PM7:00に2PMの事を考える

クリームソーダ的宇宙

アナウンサー!春物語 第26話 

2013-10-22 12:00:00 | アナ春

湾岸、プチテレビ。

大会議室。

ここで今から堀辺創の会見が行われる。

 

”ホワイトナイト!白馬の騎士!”

急な告知にも関わらず、テレビ・新聞・ネットニュース・・・ありとあらゆるマスコミ各社がプチテレビに集まってきた。

ホワイトナイトに名乗りを挙げたのは、

予想だにしなかったアメリカの投資会社の、しかも噂によると若きイケメン経営者。

それはドラマティックなこの騒動のクライマックスにふさわしい出来事だ。

会場に堀辺が入ってきた。

記者たちがざわつきフラッシュが一斉にたかれる。

”顔が小さいな”

”イケメンだな”

堀辺創は慣れた様子で席につくと、マイクに向かい第一声を放った。

『こんにちは、堀辺創です。

私が代表を務めるJYファンドは、さきほどプチテレビ上層部との話し合いを終えました。

正式にホワイトナイトとしてサイパー.comがプチテレビに対し行っている

敵対的TOBを回避する手助けをいたします。』

 

この様子はもちろん、PNS(プチ・ネットワーク・システム)を通じ28局のローカル局を繋いで全国に生中継されている。

進行の張本右太郎。

「では質問にはいります。質問のある方、挙手でお願いします。」

 

 

記者からは様々な質問が浴びせられる。

”具体的な投資金額や資金援助について”

”経営にどう関わるスタンスなのか”

”サイパーの紀村とは接触したのか”

−−−質問は延々と続き、なかには不躾な質問もあったが、堀辺はその都度、言葉を選び、誠実に丁寧に答える。

 

「…えー、では時間も少なくなってきましたので次を最後の質問とさせていただきます。

じゃあ…ええーーとーーー後ろの方の、蝶ネクタイのかた、どうぞ」

「はい、東経新聞の城之内といいます。」

「堀辺さん?あなたはJYファンドをプチテレビの為にわざわざ立ち上げたましたね?その理由をおきかせください。

そしてもう一つ、あなたと紀村社長、そして玉澤社長は旧知の仲ですよね?プチを救うのには何か裏があるのでは?」

城之内の発言に会場内がざわついた。

堀辺創が、両社の社長と旧知の仲———?

彼の表情が一瞬変化したように見えた。しかしすぐに冷静を取り戻しマイクに向かう。

「城之内さん。おっしゃる通り、私はプチテレビを救うためにJYファンドを作りました。

JYグループはご存じの通り幅広い分野でビジネス展開していますが、これまで金融部門、と

りわけファンドには触手をのばしていませんでしたから、あなたが疑問に思われるのもわかります。

しかし僕は見ての通り僕は日系人ですから?ハハハ。日本の情報は常にチェックしていますよ?

この騒動にも以前から注目していましたし、プチテレビに何の縁もないというわけではありません。

特に張本さんのニュース22は良くチェックしていますしね?」

右太郎の方を見て微笑む。

 

 

堀辺は続ける。

「二つ目の質問ですが…僕が誰と面識があるか?具体的な事はプライベートなので話せません。

しかし、ひとつだけ言わせてください。

・・・私はいつでも困っている人を助ける人間でありたいと思っています」

なんて美しい回答。

しかし城之内にとっても、会場にいるマスコミ全体にとっても、こんな回答は肩すかしだ。

「それはーー」

城之内は質問を重ねようと立ち上がる。

しかし、

”張本、ここで〆ろ!!!”という無言の圧力が、

会見に立ち会っている吉田常務から進行役の右太郎に目で訴えられた。

プチテレビは堀辺の機嫌を損ねるわけにはいかない。

吉田の目つきに右太郎は速攻で会見を終わらせた。

「こここで会見を終わります。以上です」

記者からはブーイングが起こり、城之内は吉田に誘導されながら会場を出る堀辺に質問を投げつづける。

「堀辺さん!二つ目の質問の答えになっていませんよ?!

玉澤社長とはどういう話をされたんですか?なにか秘密裏に進んでるんですか!釈然としません!

あなたと紀村社長は——!」

しかし彼の声はむなしく空に放たれただけで行先はない。

「まあ仕方ないさ。個人情報だっていわれちゃあな?」

となりの記者が城之内の肩に手を置きなぐさめた。

(すっきりしないな…)

謎は多く残っているが多額の資金提供をしてプチを救おうという堀辺に

これ以上なんの疑問を問いかけることができようか。

 

/////

その頃。渋谷のサイパー.com本社前。

多数のマスコミが押し掛けている。

 

社長・紀村のコメントを求めてだ。

記者、カメラマン、その他軽く3,40人は集まっているだろうか。

公式取材にサイパーが対応する気配はなく社屋から紀村が出てくるチャンスを待つしかない。

 

伊藤純保はロケからそのままディレクターとカメラマンに合流し3人態勢で待機していた。

「伊藤君さ、紀村社長と仲良ったよね?どうにか話せない?」

ディレクターが軽口をたたく。

「無理すよ…仲いいったって、玉澤社長と一緒にカラオケしただけですもん…うっ」

「どうした?」

「いや、この前やってたスイカロケでちょっと食べすぎまして…」

(※一分間にスイカ何個割れるかな?からの二分間にスイカ何切れ食べられるかな?)

 

「そうかあ。スイカはむくみにいいんだぞ?にしても…まったく、コメントのひとつでもくれりゃあなあ?」

その時ディレクターのケータイがなった。なにか動きが有ったのだろうか?

「おい伊藤君、プチでホワイトナイトの会見が始まるぞ!」

この時ばかりはそこにいるすべてのマスコミすべてがワンセグに見入った。

 

 

「よし!これでプチは買収を免れたな。ますます紀村社長のコメントがほしいよ」

ディレクターの声は明るい、自分の勤め先が危機を乗り越えたわけだから、あとは紀村のコメントをとり視聴率をあげたい。

それが彼の仕事だ。

 

純保は多くを語らない。

 

それはー。

自分がこの一連の出来事のすべてではないにせよ、発端の一角である・・・という自覚があるからだ。

バタフライエフェクトだと思う。

”蝶のささいな羽ばたきが、そこから離れた場所の未来に想いもよらぬ影響を及ぼすこと——。”

人生とはそんなささいなことの積み重ねで、ほかの知らない誰かを幸にも不幸にもしてしまうのだろうか。

自分の意志とは関係なくー。

自分の羽ばたきが影響するなら、できれば良い影響を及ぼしたい。

そんなことは夢想でしかないのだろうか?

その時、記者の1人が大きな声をあげた。

「おい!だれか出てきたぞ!」

サイパーの玄関からぞろぞろと男たちが出てくるところだった。

「誰だ?!あれ?!」

「なんだなんだ?!」

群れをなす男たち―――。

「ディレクター、見た事ありますね?特に真ん中の…眼光の鋭い男」

「ああ伊藤君、あれは紀村と学生時代から一蓮托生でサイパーを作ってきた初期メンバーだ・・・

今はたしか自分で会社を作り、サイパーとは顧問という形で関係しているはずだ!」

「そんな人が、なぜ?」

記者たちはいっせいに彼らにカメラを向けた。

眼光の鋭い男が話し出す。

「えー、たった今サイパー.comで臨時株主総会が開かれました。

満場一致で紀村俊は社長を退任することになりましたのでここにお知らせします。

そしてサイパー.comはプチテレビへのTOBから一切手を引きます」

ざわ・・・

「どういう事ですか?紀村社長の退任はホワイトナイトが現れた事を受けてからの決定でしょうか?

それとも以前から用意してきたことですか?」

「サイパー、イコール紀村俊ですよね?

サイパーのIT関連のシステム構築はほぼすべて紀村社長のアイデアだと思いますが

その権利についてはどうなるんですか?」

いくつもの質問が矢継ぎ早に飛び交う。

 

眼光の鋭い男は冷静に答えはじめる。

「もちろん、いくつかの権利については紀村個人のものです。

ただサイパーとして作ってきたシステムについては——

たとえば日本版FaceBookといわれるNoLoBookなどですが、

サイパーの財産として登録されていますので今後は権利とともにサイパーが運営していきます」

NoLoBook の権利は会社のものに・・・

利益は全て会社のものになり、紀村の個人資産にはならない。

「紀村社長には、それなりの報酬は与えられるんでしょうか?」

純保の質問だ。

「え?…もちろんです、もちろんですよ、ははは、さあ、あとはまた後日!さあ退いてください。さあ!」

眼光の鋭い男はマスコミを押し分け、到着した黒塗りのベンツに乗り去った。

一同、茫然としていた。

「…おい伊藤君、中継しめて?」

「あ…はい…」

純保はマイク片手にカメラに向かった。

「えー、サイパー.comで臨時株主総会が行われ紀村俊社長が退任したということです。

繰り返します・・・・・・・」

「紀村俊氏は社長を退任、プチテレビのTOBに・・・」

(俺は———)

複雑な感情をおさえ事実を国民に伝える。

それが自分の仕事だから。

「繰り返します。サイパー.comの紀村俊が、さきほどの臨時株主総会で社長を退任しました。

ホワイトナイトの出現と同時のこの事態ですが、どのような経緯か現在取材中です。

新しい社長はいままで別会社を経営し、サイパーの外部顧問だったヤ———————」

(紀村社長は身ぐるみはがされたのかもしれない・・・

俺が…俺があんな写真さえとられなきゃ・・・)

純保の後悔を置き去りに中継はそのまま続いていった。

 

/////////////////////////

ホワイトナイト会見後のプチテレビ社長室。

 

玉澤、黄桜、そして堀辺が引き続き話し合いをしている。

「堀辺さん、こんな好条件で、なぜ?」

JYファンドからの書類をあらためて見返しながら玉澤が堀辺に訊ねた。

読み終えた書類はとなりの賛成へと渡ってゆき、賛成も目を通しながら思う。

(ふむ、プチにとってはありがたすぎる条件だ。

経営参画を狙っていた八頭ノ小路の条件とも全く違う——

これで堀辺はいいのか?ただビジネスをわかっていないだけか?)

 

賛成は書類を読み終えると顔をあげ堀辺を見た。

(この男にはひょっとして見えている優しげな顔とは全く違う裏の顔があるのかな?

こんな好条件に乗ってしまってホントにいいんだろうか・・?)

裏の顔。

そんな穿った見方をしてしまうくらい、プチにとっては好条件の援助なのだ。

 (いや、そんな風にはみえないな。まるで天使だ…白馬の騎士以外のなにものでもない…)

 

ビジネスとして損もしないが得もしない、それでいいのか?

賛成は知らぬ間にいぶかしげに堀辺を見ていたようでそれが堀辺にも伝わった。

「黄桜副社長、裏などありませんよ?」

気持ちをみすかした堀辺はソファから立ち上がり窓辺に立った。

社長室から空をーいや、どこか遠くを見ている。

「あなたがたの言いたい事はわかります。僕の提案では資本主義経済の根本がそもそもなりたちませんからね?フフフ」

「ええ、これじゃまるで寄付ですよ?」

寄付という玉澤の発言に賛成はユニセフの写真を思い出した。

「いえ、玉澤社長。寄付ではありません。長期的な投資です。」

そういわれた玉澤は決意した。信じよう、それしか道はない。

「・・・わかりました、この条件、プチとしては何の不都合もありません。

よろしくお願いします。ただ・・・」

「ただ?」

「どうでしょう?これを機にJYグループと我がプチで新事業を組んでみませんか?僕はあなたとビジネスをしてみたいな?」

玉澤は自分とは全く違うタイプのこの男に興味を持ちはじめていた。

そしていずれは真意を探ってみたい。

「うむ…」

堀辺が思案する。

「事業。いいと思います。僕は日本のショービジネスの世界に興味が有ります。

ただ玉澤社長、ひとつだけ条件を出しても?」

「なんでしょう?なんなりと」

堀辺は玉澤と賛成の顔を交互に見つめた。

「それは————」

 

 

堀辺の出した条件に玉澤と賛成は唖然とした。

 

 

//////////////

渋谷、サイパー.com社長室。

 

外はもう暗いというのに部屋の灯りはついていない。

紀村俊は暗い部屋にひとりぽつんと座っていた。

東京の夜は鈍く光る。

開きっぱなしのブラインドの隙間から、渋谷の、都市の、鈍い光りが部屋に射しこんでいた。

 

 

彼はもう社長ではない。

いま俊の心は落ち着いていた。

なぜだろう、こうなることが分かっていたのか?

誰かが止めてくれる事を期待していたのか?

 

サイパーを学生時代に起業したころからの仲間の手によって彼は社長から退任させられた。

しかし仲間とて、俊を憎んで社長の座から引きずり降ろしたわけではない。

会社をつぶす訳にはいかない。

そのための判断が冷静に下されただけだ。

 

ぽつねんと座る俊の足下にオードリーが寄ってきた。

俊を見上げている。

(…この部屋、早く出ないとな)

自宅は他にあるが、この社長室でほとんどの時間を過ごしてきた。

だからここが彼の世界の全てだった。

 

会社の前に集まっていたマスコミはもう諦めて帰ったようだ。

俊は立ち上がると部屋の灯りをつけ、私物を整理し始める。

しかしふと思う。

PCも洋服も、さして重要なものではない。

惜しいのは音楽の機材だが、それも今、どうする気力もなかった。

本当に大切なものはそこには何も無いのだ。

 

彼は結局何も持たずにオードリーだけを抱えると部屋の灯りを消した。

部屋を出る時一度だけ振り返りじっくりと部屋を見渡した。

その目はいま何を見ているのだろう。

新しいITのシステムを思いついて仲間と抱き合ったあの日?

オードリーがパンダのぬいぐるみと遊んでいたあの日?

ミーコがソファに座ったあの日?

彼がここにくることは、もうきっと、ない。

 

会社の受付にはもう誰もいなかった。

残業している社員たちは作業に没頭し紀村には気が付く様子はない。

--NoLoBook、Panstagram、Jtunes。

(みんな、あとは頼んだよ)

つくりあげてきた様々なものが今、俊の手から離れていった。

 ・

玄関を出ると・・・

「紀村社長!」

玄関横のちょっとした植え込みスペースにひっそりとプチテレビの伊藤純保がいた。

「君か。…みんなもう帰ったんだろ?しつこいな?ハハ…」

わざとそんな風に言って笑う。

「伊藤くん、一人か?」

「はい。紀村社長、あの・・・そもそも僕の写真がキッカケなんです。だから」

「俺はもう社長じゃないぞ?」

「あ・・・」

すみません。

風が冷たい、もう夏は終わったのだ。

「だれが原因なのか?そんなことはもうどうでもいいんだよ。ホントだぜ?

なぜかすごくスッキリしてるんだ。だから泣くな。」

いつの間にか流れていた純保の頬に流れる涙を、紀村がぬぐった。

「ねえ伊藤くんさ、きみの夢ってなんだ?」

「夢、ですか?…えと・・・アナウンサー、ですね」

「へえ」

紀村の顔に笑みがこぼれた。

「夢をかなえてるんだな。俺はね、サイパーが夢ってわけじゃなかった。

必要にせまられて大学生の時にこの会社を作って、突っ走ってたら結構おっきな会社になっててさ?

——毎日楽しかったな。新しい社会の仕組みを作ってるんだっていう高揚感があったんだよ。

でも気がつけばそんな高揚感もう何年も感じてなかったな…」

「紀村さん…」

「もっかい夢でも見てみるよ。どうせ時間はあるんだ。」

「はあ」

「君とはもう会う事はないだろう、…もっと仲良くなれたかもしれないな?」

俊はそう言って純保に背を向けると坂を下っていってしまった。

純保はその背中が見えなくなるまで見送った。

 

 

////////

BAR LEGEND

玉澤。

 

久しぶりの来店だ。

「玉さん、いつもの?」

気のいいマスターがスコッチの瓶を傾け、玉澤が目でそうだ、と答える。

「お連れ様は、何になさいます?」

「それじゃあ、赤ワインをください…」

玉澤の隣にミーコがいる。

透明なワイングラスに深い赤が注がれた。

 

「大変、だったでしょ?」

「ああ、やっと一段落だ」

買収は回避され、今日は玉澤以下、プチの上層部にとって何週間かぶりの安堵感を感じた記念すべき日だ。

「ミー、まだまだ交渉が続くからしばらくは忙しいけど冬に入る前には落ち着くと思う。

そうしたらどこかへ遊びにいこう?どこがいい?」

「…ん…」

ミーコにはずっと考えている事がある。

そして答えは出ていた。

それを伝えなければならない。

しかしなかなか口に出せないまま目の前のグラスのワインを見つめている。

「紀村君は社長を退任したよ」

玉澤がスコッチをあおる。

「・・・あいまいさは罪だよ?」

ミーコが目線をあげ玉澤をみると、その黒く強いまなざしが真っ直ぐに自分を見つめていた。

その目は哀しみに縁どられていた。

「玉澤さん…ごめんなさい…」

フゥ

玉澤の大きなため息がスコッチの香りとともにはき出される。

このままどこにも進めない事は玉澤にもとっくにわかっていたから。それでも考えたくなかった。

「俊の力になりたいんです」

玉澤は無言だ。

「いいですか?私・・・俊の所へ行っても、いいですか・・・・」

ミーコの目から一筋の涙がおちた。

玉澤はグラスに残っているスコッチを一気にあおった。

「…ああ、行け…!」

「・・・ありがとう!玉澤さん、ありがとう…!」

ミーコが席をたつ。

その瞬間玉澤は反射的にミーコの手を掴む。

ミーコを胸に寄せ抱きしめる。

「玉澤さ、、ホントにごめんなさい…」

腕のなかのミーコは涙で震え、それ以上の言葉はでない。

髪をなでる。この子が愛おしい。手放したくない。だけど…。

「ミー、君が・・・・・好きだった・・・・。ほんとに・・・愛してた・・・」

そうして10秒ほどだろうか、

玉澤は抱きしめたその腕を緩め、ミーコを解放した。

 ・

ミーコがBARから出てゆくと、残された玉澤は目の前に残されたミーコのワイングラスを見つめた。

マスターが気を遣い玉澤のスコッチを注ごうとする。

「いや、今日はやめとくよ…?」

マスターは無言で頷く。

口を付けなかったミーコのワイン。

あの日ミーコのドレスに散った赤い液体。

ふたりが始まったその時の色。

深い深い、紅。

それを見つめながら玉澤は思う。

――欲しいものは君だけ。なりたいのは君のオンリ—ワン。

「僕のオンリーワン…」

ワイングラスのワインは満たされたままもう減ることはない。

 

///////////////

レイのマンション。

賛成が来ていた。

 

食卓に座りDURALEXのグラスに注がれた赤ワインを二人で飲む。

ホワイトナイトが現れ一息ついたお祝いだ。

特に賛成にとっては、TOBと共に併発した八頭ノ小路縁組の一件から完全に解放された記念すべき日と言えるだろう。

レイは明日から出社するという。

「ワイングラスも買わないとね?」

「これで充分よ?」

「そう?」

賛成は立ち上がり、リビングの隅にある机の上から婚約指輪を持ってきた。

そしてレイの手からグラスを取り、左手をとると薬指に指輪をはめる。

「レイ、結婚しよう。1日も早く」

「賛成、それなんだけど…やっぱりお義母様が許してくれるまで、結婚するのはよさない?」

「母さんの事を気にする事はないんだよ?買収の心配はないし、君は今日だって…母さんにひどいこと言われたんだろう?」

良子に”お義母様と呼ぶな”、と言われ、黄桜家を出た瞬間まで、レイはどう反対されようと賛成と結婚しようと思っていた。

しかし…

「このまま結婚してしまうのは違う気がしてるの。」

賛成は浮かない表情だ。レイはそれに気が付き弁明する。

「賛成?私、もういなくならないよ?絶対に」

レイは賛成の手を握った。

「じゃあ半年。もし半年待っても母さんが変わらなければ、僕らは籍をいれ式を挙げよう?指輪は絶対に外さないで?」

「うん…」

「うんって言ったね?言ったよね?」

賛成はレイを椅子から立ち上がらせ腰に手を回し抱き寄せる。

抱き寄せられると同時に唇を重ねられ、その柔らかさにお互い目を閉じて陶酔する。

再会した夜は会えた事だけで胸がいっぱいになりすぐに眠ってしまった。

こんなふうに長く甘い口づけをかわすのは久しぶりだ。

賛成の唇がなかなか離れようとせず二人はしばらく立ったまま、重なり合っていた。

二人は唇を離しても至近距離で見つめ合ったまま、やがて、レイは自分の両足を賛成の両足に乗せた。

賛成の足に乗ったレイは自分の体を預けた形になり、そのまま賛成に抱えられるとベッドまで運ばれふたりは倒れ込んだ。

ベッドでは賛成の上にレイが乗る形になっている。

レイは賛成の大きな体に体を預けうつ伏せていた。賛成の香りがしてその体の温かさと鼓動の音に安心する。

やがて賛成の手は、レイのニットの裾から背中に入り、手を這わせはじめる。

「賛成・・・ろくに寝てないんでしょ・・・?今日は・・・」

「レイ」

言うやいなやベッドの上で体制を変えられ、レイの上に賛成が覆いかぶさった。

「なに言ってもムダだよ?今日はレイを抱きに来た」

――さあ、目を閉じて数を数えてごらん?

―――one,two,three,four・・・

(ここからBGM:All night longでお願いします)

 

・・・・・

ミーコはBARを出た足でサイパーへ向かう。

そこに俊はいない。

電話を鳴らしてもでない。

応答はない。

ミーコは深い深い喪失感に襲われ、ただただその場に立ちすくむ。

 

・・・・・

純保とハルナは手をつなぎ恵比寿を歩く。

純保の引っ越し先のガーデンプレイスへ向かっているのだ。

すこしだけ元気のない様子の純保にハルナは気が付かないふりをしている。

何も言われたくない日もある。

だから今日はゆっくり癒してあげよう。

 

・・・・・

右太郎はニュース22--いつもより終了後のミーティングが長かった――をやっと終え帰宅している。

久しぶりにサヤ子の品川のマンションだ。

成田では結局バタバタしていたからゆっくり話そう。

買っておいたキルフェボンのタルトとシャンパンを持ちサヤ子のもとへ勇み足だ。

 

・・・・・・

玉澤はBARを出てふらふらと歩き

吉田常務は銀座のクラブで祝杯。

ニューヨークのシュウコはプチのニュースに目覚めのコーヒーも美味。 

 

 

そう。

それぞれの夜。

幸せなもの、寂しいもの、ふたり、ひとり。

ALL NIGHT LONG・・・

 

 

 

 ・・・

堀辺創の泊まるホテルの部屋のチャイムが鳴った。

ドアを開けると…

「ああ、ジョージ、着いたのか」

「ハイ。持ってきました、レイノモノ…」

堀辺はジョージから包みを受け取る。

「そうだな、伊藤くんに全てを明かす日が来たようだ…」 

 

 

 

-27話につづく-