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橘成季 と 西行 

2021-01-28 | 雑記

【橘 成季伝 の再検討】  増 淵 勝 一  著


『古今著 聞集』 の著者橘成季 の伝 記 につ いては,早 く黒 川春 村(1799~1866)が 『碩鼠漫筆 』巻 一で,『 明月記』寛喜2年(1230)4月24日,賀 茂祭共人 交名 の条 に,「 右衛 門尉 成季 近習無双 故光季養子・基成・清成等一腹弟」とあるの を指摘 して以来,大 森志朗(「 古・今著 聞集 考」『古 今著 聞集〈日本古 典全集〉』下巻 ・昭和5年4月 刊)・ 藤崎俊茂(「『古今著 聞集』 と時代性」 『古典研究』昭和16年1月 号)・中島悦次(『橘 成季』 昭和17年12月 刊)・ 永積安 明(『 古 今著 聞集 〈日本古典 文学大系〉』解説 ・昭和41年3月 刊)・ 志村 有弘(『 説話文学辞典』 「成季」 の項 ・昭和44年3月 刊,『 中世説話 文学研 究序 説』昭和49年f1月 刊)ら 諸氏のご研究 によって,ようやくその輪郭 が明瞭 になりつつある。

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とあった。

橘成季は関白九条道家の近習であったそうだ。

この近習無双の光季とは、佐藤光季=伊賀光季の事ではないだろうか?  ← 系図を見た限りでは、別人であった。


まさか…・と思うのだが、佐藤家の紋に丸に橘もあり、また「蔵人橘光季」
その養子となった成季も伊賀守‥‥

伊賀光季が「伊賀」光季となって東京大学史料編纂所DBに出てくるのは承久元年以降となっており、それ以前は橘光季だったのだろうか? 別人だろうか? 土岐光基の息「光行」ではなかったのか…

いろいろと疑問が湧いてくるが、光季は横において、成季は、西行と関りがある様なのだ。

『古今著聞集』を著し伊賀守橘成季によって編纂された世俗説話集、とある。
その中に「西行」も登場しているそうである。「西行たてだてし」と・・・強情で 腹を立てやすいらしい。一本気であったという事だろうか。


私は、大江成季と同一人物かと思ったのだが、同じ文書に橘成季と大江成季がいたため、別人であることが判明した。
(大江と橘氏は婚姻関係・養子縁組があったため、そのように思ったのだが…)


成季に関して下記が役に立った。が、判明はしなかった。
https://crd.ndl.go.jp/reference/modules/d3ndlcrdentry/index.php?page=ref_view&id=1000134068




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