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量子力学史(自然選書): 天野清

2017年07月22日 19時33分49秒 | 物理学、数学
量子力学史(自然選書): 天野清

内容紹介:
量子力学の形成・発展を明晰に叙述しえた先駆的な偉業として、今日なお揺るぎない達成と評価される「幻の名著」。待望の復刊。
1973年10月刊行(復刻)、358ページ。

著者について:
天野清(あまのきよし)
1907年、東京に生まれる。
1932年、東京帝国大学理学部卒業。1935年、商工省中央度量衡検定所勤務。1944年、東京工業大学助教授。1945年、4月13日の東京大空襲により西落合1丁目9番地の自宅付近で被爆、翌日死没。
著書に『熱輻射論と量子論の起源』、『誤差論』、『実用温度計』の他に論文・翻訳多数。


理数系書籍のレビュー記事は本書で337冊目。

量子力学系の書籍紹介が続いている。本書や著者の天野清先生のことを知ったのは先月、東大の伊藤乾先生(@itokenstein)がツイートされた次のお言葉だった。

「天野清さんの量子力学史という書物、背表紙だけみたことがあったけれど、あまりに立派で背筋が伸びてしまった。かつこの方が1945年、東京大空襲の怪我がもとで38歳で亡くなられたと先ほど認識 ただただ言葉を失います。いまこういう心境でこういうテキストと向き合う天命だったような気もする。」

天野清先生はウィキペディアにも記事がないことからわかるように、それほど知られている方ではない。優秀な物理学者、科学史家であったにもかかわらず、若くして命を落とされたからだ。それも東京大空襲の被爆によってである。

Amazonを見ても先生や本書の詳細は書かれていない。日頃のツイートから「素晴らしい方だな」と思っている伊藤先生が「立派で背筋が伸びてしまった」とお書きになるくらいだから、さぞ読み応えがある本なのだろうと、すぐ注文。なんと1973年に「復刻」された本だということにも驚かされた。僕が11歳のころに発売された本なのか。。。

本が手元に届いてからも驚かされることがいくつかあった。まず、本書が復刻される元にされた本が昭和23年刊行の「天野清選集」第1巻『量子力学史』であることだ。昭和23年っていうのは1948年だから戦後3年しかたっていないし、それは天野先生没後3年ということである。。それに「選集」とはそれ以前にも別の著作物で刊行されていたことを意味している。戦前から終戦までの日本社会を想像するに、このような学術書が出版されていたことを意外に思ったのだ。

この復刻版は「天野清選集」第1巻『量子力学史』のほか、次の2冊における記述も含められている。

- 『量子論解釈の変遷と其文献』(日本数学物理学会誌、昭和11~12年)
- 『熱輻射論と起源』(大日本出版、昭和18年)

そして天野先生の生年は湯川秀樹先生と同じ1907年なのである。つまり大学生活を送っていたのは1929年から1932年の期間。量子力学が生まれて間もない時期、まったく新しい当時最先端の物理理論を学部生に過ぎなかった著者がドイツ語や英語で書かれた論文を入手し、研究していたということになるのだ。

非凡な才能に驚かされると同時に、若くして命を落とされたという無慈悲な現実に僕は心を揺さぶられた。


本の帯を読むと天野清先生が「量子力学史のパイオニア」であったことがわかる。

「量子力学の形成・発展を明晰に叙述しえた先駆的な偉業として、今日なお揺るぎない達成と評価される「幻の名著」。待望の復刊。」

帯にはまた物理学者の伏見康治先生による「復刊を喜ぶ」という推薦文も書かれている。

「近頃物理学はもう終ったという声が聞かれるが、それほど今世紀前半の物理学上の革命時に量子論の達成したことは、比べもののない偉大な業績であった。どうして、この予想もできない科学思想の変換が起こったのか。天野清さんは、日本の生んだ独創的科学史家として、この量子論の発展史を縦横に社会的技術的背景も含めて分析して見せてくれる。天野さんは昭和二十年の東京大空襲で惜しくも天逝されたが、この度、いわばその後継者である高田誠二さんの手で、この古典が再び世に出るのは、天野さんを尊敬し続けてきた後輩として喜びに堪えない。」

天野先生(昭和13年6月撮影、31歳のとき)


本書は縦書きの小型本だが活字が小さいので、本としてのボリューム感はたっぷり。

写真を撮るために広げたら壊してしまった。この時代の本は糊が硬化して割れやすいので取り扱い注意である。仕方がないので自炊してiPadに入れることにした。

クリックで拡大


ネット上には無料で読めるPDF版(横書き)が公開されている。ただし、PDF版にはない「解題および天野清略年譜(高田誠二)」という本書がどのように編纂されていったか、「人名索引」が書籍版には30ページあまりを割いて書かれているので、中古本を買うメリットは大いにある。

天野清『量子力学史』PDF版

このPDFファイルを公開しているのは「科学図書館」というページだ。天野清先生のそのほかの著作が読めるほか、 小倉金之助、寺田寅彦をはじめ著名な科学者の著作を無料で読むことができる。著作権者の許諾を得ているそうだ。


古い本であるにもかかわらず、本書は完成度が高い。この記事のいちばん下に載せた章立てをご覧いただくとわかるように、現代になって書かれた量子力学史に書かれている項目がほぼすべて語り尽くされている。これまでに読んできた新しい本のほうが色褪せて見えるほど詳しく、鋭い考察がなされているのだ。

記述の詳しさには目を見張るばかりだ。特に量子論前史には圧倒される。定説や成果に結びつかなかった考察や研究まで引用しているから、今では取り上げられることがほとんどない科学者の名前も散見される。読者は本書で量子力学が議論や対立を交えながら発展していた時代の空気をそのまま吸うことになるのだ。

量子力学の数々の「奇妙さ」は場の量子論による解決に持ち越されるという記述もある。おまけにニュートリノの質量がゼロでない可能性があるという記述さえあるのだ。ニュートリノは1930年末に存在が予言され、1956年に実験により検出された。そしてその質量(ニュートリノ振動)は1957年に予言され、1998年の実験で検出されている。

繰り返させていただくが、本書のほぼ全体が書かれたのは1932年から1945年にかけてなのだ、インターネットはもちろんあるはずもなく、船便で海外から論文や物理学会誌を取り寄せていた時代のこと、量子力学が電子工学に応用されてトランジスタが発表されるのは天野先生が亡くなって3年経った1948年のことなのだ。(もちろんベルの不等式やアスペの実験によって量子力学の正しさがその後検証されることなど天野先生は知る由もない。)

著者が早逝され、この復刻版でさえ絶版状態であること、そして天野先生の仕事を継承し、遺稿を整理して本書を出版した高田誠二先生も2015年に亡くなっている。このようなわけで埋もれかけている本書を発掘してブログで紹介するのは価値のあることだろう。ぜひ再復刻してほしいものだ。(復刊ドットコムに本書を復刊リクエストしていおいた。復刊にご協力いただける方はこのページを開いて投票をお願いします。)


関連ページ:

『天野清の人と仕事』(東京工業大学博物館)
http://www.cent.titech.ac.jp/event/plans_specially/AmanoKiyoshi.html

天野清と近代物理学史 : 『量子力学文献集』伝説以後(<特集>天野清生誕100周年記念(続))
http://ci.nii.ac.jp/naid/110006646145


関連記事:

量子革命―アインシュタインとボーア、偉大なる頭脳の激突:マンジット・クマール
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/19d16104cb20787443c84b8692b0424b

部分と全体: W.K. ハイゼンベルク
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/b6e7d8da99e4b9e76f5cd9f7dbf7f959

量子力学の数学的基礎: J.v.ノイマン
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/09b65f36119894f5b852bbf38421af45

アインシュタインの反乱と量子コンピュータ: 佐藤文隆
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/9fa38724ad6881636cdff2903ee14a5b

量子論はなぜわかりにくいのか「粒子と波動の二重性」の謎を解く: 吉田伸夫
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/e1e94804c62fc8cf2212ca37d805b9da


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量子力学史(自然選書): 天野清



§1 19世紀末におけるドイツ工業の発展と研究機関の増設
§2 19世紀後半における理論物理学の展望
§3 熱輻射の理論的・実験的研究
§4 プランクの量子仮説の提唱
§5 光量子仮説
§6 実験の技術とボーア以前の原子物理学
§7 ボーアの原子構造論への理論的道程
§8 過渡期の量子論I―対応原理中心として
§9 過渡期の量子論II―光量子をめぐる論究
§10 量子力学の発端
§11 波動力学の誕生と展開
§12 波動函数の物理的意味に関する初期の解釈
§13 変換理論より不確定性原理へ
§14 ハイゼンベルク思考実験の批評
§15 不確定性関係の分析と批判
§16 量子力学における物理的量の状態の概念
§17 観測と統計
§18 相反補足性 Komplementariat
§19 相反補足性の概念
§20 相互排他的補足性―(統計力学と熱力学の関係)

付録
§1 相対論的量子力学と量子電磁力学
§2 批判と反批判
§3 核物理学における二、三の問題
§4 他の学問領域との交渉

解題および天野清略年譜(高田誠二)
人名索引
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