今日の午後はフランス語の授業をして過ごした。前回「フランス語の辞書はどれがいい?」という記事で、お勧めの辞書を紹介し、初学者はなるべく新しい辞書を使ったほうがよいことを述べた。
しかしフランス文学、特に古典文学を読み解くのであれば話は別である。現在では使われなくなった語義や用例が載っている辞書が必要になる。今日紹介する「スタンダード佛和辞典」、「スタンダード和佛辞典」がお勧めなのだ。(「佛」は「仏」の旧字体)
「スタンダード佛和辞典」と「スタンダード和佛辞典」は1985年に決定版の「ロワイヤル仏和中辞典(初版)」が刊行されるまで、いちばん使われた辞書である。佛和辞典は1957年に初版が、1974年に増補改訂版が刊行された。和佛辞典のほうは1970年に刊行され、同じ版が現在も販売されている。
1950年代から1980年代の仏和・和仏辞典を代表する本である。入手困難にならないうちにと革装のものを購入しておいた。革装のものはどちらも絶版だ。もしNHKの朝ドラ「ひよっこ」のみね子がフランス語を学んでいたとしたら、おそらくこの辞書を使っていたことだろう。
「スタンダード佛和辞典 増補改訂版」(1974)
「スタンダード和佛辞典」(1970)
拡大
佛和辞典(拡大)
和佛辞典(拡大)
その後、仏和辞典のほうは改訂され1987年に「新スタンダード仏和辞典」が刊行された。こちらも古い語義や用例が載っている。中古本を敬遠する方、新品が欲しい方は次の2冊をそろえるとよい。どちらもビニール装である。
「新スタンダード仏和辞典」(1987)
「スタンダード和佛辞典」(1970)
ところで1970年代に刊行された辞典には、興味深いことが書かれているのである。日本でフランス語の学習がどのように始まったか、どのような辞書が使われていたかということが序文に詳しく書かれているのだ。
昨年末、NHK BSプレミアムで『明治維新150年スペシャル「決戦!鳥羽伏見の戦い 日本の未来を決めた7日間」』という番組が放送された。この中で徳川幕府軍ではフランス語の号令が使われている。次のようなものだ。
気をつけ GARDE-A-VOUS ギャルダブ
右向け右 A droite DROITE ア ドロワット ドロワット
回れ右 Demi-tour DROITE ドゥミトゥー ドロワット
右へならえ A droite alignement ア ドロワット アリニエモン
直れ FIXE フィックス
休め REPOS オーポー
前へ進め En avant MARCHE オンナヴァン マーシュ
駆け足進め Pas gymnastique MARCHE パ ジムナスティック マーシュ
中隊止まれ Compagnie HALTE コンパニー アルトゥ
小隊止まれ Section HALTE セクション アルトゥ
足踏み進め Marquez le pas MARCHE マッケルパ マーシュ
担え銃 Portez ARME ポーテー アーム
捧げ銃 Présentez ARME プレザンテー アーム
直れ銃 Reposez ARME オポーゼー アーム
着剣 Baionnette au canon バヨネット オウカノン
取れ剣 Baionnette au fourreau バヨネット オウフロー
戦闘準備 Disposition de combat ディスポジション ドゥ コンバ
撃て FEU フー
撃方止め Halte au feuまたはCessez le feu アルトー フーまたはセッセ ルフー
徳川幕府軍でフランス語が使われていたのは、幕府がフランス式の軍事教練を導入していたからだ。詳細はウィキペディアの「幕府陸軍」という項目や「幕末、明治初期における仏学の黎明(東京外国語大学)」でお読みいただける。フランス式軍事教練は後に明治新政府の大日本帝国陸軍に引き継がれることになる。(海軍にはオランダ語が導入されていた。詳細は「幕府海軍」を参照)
陸軍と海軍の縄張り意識、対立はこの時代に生まれていた。そして明治政府のもとでは日清戦争、日露戦争ともに陸軍と海軍が参戦したが、朝鮮半島を主戦場とした日清戦争では陸軍が、日本海を主戦場とした日露戦争では海軍が勝利に結びつく決定的な役割を果たすことになる。そして両軍の縄張り意識、対立は大正、昭和に受け継がれ、後の太平洋戦争の敗因のひとつになった。
スタンダード佛和辞典、和佛辞典のそれぞれの序文には、これらの辞書の執筆、統率をしたフランス文学者の鈴木信太郎先生による幕末から昭和に至るまでのフランス語学習、辞書の歴史が詳しく書かれている。ぜひお読みいただきたい。画像をクリックすると拡大する。スマートフォンによっては拡大画像が表示されないことがあるので、そのときは「PC表示」に切り替えてから画像クリックすると拡大画像が表示される。
「スタンダード佛和辞典 増補改訂版」(1974)の序文
「スタンダード和佛辞典」(1970)の序文
なお、鈴木信太郎先生のお住まいは今年の3月に「鈴木信太郎記念館(仮称)」としてオープンするそうである。
(仮称)鈴木信太郎記念館保存改修工事のお知らせ(豊島区): PDF文書
2018年3月に改修を終え、鈴木慎太郎記念館はオープンした。
鈴木信太郎記念館
https://www.museum.or.jp/modules/im_museum/?controller=museum&input
歌手・女優の岩崎良美さんも、この記念館を訪れたそうだ。
鈴木信太郎記念館
https://ameblo.jp/yoshimiblog/entry-12363782081.html
旧鈴木信太郎家Ⅰ
http://monsieurk.exblog.jp/21857604/
旧鈴木信太郎家Ⅱ
http://monsieurk.exblog.jp/21857694/
関連文書:
幕末、明治初期における仏学の黎明(東京外国語大学): PDF文書
上記の文書は「東京外国語大学史」の一部(Ⅱ 個別史 - フランス語 - 序章)
http://www.tufs.ac.jp/common/archives/history.html
関連記事:
フランス語の辞書はどれがいい?
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/04d001a3857a63e9ec104903ccae1a83
発売情報:カシオ電子辞書 XD-Z7200(2018年フランス語モデル)
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/1b49df68133da2c1093cd31091f73263
フランス語を教え始めた
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/da69b2a85fb8e10b225867d3fe2731da
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