古代のクノリは鉱物(鉄・銀・銅他)と関係があったのでは…と思われるため、今までの情報を「鉱山・鉱物・丹生」等のキーワードでくくりなおしている。
九里の祖である蓮忍は、丹波国河守御荘の地頭だったが、山林を室尾谷観音寺に寄進している。
沙弥蓮忍、そして観音寺を再興した蓮乗上人。
そして、その河守が鉱山に関係があったことが分かった。
ある方のブログに↓の一文が、そして、他にも見つけたのである。
『丹波・丹後の境界には金谷、山野口、室尾谷の三ケ所に、鉱山が有り…』
【日本の鬼の交流博物館】のweb情報である。(中ほどにある。)
http://www.city.fukuchiyama.kyoto.jp/onihaku/ooeyama/index.html
これは、沙弥蓮忍がやはり九里の祖である九里太郎蓮忍入道と同一人物となる可能性が高いことになるのではないだろうか。
【河守鉱山】
http://www.city.fukuchiyama.kyoto.jp/onihaku/kouzan/kozan.html
歴史は比較的新しい…と書かれ大正六年とあるが、江戸時代にも掘っていたようである。
それ以前にも、手掘りでおこなっていたのではないかと推察。
…と思って日本の鉱山を調べてみたら、あまりに多くの鉱山があるので驚いている。
地下資源が豊富な日本だった事をはじめて知った。
沙弥蓮忍の頃は、手掘りをしていた人たちが鬼のような異形をしており、また、大事な鉱山を守り入山できぬようにするための鬼の話であったともいえると思う。