<5巻26章> 5巻ネタバレです。
相変わらず、26章の閉心術授業のシーンです。
昨日の「奇妙な、満足げとさえ言える表情」の直後、スネイプのレジリメンス!攻撃に対して、プロテゴ!と盾の呪文で応戦し、ハリーはスネイプの記憶に初めてアクセスすることになります。
が、これはどうしてこんなことができたのでしょうか?
スネイプは「レジリメンス!」と呪文付きの開心術で、ハリーの心の中をのぞこうとしていますが、この場でハリーはスネイプに向けて「レジリメンス」を唱えたわけではありません。
それに、もともとハリーがすべきは「閉心術」であって、見ようとするスネイプに見せないぞ!と抵抗するのが本来の目的。別にスネイプの記憶を見ようとすることが目的ではないはずですよね。(それなのに、珍しくスネイプは「進歩だ」と褒めています。)
どうもなんだかヘンな気がします。
もしかして、スネイプはわざと手をゆるめたりして、意図的にハリーにあの記憶を見せたのかな?などと思ったりもするのですが。。。
スネイプの記憶をのぞいてしまったとなれば、ハリーは当然落ち着かなくなりますよね。心の防備も弱まります。これはハリー自身も感じていました。次のレッスン「扉の開く場面を見る(見せる?)」へのお膳立てだったのか・・・なんて考えるのは、行きすぎた妄想癖でしょうか?(笑)
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私はこの場面、盾の呪文によってそっくりそのまま(スネイプの魔力のまま)レジリメンスがはね返されたのだと解釈しました。ゲームなどで呪文をそのままはね返すイメージです。はね返した人(ハリー)が唱えたと同様の効果があると考えました。
盾の呪文を使えと教えた憶えがないとか、確かに有効だったと言っているようにスネイプは盾の呪文の効果に気付いていなかったのだと思います。
もし、スネイプがわざと自分の記憶を見せたとすると、記憶を見られたことに対する怒りは演技ってことになりますね。
開心術では、自分でも忘れていたような記憶を見せ付けられるようですが、「もうたくさんだ!」と言ったスネイプの様子はとても演技とは思えず、辛そうで激しく動揺しているように感じました。
更に、扉を開く場面を見た後の更に激しい怒りは、心配のあまり怒ってしまう親心と同様だと思ったのですが、善意に解釈しすぎかもしれませんね。
二尋さん、コメントありがとうございます。
>そっくりそのまま(スネイプの魔力のまま)レジリメンスがはね返された
なるほど。盾の呪文ですからね。そういわれてみればそうかもしれませんね。納得。
となると、あの記憶を見られたのは、言ってみればスネイプが不意をつかれたとか、気がゆるんだとかの失策だったのかしら?
>心配のあまり怒ってしまう親心
う~ん(苦笑)、私はあまりスネイプに好意的でないので、そこまで「いい人」と思えないのです~。そうかなぁ~、だって、普段あんなにハリーを虐めていますよ。。。それも親心?(笑)
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