京都の闇に魅せられて(新館)

宮津・智恩寺 @ 京都妖怪探訪(375)





 どうも、こんにちは。
 今回からしばらく、京都でも北の方、丹後の海沿いにある妖怪スポット・伝説地を巡ります。

 その1回目は、京都宮津市の古刹・智恩寺を訪れます。
 ここのご本尊・文殊菩薩像は、奈良県桜井市の安倍文殊院、山形県高畠町の亀岡文殊とともに日本三文殊のひとつとされているそうですが、この文殊菩薩にはひとつの伝説が伝わっています。
 この寺に伝わる「九世戸(くせと、くせのと)縁起」などによれば。
 昔、「この地に悪竜が出没して辺りを荒らしていたが、文殊菩薩が現れて悪竜を改心させて善竜へと変えた」という伝説が遺されています(「竜を封じ込めた」という説もあるそうです)。
 毎年7月24日の伝統行事「出舟祭」では、この伝説を表現したという「竜舞」「菩薩舞」も行われるそうです。
 この辺りの地域には、竜神や文殊菩薩信仰に関する伝説やそのスポットがいくつもあるそうで、この智恩寺もそうしたスポットのひとつのようです。

 


 まずはいつものとおりアクセスから。
 最寄りの交通機関は北近畿タンゴ鉄道「天橋立」駅





 JR「京都」駅から直通の特急「はしだて」や、JR山陰本線などとつながっている電車などもあります。





 ここには丹海バス(丹後海陸交通)阪急高速バスなども通っていて、交通の便もそこそこいいみたいです。





 宿泊施設や飲食店・土産物屋なども多くこの辺りを巡る観光の拠点とするにはいいようです。
 ただ、ほとんどの店は夕方頃か夜の早い時間に閉店するようなので、24時間営業のコンビニがある都市部と同じ感覚で居ると少々不便に思えるかもしれません。



 「天橋立」駅から、商店などが並ぶ道を5分ほど歩きますと、堂々たる姿の智恩寺の山門が見えてきます。





 寺伝によれば、大同3年(808年)の平城天皇の勅願寺として創建されたそうですが、今ひとつはっきりしないそうです。
 当初は真言密教の寺院でしたが、南北朝時代以降から禅宗(る臨済宗妙心寺派)の寺院になったそうです。


 山門をくぐり、境内参道をまっすぐ進むと、伝説の文殊菩薩が祀られているという本堂(文殊堂)に着きます。





 ただ、境内には他にも面白いスポットがいろいろあるようなので、いろいろ寄り道をしていきます。



 境内参道脇にある「力石」。





 「この石に触ると力と知恵が授かる」と伝えられ、祭などでこの石を持ち上げる力比べなども行われていたようです。
 私もちょっと失礼して触ってみました。力と知恵が授かりますように。






 重要文化財にも指定されている「多宝塔」です。
 国宝の雪舟作「天橋立図」にも描かれていた、古くて有名な建物です。







 「多宝塔」と向かい合うようにして並んでいる石仏「地蔵菩薩立像」。





 境内に静かに佇んでいるという感じですが、このお地蔵さんたちも、雪舟「天橋立図」に描かれているという、かなり古くて貴重な石仏です。



 境内の狛犬・唐獅子コンビ、その1。








 堂々とした中にも、どこかひょうきんというか親しみやすさも感じさせる、そんな顔立ちをしています。
 この狛犬・唐獅子は比較的新しいものに見えます。



 「弁財天堂」。





 この智恩寺や、京都・東山の建仁寺などのように、元は密教寺院だったのが禅宗寺院に変わったような寺院には、(元は異教の神仏だった)密教の仏尊が祀られていることも多いようですね。
 この建物は新しく見えますが、近年に改築されたのでしょうか?



 本堂前辺りに手水舎が見えます。











 しかし手水舎にしては珍しい形です。
 鉄製で風呂釜のように大きく、しかもその上には小さな扇がいくつも。
 元々この手水舎は、寺院の湯船として使われていたものだったそうです。
 こんなものを手水舎に再利用しようという発想が面白いですね。
 松の木にかけられている扇は、よく見るとこの寺院のおみくじのようです。こういうものがあるのも、密教寺院だった頃の名残でしょうか?



 境内を守る狛犬コンビ・その2。








 この狛犬の表情も、どこかユーモラスで親しみやすさを感じさせます。
 その下には、小さな、そして随分と古そうな狛犬の姿も。

 さらに私が訪れた時には、この狛犬に猫が寄ってきて、その姿に思わず癒やされてしまいましたが(笑)。












 ……っと、話を境内散策に戻します。
 他にも面白いスポットがいくつもありましたが、長くなりますのでこの辺で。


 そして本堂「文殊堂」へ。















 そしてご本尊、伝説の文殊菩薩様ですが……。





 この文殊様は秘仏とされ、普段は公開されないそうです。
 おそらくこういう秘仏は、公開される時期であっても、一般の撮影が許可されることはまずないでしょう。
 おそらくここで、そのお姿を読者の皆様にお届けするのは……多分、無理でしょうね。


 その日は文殊様を拝んで、そのまま天橋立へと行きました。


 ところで、ここ宮津周辺から京都最北端の経ヶ岬まで、文殊菩薩と竜の伝説が伝わっているのは何故なのか?
 以下は、特に根拠のない私の推測・憶測にすぎないことをお断りした上で申しますが。
 「文殊菩薩が悪竜を教化した」という伝説は、竜神を信仰していたその地域の原住民を、当時の真言密教によって国を治めようとしていた中央政権が取り込んでいった歴史の過程を象徴しているのではないだろうか。
 そんな気がするのですが、いかがでしょうか。

 




 それでは今回はここまで。
 また次回。





*智恩寺へのアクセスはこちら




*智恩寺のHP
http://www.monjudo-chionji.jp/




*京都妖怪探訪まとめページ
http://moon.ap.teacup.com/komichi/html/kyoutoyokai.htm




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