PM7:00に2PMの事を考える

クリームソーダ的宇宙

アナウンサー!春物語 第28話

2013-10-25 19:00:00 | アナ春

プチテレビ、会議室。

 

-あなたのお母さんの演奏が、それに入っています-

堀辺の発言に純保は自分の耳を疑った。

「なにを言ってるんですか…?なぜ堀辺さんが、ぼくの…」

ぼくの母の事を知ってるんだ?

純保はCDと堀辺の顔を交互に見ながら考えをまとめようと務めてみるが、気が動転し言葉が出ない。

 

純保は孤児だ。6歳の時、伊藤家の養子に入った。

実の父母のことを知ったのはつい最近だった。

 

「かけてみますか?」

堀辺はCDを手に取り、会議室に備え付けられているプレーヤーに入れ、プレイボタンを押した。

静かなピアノの旋律が流れてきた。

とても悲しいメロディーだが、なぜか優しく温く感じる。

聴いたことのある曲だが、何という曲なのかは知らない。

もしこれが本当に母の演奏だとしたら――

純保の心はちぎれそうだ。

 

”実の母は駆け出しのピアニストで、父を追ってアメリカに行くも、

父はレストランを経営するさなか火事で不遇の死を遂げた。

母は日本に帰国し純保を産むとすぐに亡くなった…”

 

純保が実の父母について知っているのは、ハルナの母、明子から聞いたこれだけの事だ。

呼吸を整え堀辺に問う。

「ほんとうに…?これはほんとうに、母の演奏なんですか?」

堀辺はうなづく。

「堀辺さんがもし、僕の父母の事を知っているのなら、…そのすべてを僕に教えてください。お願いします」

堀辺創はポツリと語り始めた。

 

 

「僕も君と同じ孤児です。

6つの時、今の父に引き取られました。

父は当時30になったばかりで、JYグループの前身であるHRBエンターテイメントがやっと軌道にのりはじめ

アメリカでそれなりの成功を収めつつありました。

父は今ではすっかり謎めいた人物と思われていますが、――そうですね、確かにあまり前に出たがる性格ではありません。

JYクループの業績が安定するとすぐに会社をホールディングスにし、事業をそれぞれの社長に任せると極力表舞台に姿を現さなくなりました。

 

成功をひた隠しにするそんな父の事を”変人”と噂する輩もいますが、それは違います。

父は表舞台に立たないことで自分を罰しているのです。

皮肉にも、派手な事を好まず努力した結果がJYを巨大企業にのしあげ、父を目立たせることになってしまっているのですが…。

 

とにかく父には、何が起きても困らないだけの資金が必要でした。

余計なことを考えず体を動かし、忙しく働くこと。

…伊藤くん、あなたに起きるあらゆることに対し、いつでも手助けできるようにしておくためにね?」

「ぼ…く…?」

堀辺は話を続ける。

「一見、偏屈と思われている父の周りには、無理を気遣い止めてくれる人は居ませんでした。

友人すら…

寄せ付けなかったとでもいうのか。

近寄ってくる女性はたくさんいましたが父はいまも独身です。

簡単に言えば、――父はずっと心を病んでいます。」

 

 ・

「僕がそれに気が付いたのは12の頃です。

何に気が付いたのか?6つで父と暮らし始めてから徐々に感じていた違和感の原因とでもいうのかな…?

優しい父ですが、僕が寝たのを見届けると自室にこもり小さな音で音楽を聴きながら、毎晩泣くのです。

子供は敏感ですからね。

声をあげずとも、彼の哀しみは色となり空気となり伝わってきました。

幼い僕はそれに気付いてからもどうしていいのかわからず、

父に理由を問う事ももちろんできず、

ただ時々、父の部屋のまえでその曲を漏れ聴いていました」

 ・

「12歳のある日、僕は父のCDを借りるためこっそりと父の部屋に行きました。

僕が好きだったのは日本のポップスです。その日は何を探していたのか

――まあ何にせよ12歳の少年の好奇心を止める事など誰にも出来ません、

父のラックからCDやカセットを探していたら、突然ある古いレコードに目が行ったのです。

それはとても古ぼけたレコードでした。

カヴァーにはサインペンで”1984、6”とだけ書かれています。

これはいわゆるサンプル盤というやつだろうと思いました。父は音楽の仕事に関わってますから、

僕も時々そのようなものを家でも目にします。

僕はそのレコードに興味を持ち、何気なくプレーヤーにかけてみたのです。

流れて来たのは――父が涙を流して聴いていた曲…

そう、それがこの曲です」

堀辺が会議室の宙に浮くメロディーを指差した。

「…これは、なんという曲なんですか?」

「”亡き王女のためのパヴァーヌ”…」

 再び回想を始める。

レコードプレーヤーの前で12歳の堀辺創は呆然と立ちすくんでいた。

「不思議なものです。いままで扉越しに微かに聴いていた曲ですが、

メロディーをきちんと聴いたとたん、僕の記憶は一気に蘇りました。

心のずっと奥の方の箱に鍵をかけてしまいこんでいたんでしょう?この曲は鍵穴にしっかりとはまり箱の中のものをすべて広げてしまいました。

 

 

・・

創の記憶。

明るいレストラン。

幼い創の目に映っているのは、食事を楽しむ人々と、ピアノを弾いている美しい女性。

食事を終えた創の両手はどちらもしっかりと繋がれている。

右手は温かくごつごつした大きな手に、左手は白くなめらかなやわらかい手に。

それは大好きなパパとママの手だ。

 

記憶は飛ぶ。

 

次の光景。

 

目の前は火の海だ。

とても熱い。

創は泣く。パパとママを呼んで泣いている。

たった1人でピアノの横に座って。

そこに突然、「危ない!」という声がし、次の瞬間、創の上に誰かが重なってきた。

 

・・

 

「火事…?」

純保は、実の父母も火事に巻き込まれた事を思い出し、思わず口にした。

「ええ。火事です。幼いはずの僕の記憶は意外なほど鮮明でした。

火事の光景と同時に父母の事を思い出しました。”父母がいたこと”、をね?

それまで僕の記憶に父母はいませんでしたから…。

手をつながれていた感触、幸せに満ちた気持ち、同時に怖さと哀しさをも思い出し、それらの感情を受け止め咀嚼するのに必死でした。

そして更に―その光景のどこかに、みつけてしまったのです。

若かりし養父の姿を…」

「…お父さんの…?」

「そのまま日が暮れて部屋が真っ暗になったことにも気付かず立ち尽くしていたようです。

帰って来た父が僕に声をかけ椅子に座らせるまで、どのくらいの時間が経っていたのかわかりません。

父は…僕の様子と、プレーヤーにかけてあるレコードを見て僕がなにを思い出したのか、すべてを悟ったのでしょう。

とても、落ち着いていました。

そうして僕は父に尋ねました。

”お父さん、ぼくのお父さんとお母さんはどこにいるの?”と」

純保が訊く。

「僕の父が経営していたレストランに誰かが放火をしたと聞いています。

怪しい東洋人の男によるものだとも…。もしかして、それがあなたの養父…?」

「いえ、…それは違います」

 

1984年6月、アメリカ、LA。

とあるレストランで大きな火災があった。

火事の原因は当初はっきりしなかったが、一説にはつけ火だとも、タバコや厨房の火の不始末だとも言われた。

のちに、火事自体はさして大きなものではなく、

厨房のガス管の腐敗によるガス漏れが爆発を併発し被害を拡大したとわかった。

犠牲となったのはこのレストランの経営者の日本人男性と、レストランの客だった、日本人の夫婦。

計3人。

 

 ・

 

話をこの火災の数時間前に戻そう。

レストランは営業時間を終え店じまいをしていた。

店に残っていたのは、この店の常連の3人家族――父、母、3つになる男の子。

そして経営者兼コックである純保の父・保之とレストランを手伝いながらピアノを弾いている純保の母・純子だ。

「さあ、もうお店の閉店時間よ?帰りましょう?」

客の女性が言う。

「ああ、それにしても残念だな?創の誕生日だっていうのに、ケーキ屋が日にちを間違えるだなんて…」

愛息子・創の3歳の誕生日だ。

この後ケーキをピックアップし、家でお祝いをする予定だった。

「仕方ないわ。創も我慢できるわよねえ?」

創と呼ばれた小さな男の子はにこにこと笑っていた。

「ああ、本当に創は天使だね」

そんな話をしていると、店のオーナー・保之がテーブルにやって来た。

「いつもありがとうございます。創くん、今日が誕生日?」

「保之くん、そうなんだよ。それなのにケーキ屋が日にちを間違えててさ…」

創の父は残念そうだ。

「良かったら…僕が今からケーキを作りましょうか?」

「ほんとかい?」

「あなた、悪いわ?もうお店は終わってるのよ?」

「奥さん、水臭いこと言わないでください。

簡単なものならすぐにできるし、ねえ創くん?美味しいケーキを食べたいでしょう?」

「うん!」

創が元気に答える。

「よし、じゃあおじさんが作ってあげるからね!」

保之は厨房に向かう、その時、入り口に立つ背の高い男に気がついた。

それは近頃音楽ビジネスを始めたという、堀辺という日系人だった。

保志は堀辺に声をかけた。

「堀辺さん、入ってください」

「いや、あの…」

「わかってますって、もうあなたが純子にちょっかい出さないのは。

こないだ録音してくれたでしょう、純子の演奏。…僕ら感謝してるんですよ?」

「ええ、その…」

もちろんこの男が後に堀辺創の養父となる男だ。

彼は半年ほど前、この店を偶然訪れ、ピアノを演奏する純子に一目惚れした。

夫がいるともしらず純子にアタックし、当初はけむたがれていたのだが、

今、堀辺の純子への想いは男女のそれではなく、ピアニストとしての才能へと向かっていた。

純子をピアニストとしてデビューさせたい――今やそれが堀辺の願いだ。

 

そうして先週、保之と純子の同意を得、純子のピアノ曲を録音した。堀辺が心を奪われた“亡き王女のためのパヴァーヌ"を。

 

純子が二人に気が付きやってきた。

「純子さん!こ、こんにちは」

きょどる堀辺。

「こんにちは。なにか弾きましょうか?さあ、入ってください」

「そ、それじゃお言葉に甘えて、”亡き王女のための・・・”…」

「パヴァーヌね?フフ、堀辺さん、ほんとにそれ好きよね…。あなた、いいかしら?」

「ああ。後で子供が喜びそうなのも頼むよ。バースデイソングをな?」

純子は微笑んで頷くと、ちょっと着替えてくる、と言い店に入り2階に上がっていった。

堀辺は照れくさそうに店に入ると、適当な椅子に座りタバコをふかした。

小さな男の子が一人ピアノの横に座って遊んでいる。

「パパとママはどうしたの?」

「あっち!」

男の子が厨房を指差した。

保之が笑って堀辺に言う。

「この子の3歳の誕生日なんですよ、いまからケーキを焼くんです。パパとママも手伝ってくれるのかな?

堀辺さん、創くんを抱っこしてあげてて?」

「え?あ、・・・え?あああ」

保之は微笑んで厨房へ消えていった。

堀辺はタバコを灰皿に置き、不器用な手つきで創を膝に抱えてみる。

子供は苦手だ。

しかし創が無邪気に微笑むと、堀辺の顔もゆるんだ。

その時―――

然厨房から爆発音がした。

「キャーー!!!」

悲鳴と同時に火が一気に燃え上がる。

堀辺は創を膝から降ろし危なくないよう床に座らせ厨房の方へ向かう。

その時テーブルにぶつかり、灰皿においていたタバコが火のついたまま絨毯の上へ落ちたのには気が付かなかった。

 

厨房は激しい煙と火に包まれ、近寄れない。

燃え盛る火と煙の中から、火傷を負った保之がでてきた。

「ゴホ!ゴホ!うっ」

「や、保之さん、なにが?!ふ、ふたりは?!純子さんは?!」

「だ、めだ、…純子は2階…!」

「僕が上を見てきます。だから保之さん、早く外に!ひどい火傷だ!」

「つ…創くんは?」

「大丈夫です、あっちは全然」

「いや、ガスだ…すぐ引火する。早く創くんを、外に…」

保之は創のいるピアノの方へふらふらと進む。

堀辺は急いで2階に通じる階段にむかった。下の爆発音に驚いた純子はすでに階段を下りてきていた。

「なにがあったの?!一体!」

その時だ、漏れたガスは更に充満し2度目の爆発が起こった。

 

火は燃え広がりピアノの横で泣く小さな創の頭上に、火のついた柱が今、燃え落ちようとしていた。

「危ないっ!」

そういって保之が創の上に覆いかぶさるのと、柱が燃え落ちるのが、同時だった――。

「キャー!あなたーーーー!!」

「保之さんーーー!!」

保之の背中に燃えさかる柱が圧し掛かった。堀辺はなんとかそれを退けようと近づく。

しかし…

「ほり…いいから…この子を‥はや、く…」

堀辺は保之の下から必死に創を引出すと、夫に近寄ろうとする純子の手を取り外へ脱出した。

 

見物人に創と純子を預けもう一度店内に戻ろうとする。

しかし中に一歩入った瞬間、迫り来る炎や煙で目をやられ、それでも戻ろうとするところを見物人の何人かに引き止められた。

「行かせてくれ!中にまだ!」

「もう無理だ!消防が来るまで待て!」

「だめだ!間に合わない!行かせてくれーーーー!!!」

そうしているうちに入口は燃え落ち、堀辺はなすすべもなくその場にへたりこむと、燃え盛る店を見続けるしかなかった。

 

 ・

「あとで分かったことですが、僕の両親は、最初の爆発で致命傷を負っていました。

ガス管からガスが漏れていたのが一番の原因です。

僕のケーキを作るために火をつけ、運悪くガスが漏れていてそこに発火しました。

養父となる堀辺も火傷を負い、3か月ほど入院しました。

復帰して僕の両親と保之さんの死を確認し、生き残った純子さんは既に日本へ帰国した後でした」

それから1年ほどして、やっと日本を訪れることのできた創の養父堀辺は純子を探した。

しかし純子は既に灰となり土の中に葬られたあとだった。

寺の住職に聞き、純子が保之の子を産んだ事、そしてその子が施設に預けられている事を知ったという。

「父はあなたを引き取ってアメリカに帰ることも考えたそうですが、

そこまでの財力はその時の父にはまだありませんでした…」

「失意のままアメリカに帰国した父は、僕を思い出しました。

あの火事で生き残った3歳の男の子。

創という名前を頼りに、2年かけてニューヨークの孤児院に預けられていた僕を探しだし、養子にしたのです。

それから父は僕をいつくしみ育ててくれました。

充分すぎる愛情です。

だってね、そうでしょう?

僕は、…本当は父が、あなたにかけたかった愛情をも受けて育ってきたんだから…二倍の愛情をですよ」

 

そうしてすべてを思い出し、真相を知った創は、父と共に伊藤純保を見守る決意をした。

「父はいつもあなたのことを気にしていました。

あの子は幸せだろうか?

なにか困ってはいないだろうか?

あなたが養子に行ったあとも心配は変わらなかったと言っていました。

新しい家で愛されているだろうか――幸いにも伊藤家のご両親はあなたを慈しみ育ててくれましたね。

それでも、あなたに何かあればいつでも助けられるように、その思いで父は懸命に働いたんです。

あの時、日本へ行った28年前、自分に財力がないばかりにあなたを引き取る事のできなかったことが

父の労働の原動力だったんです。」

創が16になるころには、JYグループは全米でも屈指の巨大企業となりその資金力は強大なものになっていた。

「そんな…」

純保は、なにも言葉にできない。

 

「父は今、体を悪くしてまして…

今回の騒動をとても心配し、その心労もありまして…僕が父の代わりに問題の終結を引き継ぎました。

ここにいるジョージと一緒にね?」

いつのまにかヒゲの外人が部屋の隅にいた。

「ジョージは父と僕の片腕です。僕にとっては母親の様な存在です」

ジョージは照れくさそうに笑った。

「不思議なものです、縁というのは。

僕はあなたを遠くから見守っていましたが、近づく気などまったくありませんでした。

18になった頃でしょうか…。

ユニセフの活動でタンザニアに行った時、玉澤竜二という日本人と会いました。

彼は東京のプチテレビでアナウンサーをしているという。

僕は彼を良く覚えています。屈託のない明るさ-大人だというのに子供の様に無邪気な笑顔をするひとだな、とね?

社長は僕に気がついていないようですが、フフ。

あなたがプチテレビのアナウンサーになった事も驚きましたが、

後に、玉澤さんに憧れてアナウンサ―を目指したと聞いて、僕は嬉しくなったものですよ」

 

「紀村社長――俊、ともそうです。

デイヴィッドに紹介されたとき、まさか彼がこんな風に君やプチテレビと関わるなんて思ってもいなかった。

まあ、それはすこし哀しい関わり方でしたが…」

 

 

「ああ、それともうひとつ。

僕は賛成さんのことも昔から知っています…でもまあそれは次の機会にでも。

ねえ伊藤君、縁ってほんとに面白いですね?」

 

「あなたが高校へ入り、大学へ進み、プチテレビに入社し…。

いま、あなたの出る放送を見ながら父は言います。

”本当にお父さんとお母さんに良く似ているね”、と。

父はもう解放されてもいいでしょう、それでも父はこの曲を聴きながら泣く事を止めようとしません…」

 

「父は自分のタバコも火事の原因なのではないかと思い続けています。

――それは妄想です。

あれはガス漏れが原因の事故です、責めるならガス会社を責めるべきことです。

多分父にもそれはわかっているんですよ?

でも、そうやって自分を責めることで、空虚な心の隙間を埋めるしかなかったんでしょう。

本当にかわいそうな人だ。

伊藤くん、どうか、父を…許してやってください」

 

「許すも、許さないもー、」

純保はそこまで言って言葉に詰まった。

 

許すも許さないも僕にそれを下すことなんてできない。

だけど僕が簡単に”許して”しまったら、本当の父と母はどう思うんだろう——?

何も言えなかった。

「時間が、必要ですね?」

「堀辺さん、僕、僕は…」

涙がながれ胸が痛い。なにひとつ言葉にならない。

創は立ち上がり純保の近くに行くと、そっと肩を貸し、その震える背中を優しく叩いた。

そのままの姿勢で堀辺が話し出す。

「ねえ伊藤くん、JYグループの名前の由来を知っていますか?

Jは純子。Yは保之。あなたのご両親の名前です。

父の贖罪の気持ちだとずっと思っていましたが、今日話していて気がつきました。

たぶん父はそこまで-あなたのお母さんを深く愛していたんですね。

それが報われない愛だとわかってからも、そして保之さんを愛している純子さんをもまるごと、ぜんぶ…」

ピアノの演奏がおわり、静寂となった室内に純保が慟哭をこらえる音だけが流れた。

哀しくも優しく温かい涙だった。

 

 

////////////////

プチテレビ、社員用ラウンジ。

「え!!なんですかそれ!きーーームっ」

「シ!絶対に内緒!ハルナ、シ!!!」

レイがハルナの口元を手で塞ぐ。

休憩時間が重なり、偶然ラウンジであった二人はコーヒーを飲みながら話していたのだが…。

レイが内緒で話したことに驚いたハルナの大声が、ラウンジ全体に響いた。

「ンぐ…ややや!すみませんおとなしくします!

でもレイさん!それってありえなくないですか?!私の事からかってません?」

途中から小声になるハルナ。

「でもね、あの堀辺創?そこにすっごいこだわってるらしいのよ。

やっぱ思考がアメリカ人っていうのかな?あり得ないような事言ってきても、不思議はないでしょ?」

「やあ、でもー、無茶苦茶ですよね?だって原因が原因だし、それにあの2人はミーコの・・」

「なになに何の話ですか?」

ハルナとレイは後ろを振り向いた。

そこにミーコがいた!

「ミーコ!!」

「なんですか?」

「いつからそこにいた?!」

「うーん、思考がアメリカ人…?で、私がなんなんですか?」

「うん・・・」

「だからね・・・」

二人とも言いにくそうだ。

「なんですか!内緒にしないでくださいよ!」

ハルナとレイが顔を見合わせて頷きあった。

「うん、あのね」

レイはミーコに耳打ちし、ハルナに話したことと同じ内容を伝えた。すると…。

「えええええええーーーー!!!!俊をーーーー!!!プチテレビに!!!???」

 今度はミーコの声がラウンジ全体に響き渡った。

 

そしてその頃、社長を退任しサイパーを去った紀村俊は、スターバックスで働いていた。

 

-29話につづく-