
さて、夏休みに読んだ本の読書メモ。
鈴木一『小さな労働組合 勝つためのコツ』(寿郎社)
著者の鈴木一氏は、組合員数&組合結成数全国トップレベルのコミュニティユニオンを育て、「花畑牧場」でもベトナム人労働者を守った、札幌地域労組の名物オルグ(組織者)です。
いろいろ、賛同しながら読むことの多い本でした。
前半部の見出しを引用してみますね。
「第1章 労働相談――相手とケースを見極める」
「第2章 結成の準備から大会、使用者側への通知まで」
「第3章 不当労働行為――待ち遠しいと思えるように」
「第4章 団体交渉――ホンモノの労使対等をめざして」
「第5章 争議行為――“闘わずして勝つ”を身上として」
「第6章 救済申し立て――自分でできればさらに効果テキメン」
「第7章 弁護士にビビるな!」
「第8章 敵の中に味方をつくれ」
労働トラブルが起きて、組合を結成する過程で起きる、いやがらせや妨害など使用者側が行ってくる不当労働行為、団体交渉や争議行為の手順や心得、労働委員会への不当労働行為の救済申し立て、弁護士が出てきたきの対処法、「敵」の中に味方をつくることの大切さなど、永年の経験に基づいた、具体的で実践的な労組づくりのマニュアルになっています。それも、わかりやすい。この本を読むだけで、労働運動が始められるのではないかと思わせる内容です。
本書を読んだ若い人なら、このベテランオルグの智慧に、経営者層の苦手なSNSや最新のデジタルツールの活用も組み合わせて、新しい労働運動を創り出してくれるのではないか。そんな夢と期待も抱かせてくれる名著です。
もちろん、本を読むだけではわからないこともあります。何が起きるかわかりません。
しかし、これから闘いを始める若い人たちに必要なのは、正確にルートを記した「地図」でしょう。道に迷わないように、危険なルートに迷い込まないように。
4年前、私は、病気で死にかけたのをきっかけに、現役世代諸君への遺言ならぬ伝言として、『労働組合入門』という私家版のテキストをつくりました。労働組合関連で、登山地図のような「入門書」にあたる本が見当たらないというのが理由です。
今後は、鈴木さんの『小さな労働組合が勝つためのコツ』を、労組の独習指定文献にしていこうと思います。
もちろん、毎年アップデートを続けてきた私の『労働組合入門』も、少しでもいい本にしていくように、がんばりますよ(この年末年始休暇とGW休暇の私の奮闘に期待します)。
鈴木さんは、新左翼セクトには否定的です。高校・大学時代、某派と行動を共にした私は、鈴木さんの意見には異見もありますが、労働運動の現場の大先輩だけあって、いろいろ納得することが多かったです。
たとえば、労働組合が何か知らない人には何から教えるか。
鈴木さんは労働三権と不当労働行為からだといっています。
私たちの労働組合の新人研修でも、まずは労働三権と労働三法からです。
本書の帯には、「法律だけでは勝てません!」という鈴木さんの発言が引用されていますが、やっぱり法律の知識は必要です。法律は必要条件であって、十分条件ではないということですね。
「不当労働行為」は、永年のたたかいで今では経営民主化も進み、われわれの労組の新人研修では少し優先順位が下がりました。しかし、やはりしっかり教えます。会社もいつ経営状況が変わるかわからないし、若い人たちは転職していく可能性がありますからね。転職先がブラック企業の場合だってありえます。
労働者には、「団結権」「団体交渉権」「団体行動権」の労働三権があります。そして、この労働三権は、日本国憲法ならびに労働三法、すなわち労働時間や賃金・休日など労働条件の最低基準を定めたのが労働基準法、労働組合をつくり交渉できる権利を定めたのが労働組合法、そして紛争を未然に防ぎ、起きた場合はすみやかに解決することをめざしたのが労働関係調整法によって保障されています。
……という内容のことをつぶやいた、私への当てつけだったのでしょうが、労働三権より労働運動史が先だという人がいました。
わかってないなあ。
私は頭が悪い上にグータラなので、セクトの諸君の学習会に出ることは滅多にありませんでした。内容がつまらなかったことが大きいですが、ロシア革命学習会も、「どうせスターリン主義になるんだろ?」といって、河原に軍事訓練と称したBBQに出かけてしまったものです。
おかげで、左翼思想の理解は浅く、左翼用語もあまり身につきませんでした。
結果として、それがよかったのかなと思います。
実際の運動を始める前に、「◯◯主義」「✕✕論争」「△△問題」などの政治的カテゴリーで頭を観念論的にいっぱいにしてしまった人たちは、現場ではなんの役にも立たない無能ぞろいです。
差別や貧困のなかで憲法や法律、制度やセーフティネットとも無縁の人たちと出会ってきました。たとえブルジョア民主主義の枠内であっても、あなたには人間らしく生きる「権利」がある、そしてその権利は憲法と法律によって守られていることを伝えることが、何より大事だと思ってきました。
資本との矛盾に激突した労働者には、まずは労働三権と労働三法という、基本の「キ」から入るべきでしょう。この基本があったうえで、ロンドンのパブから始まった労働組合の歴史、労働三権や労働三法、最低賃金や8時間労働、有給休暇などの諸権利を勝ち取ってきた労働運動史の理解もたやすくなるのです。
鈴木さんの話は、読んでいて、現場の活動家として、うなずき、また勉強になることばかりでした。
「組合結成は復讐代行ではない」という指摘には、苦笑しながら同意せざるを得ませんでした。
少し長くなりますが、このくだり、引用しますね。
「本当に仕事が好きで、今の職場を良くしたいという強い思いがある――。そういう人々を私は団結させ、組合を作ってきました。
かつて、単に騒ぎを起こして社長の驚く顔を見てみたい、という類の組合結成に何度か付き合わされたことがあります。こういう組合は使用者側と揉めだすと瞬時に消えてしまいます。職場を改善したいというモチベーションがないので、粘り強く闘うエネルギーが出てこないのでしょう。後ろを振り向いたら誰もいなかった、というやつです。(中略)
そのため、今ではなるべく労働相談の段階で、そういう“意趣返し”を目的とするケースを見抜くようにしています。そして「社長が悪い」「専務が悪い」と言ってばかりの相談者には、「会社を辞めるか、革命を起こすしかない」と言ってお引き取りを願っています。
労働組合は、より働きやすい職場、働きがいのあり職場を目指すことが目的の団体です。その点では、良心的な経営者とも利害が一致する面があるはずです。特に中小企業の場合、よほどの悪徳経営者でもない限りは一致しやすいとも言えます。労使協調至上主義の“名ばかり組合”になってはいけませんが、いたずらに経営者と対立する必要はまったくありません」
「会社を辞めるか、革命を起こすしかない」
これは、いつまでも会社批判をやめようとしない同世代のベテランさんに、私がいった言葉と同じです。
「そうか。おまえも革命に決起してくれるか。でもまあ、おまえは自爆テロ要員以外に役に立ちそうにない。とりあえず明日から一緒に走り込みだな」
そのときの私は実にうれしそうだったそうですが(目撃者談)、そのベテラン氏に「いやです…!」と断られると、「なんだ、おまえもか」といって、「それでいい。おまえは生きろ」とポンポン肩を叩いて終わりました。
私のあとを継いでくれた、組合長氏が若い頃にも、似たようなことがありました。
ベテラン勢のパワハラ、モラハラ、横暴が重なったようでした。彼は、2時間飲み放題の打ち上げで、一人で1時間30分以上話しまくり、いつまでも会社批判をやめようとしませんでした。他の参加者がドン引きになったのは、いうまでもありません。
話が途切れたところで、私はいいました。
「よし、わかった。しかし、おまえはおじさんに愚痴を聞いてほしいだけなのか、問題の解決を望むのか、どちらだ? 前者なら、いくらでも話は聞いてやる。組合員のサンドバッグになるのも、おれの仕事だからな。しかし、後者なら、おまえにも耳の痛い話をしなきゃならない」
彼のえらんだのは後者でした。課題山積ですが、がんばっているようです。
ところで、労働組合は……フォロワーのみなさまのブログもそうかもしれませんが……開かれた組織である以上、「ヘンな人が寄ってくるリスク」は、避けられません。
ここでいうヘンな人とは、他人を攻撃する人、「俺の話聞けよ!」という自己中心的な人、そしていわゆるカルト団体に属する人です。
鈴木さんのことば。
「『能ある鷹は爪を隠す』と言いますが、新左翼セクトの活動家は最初から思いきり爪を出してくるので、すぐにわかります。どれほどマルクス主義の本を熟読しようが、人の心をつかむ術(すべ)がわからなければ、永遠に世の中を変えることはできません」
「新左翼がカルト」という決めつけには、批判も異論もありますが、いきなり「爪」を出してくる新左翼活動家が、「能なし」といいたいのは、わかります。
振り返れば、地区の労働者同志は愛すべき人ばかりで、尊敬すべき人もいました。
しかし、「この人たちと一緒に闘っていては勝てない」と高校生にして思ったものです。
鈴木さんに加入を断られた新左翼セクト活動家とおぼしき人は、「労働者」と名乗り、「労働運動をやりたい」と語ったそうです。おそらく「労働運動で革命をやろう」と叫んでいる例の某派でしょう。
普通の労働者は自分を「労働者」とは名乗らないものです。まずは自分の過酷な状況から解放されたい、労働条件を改善したい、職場を良くしたい、という思いが先でしょう。
いかにも労働者らしく「偽装」できないのは、このセクト活動家の正直さを示すものかもしれません。しかし労働運動を「革命」の道具としてしか見なしていない彼らが、果たして労働者の信頼を得られるのか。むずかしいでしょうね。結局、引き回し、跳ね返りにしかならない。これは私もかつて見てきた光景です。
でも、まあ、最近の若いセクトの諸君も、最新のメディアで武装しているようです。YouTubeで遊ぶのも、『俺鉄』も『反戦派労働運動』もいいけれど、現場の知恵に満ちた本書にぜひ学んでいただきたいものです。
新しい運動の展望を開いていく、久しぶりに希望に満ちた本を読みました。