特に長い。
この1月の間にも遺族が望まない被害者の実名報道が議論を呼んだ。
事件の容疑者も、現在は問いかけに首を振って応じるようになり、ほぼ命に別状のないレベルまでは回復したという。逮捕も時間の問題だろう。
犯人への極刑を望む声も高まるだろう。私が被害者の遺族なら、私もこの手で決着をつけたいと思うにちがいない。しかし、それでもなお、私は死刑に反対である。
私はハンナ・アーレントの言葉を思い出す。イスラエル特別法廷が、ナチス親衛隊中佐でユダヤ人虐殺の責任者だったアイヒマンに死刑判決を下したとき、彼女はこう述べた。
「死体の製造に従事した人間を絞首刑にしても、何の意味もない」(アーレント『イェルサレムのアイヒマン』)
犯人に、「死」という救いなんか一切与えないこと。35人もの人たちの命を奪い、多くの人たちを傷つけ未来を奪っておきながら、一瞬で死ねるなんて、虫が良すぎる。
死刑制度に関するアンケートによれば、約8割は死刑に賛成で、約1割が反対の立場を示しているといわれている。しかし仮釈放のない「終身刑」が新たに導入されるならばという条件のもとでは、死刑廃止に反対が52%、賛成が38%となるという。
私も死刑制度の代替制度として、終身刑が望ましいのではないかと漠然と考えてきた。
「終身刑が導入された場合には、(中略)現在であれば無期刑が言い渡されるべき事案のそのかなりのものに終身刑が言い渡されることになるであろう。例えば、現在の量刑相場でいえば、強盗殺人事件の被害者が3人という事案の場合にはほぼ死刑が、被害者が2人という場合にはその3分の2に死刑が、被害者が1人の場合には原則無期刑が宣告されるといるという現在の構図がくずれ、被害者が2人であっても1人であっても終身刑が宣告され、それに引きずられる形でこれまで有期刑であった事案に無期刑が言い渡されるという方向に量刑の運用がスライドしていくことが懸念されるのである」
現在の法律では、10年を過ぎると仮釈放が認められるとされている。だから、どのような残虐な罪を起こした者であっても何年かの服役の後には社会へ戻ることが可能となるように思われがちであるが、その数は、実は、約1800名の無期刑受刑者のうちほぼ一桁台だというのが、実際だという。これは最大でも0.5%という圧倒的な低さだ。これは私も初めて知ったが、ご存知ない方の方が多いのではないだろうか。
容疑者が無期懲役だったとしても、釈放の可能性は限りなくゼロに近いといえるだろう。しかし只野教授も指摘するように、受刑者、刑務官ともに、再釈放の可能性があれば、あすに希望をもって生きることができる。しかし、終身刑に処せられ、社会への戻り道を完全に絶たれてしまったら、絶望のうちに死を待つしかなくなるだろう。それは死刑よりひどい。仮釈放の可能性が1億分の1でもある限り、それが心を生かす拠り所となり、罪を購い、更生の道を歩むことにもつながる。さもなければ、第二第三の「無敵の人」しか生み出すことにしかなるまい。
わが国では事実上、仮釈放のない終身刑の運用がなされえているのと同じであるといってよい。これについては、もっと知らしめていくべきだと思う。
本棚の《映画『聲の形』メイキングブック》と同じ棚には、『本田美奈子写真集 SAIGON』もあった。彼女は若くして逝ったが、最後まで一生懸命生き抜いたのだろうと思う。京アニの人たちのその早すぎる理不尽な死も、病気だったなら、まだ諦めもついただろう。この事件が許せないのは、人の手による身勝手で擁護もしようがない勝手極まりない殺人だからだ。しかし、人の手で起こされた犯罪なら、人の手で防ぎうる。秋葉原の無差別殺人も、相模原の障害者施設無差別殺人も、もうこれ以上、見て見ぬふりを許してはならない。「無敵の人」を「無敵」にしてしまう「死刑」という制度に逃げ道を許さず、どんな人間にも生きる権利と生きる希望と生きる可能性を与える社会でなければ、京アニ事件の再発を防ぐことはできない。