KU Outdoor Life

アウトドアおやじの日常冒険生活

鹿島槍天狗尾根・敗退

2013年04月29日 | アルパイン(残雪期)

日程:2013年4月27日(土)~28日(日)
行動:単独

 今年のGWは「単独で黒部横断」など考えていたのだが、直前になり前半と後半の間の天気がどうも怪しい。
 で結局ヒヨって黒部は見送り。代わりに前半は鹿島槍の天狗尾根へ。
 
 ヒロケン氏の「チャレンジ・アルパイン~」を始め、事前にネットで記録を漁ってみたところ、渡渉とヤブの急登が第一の鬼門。
 尾根に取り付いてからは雪稜の合間にクーロワールと呼ばれる二つの雪壁、そして上部にⅢ級程度の岩場があるとのこと。
 で、このルート、意外と敗退記録が目につく。さらに「単独」で検索してみると、それらしい記録が見つからない。
 けっこう厳しいのだろうか。多少の不安を抱えつつも、とりあえず行ってみる。
 
一日目
天候:
行程:JR大糸線「簗場」駅6:40-サンアルピナ鹿島槍スキー場7:46-大谷原8:15-林道徘徊-荒沢11:45-天狗尾根支稜末端14:00-雪壁下ビバーク・サイト17:00

 登山口の大谷原へは車が便利だが、GW前半は女房が車を使うというので電車で向かう。
 JRの期間限定「ムーンライト信州号」でまずは信濃大町へ。そこから大糸線の鈍行に乗り換え、早朝の簗場(やなば)駅着。

 小さな丸太小屋風の無人駅で降りたのは自分一人・・・と思ったらもう一人、写真撮影にやってきたおじさんが。
 話をすると、この簗場という村は湖というより大きな池といった感じの中綱湖があるだけの鄙びた土地なのだが、桜が有名で写真マニアには割と知られた撮影スポットらしい。
 確かに何も無い山村だが、見ると立派な一眼レフと大型三脚を持った人たちが朝早くからそこら中を歩いている。

  簗場駅から一山越えて大谷原へ

 朝からミゾレ混じり。出だしから上下ゴアを着込んで出発する。
 軽量化に努めたが、ロープやテント泊用具一式を含むザックは17kgほど。気が滅入る天気の中を一人、山一つ向こうの大谷原に向かって歩き始める。

 坂道をウネウネと登っていき、峠の頂上に着くとそこがサンアルピナ鹿島槍スキー場。
 けっこう広いスキー場だが、今は営業していない。しかし、山に近づいた分、気温も低くなったようで辺りは完全な雪景色となる。
 
 スキー場を過ぎ、ズンズン下っていくとようやく登山口の大谷原へ。
 簗場から大谷原まで1時間半ほどかかった。ウォーミングアップとしては十分。

  雪の大谷原

 天気は悪いが、GW初日とあって既に多くの車が停まっている。
 そのまま歩き始めようとしたら、長野県警の若いニイちゃん、いや、隊員さんに「登山届を」と呼び止められる。
 天気も悪いし、「単独で天狗尾根」なんて言ったらダメ出しを喰らうかもと思ったが、特にお咎め無し。
 「天狗尾根は先月も滑落死亡事故があったばかり。気をつけてくださいね。」と言われる。
 なかなか気持ちのいいニイちゃん、いや警察の人だった。

 さて、ここから天狗尾根へのアプローチだが、ヒロケン氏の本をはじめネットの記録でも何通りかあるようだ。
 私は最初、持参した(20年前の)エアリアマップに渡渉しないで荒沢まで行けそうな点線(作業道?)を見つけ、密かにそれを利用できないかと企んでいた。
 で、さっそく探索を開始するが、最初はグルリと回って元の場所に戻ってしまい、次はあらぬ方向へ進んでしまったりして、結局、数時間を無駄に費やしてしまう。
 やっぱりそんな都合のいい道などあるわけ無いか。基本に返って改めて1/25,000の地図を取り出し、確認したのは次のとおり。

 ・トイレと登山届のポストのある所から、まず脇にある大冷(おおつべた)橋を渡り、すぐに左へ。
 ・少し進むとゲートがあり、そこを越えると今度は右からヘアピン気味に合流してくる林道があるので(1:1)、そちらへ。
 ・林道を緩やかに登っていき、最初のカーブを曲がった先で二俣となるので左上へ進む方へ。(右下へ行く道は元の場所に戻ってしまう。)
 ・その道が大川沢右岸の林道で、歩くうちに沢床から高く離れ、不安になるが間違いではない。
 ・やがて二つ目の黒っぽい堰堤が見え、林道は行き詰る。そこから古い吊橋のある取水口の間で「右岸→左岸→右岸」と二回の渡渉を要する。(時期によっては飛び石伝いで行ける。)
 ・取水口からは右岸通しで古いフィックスのある岸壁を伝っていくと、やがて荒沢が左から出合う。
 ・荒沢は早い時期だと雪渓で埋まり問題ないが、今回は普通に流れていて、場合によっては右側の天狗尾根に取り付くのにもう一回渡渉を要する。 (以上、2013年4月現在)

  大川沢右岸の林道を行く

 同じ鹿島槍東面のバリエーションでも天狗尾根より東尾根の方が人気なのは、おそらくこの渡渉が冷たいのと面倒くさいのからだろう。
 確かに水は冷たいが、深さもせいぜいスネ程度。以前行った同時期の剣・小窓尾根の時に較べれば楽である。
 それでも今日は雪が降っているし、ズボンをまくって川に入っていく姿は、あの名ドラマ「おしん」で泉ピン子扮するおっかあが演じる一場面のようである。 (なんのこっちゃ?)

  沢用ネオプレーン・ソックスに履き替え、渡渉。

 で、今回の核心は天狗尾根に入る前、荒沢の右岸から左岸に移るところだった。
 既にスノーブリッジは無く、沢は勢いよく流れている。
 天狗尾根側の斜面に取り付く辺りは水深がやや深く、おまけに雪渓の縁が一段高くなっている。
 一応、倒木伝いに行けそうだが、重いザックを背負っていると簡単ではないし、そこから雪渓の縁に上がるのにマントルでハイステップとちょっとしたムーブを求められる。
 まさかここでいきなりの取付敗退?
 
  荒沢

 度胸を決め、水流の中の倒木に踏み出し何とかクリア。次は滑り易い急なヤブ斜面を潅木の細い枝を掴みながら怒涛のゴボウ登りだ。
 多少踏まれているので枝がザックに引っかかるほどではないが、それでも重荷だとけっこう辛い。
 ルートは赤テープも疎らに確認できるが判りにくい。先行者のトレースが残っていたので、ルーファイは助かった。

 うんざりする頃、ようやく天狗尾根の下部に出る。
 少し進むと緑色のメスナー・テントが一張り。外から「こんちは。」と声を掛け、通り過ぎるとそこから先はトレース皆無。
 朝からの新雪で、いきなりヒザ上のラッセルが始まった。

 しばらくは樹林帯の登り。ちょっと甲斐駒の黒戸尾根の下部と似た雰囲気。
 そこを抜けると少し雪庇のできたヤセ尾根となる。雪はますます激しく降り、ラッセルもヒザから腰、急斜面では万歳ラッセルとなる。

  深雪の樹林帯
 
 やがてキノコ雪の発達した細い尾根を進んで行くと、ちょっと急な雪壁に当たる。
 柔らかい新雪なのでここまでアイゼン無しでOKだったが、この雪壁は少し凍っていてキックステップだけでは上まで抜けられず。
 時刻もすっかり遅くなり、本日はここにて終了。
 雪壁を少し下り、自分のトレース脇の僅かなスペースを広げてテン場とする。

  雪壁下のテン場

 夕方になって雪はようやく小康状態となる。
 暗くなってからテントの外に顔を出すと大町の明かりが見えた。随分と山奥に来たような気がしたが、意外と町が近いのにちょっと驚く。
 それでも今日の単独ラッセルは思いのほかキツかったようで、夜になってから両腿が攣り、一人シュラフの中で悶絶してしまった。

二日目
天候:(午前中、地吹雪)
行程:出発4:35-クーロワール上6:30-天狗の鼻・基部(撤退)8:15-荒沢14:20-大谷原16:25-簗場駅18:15

 本日は3時起床。
 餅入りマルタイ・ラーメンの朝食を済ませ、出発準備を進める。
 降雪は収まったが、見るとまだ東の空に巨大な雲が山塊のように留まっており、本当に天気が好転するのか油断できない。
 
 テントを撤収し、4時半過ぎ出発。この時期だともう随分明るく、ヘッデンは着けないでスタート。
 今日は最初からアイゼンを履いていく。

  出発
 
 昨日、登り切れなかった雪壁はアイゼンを着ければ問題なし。
 そこから上、朝は雪が締まってくれるかと期待していたのだが、ヒザから腿にかけてのラッセルが続く。
 尾根は次第に細くなり、右に折れるように続く。
 左手を見ると東尾根の方は盛況のようで、いくつかのパーティーが数珠繋ぎになっているのが見えた。
  
 やがてクーロワール。
 左側を岩に押さえつけられた形で幅広の雪の斜面が立っている。
 雪の状態が不安定ならロープを出したくなるところだが、とりあえずしっかり蹴り込んでいけば何とかなりそう。
 登っていくと上部の太い木の幹には懸垂用のスリングが何本か掛かっていた。

  
 雪庇の発達した尾根が続く                      クーロワールを振り返る
 
 で、むしろ悪かったのはその先。
 リッジ通しは潅木が邪魔くさいので、右から斜めに回り込んで登ろうとしたのだが、足元は100mぐらいスッパリ切れ落ちた雪壁。おまけにガリガリ氷でアイゼンの効きがちょっと甘い。
 フル装備を背負った重さもあって、アルパインのⅤ級をフリーソロしているような緊張を感じた。

 その頃から風が強く吹き始める。
 尾根も細くなり、リッジに馬乗りになったり隠れた雪庇を踏み抜かないよう慎重に進む。
 耐風姿勢をとりながら細いリッジをジリジリ進むが、雪も深く100m進むのに30分以上かかっている。
 見ると上部は雲と雪煙に覆われ、鹿島槍の姿も次第に見えなくなってきた。

 どうする?このまま突っ込むか?
 昨日の湿雪で手袋も半乾きのため、せっかく治った右手中指の凍傷痕がまたイヤな感じで疼き始める。
 もう少し頑張るか、いや諦めるか。
 しばらく頭の中で考えを巡らす。そうこうしている間に風はますます激しくなり、力を緩めるとそのまま細いリッジから引き剥がされそうになる。
 これはちょっとヤバイかも・・・。結局、「天狗の鼻」の下、手持ちのプロ・トレックの高度計で標高2,100m付近まで進んで今回は断念。

  登ってきた雪稜

 風の呼吸を読みながら、またジリジリと退却開始。
 消えかかる自分のトレースを辿って、細いリッジ帯をやり過ごす。
 
 ほんの少し安全地帯にたどり着いてホッと一息。
 振り返って写真を撮っているといきなりすぐ下から「こんちは~!」と声をかけられる。
 昨日、尾根の下部にメスナー・テントを張っていたお二人さんだ。
 彼らもこの深雪と強風では頂上まで行くのは諦め、とりあえずクーロワールの下にザックを置いてここまで空荷で上がってきたとのこと。
 私が一人でここまで来たのを労ってくれた。

 この先、少なくともクーロワールの下までまだまだ気の抜けない下りが続く。
 お二人は空荷ということもあるがけっこう足が達者で、悪い所もガンガン降りていく。
 私も雪の下りはそんなビビリの方ではないが、それでもこの辺り一歩バランスを崩したらまず数百mは止まらないだろう。
 彼らのスピードに合わせずマイペースで慎重に下る。

  気が抜けない下り
 
 クーロワールをバックステップで下り、ようやく一安心。
 さらに今朝一番で登った雪壁を越えて下っていくと、ようやく一日遅れの後続パーティーが現れる。
 
 男女の二人組、さらに女性メインの四人組と続き、これだけ人数が揃えばラッセルも何とかなるかもしれない。
 が、既にここまで降りてきてしまうと心が折れてしまって、もう一度登り返す気になれない。
 風は相変わらず強いし、今回は完敗ということで仕切り直すことにしよう。

  鹿島槍、遠く・・・

 樹林帯に入り、さらに右手の荒沢への急下降に入る。
 何人も歩いたおかげで昨日よりもトレースがはっきりしている。また下りなので赤テープを容易に見つけられ、思ったよりは楽だった。
 それでもこの下りもやはり長い。藪の間から荒沢の流れが見えてもなかなか辿り着かない。

 ようやく荒沢の沢床に到着するが、昨日の渡渉点より少し上流に出てしまった。ここからでは対岸に渡れない。
 藪の中を際どいトラバースをしてもう少し下流側に近づき、昨日の渡渉ポイントに出る。
 気温も高く、雪渓の末端はいつ崩れるかわからない。うーん、やはりここが今回の隠れた核心だ。
 
 落ちても死ぬことはない高さだが、背中から水中に勢いよくドボン!は何としても避けたい。
 雪のブロックに刻まれたステップに慎重にそーっと乗り、(頼むから崩れるなよ・・・)と祈りつつ片足切って下の丸太へ・・・。
 際どい体勢ながらも何とか足先が丸太を捉え、ホッ!

 その後は取水口→二回の渡渉→右岸の林道と繋いで大谷原に出る。
 他の記録では二回の渡渉をせずに山腹を大高巻きするルートもあるようだが、結局よくわからなかった。

 振り返ると、鹿島槍の方は雲一つないドピーカンで、もう少し粘れば登り続けることができたかなとも思う。
 しかし、あの時引き返した自分の判断は正しかったと思うし、あそこで無理して突っ込むのがいわゆる「分かれ目」というやつだろう。

 大谷原からはまた一山越えて歩かなければならない。走っている車は少なく、期待してはいなかったが当然乗せてくれる車は無し。
 重たい足を引きずって簗場駅へ下山した。

写真集「春の鹿島槍天狗尾根・敗退」



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4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (常吉)
2013-05-05 05:01:05
監督さん、

今年のGWは94年以来の低温だったそうですね。我々も季節外れの新雪の馬鹿たれに泣かされました。

昨年は出合のSBの崩壊で断念した金作谷滑降、今年はSBは残っているように見えましたが、滑ったら一発で雪崩る状態で泣く泣く断念しました。

それでも結局丸8日間の黒部源流スキーの旅を楽しんできました。

後半はどちらに行かれたのでしょうか?
お疲れさまでした! (現場監督)
2013-05-05 20:12:16
天候不安定のGW。
常吉さん、どうしているかと思ってましたが、それでも8日間みっちり楽しまれたようでさすがです!

中高年の事故が多い中、私などは何かあったらすぐにとやかく言われそうなクチですが、今回も自己判断できただけでも勉強になったかなと思ってます。

後半は南アで天気に恵まれました。常吉さん同様、ただでは転びませんよ。
Unknown (Unknown)
2013-05-13 16:19:55
現場監督さんこんにちは。

現場監督さんの記事を拝見させて思うに登山技術の引き出しの多さはもちろんですが、すごく慎重に行動なさっていらっしゃるのをお見受けいたします。
僕は初心者なので、登山技術は到底真似はできないですが、山では耐えず冷静たれという現場監督の精神はすぐにでも、実践出来るし次回から意識してやってみようと思います。
(僕はビビりですぐにテンパってしまう性格なので、、、【笑】)
恐縮です・・・。 (現場監督)
2013-05-15 00:54:17
慎重?冷静?・・・そう見てもらえると嬉しいですが、いやいや、そんなことないですよ。
私など、ただのビビリのヘタレです。
ヘマすると女房をはじめ回りがうるさく面倒くさいので、自分で一線を越えない程度にしているに過ぎません。

よく一人で山に行くのは危険と言われますが、むしろ一人で行く方が判断力が養われますし、自分を試す意味では私はいいと思います。(グループだって遭難する時はしますし・・・。)
映画「ダイ・ハード」の中で窮地に追い込まれたB・ウィリスが「考えろ!考えろ!」と自分に言い聞かせるシーンがありますが、山でも同じことがよくありますね。

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