とね日記

理数系ネタ、パソコン、フランス語の話が中心。
量子テレポーテーションや超弦理論の理解を目指して勉強を続けています!

死ぬまでに学びたい5つの物理学: 山口栄一

2016年07月06日 19時14分07秒 | 物理学、数学
死ぬまでに学びたい5つの物理学: 山口栄一

内容紹介:
万有引力の法則、統計力学、エネルギー量子仮説、相対性理論、量子力学。これらを知らずに死ぬのはもったいない。科学者の思考プロセスを解明する物理学再入門。
母親に捨てられたニュートン、自殺したボルツマン、息子をナチスに殺されたプランク、ユダヤ人としてドイツを追われたアインシュタイン、原爆製造の汚名を着せられたハイゼンベルク…。科学の先端を切り拓いた物理学者たちの発見の陰には、孤独と苦悩の人間ドラマがあった。5つの革命的な知を生み出した天才たちの思考プロセスをたどり、科学はいかにして創られたかを解明する。文系の読者にも面白く学べる全く新しい物理学入門書。
2014年5月刊行、234ページ。縦書きの本。

著者について:
山口栄一(やまぐちええいち):経歴ページ:https://kyouindb.iimc.kyoto-u.ac.jp/j/xZ8rN
1955年、福岡市生まれ。京都大学大学院総合生存学館(思修館)教授。東京大学理学部物理学科卒業。東京大学大学院理学系研究科物理学専攻修士課程修了、理学博士。米国ノートルダム大学客員研究員、NTT基礎研究所主幹研究員、仏国IMRA Europe招聘研究員、経団連21世紀政策研究所研究主幹、同志社大学大学院教授、英国ケンブリッジ大学クレアホール客員フェローなどを経て、2014年より京都大学大学院総合生存学館(思修館)教授。

京都大学大学院総合生存学館(思修館)山口栄一研究室
https://www.gsais.kyoto-u.ac.jp/staff/yamaguchi/j/index.html

山口栄一先生の著書: Amazonで検索


理数系書籍のレビュー記事は本書で312冊目。


本書を読んだきっかけ

本書や著者の山口先生のことは失礼ながら存じ上げなかった。先月このブログをお読みになった方から「ぜひ、この本を読んでみてほしい。」というご依頼をメッセージ欄を通じていただき、読ませていただいた次第だ。

科学本の書評ブログを長年続けているので、このようなお申し出をいただいたり、たまに本をお書きになった先生からご依頼を受けることがある。すべて受けてしまうと自分が読みたい本が全く読めなくなってしまうので、たいてい丁重にお断りするか、余裕がでてきたら読ませていただきますとご返事している。僕は感じたことをそのまま書きたいと思うので、依頼という形でお引き受けするとどうしてもネガティブなことを書きにくくなるからだ。

僕は自分自身の勉強を深め、それを記録するという以外に、これからの時代を担っていく若い方に物理や数学に興味をもってもらいたい、社会人の方にも興味を持ってもらいたいという思いから、このブログを書いているわけだ。本書に関心をもったのは、この本の著者も同じような願いで書かれているのではないか?この本のように数式を含めたスタイルで、どの程度一般読者に受け入れられるものか?という2つのことが気になったからだ。

「死ぬまでに読みたい~」という大げさなタイトルだが、内容はいたって堅実である。ニュートン力学から量子力学に至る基礎物理学の王道をたどりながら、物理学が発展していくことの素晴らしさを読者に気づかせてくれている。

対象読者は高校生ではなく、一般の社会人、特に著者が日ごろお付き合いのある社会人の方、人文系の知識レベルは高い方、物理を学びたかったけれどもこれまで機会を持てなかった方々だと感じた。

山口先生の著書を見ると、JR福知山線での事故や福島原発の放射線についての本をお書きになっていたことがわかる。科学者として社会への責任感を強くお持ちの方だと感じた。先生はまた日本のサイエンス型産業が凋落の一途をたどっていることに危機感を持ち、社会人向けに「科学はいかにして創られたか」という講義をしているそうだ。本書はその講義の中から生まれた本である。文章のスタイルや内容が「大人向け」であるのはそのためだ。


本書の流れ

本書の章立ては次のとおりだ。

序章:強く生きるために物理学を学ぶ
第1章:孤独から生まれた科学学命―万有引力の法則
第2章:哲学から解放された科学―統計力学
第3章:宇宙の設計図を見つけた―エネルギー量子仮説
第4章:失われなかった子供の空想力―相対性理論
第5章:神はサイコロを振る―量子力学
第6章:科学はいかにして創られたか

第1章から第5章では、基礎物理学の中で特に重要な5つの理論を取り上げる。これらは導かれるべくして発見されたのでなく、それまでの常識を打ち壊すことで発見されたブレイクスルーによって獲得できたものばかりだ。それを成し遂げた科学者たちの偉大な業績ばかりである。

それぞれの物理学者の伝記がその生い立ちから紹介されている。輝かしい業績だけでなく、不遇な環境で育ったことや戦争などの厳しい歴史が人生にもたらした不幸な現実にもフォーカスをあてているのが本書の特徴だ。人生経験を積んだ大人の読者が共感できるのはこの部分だと思う。ほとんどの物理学者の伝記を僕は他の本で読んでいたが、物質波を提唱したドゥ・ブロイの人物像は知らなかったので興味深く読ませていただいた。

数式を使って解説しているのは5つの理論に共通しているところだが、実際に読者に詳しく計算させるのは第1章のでケプラーの法則のうち第2法則(面積速度一定)と第4章の特殊相対性理論だけである。(空間の縮みと時間の伸び)そのほかの章は数式を引用しながら解説をするというスタイルだった。先日の「直接観測に成功した重力波」にしても空間が縮んだり元にもどったりという性質をもっていなければおきない現象なので、自分で初めて空間の縮みが計算で確かめられたらさぞ感動するだろうと僕は思うわけである。

第6章で山口先生は独自に「演繹」、「帰納」、「創発」という言葉を用い、第5章までで紹介した物理学の発展を図式化して検証されている。3つの言葉を僕なりに解釈すると次のようになる

「演繹」とは、過去に得られた知識や理論をそのまま自然に発展、応用すること。
「帰納」とは、過去に得られた知識や理論を否定すること。
「創発」とは、それまでのパラダイムを破壊した後、まったく新しい観点から発想すること。

たとえば、第1章の万有引力については次のような図式になる。



統計力学、エネルギー量子仮説、相対性理論、量子力学について、このような図式が紹介されるわけであるが、統計力学では図式は複雑なものになり、なるほどと納得させられる。

この図式は「イノベーション・ダイヤグラム」というのだそうだ。詳細は以下の記事で解説されている。山口先生は物理学の教授でいらっしゃるだけでなく、イノベーションをもたらすベンチャー企業の経営者でもある。

ブレークスルーのイノベーション理論
http://techon.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20090323/167563/

英国だけにそれができたワケ
産業革命をイノベーション論から捉え直す(1)
http://techon.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20080521/152128/


そしてさらに、DNAの二重らせんの発見からiPS細胞までをカバーした分子生物学発展過程を示す複雑な図式が紹介されている。門外漢の僕には少しわかりにくいところが残ったが、科学者の「偉業」というものは、真面目にこつこつと学んでいるだけでは決して得られないのだということがよくわかった。iPS細胞の山中先生がなぜ素晴らしいかはとてもよく理解できた。

なお「演繹」と「帰納」はコンピュータにもできるが、「創発」はどんなに発達してもコンピュータにはできないと山口先生はお書きになっている。ただしこれはディープラーニングのことを含めているかどうかはわからない。(参考記事:「人工知能は人間を超えるか ディープラーニングの先にあるもの: 松尾豊」)


感想や補足事項

本当ならばそれぞれの理論で本が1~2冊書けるはずなのに、たったこれだけの本で5つの理論を紹介するのだからぎっしり詰まっている。証明を省略したり、割愛せざるをえない事柄がでてくるのは仕方がないことだ。個別に思ったこと、補足したいことをいくつか書いておこう。

まず第1章の万有引力についてだが、ニュートンは著書『プリンキピア』で「ケプラーの3法則から万有引力を求めること(順問題)」と「万有引力からケプラーの3法則を求めること(逆問題)」を証明しているというようなことが本書には書かれている。しかしながら「古典力学の形成―ニュートンからラグランジュへ:山本義隆」によると、逆問題については解の天下りな記述はあるものの証明できていなかったことが述べられている。この事実には注意しておきたい。

順問題の解法:
http://wakariyasui.sakura.ne.jp/p/mech/bannyuu/bannyuu.html

逆問題の解法(英語ページ):
http://galileo.phys.virginia.edu/classes/152.mf1i.spring02/KeplersLaws.htm

また本書にはニュートンが惑星の初速度は「神の一撃」であり、その後は運動法則にしたがって惑星は運動を続けるので神の存在は不要なのだと書かれている。しかし、「古典力学の形成―ニュートンからラグランジュへ:山本義隆」によるとそうではないようなのだ。

太陽系全体をみたときに、それぞれの惑星は同一平面上を楕円軌道を描いて調和的に設定していること、すべての運動は摩擦や粘性による減衰があること、彗星は惑星による摂動の影響を受けるし、不規則性は累積していくとニュートンは考えていた。だから太陽系の調和が保たれるためは常に神の監視が必要だと考えていたという。惑星の運動が未来永劫続くためには全能の神の意図が前提とされていた。


第2章の統計力学についていえば、蒸気機関の発明に至るまでの解説が素晴らしかった。そのおかげで熱力学が生まれていった過程が本書には詳しく書かれている。しかしながら蒸気機関や熱力学に至る以前にも本書には説明しきれなかった熱学や伝熱学の非常に長い混沌とした歴史があった。これについては山本義隆先生の「熱学思想の史的展開〈1〉〈2〉〈3〉」をお読みになるとよい。

あと素晴らしいと思ったのが第3章のエネルギー量子仮説である。僕はこれまでいろいろな解説で学んだが、太陽光のスペクトルを例示しながらの解説はとてもわかりやすい。エネルギーが離散値をとることが(多少天下りな部分が残っているとはいえ)じゅうぶん伝わる書き方かされていた。

この本を読めばもっと詳しく知りたくなることだろう。そのような方は次のステップとして高橋先生の「高校数学でわかる~」シリーズをお勧めしたい。

- 高校数学でわかるボルツマンの原理:竹内淳(紹介記事
- 高校数学でわかるシュレディンガー方程式:竹内淳(紹介記事
- 高校数学でわかる相対性理論:竹内淳(購入ページ


このように本書は人生経験を積んだ大人が、あらためて現代物理学の素晴らしさを発見することを手助けしてくれる本なのだ。山口先生の強い想いが色濃く感じられる。先生の講座に参加したり、本書を手に取るような方は、もともと意識が高く、勉強熱心な方なのだと思う。そのような方々の期待に応えてくれる本だと僕は思った。

僕は物理や数学の面白さを若者に伝えることで、日本経済の再発展に結び付けようと試みているのだが、山口先生はそんな悠長なことではなく、いままさに社会に対して影響力をもっている大人たちに刺激を与え続けているのだと感じた。


正誤表

僕が購入したのは初版の第1刷で正誤表が挟まっていた。筑摩書房のこの本の紹介ページには正誤表が公開されていないので、ここに載せておこう。正誤表は横書きであるが、本書は縦書きの本である。




関連ページ:

山口先生へのインタビュー記事
日本では科学を論じないしきたりがある
ニュートンもアインシュタインも、悟りを求めていた
http://techon.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20140819/371343/?rt=nocnt

死ぬまでに学びたい5つの物理学(読書メーター)
http://bookmeter.com/b/4480016007

死ぬまでに学びたい5つの物理学(ブクログの読者レビュー)
http://booklog.jp/item/1/4480016007


関連記事:

学生や社会人が趣味として物理を学ぶという観点から、次の記事を関連記事としておこう。

科学の発見: スティーブン・ワインバーグ
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/70612f539adade398a14a27e87b70d92

高校生にお勧めする30冊の物理学、数学書籍
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/f79ac08392742c60193081800ea718e7

200冊の理数系書籍を読んで得られたこと
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/1b92c958e54960246be16b564c6b8c8e

300冊の理数系書籍を読んで得られたこと
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/8d57c3e2ee6d39fe7a1b083af03a3d41


応援クリックをお願いします。
にほんブログ村 科学ブログ 物理学へ 人気ブログランキングへ 


とね日記は長年放置されている科学ブログランキングの不正クリックに対し、次のランキングサイトには適切な運営を期待します。
人気ブログランキング(科学)」、New!-「人気ブログランキング(物理学)」、「FC2自然科学ブログランキング」:不正の例1 例2 例3(クリックしてからTwitterアプリで開くと画像は鮮明に見れます。)
不正クリックブログの見分け方


  

 


死ぬまでに学びたい5つの物理学: 山口栄一



序章:強く生きるために物理学を学ぶ

第1章:孤独から生まれた科学学命―万有引力の法則
- ニュートン―「神の御業たる真理」の発見者
- 天才のインスピレーションを追体験する

第2章:哲学から解放された科学―統計力学
- ホイヘンスからワットへ―産業革命を起こした職人の技能
- ボルツマン―パラダイムの破壊者に訪れた悲劇
- 世界の乱雑ぶりを弾きだす

第3章:宇宙の設計図を見つけた―エネルギー量子仮説
- プランク―物理学を変え、物理学を守った
- 波であり粒である光とは何か

第4章:失われなかった子供の空想力―相対性理論
- アインシュタイン―枠組みを揺さぶるユダヤ的知性
- 中学生の数式で相対性理論を導く

第5章:神はサイコロを振る―量子力学
- ドゥ・ブロイ―誇り高き孤独と自由な精神
- シュレーディンガー―遍歴と越境の生涯
- ハイゼンベルク―科学的名声と原爆製造の汚名

第6章:科学はいかにして創られたか
- 新たな知の創造へのプロセス
- 科学革命家たちの「創発」を検証する
- 創発と回遊―新しいイノベーションの世紀へ

あとがき
参考文献
事項索引
人名索引
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 人工知能は人間を超えるか デ... | トップ | 発売情報: 実験数学読本: 矢... »

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

物理学、数学」カテゴリの最新記事