「超対称性理論とは何か:小林富雄」(Kindle版)
内容紹介:
なぜこの宇宙は存在するのか?
ヒッグス粒子発見は始まりにすぎない。現代物理学最大のテーマに迫る!
超対称性とは何か? なぜ必要なのか?
私たちはまだ、宇宙の成り立ちのほんの一部分しか分かっていません。
ヒッグス粒子発見で完成した現代物理学の基本となる「標準理論」にも、まだ未解決な謎は多いのです。その残された大きな謎のひとつ「階層性問題」を解決し、宇宙に偏在する「暗黒物質」の正体をつきとめ、さらに「力の大統一」が達成される──。それが超対称性理論です。
ヒッグス粒子発見により、「なぜ宇宙に物質が存在するのか」という謎を解くカギが得られました。超対称性は素粒子と時空を結びつけ、「なぜこの宇宙が存在するのか」というもっとも根源的な問いに答える究極の理論です。その本質に迫ります。
ヒッグス粒子を発見したCERN・LHCで日本チームを率いた著者だからこそ語れる、臨場感あふれる素粒子物理学の最前線。
「この世で最も理解しがたいことは、宇宙が理解できるということだ」──アインシュタイン
”この宇宙にはまだ多くの謎が残されています。自然界に存在する4つの力のうち、3つまでは標準理論で説明できますが、4つ目の重力を素粒子物理的に理解することには成功していません。それになによりも、標準理論自体に不満足な点が多々あるのです。これらの問題の多くを解決し、重力まで含めたすべての力を統一的に理解する可能性を秘めているのが、「超対称性」とよばれるまったく新しい対称性です。
2016年3月刊行、232ページ。
著者:
小林富雄(こばやし とみお):ホームページ: http://www.icepp.s.u-tokyo.ac.jp/~tomio/
1950年千葉県生まれ。東京工業大学卒業、東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。理学博士。1993年より東京大学素粒子物理国際研究センター教授。2015年、東京大学を定年退職、同年より高エネルギー加速器研究機構国際連携推進室主任URA。一貫して世界最高のエネルギー加速器を用いた国際共同実験に参加し、グルーオンの発見やヒッグス粒子発見、素粒子の世代数の決定、超対称性粒子探索などに貢献している。1994年から2015年までCERN・LHCにおけるATLAS実験の日本共同代表者を務めた。
理数系書籍のレビュー記事は本書で302冊目。
2012年以来ヒッグス粒子発見、ニュートリノの質量検出、重力波の直接観測と一般紙やニュースのトップを飾るビッグニュースが続き、さてその次は何だろう?そのとき思い浮かぶのが「超対称性」なのだと思う。それなら前もって知っておいたほうがよさそうだ。
そう思って調べてみると超対称性について解説している日本語の科学教養書がほとんどないことに気づく。昨年紹介した「スーパーシンメトリー ― 超対称性の世界:ゴードン・ケイン」は英語版の評価が低いことに加えて、日本語版の逐語訳がきつすぎ、語彙選択も下手なので読みにくかった。
「 超対称性理論とは何か:小林富雄」(Kindle版)はブルーバックスとしては新刊で、今年の3月に出たばかり。理数系読書仲間(?)の間で話題になっていたので読んでみた。
本書の前半と科学教養書が抱える問題
読んで大正解だった。とはいえこういう理論物理や素粒子物理の科学教養書が抱える問題のことも思わずにはいられなかった。
超対称性理論のようなテーマに興味を持つのは、たいていこれまでこの手の科学教養書や教科書を読んでいる人がほとんどだ。何度も読んでいて知っている相対性理論や量子力学の話をまた読まされることになる。
反面、物理の本をほとんど読んだことがない初心者にとっては、本書のように駆け足かつ数式入りで解説する特殊相対性理論、量子力学の解説は難しすぎる。さらに数式はでてこないが相対論的量子力学(ディラック方程式)、量子電磁力学(くりこみ理論)、素粒子物理学(場の量子論)や群論の話は専門用語を解説しているとはいえ、ついていくのが大変だ。
つまり、専門家には知っていることが半分以上で内容も物足りなく、素人には導入部分でくじけてしまう本になりがちなのだ。著者にしてみれば本がたくさん売れてほしいから筋道を追って完全な形に仕上げたい。本論に入るまでの物理学発展史をどうしても書いておきたくなる。いきなり本論(今回の本でいえば超対称性)から始めると初心者を篩に落としてしまうからだ。その点、大栗博司先生のように3冊に分けて刊行するのはうまい解決策だと思う。
そのように文句を言いつつも僕の本書に対する評価はとても良い。核をなす部分(超対称性)が素晴らしかった。僕のようにこれまで数多くの本を読んだ者にとっても知らないことが多く、現在進行中の実験や理論と超対称性のかかわりが筋道を追って理解できた。今後、専門書を読む際に大きな助けとなるだろう。
章立ては次のとおりだ。
第1章:素粒子の世界の対称性
第2章:スピンの正体
第3章:ゲージ対称性と標準理論
第4章:超対称性とは何か
第5章:超対称性粒子を探せ
数式で物理学を学んでいない初心者にとって第1章、第2章は難しすぎる。数式はおろか理論物理系の科学教養書も読んだことがない読者は、まず大栗先生の2冊をお読みになったほうがよい。
- 「重力とは何か:大栗博司」
- 「強い力と弱い力:大栗博司」
そして数式も含めてイメージしたり理解することをお望みであれば、次の4冊を読んでおくとよいだろう。本書との相性がよい本をブルーバックスで揃えてみた。
- 「高校数学でわかる相対性理論:竹内淳」(Kindle版)
- 「高校数学でわかるシュレディンガー方程式:竹内淳」(Kindle版)
- 「消えた反物質:小林誠」
- 「群論入門 対称性をはかる数学:芳沢光雄」(Kindle版)
「第3章:ゲージ対称性と標準理論」あたりから、CP対称性やカイラル対称性などのゲージ対称性、そしてそれらの対称性の破れ、くりこみ理論など超対称性理論にも拡張される素粒子物理学の話が詳しく述べられるので、特に注意を払って読んでほしい。
本書の後半、超対称性理論
さて、本書の核心の超対称性理論は第4章から始まる。「第4章:超対称性とは何か」で理論的側面を歴史の順に、「第5章:超対称性粒子を探せ」で検出のために行われている実験が解説される。
超対称性とはボソンとフェルミオンをまとめて1組とし、それらの間の対称性を要請する考え方で標準理論では未解決の問題を解決しようという試みである。超対称性理論によって存在が予想される素粒子の数は倍増する。
標準理論ではU(1)xSU(2)というゲージ対称性で電弱統一理論を、SU(3)でクォークのゲージ理論(量子色力学)を記述している。
大統一理論を議論する場合はU(1)xSU(2)xSU(3)を含む形で拡張した群としてSU(5)やSO(10)を初めとするいくつかの群を考える。
本書によると超対称性理論が登場する前にはSU(2)xSU(3)を含むSU(6)というモデルも提唱されたそうだ。しかしこれは1967年、コールマンとマンデュラが証明した「不可能定理」によって却下されることになった。これは「ポアンカレ対称性(ローレンツ変換に対する不変性)=時空の対称性」と「内部対称性(アイソスピンやストレンジネスなど)=時空とは無関係な対称性」だけが理論に許されると主張する定理だ。
超対称性が4次元時空での対称性として脚光を浴び始めたのは、1974年のヴェスとズミノの論文である。彼らは弦理論の超対称性にヒントを得て、4次元時空での場の量子論で超対称性を持つモデルを書き下すことに成功した。これにより「不可能定理」も破られることになった。コールマンとマンデュラにはボソンとフェルミオンを混ぜるという考察が欠如していたからである。この点を改良してこの定理を一般化した定理をハーグとロプザンスキー、ゾーニウスが導き、ローレンツ不変性を満たす最も一般的な超対称性理論が得られ、それに必要な超代数がどのようなものかが明らかになった。
その超代数とはフェルミオンを場の量子論に導入するためにも使われるグラスマン数(別名ゴースト数、幽霊数)という数を用いた代数だ。グラスマン数は複素数や四元数、八元数...などとも違う「新しい数」だ。通常の4次元時空の4つの座標に加えて2つのグラスマン数の座標(フェルミオン的な座標)を加えた6次元空間で超空間を考えるのである。
1974年にはまたジョージャイとグラショーがSU(5)ゲージ対称性に基づいた大統一理論を提唱した。これにより陽子崩壊が予測された。そして1981年には坂井典佑らによって「超対称SU(5)大統一理論」が提唱された。この理論によると高いエネルギー領域で3つの力の結合定数が1つに交わることになる。(電磁気力、弱い力、強い力の統一)
この超対称性が破れるエネルギースケールと大統一エネルギースケールの間には、標準理論と超対称性以外には何もない「超対称大砂漠」の存在を示唆しているそうだ。TeVのスケールでの標準理論や超対称性の破れの物理学の次に来るのは10^16GeVという大統一の物理学になるかもしれないという。それは重力を含むプランクスケールのすぐ近くである。TeVスケールの物理を詳細に調べることで、大統一やプランクスケールの物理が見えてくるかもしれないのだ。
超対称性は相対論(ローレンツ不変性)を満たす時空を最大限に拡張するものであり、重力を含むすべての力を統一する万物の理論にとって、なくてはならない究極の対称性なのだ。これにより素粒子標準理論に欠けている点、すなわち「階層性問題の解決」、「力の大統一の実現」、「暗黒物質の候補を与える」を補うことが可能になるという。
その後、本書では超重力理論、超対称性と超弦理論のつながり、超弦理論の発展史、超対称性の破れがもたらすもの、超対称標準モデルが予言することがら、R対称性などが解説される。
すべての力が統一されるエネルギーレベルはとてつもなく高いので、実験装置を作るのは不可能と思うかもしれない。しかし最終章「第5章:超対称性粒子を探せ」では、超対称性を検出するための方法と実験装置が紹介される。CERNのLHCでATLAS実験を率いてきた小林先生の強みが活かされる章だ。
暗黒物質について。
- ニュートリノは熱い暗黒物質の候補となる。
- アクシオンは冷たい暗黒物質の候補となる。
- 超対称性粒子(たとえばニュートラリーノ)は暗黒物質の候補となる。
暗黒物質ついては次のような実験が行われている。
- スーパーカミオカンデ
- XEONON100
- LUX
- DAMA
- XMASS
- IceCube
超対称性の質量より低いエネルギーで間接的に超対称性の兆候を探る実験。
- E821実験(米国ブルックヘブン国立研究所)
直接的に超対称性の兆候を探る実験。
- LEP (CERN): 実験はすでに終了。チャージーノ探索が行われたが検出されず。
- LHC (CERN)
とてもここには書ききれないが、これらの実験が超対称性の検出にどのように結びついているかが本書ではそれぞれ紹介されている。
今のところ超対称性粒子はひとつも見つかっていないし、超対称性理論を示す兆候も見つかっていない。また標準理論では19個だったパラメータが超対称性理論では新たに105個ものパラメータを追加することになるという問題が指摘されている。しかし、精度の高い実験が進むことによってより強い制限がかかり、パラメータの数は劇的に少なくなるだろうというのが本書に書かれていることである。
-------------------
2017年8月に追記:
ツイッターでアンケートをとってみたところ、このような結果になった。(アンケートはこちら。)
-------------------
講談社ブルーバックスの中では特に難しい本のうちのひとつだと思う。それだけに、これまでの本では物足りなかった読者、今後注目されることになる最先端物理学の世界を理論と実験の両サイドから概観したい方にうってつけの本である。
応援クリックをお願いします!
「超対称性理論とは何か:小林富雄」(Kindle版)
第1章:素粒子の世界の対称性
- この世は素粒子でできている
- 力のもとも素粒子
- フェルミオンとボソン
- 対称性
- 保存則
- 超対称性
第2章:スピンの正体
- 角運動量とは
- 光が粒子で、電子が波?
- 原子の世界の角運動量
- 電子の二価性とスピン
- スピンが住む時空
- 時空の統合と幾何学
- スピンを生み出す時空
第3章:ゲージ対称性と標準理論
- ゲージ対称性と4つの力
- 電磁力とくりこみ
- 原子核に働く強い力と弱い力
- 群論と対称性
- 電弱統一と対称性の破れ
- 質量の起源
- 強い力は3つの色から
- 第3世代とヒッグス粒子
- LHCの登場
- 標準理論が抱える問題
第4章:超対称性とは何か
- 異なるスピンをひとまとめに―超対称性前史
- 超対称性の誕生
- 時空の究極の対称性
- 階層性問題
- 力の大統一
- 万物の理論
- 「超弦理論」革命
- 超対称性の破れ
- 超対称標準モデルの予言
- R対称性
- 超対称性発見への期待
第5章:超対称性粒子を探せ
- 暗黒物質の発見
- 暗黒物質の正体とは?
- 超対称性暗黒物質を検出する
- 超対称性の効果を垣間見る
- 発見されたのは超対称性ヒッグス粒子か?
- 超対称性を作り出す
- 追い詰められた"自然な"超対称性
おわりに
参考図書
解説付録
内容紹介:
なぜこの宇宙は存在するのか?
ヒッグス粒子発見は始まりにすぎない。現代物理学最大のテーマに迫る!
超対称性とは何か? なぜ必要なのか?
私たちはまだ、宇宙の成り立ちのほんの一部分しか分かっていません。
ヒッグス粒子発見で完成した現代物理学の基本となる「標準理論」にも、まだ未解決な謎は多いのです。その残された大きな謎のひとつ「階層性問題」を解決し、宇宙に偏在する「暗黒物質」の正体をつきとめ、さらに「力の大統一」が達成される──。それが超対称性理論です。
ヒッグス粒子発見により、「なぜ宇宙に物質が存在するのか」という謎を解くカギが得られました。超対称性は素粒子と時空を結びつけ、「なぜこの宇宙が存在するのか」というもっとも根源的な問いに答える究極の理論です。その本質に迫ります。
ヒッグス粒子を発見したCERN・LHCで日本チームを率いた著者だからこそ語れる、臨場感あふれる素粒子物理学の最前線。
「この世で最も理解しがたいことは、宇宙が理解できるということだ」──アインシュタイン
”この宇宙にはまだ多くの謎が残されています。自然界に存在する4つの力のうち、3つまでは標準理論で説明できますが、4つ目の重力を素粒子物理的に理解することには成功していません。それになによりも、標準理論自体に不満足な点が多々あるのです。これらの問題の多くを解決し、重力まで含めたすべての力を統一的に理解する可能性を秘めているのが、「超対称性」とよばれるまったく新しい対称性です。
2016年3月刊行、232ページ。
著者:
小林富雄(こばやし とみお):ホームページ: http://www.icepp.s.u-tokyo.ac.jp/~tomio/
1950年千葉県生まれ。東京工業大学卒業、東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。理学博士。1993年より東京大学素粒子物理国際研究センター教授。2015年、東京大学を定年退職、同年より高エネルギー加速器研究機構国際連携推進室主任URA。一貫して世界最高のエネルギー加速器を用いた国際共同実験に参加し、グルーオンの発見やヒッグス粒子発見、素粒子の世代数の決定、超対称性粒子探索などに貢献している。1994年から2015年までCERN・LHCにおけるATLAS実験の日本共同代表者を務めた。
理数系書籍のレビュー記事は本書で302冊目。
2012年以来ヒッグス粒子発見、ニュートリノの質量検出、重力波の直接観測と一般紙やニュースのトップを飾るビッグニュースが続き、さてその次は何だろう?そのとき思い浮かぶのが「超対称性」なのだと思う。それなら前もって知っておいたほうがよさそうだ。
そう思って調べてみると超対称性について解説している日本語の科学教養書がほとんどないことに気づく。昨年紹介した「スーパーシンメトリー ― 超対称性の世界:ゴードン・ケイン」は英語版の評価が低いことに加えて、日本語版の逐語訳がきつすぎ、語彙選択も下手なので読みにくかった。
「 超対称性理論とは何か:小林富雄」(Kindle版)はブルーバックスとしては新刊で、今年の3月に出たばかり。理数系読書仲間(?)の間で話題になっていたので読んでみた。
本書の前半と科学教養書が抱える問題
読んで大正解だった。とはいえこういう理論物理や素粒子物理の科学教養書が抱える問題のことも思わずにはいられなかった。
超対称性理論のようなテーマに興味を持つのは、たいていこれまでこの手の科学教養書や教科書を読んでいる人がほとんどだ。何度も読んでいて知っている相対性理論や量子力学の話をまた読まされることになる。
反面、物理の本をほとんど読んだことがない初心者にとっては、本書のように駆け足かつ数式入りで解説する特殊相対性理論、量子力学の解説は難しすぎる。さらに数式はでてこないが相対論的量子力学(ディラック方程式)、量子電磁力学(くりこみ理論)、素粒子物理学(場の量子論)や群論の話は専門用語を解説しているとはいえ、ついていくのが大変だ。
つまり、専門家には知っていることが半分以上で内容も物足りなく、素人には導入部分でくじけてしまう本になりがちなのだ。著者にしてみれば本がたくさん売れてほしいから筋道を追って完全な形に仕上げたい。本論に入るまでの物理学発展史をどうしても書いておきたくなる。いきなり本論(今回の本でいえば超対称性)から始めると初心者を篩に落としてしまうからだ。その点、大栗博司先生のように3冊に分けて刊行するのはうまい解決策だと思う。
そのように文句を言いつつも僕の本書に対する評価はとても良い。核をなす部分(超対称性)が素晴らしかった。僕のようにこれまで数多くの本を読んだ者にとっても知らないことが多く、現在進行中の実験や理論と超対称性のかかわりが筋道を追って理解できた。今後、専門書を読む際に大きな助けとなるだろう。
章立ては次のとおりだ。
第1章:素粒子の世界の対称性
第2章:スピンの正体
第3章:ゲージ対称性と標準理論
第4章:超対称性とは何か
第5章:超対称性粒子を探せ
数式で物理学を学んでいない初心者にとって第1章、第2章は難しすぎる。数式はおろか理論物理系の科学教養書も読んだことがない読者は、まず大栗先生の2冊をお読みになったほうがよい。
- 「重力とは何か:大栗博司」
- 「強い力と弱い力:大栗博司」
そして数式も含めてイメージしたり理解することをお望みであれば、次の4冊を読んでおくとよいだろう。本書との相性がよい本をブルーバックスで揃えてみた。
- 「高校数学でわかる相対性理論:竹内淳」(Kindle版)
- 「高校数学でわかるシュレディンガー方程式:竹内淳」(Kindle版)
- 「消えた反物質:小林誠」
- 「群論入門 対称性をはかる数学:芳沢光雄」(Kindle版)
「第3章:ゲージ対称性と標準理論」あたりから、CP対称性やカイラル対称性などのゲージ対称性、そしてそれらの対称性の破れ、くりこみ理論など超対称性理論にも拡張される素粒子物理学の話が詳しく述べられるので、特に注意を払って読んでほしい。
本書の後半、超対称性理論
さて、本書の核心の超対称性理論は第4章から始まる。「第4章:超対称性とは何か」で理論的側面を歴史の順に、「第5章:超対称性粒子を探せ」で検出のために行われている実験が解説される。
超対称性とはボソンとフェルミオンをまとめて1組とし、それらの間の対称性を要請する考え方で標準理論では未解決の問題を解決しようという試みである。超対称性理論によって存在が予想される素粒子の数は倍増する。
標準理論ではU(1)xSU(2)というゲージ対称性で電弱統一理論を、SU(3)でクォークのゲージ理論(量子色力学)を記述している。
大統一理論を議論する場合はU(1)xSU(2)xSU(3)を含む形で拡張した群としてSU(5)やSO(10)を初めとするいくつかの群を考える。
本書によると超対称性理論が登場する前にはSU(2)xSU(3)を含むSU(6)というモデルも提唱されたそうだ。しかしこれは1967年、コールマンとマンデュラが証明した「不可能定理」によって却下されることになった。これは「ポアンカレ対称性(ローレンツ変換に対する不変性)=時空の対称性」と「内部対称性(アイソスピンやストレンジネスなど)=時空とは無関係な対称性」だけが理論に許されると主張する定理だ。
超対称性が4次元時空での対称性として脚光を浴び始めたのは、1974年のヴェスとズミノの論文である。彼らは弦理論の超対称性にヒントを得て、4次元時空での場の量子論で超対称性を持つモデルを書き下すことに成功した。これにより「不可能定理」も破られることになった。コールマンとマンデュラにはボソンとフェルミオンを混ぜるという考察が欠如していたからである。この点を改良してこの定理を一般化した定理をハーグとロプザンスキー、ゾーニウスが導き、ローレンツ不変性を満たす最も一般的な超対称性理論が得られ、それに必要な超代数がどのようなものかが明らかになった。
その超代数とはフェルミオンを場の量子論に導入するためにも使われるグラスマン数(別名ゴースト数、幽霊数)という数を用いた代数だ。グラスマン数は複素数や四元数、八元数...などとも違う「新しい数」だ。通常の4次元時空の4つの座標に加えて2つのグラスマン数の座標(フェルミオン的な座標)を加えた6次元空間で超空間を考えるのである。
1974年にはまたジョージャイとグラショーがSU(5)ゲージ対称性に基づいた大統一理論を提唱した。これにより陽子崩壊が予測された。そして1981年には坂井典佑らによって「超対称SU(5)大統一理論」が提唱された。この理論によると高いエネルギー領域で3つの力の結合定数が1つに交わることになる。(電磁気力、弱い力、強い力の統一)
この超対称性が破れるエネルギースケールと大統一エネルギースケールの間には、標準理論と超対称性以外には何もない「超対称大砂漠」の存在を示唆しているそうだ。TeVのスケールでの標準理論や超対称性の破れの物理学の次に来るのは10^16GeVという大統一の物理学になるかもしれないという。それは重力を含むプランクスケールのすぐ近くである。TeVスケールの物理を詳細に調べることで、大統一やプランクスケールの物理が見えてくるかもしれないのだ。
超対称性は相対論(ローレンツ不変性)を満たす時空を最大限に拡張するものであり、重力を含むすべての力を統一する万物の理論にとって、なくてはならない究極の対称性なのだ。これにより素粒子標準理論に欠けている点、すなわち「階層性問題の解決」、「力の大統一の実現」、「暗黒物質の候補を与える」を補うことが可能になるという。
その後、本書では超重力理論、超対称性と超弦理論のつながり、超弦理論の発展史、超対称性の破れがもたらすもの、超対称標準モデルが予言することがら、R対称性などが解説される。
すべての力が統一されるエネルギーレベルはとてつもなく高いので、実験装置を作るのは不可能と思うかもしれない。しかし最終章「第5章:超対称性粒子を探せ」では、超対称性を検出するための方法と実験装置が紹介される。CERNのLHCでATLAS実験を率いてきた小林先生の強みが活かされる章だ。
暗黒物質について。
- ニュートリノは熱い暗黒物質の候補となる。
- アクシオンは冷たい暗黒物質の候補となる。
- 超対称性粒子(たとえばニュートラリーノ)は暗黒物質の候補となる。
暗黒物質ついては次のような実験が行われている。
- スーパーカミオカンデ
- XEONON100
- LUX
- DAMA
- XMASS
- IceCube
超対称性の質量より低いエネルギーで間接的に超対称性の兆候を探る実験。
- E821実験(米国ブルックヘブン国立研究所)
直接的に超対称性の兆候を探る実験。
- LEP (CERN): 実験はすでに終了。チャージーノ探索が行われたが検出されず。
- LHC (CERN)
とてもここには書ききれないが、これらの実験が超対称性の検出にどのように結びついているかが本書ではそれぞれ紹介されている。
今のところ超対称性粒子はひとつも見つかっていないし、超対称性理論を示す兆候も見つかっていない。また標準理論では19個だったパラメータが超対称性理論では新たに105個ものパラメータを追加することになるという問題が指摘されている。しかし、精度の高い実験が進むことによってより強い制限がかかり、パラメータの数は劇的に少なくなるだろうというのが本書に書かれていることである。
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2017年8月に追記:
ツイッターでアンケートをとってみたところ、このような結果になった。(アンケートはこちら。)
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講談社ブルーバックスの中では特に難しい本のうちのひとつだと思う。それだけに、これまでの本では物足りなかった読者、今後注目されることになる最先端物理学の世界を理論と実験の両サイドから概観したい方にうってつけの本である。
応援クリックをお願いします!
「超対称性理論とは何か:小林富雄」(Kindle版)
第1章:素粒子の世界の対称性
- この世は素粒子でできている
- 力のもとも素粒子
- フェルミオンとボソン
- 対称性
- 保存則
- 超対称性
第2章:スピンの正体
- 角運動量とは
- 光が粒子で、電子が波?
- 原子の世界の角運動量
- 電子の二価性とスピン
- スピンが住む時空
- 時空の統合と幾何学
- スピンを生み出す時空
第3章:ゲージ対称性と標準理論
- ゲージ対称性と4つの力
- 電磁力とくりこみ
- 原子核に働く強い力と弱い力
- 群論と対称性
- 電弱統一と対称性の破れ
- 質量の起源
- 強い力は3つの色から
- 第3世代とヒッグス粒子
- LHCの登場
- 標準理論が抱える問題
第4章:超対称性とは何か
- 異なるスピンをひとまとめに―超対称性前史
- 超対称性の誕生
- 時空の究極の対称性
- 階層性問題
- 力の大統一
- 万物の理論
- 「超弦理論」革命
- 超対称性の破れ
- 超対称標準モデルの予言
- R対称性
- 超対称性発見への期待
第5章:超対称性粒子を探せ
- 暗黒物質の発見
- 暗黒物質の正体とは?
- 超対称性暗黒物質を検出する
- 超対称性の効果を垣間見る
- 発見されたのは超対称性ヒッグス粒子か?
- 超対称性を作り出す
- 追い詰められた"自然な"超対称性
おわりに
参考図書
解説付録