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クリームソーダ的宇宙

アナウンサー!春物語 第8話 前編

2013-06-01 22:12:26 | アナ春

「俺の娘だ」


玉澤から差し出された一枚の写真には、玉澤と、玉澤に抱きかかえられた。愛らしい女児が写っていた。
「きちんと話すよ、この子と、その母親の事を...」
シュウコは静かに頷いた。
 
 
「2年前、この子の存在を知った。今、7歳だ」
「7歳...」
ということは、シュウコと付き合う直前、この娘は生まれていたのか。
「NYで母親と暮らしてるの?」
「いや、母親は俺にこの子の存在を打ち明けてすぐに...あの世に逝った」
「あの世...亡くなったの...それは、辛いわね」
「―シュウコも。知っている人だよ」
「私の知っている人?」
当時浮気疑惑があった女は多数いた。
安藤、近藤、河野、阿部?いやいや、全員生きている。
鬼籍に入った人...誰だろう。
「俺が駆け出しのころから可愛がってくれてね。アイドルアナと呼ばれた俺への世間の風当たりは想像以上に厳しく、芸能事務所にも随分嫌われていた」
 
アイドルアナ。12,3年前の、「I LOVE U,U LOVE ME」 の頃に知り合ったという事か。
 
 
「その 頃から僕の後ろ盾になってくれた人だ」
後ろ盾...?
「ベスト10に出た時黒柳さんにホームパーティーに誘われてね。
そこで超年隊のニシから彼女を紹介された。それから長く知り合いだったんだが、
ある日、彼女がライフ・ワークにしている舞台を観にいってね。
...圧倒されたよ!でんぐり返し!!体を張った演技!!女性に対してあれほど尊敬の念を抱いた事はない」
 
 
 
 
「その日をきっかけに深い仲になった」
「...はぁ?!」
 
 
 
誰の事を言っているのか、わかった。
頭では。
 
 
でんぐり返しが売りの舞台。
森み・・・
 
 
 
..いや、しかし、今から10年近く前の話とはいえ、既に彼女は相当な高齢だったはずだ。
大正生まれ...自分はなにか、思い違いをしているのだろうか?シュウコは訳が分からなかった。
「う、嘘でしょう?!...あなた私のことバカにしてる?!」
「――君が思っている人で間違いないよ。まさに奇跡の妊娠だった」
シュウコの目の前に、一瞬星が飛んだ。
 「まさかまさかまさか!いったい、いくつで産んだのよっ!!」
頭は高速回転する。
そういえば当時、女性週刊誌で面白おかしく取り上げられていたっけ。
森美津子のお気に入りは超年隊のニシかプチテレビのタマだって。
「俺と彼女の蜜月、あれは、恋なのか愛なのか。ニシも承知だ。
彼女にとってはニシが不動の一位。でもニシもモテるからな...寂しかったんだろう。
そのうち俺が多忙になり、自然消滅した。シュウコ、君とも付き合い始めたしね」
そう語る表情は真剣だった。事実としか思えない。
「2年前、久しぶりに連絡を貰った.んだ..ガンの末期ということだった。
聖路加病院のVIP室に入ると、痩せ細った彼女がニシに付き添われて病の床に臥せっていた。
そこで告げられたんだ。子供がいると。俺の子だと」
 
 
「 ...ニシさんの子供ではないの?」
「違う。ニシと森さんは一線を越えていない。信じられないだろうが、本当だ。
彼女にとってニシは...永遠に王子様だったから」
王子様の前で裸体はさらせない。
「俺と会わなくなったのは妊娠が発覚したからだと知って愕然としたよ。
NYでの極秘出産だった。娘の名前は。愛とかいてめぐみ。愛情に恵まれる子になるようにと。
皮肉なものだが、彼女なりの精一杯の気持ちだったんだろう。
生まれてすぐに知人を通じてNYの孤児院に預けられ、のちに養子にだされた」
 
「彼女は言ったよ、子供を授かったことは奇跡だったと。リスクは高いが、生みたい。生んでみたい。そう思ったそうだ。
しかし背負うものが多い。放浪記、事務所、マスコミ、ファン、放浪記。育てるのは断念した。
臨月まででんぐり返しし渡米。俺に告げる事は1mmも考えていたかったようだ。
−ふ。男っていうのは淋しいもんだな。女は、強い。」
 
 
「娘には一生関わらないつもりでいたし、俺にも言わないつもりだった。
でも、今こうして人生の終を迎えその子のことが心配でならないと...」
そして病室で彼女は、弱くもはっきりとした声で語った。
 『玉ちゃん。たったひとつのお願いよ。私の代わりに、この子に逢って。そして見守って』
 
 
 
「――それで、NY勤務を願い出たのね」
「ああ。愛は、優しいアメリカ人夫婦の4番目の子として育っていた。とても聡い子でね。
他の兄弟と自分の親が違う事は幼いながら理解していた。かわいい子だ。初めて感じたよ、
父性愛ってこの事かって。目に入れても痛くないって、ほんとだなって」
そして森の訃報をNYの地で知った。
 
 
 
 
遠い地から弔った。
「先週、墓参りしてきたよ。ニシとも会えてね。森さん、最期に愛、ってつぶやいて逝ったそうだ。
俺は墓前で誓った。あなたの出来なかった分も俺があの子を愛し育てると」
「引き取る気なのね?」
「ああ。すぐにじゃないが、いずれはな。あの子は俺の事を慕ってくれている。日本を見せたい。だからシュウコ」
「え?」
「こぶ付きだけど、結婚しよう」
 
 
 
 
バシッ。
ビンタをはった。
※別の人。イメージ画像。
 
「っつう、シュウコのビンタは効くなぁ」
 
 
「...あ、あ、あなたってなんて自分本位なの!あきれてものも言えないわ!
私がどんなに苦しかったかわかる?いろんな女と噂があったけど私はあなたを信じてたのよ。
それなのに突然NYに行って、それきり連絡もよこさないで。どれだけ傷ついたか!
久しぶりに帰ってきて今度は隠し子?!しかも相手が森美津子?!
森美津子と私はマタにかけられてたわけ?...まあ、ある意味すごいけど」
 
「シュウコ、彼女と君は全然違う!森さんはね、人間じゃないんだ、ある意味・・」
 
玉澤の言うように、或いはそうかも知れない。
 
恋じゃなく愛?
いや、むしろ責任をともなわない分、純粋な意味での恋?
だけど。dakedo!!
 
「...知らない!聞きたくない!することして子供まで作って人間じゃないとかあーた、頭おかしいんじゃない?
そのうえ結婚?こぶ付きだけど?一体どこまで自信過剰なの?!」
 
「――だけど、そんな俺が好きなんだろう?」
 
 
絶句
その通りだった。
ぐぅの音もでない。
が、ここで引き下がると女がすたる。
 
「あり得ない!金輪際、仕事以外の話で話しかけないでよね!」
シュウコは玉澤を残しその場を去った。
女の意地がある。プライドがある。
それはわたしの、アイデンティティだ。
 
 
/////
レイは仕事を終えると、黄桜賛成のマンションに向かった。
 
 
今日の午後、ミーコから紀村と賛成の確執の原因を訊いた。
 
ミーコと休憩スペースで話すレイ。
 
「伊藤アナの写真を止めるために、紀村さんを、売った…?」
 
社内の人間をかばうため、世話になっている人を裏切ったというのか。
そもそもなぜ紀村のスクープ写真を賛成が持っていたのだろう。
 
「俊、すっごく怒ってます。でも、黄桜事業局長って、人を裏切るとか、売るとか、
そういう事する人には見えないんですけどね。あ、すみません!でもどう思います?彼女として」
「そうね…。そんな事する人じゃないわ…」
しかし、仕事の世界。時に会社のために割り切ってそのような事もするのかもしれない。
私の知らない、ドライな一面があるのかしら。
 
 
人間どんな仮面をかぶっていても不思議ではないもの。
 
 
そう思うものの、ダーティな側面と、元彼のために車を走らせてくれる賛成の優しい横顔は、
レイの中でまったくリンクしない。
情報を得たはいいが、ますます事が複雑になったようにも思う。
 

 
賛成の部屋。GROWN広尾1400号室。
 
突然の訪問だったが、黄桜は部屋にいてレイを歓迎してくれた。
「この前はありがとう。黄桜さんにね、全部話しておきたいの。私と張本さんのこと」
 
 
「―レイが話したいなら、聞くよ」
右太郎との歴史を、すべて話す。
 
 
そして、紀村との事を切り出した。
「...うちの後輩、紀村さんと付き合ってるの。聞いちゃったの、黄桜さんと紀村さんの...写真の取引。本当なの?」
「本当だよ。裏取引だ。汚い事だと思うかもしれない。だけど僕は社員を守る義務がある。言い訳はしない」
 
あまりにも淡々と認める。
 
「こんなぼく、いやになった?」
 
 
「...あのね、黄桜さんががどんな事をしても平気なのよ?だって、いい人だもの、信じられるもの。
私の願いは、あなたが辛い事を1人でかかえ込まず解放してくれる事。ほんとは誰にでもいいの。
でもできれば、私に素顔をさらして欲しいの。哀しみは分け合いたいの」
 
「素顔をさらす、哀しみを分け合う、か。レイに哀しみをわたすなんて...」
 
「だけど喜びは倍になるわ」
 
「レイ。君は...」
 
 
哀しみは二分の一。だけど喜びは倍になる。
結局プラマイゼロかとも思ったが、
レイがそこまで自分の事を想ってくれているのか、と思うと、
愛に飢えた思春期が遠い昔に思え、魂が救われる想いがした。
 
「わかった、レイ。...でも、そういうの慣れてないから、すぐには出来ないかもしれないけど,,,」
 
 
「...ゆっくりとでいいから」
「ゆっくりと。そうだね。レイ、そのかわり僕も条件をだしていいかな?」
「なぁに?」
「黄桜さんじゃなくて、...賛成って呼んでくれる?」
 
 
 
少しだけだが、苦しみから解放された笑顔に見えた。
レイはほっとする。
「...賛成」
「レイ」
都心の上空から街を見下ろしながら二人は抱き合った。
 
−第8話後半につづく-