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クリームソーダ的宇宙

アナウンサー!春物語 第25話 前編

2013-10-07 14:00:00 | アナ春

コンラッド潮留、スイートルーム。

 陽射しがまぶしい。

大きなベッドの上質なシーツの上をすべるようにして男が起き上がった。

堀辺創(ほりべ・つくる)。30歳。独身。

 

 

軽くシャワーを浴びるとルームサービスで最高級のコーヒーと朝食を頼んだ。

そしてニューヨークの自宅へ電話をかける。

 

「もしもし、こんな時間にすみません、まだ起きていましたか?総帥」

『ああ、創か。電話を待っていたよ。そっちは朝か?』

創は養父の事を仕事の場では総帥(そうすい)と呼んでいた。

「はい、いい天気です。これから社長と会います」

『そうか、くれぐれも頼むよ。…う、ゴホ、ゴホ」

電話の奥で咳き込む音が聞こえる。

「大丈夫ですか?!薬はきちんと飲んでます?ジョージに頼んだんだけど..」

『飲んどるよ、が、ジョージはさっきそっちにやった。

なにかと役に立つヤツだ、わしは大丈夫だから、お前が使いなさい。」

ジョージ、とは、総帥と創が使っている運転手だ。

スパイ活動もさせている。

「ジョージを日本に?!1人でどうするんです?あなたの体のほうが心配です!」

創は声を荒げる。

『なに、咳には慣れとる・・・1人にも慣れとる…』

そういう総帥の受話器越しに、もの哀しいピアノの調べが聞こえてきた。

「ああ、また聴いているんですね?”亡き王女のためのパヴァーヌ”…。」

この曲を聴くと総帥は必ず泣くのだ。

創はとても心配になる、泣くと体力を消耗する。

「ほどほどにしないと体にさわりますよ?」

『創よ、悲しくてたまらないときは泣いてしまうのも良いだろう・・・」

「ええ、でも泣いてばかりでは、治るものも治りません。病は気からと医者にいつも言われてるでしょ?」

「ああ、ああ。そうじゃな。とにかく大丈夫だから。そっちをくれぐれも頼むよ?」

「それは任せてください。総帥・・・、父さん、愛しています。またかけますね?」

創は電話を切った。

“亡き王女のためのパヴァーヌ”

また聞いている。あの古いレコードをひっぱり出してきて。

それは昔、父がデビューさせようとしていたピアニストの演奏をテスト録音したレコードだった。

創が父の養子になってから幾度となく聴いてきた曲。

いまでは創も弾けるようになった。

聴きながら父は哀しみに暮れ泣く。

 

このレコードを聴きながら涙を流す事は父の懺悔なのだ。

 

人は時に、過去を振り返らなければ生きる力さえ失ってしまう事がある。

本当の絶望とはそういうものだ。

創は5歳で父に引き取られた。

成長するにつれ、自分が父に引き取られたわけと、

”亡き王女のためのパヴァーヌ”を弾く演奏者が誰なのかを知った。

知ると同時に、創もまたそのピアノの演奏に幼いころの記憶を呼び覚ました。

実の父と母に手を繋がれていた事。

哀しい事故。

少年になった創は決意した。

引き取って育ててくれた父へ、出来る限りの恩返しをしよう。

一番の使命は、父の懺悔の気持ちを少しでも軽くしてあげる事。

創はその為にいま東京にいる。

「父さん、ぼくが守るからね?」

決意を胸に、創はコーヒーを飲みきり、シャワーを浴びにいった。

 

 

//////

プチテレビ近くのスタバ

 

賛成は店に着くとPCを拡げ資料を読むJを見つけた。

「J、おはよ!」

「朝からゴキゲンだな?」

Jは資料を読むのをやめ、賛成を席に座らせた。

「昨日接触できたよ、ホワイトナイトはJYのオーナーの養子だったんだ」

「JY?!巨大企業じゃないか!」

驚く賛成。

「ああ、日系アメリカ人、名前は堀辺創。なにか接点があるのか?」

ホリベツクル?

「いや、何も思い浮かばないな」

ちょっとまって、と賛成はコーヒーを買いにゆく。

Jに二杯目を差し出し自分も飲んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Jが続ける。

「投資会社は堀辺創、それからJYのオーナーである彼の父親のポケットマネーで作った会社だ。

つまりJYが企業戦略的にプチを助けようとか目論んでというより個人的な理由で投資しようとしている。

そうとしか思えない。」

「個人的投資?」

「ああ」

Jがコーヒーを飲む。

「J、どう思う?堀辺は本当にうちの味方だと思うか?」

「うん、それなんだがな。これを見てくれ」

PCの画面を賛成に向けた。

ユニセフ関連の画像が表示されていて、セレブの写真がならんでいる、アンジェリーナジョリー、デイビッドベッカム、黒柳テツコ…

「これがなんだ?」

「堀辺は十代の頃からユニセフのボランティアに熱心に参加していてね。

この写真は10年以上前アフリカへ行った時の写真なんだが…」

賛成はたくさんの写真をじっくりとみる。

有名人にまざってカヌーにのる、見たことのない男。

「これが堀辺創?」

 

 

 

 

「ああそうだ。でな?この写真なにか気がつかないか?」

ひとつの写真を拡大した。

それは

「たた玉澤さん?!」

「俺も驚いたよ。で、調べてみたら玉澤社長は12年前”クイズ世界はショーバイ!ショーバイ!”の取材でアフリカへ行ってたんだ。

しかもユニセフのボランティアの取材で!」

「じゃ、じゃあ玉さんは堀辺と接点が?」

「うん、それに、よく考えたらさ、、、この人、、、」

Jが黒柳テツコの写真を指差す。

「ああ?黒柳テツコがなに?」

「おいおい、賛成しらばっくれんな?玉澤さんは彼女の男だったって話あっただろ?」

ああ、そういえば昔そんなネタも。

「ややや、あれは面白おかしく書かれただけっしょ?それはどうかなー?さすがにー」

いや、玉さんならありうるかもしれない、ふと賛成は思った。

「テツコさんはユニセフの親善大使だから毎年ボランティアにくる堀辺と顔を合わせていた確率は高い。

俺は玉澤社長と堀辺は知り合いだと思ってるよ?」

「うーん、ってことは玉さんを助けようとホワイトナイトに?」

それならば味方か。

「いや、それがなあ。これ見てくれ」

Jが次の写真を見せる。

 

「デイビッド・ベッカムがなに?」

「うん…」

「彼の豪邸、ベッキンガム宮殿を日本人が購入する直前だったのは知ってる?」

「ああ、夏前に報道が出てたよね?」

「その日本人は紀村俊だ。もっと言えばベッカムと紀村は親友だ」

賛成は絶句した。

紀村とベッカム。

なにゆえ…。

サッカーボールがパンダ?

※お忘れかもしれないが、サイパー.comの企業マークはパンダだ。(第3話参照)

「つまり堀辺は紀村俊ともベッカムを通じて知り合いだと?」

「その確率は高いと思う。セレブってのは案外世界が狭いもんなんだ。

あ、セレブのお前に言うのも変な話だよな、ハハ。

だからお前も堀辺を知ってるもんだと思ってたんだが…。

なあ、プチへは堀辺から連絡はないのか?」

「ないな。とにかく俺は玉さんに聞いてみるよ」

賛成は急いでプチテレビに向かう。

 

 /////

プチ社長室

 

「堀辺創?知らないな?」

と、玉澤。

「その男がうちのホワイトナイトに名乗りを上げる寸前なんですが、ほんとに知りませんか?

ユニセフの番組で玉さんと同時期にアフリカでボランティアスタッフとして参加しています、あと」

「あと?」

賛成は黒柳テツコの事を言おうとしたが寸前でとどまった。

堀辺の写真はJからのメール待ちだ。

顔が良く見えるものがなかなかないと言っていた。

玉澤は苦渋の表情を浮かべている。

「まてよ?ホリベ・・・ホ・・Mr.H?」

玉澤はニューヨークのシュウコから来たメールを読み返した。

たしかにMr.Hと書いてある。

「玉さん、なにか?」

シュウコいわく、30才前後の九頭身。プチの内部情報をやたら知っている謎の男。

こいつのことなのか?

「なあ賛成、そいつの写真あるか?」

「いま来ました、これ!」

賛成がケイタイを玉澤に見せた。

「うん・・・ちょっと…わかんないなあ」

堀辺。アフリカ。クイズ世界はショーバイショーバイ。

見たような、ないような。

玉澤はニューヨークのシュウコに写真を転送し、すぐに電話をする。

『もしもし?』

シュウコの眠そうな声、あっちは夜だ。

「シュウコか?おい、いま送ったメール、写真をすぐ確認してくれ」

『ちょっと、こっち何時だと・・・』

「急ぎだ、早く!!」

はいはい、といいながら受話器越しのシュウコがメールを開いている。

「どうだ?この男に見覚えはあるか?」

『ちょっと待って....今受信してる。...来たわ。写真…。

あら、これ、これMr.Hよ?』

※J、執念の堀辺、大学卒アル画像、ゲット

 

やっぱり!

「どんな話をした?あの後会ったのか?」

『愛ちゃんがいた孤児院に行った帰り偶然会ったわね。

3歳の時両親を亡くして養子に出るまでそこにいたって」

「他には?プチの事とか?」

『うーん。すぐにお付きの変な外人が来ちゃったからなぁ。あ!伊藤は元気かって。

なんだか伊藤の事を凄く気にしていたわ。伊藤が全ての始まりだとか、僕はプチの味方だ、とか?』

「変な外人?」

『ええ、ジョージとかいう運転手。あのやり口はただの運転手じゃないわね。

用心棒とかスパイとか、そんな感じ。ねえ、彼がどうかした?』

「いや、何か思い出したら連絡して?じゃ!」

玉澤は一方的に電話を切った。

胸騒ぎがする。

「賛成、こいつはシュウコに接触していた男だ。うちの事をやたらと知っているらしい。

おまえ張本に外人がどうのって話、されてたよな?」

「ええ、湾岸合衆国の時、変な外人から株の件で警告をうけたと。それが?」

「Mr.H、いや、堀辺にはジョージっていう変な外人が用心棒みたいに付いてる。間違いないな、その外人が張本に接触したやつだ。

堀辺はサイパーがうちに買収をしかけることを、かなり前段階から知っていたんだ!」

「な…?!」

その時ドアがノックされ、秘書が入ってきた。

「社長、副社長、御電話です。」

「だれから?」

「堀辺創さんという方です。」

きたっ。

 

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成田空港第二ターミナル

 

サヤ子を追った右太郎は息を切らしながらやっと成田に到着した。

(いやだ、いやだ、いやだ。絶対にだめ!!)

なぜ今まで放置してしまったんだろう。

右太郎は悔やんだ。

「どこだよ!モナコ行の搭乗口!!」

掲示板を見上げる。

「どこ?!」

「どこーーーーーー?!」

その時。

”モナコ行きの最終案内を締め切りました”

成田空港第二ターミナルに、そのアナウンスが無情にも響き渡った。

「さささ、サヤちゃーーーーーーん!!!!」

俺がわるい。

怖くて、自信も無くて、聞かなかったんだ。

龍ヶ崎とモナコに行くの?

龍ヶ崎をまだ愛しているの?

怖くて怖くて。

バカだ。俺はバカだ。

逃げずに真っ向からぶつかればよかったのに。

どんな返事でも、サヤ子にもう一歩近付けたのに。

「おれ、バカだな…」

つぶやき、大きなため息をついた。

すると、誰かが後ろから右太郎の肩を叩く。

ふりかえるとそこには

「サヤちゃん?え?」

サヤ子がいた。

「なにやってんの?」

「なにって、サヤちゃんモナコ行ったんじゃないの?!」

「モナコ?」

「龍ヶ崎と・・航空券・・」

航空券を持っていたではないか。お気に入りのジャケットのポケットにしまって。

「ああ、なに、見たの?航空券」

「偶然…。ねえ、モナコ、行くの?」

真剣な目でサヤ子を見つめる。

「行かないで、ぼくのそばにいてくれないかな?」

右太郎、精一杯の勇気を振り絞って出した一言だった。

「最初からいくつもりなんてないわよ?」

「えじゃあなんで成田に…」

「膝!…あなたの膝、治せそうな医者がみつかったの。

今日トランジットで成田にいるから待ち時間にカルテ見てくれるって言われたの!」

「膝?俺の膝を頼みに、わざわざ?」

「まぁね…」

サヤ子は照れくさそうだった。

「だってモナコは?航空券持ってたじゃない?」

「スーパードクターを紹介してくれって先生に頼んだのよ。

その時モナコに誘われたの。チケットは勝手に送られてきた。でも断った。」

先生とは龍ヶ崎のことだ。

右太郎は自分の早合点だったこととサヤ子が断ったことに安心し、更に反省をする。

俺がふがいないばっかりに。

「ごめんね俺ってほんと…」

もっとしっかりしなきゃ、だめだ。

右太郎はサヤ子を抱きしめる。

「なんで何にも言わないのよ…ほんとバカ!バカうた!」

背中にまわした手で軽く右太郎の背中を叩きながらサヤ子がなじった。

「手術なんて諦めてたよ。言ってくればよかったのに、どうして内緒にしてた?」

「それは」

「うん?」

「もし…結果がダメだったら、ショックが大きいでしょ?その気にさせてガッカリさせたくなくって…」

「・・・・・・サヤちゃんって!」

なんて素敵なの!!

「好きだよ!」

「う、うたぁ!苦しいよ!」

右太郎がさらに強く、きつく、サヤ子を抱きしめたのだった。

 

 

-第25話後編につづく‐