プチテレビ社食。
"アナウンサー1日体験”の、合間の休憩時間。
純保と右太郎は2人でランチをとっていた。
プチテレビの夏のお祭り”湾岸合衆国”は中盤に入りますます盛況だ。
オープニングの打ち上げで、社長の玉澤と、サイパーの紀村が起こした騒動の一部始終は
外に漏れないよう箝口令が敷かれた。
しかし人の口に戸はたてられない。社内中が知るところとなっていた。
そんなわけで、湾岸合衆国の盛況ぶりとはうらはらに、プチ内部のムードはやや重い。
事業部では先んじて、紀村が招へいしたアーティストが出演拒否をした場合の対策を練っていたが、
彼らは意外にもそのまま”おやすみライブ”に出演してくれている。
紀村俊はあれ以降沈黙している。
それが逆に、怖い。
「おい、どうしたんだ?箸が進んでないぞ?」
純保が右太郎に話しかけた。
右太郎はかけうどんを頼んでいたが、麺を1,2本すすっただけで箸が進まず、麺は出汁を吸って伸びきっていた。
「食べ物を粗末にしちゃ、だめだぞ?」うどんをみつめる純保。
「なんか、食欲がないんですよ」
「どうした右太郎?この後、俺もお前もアナウンサー体験、残り5人分だぞ?大丈夫なのか?」
「はあ…」
右太郎は病院から帰ってからずっとサヤ子の事を考えていた。
綺麗な女は多い、かわいい女たちも。
ピュアなまなざしで見つめてくる女たちはたくさんいたけど、
僕をこんなに何もできないようにするセクシーな感じは初めてだ。
ふいのキスのしわざ?
ずっとサヤ子の事が頭から離れない。
ぐるぐるぐるぐる回る、君は僕を狂わせる女医・・・
ぐるぐるぐるぐる回る、君は僕を狂わせる女医・・・
リフレイン。
「・・・伊藤さんは、好きな子には自分から行くタイプですか?」
「ぐ」
「なんだよいきなり…」
ランチがわりのひよこ饅頭をつまみながら純保が恥ずかしそうに答える。
「いや、俺は、自分から好きになったこと、ないんだ…」
純保はこの手の話は照れるらしく、いったん食べるのをやめてしまった。
ひよこ饅頭の頭をなでたりしている。
「相手が僕を好きでいてくれてる、って知るところから始まって、意識しはじめて、だんだん気になって、好きになるから。
でも、気持ちが走り出すともうだめだな。忙しくても会いたいって言われたら飛んでいくし。
そんな時は寝なくても疲れないんだ。とにかく一緒にいたい」
「へえ、自分から好きになったこと、ないんですか?」
「うん…」
(今までは、な)
純保は一人の世界へ入って行った。
・
ハルナが初めてだな、俺の方から好きになったの。
だけど俺はへなちょこだから好きと言葉にできず、寝ているハルナにキスしたりして・・・。
ハルナが勇気を出して、好きと言ってくれて始まったんだったな。
そして俺が拒否した。
もしかしたら自分とハルナは血のつながった――いや、考えたくない。恐ろしい事だ。
OK、認めよう、俺は逃げている。
だって兄妹だとはっきりしてしまったら、ハルナと結ばれることは道理として許されないんだぜ?
白黒つけるのが怖くてたまらないんだ。
・
気が付くと、目の前で右太郎が不思議そうに純保をみていた。
「・・・俺の話はいいよ。なんだよ右太郎、食欲がないのは――恋のせいか?」
話をそらせたい純保は、ひよこ饅頭を右太郎に勧めた。
「いや、なんでもないっす・・・。ひよこ饅頭も今はいいです。自分、14時から体験始まるんで、先行きます。じゃ!」
純保に恋の相談をしようとしたのが、間違っていた、と思う右太郎だった。
ひとり残された純保は、ひよこの白餡を上あごに付けその香りごと味わいゆっくりと咀嚼しながら、
目の前の問題から逃げている自分に改めて向き合っていた。
(このままハルナを諦めるのは、蛇の生殺しだ…。明子に、会いに行こう)
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右太郎は"アナウンサー1日体験"午後の部に取り掛かった。
今回は珍しく男性の応募者、しかも外国人だ。
「ヘロー、張本右太郎です。今日は1日体験にようこそ。男性とはめずらしい!」
「ヘーイ、あなたのダンスが好きで応募しました。ジョージです、よろしくネ」
かたいシェークハンズ。
ハンズアップ。
ジョージは外資系証券会社のトレーダー。日本に赴任して長いという。
アナウンスの体験というよりは右太郎自身に興味があるようだ?
ノリが合い、2人はすぐに打ち解けた。
ジョージの上司がややオカマらしく、それが右太郎の通うクリスタルベルの院長の特徴ともよく似ていてカマ談義で盛り上がった。
そんな話をしているうち、あっという間に一時間が経つ。
「今日はありがとう、ウタロー!今度ゲイシャアソビしよね!そうだ…ウタロにだけ教えとくヨ・・。
プチテレビの株、昨日から大量に買ってるカイシャあるね。キヲツケたほがいいね!」
※ジョージ(・マイケル)
「ああ…」
昨日から、株を、大量に・・・?なんだろう・・・。
「うん、わかった、情報ありがとう、ジョージ。ほんとに遊びにいこうね!」
株。少し気になる情報だった。後で玉澤に報告しようと右太郎は思った。
・
プチテレビを出たジョージは足早に人ごみを抜け、周りに誰もいないことを確認するとケータイを取り出し電話を掛ける。
ピッポッパ
「Hello?」
「Hello Mr. H, this is George. Mission accomplished.」
(もしもし、Mr.Hですか?こちらジョージです。ただいま任務完了しました)
※ジョージ
「How did it go? Harimoto better not have suspected anything.」
(そうか。どうだ?張本は君を疑っていなかったか?)
「Don’t worry. I distracted him with gay gossip and dropped a hint about the stock.
(はい、オカマの話題で油断させましたし、株の件は匂わせる程度にしておきましたので。)
I snuck into Puchi TV before meeting Harimoto and they are paying a great deal of attention to Kimura’s moves.
(張本に会う前にプチテレビ社内に忍び込んで内偵したところ、サイパー.comの紀村社長の動きにはかなり注意を払っているようでした。)
Unless Harimoto is dull, he will report to Tamasawa if hears there is going to be a stock movement.」
(ですので張本がよほど愚鈍でない限り、株の動きがあると聞けば、玉澤社長に報告するでしょう)
「Well done. I want you to remain in Japan and continue to investigate.」
(そうか。わかった。すまないがしばらく日本にとどまって引き続き様子を探ってほしい)
「Yes sir. Um…I made a promise with Harimoto that we would go to a geisha party and um…」
(了解しました。あの、いいにくいんですが、張本と芸者遊びをする約束をしまして・・あの・・)
「A geisha party? Go ahead. I’ll cover it under expenses. Make sure you stay in contact with Harimoto. Bye.」
(芸者遊び?ああ、いいよ、経費で落とそう。張本とはコンタクトを続けて。それじゃ)
ジョージからの電話を切る男。
それが、Mr.H。
彼の部屋からはエンパイアステートビルが見える。
(…なんとか事前に阻止できるといいんだが。なぜか悪い予感がする。
すぐにでも日本に行きたいが、ここはジョージと張本君を信じるしかないな)
遠くアメリカから日本のテレビ局の事を心配しているMr.Hは自分の長い足を持て余しながら思索にふける。
いったい彼は何者なのだろう・・・。
-12話後編につづく-
同時通訳協力:キム・ミナ