第 三 章 (全十一章)
秋が来た。
やっと涼しい風が吹く頃、馬作が育てている林檎の樹に実が成った。
黄緑色の美しい林檎だ。
ばあちゃんにかつて持たせたちょっと珍しい青い林檎だ。
一本の樹にかなり実がなり、喜びいさんだ馬作は
真っ先にばあちゃんのところへ持って行った。
ふたりでそろって丸かじりする。
ばあちゃんはまだ歯も丈夫だ。
「うんうん、こんなに瑞々しくてうまい林檎は初めてだ」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/69/a3/10829a9bd2c47965b5839c943b51bf54.jpg)
そんな時、遠くの港町にアメリカという国とやらからの一行が
到着したらしい。
こちらの村に向かっているとか。
なんでも、村の領主の病の床にいる娘の
見舞いに来ることになったとやら。
山のばあちゃんは、
「姫さまが誰よりも苦しんでいる。このリンゴをお見舞いに献上しなさい」と、
馬作に命じた。
城へ行くため、しぶしぶ馬作は、庄屋の息子から
一張羅(いっちょうら)を借りた。
金ぴかの羽織袴で、気後れするにもホドがあるが、
いつもの野良着よりはマシだろう。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/65/e2/ad45082d9b365c1137566db254537743.jpg)
(そこまでいじくりまわさくてもよかんべ)と思いながら
悪い気がしなくなってきた。
しかし、鄙(ひな)には稀な美貌にこのセンスの
無いいでたちは誰の目から見ても悲壮感さえ
感じられるのだが、本人はとにかく領主に失礼に当たらないよう、
だんだん思い直し、正装した気分でいる。
てか、すっかり「なるしすと」気分。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1d/53/12548fe3ff5ee29cc694f9df5913c3b6.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4f/73/94135be5133fc1c673266670ccfeab1c.jpg)
領主の家は大きな屋敷だが、ご一新前は小さな大名だった。
姫様には会えずとも、屋敷内へ入れてもらえ、奥女中に
持参した林檎を渡すことが出来た。
時も時、アメリカ一行が領主の屋敷に到着し、
馬作はその現場を目撃した。
黒いカッチリした制服、眩しい金魚の髪の毛、
目は空のような青、お酒で酔ったような真っ赤な顔。
見上げる高い鼻、鷲鼻。
そんな男たちが三十人ほどやってきたので、
屋敷の奉公人たちまで 固まってしまった。
「姫様がご病気と伺い、お見舞いにやってまいりました」
~~と、アメリカ人一行の言葉をお付きの日本語係が言う。
急いで領主が大広間へやってきて平伏した。
馬作が襖の隙間からのぞき見していると、アメリカ人の大将らしき男が
馬作の持ってきた林檎に気がついた。
「これは!私が子どもの時、グランマがパイを焼いてくれて、
高熱が下がった時の林檎だ!!」
「なんですとっ!では我が姫の病もこの林檎で治るやもっ!」
領主が叫んだ。
「すぐに船から調理人を呼びましょう。
姫様にお元気になってもらわなければ」と、大将が言う。
たちまち慌ただしくなり、屋敷の台所にアメリカの調理人が呼ばれ、
林檎も運び込まれた。
*******************************
第 四 章
年寄を山に捨てる慣わしを、馬作の林檎から
小耳にはさんだアメリカ大使が、
「何ですと?この村ではそんなヤバンなことをさせているのですか?」
領主は真っ青になった。
ここでアメリカ人に嫌われては村の繁栄はパーになる。
しかし、貧村が生き延びるために戦国時代から
続いてきた慣わしなのである。
「いや、何かの間違いです!
この若造はきっと酔っぱらっているのでしょう」
「誰が酔っぱらって!酒なんぞ買う余裕もねえのにっ」
領主は慌てて馬作を向こうに連れて行かせ、縄で縛った。
アメリカ人一行を奥座敷に閉じ込めてから領主は、
再び縛られた馬作のところへやってきた。
「よけいな口を聞くでない。本当ならムチ打ちの刑だぞ」
「いえ、申し直しましょう」
馬作は両手を後ろで動かしながら地面に座りなおした。
「お願いいたしますだ。領主さま。年寄を山に捨てる慣わし、
取りやめていただきたいです。
村の衆も皆、切にそう思っているはず」
「じゃから、この貧しい村を裕福にしようと、
アメリカ様ご一行に来ていただいたのじゃ」
「えっ!?では…」
「おぬしの持参した林檎が姫の病に効いて、もし治るのなら
年寄山捨ての慣わしは廃止しよう」
でっぷりとした領主はヒゲをいじり、ふんぞりかえって言った。
「ほ、本当でございますかっ!!」
<これでばあちゃんも村に帰ってこれる!!>
馬作の顔が耀き「ぶいさいん」が出た!!
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1b/05/7f96a079efeae3eb8142889a8784d36a.jpg)
「ととさま……」
その時、障子の隙間から小さな白い顔が覗いた。
「おおっ、姫ではないか!おとなしゅう寝ていなければいかん!」
「その若者は、わらわのために青い林檎を
持ってきてくれたのでしょう。異人さんのお話では
焼きリンゴの お菓子をいただけば病に効くらしいではないですか。
乳母から聞きました。どうぞ、その縄をほどいて
自由にしてやって下さい」
コホンコホンと咳をして、顔が青ざめている。
「わ、わかった、わかったから無理せんでくれ。姫」
市松人形のような漆黒の髪、熱のせいだろうか、潤んだ瞳。
ぱっちりとした濃いまつ毛。紅い頬。
人間と思えないような美しい女の子だ。
(村で走り回るガキ共に混じっている女の子とは全然違う)
馬作が、ボウッと見惚れていると、縄は解かれた。
★第五章に続く
秋が来た。
やっと涼しい風が吹く頃、馬作が育てている林檎の樹に実が成った。
黄緑色の美しい林檎だ。
ばあちゃんにかつて持たせたちょっと珍しい青い林檎だ。
一本の樹にかなり実がなり、喜びいさんだ馬作は
真っ先にばあちゃんのところへ持って行った。
ふたりでそろって丸かじりする。
ばあちゃんはまだ歯も丈夫だ。
「うんうん、こんなに瑞々しくてうまい林檎は初めてだ」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/69/a3/10829a9bd2c47965b5839c943b51bf54.jpg)
そんな時、遠くの港町にアメリカという国とやらからの一行が
到着したらしい。
こちらの村に向かっているとか。
なんでも、村の領主の病の床にいる娘の
見舞いに来ることになったとやら。
山のばあちゃんは、
「姫さまが誰よりも苦しんでいる。このリンゴをお見舞いに献上しなさい」と、
馬作に命じた。
城へ行くため、しぶしぶ馬作は、庄屋の息子から
一張羅(いっちょうら)を借りた。
金ぴかの羽織袴で、気後れするにもホドがあるが、
いつもの野良着よりはマシだろう。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/65/e2/ad45082d9b365c1137566db254537743.jpg)
(そこまでいじくりまわさくてもよかんべ)と思いながら
悪い気がしなくなってきた。
しかし、鄙(ひな)には稀な美貌にこのセンスの
無いいでたちは誰の目から見ても悲壮感さえ
感じられるのだが、本人はとにかく領主に失礼に当たらないよう、
だんだん思い直し、正装した気分でいる。
てか、すっかり「なるしすと」気分。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1d/53/12548fe3ff5ee29cc694f9df5913c3b6.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4f/73/94135be5133fc1c673266670ccfeab1c.jpg)
領主の家は大きな屋敷だが、ご一新前は小さな大名だった。
姫様には会えずとも、屋敷内へ入れてもらえ、奥女中に
持参した林檎を渡すことが出来た。
時も時、アメリカ一行が領主の屋敷に到着し、
馬作はその現場を目撃した。
黒いカッチリした制服、眩しい金魚の髪の毛、
目は空のような青、お酒で酔ったような真っ赤な顔。
見上げる高い鼻、鷲鼻。
そんな男たちが三十人ほどやってきたので、
屋敷の奉公人たちまで 固まってしまった。
「姫様がご病気と伺い、お見舞いにやってまいりました」
~~と、アメリカ人一行の言葉をお付きの日本語係が言う。
急いで領主が大広間へやってきて平伏した。
馬作が襖の隙間からのぞき見していると、アメリカ人の大将らしき男が
馬作の持ってきた林檎に気がついた。
「これは!私が子どもの時、グランマがパイを焼いてくれて、
高熱が下がった時の林檎だ!!」
「なんですとっ!では我が姫の病もこの林檎で治るやもっ!」
領主が叫んだ。
「すぐに船から調理人を呼びましょう。
姫様にお元気になってもらわなければ」と、大将が言う。
たちまち慌ただしくなり、屋敷の台所にアメリカの調理人が呼ばれ、
林檎も運び込まれた。
*******************************
第 四 章
年寄を山に捨てる慣わしを、馬作の林檎から
小耳にはさんだアメリカ大使が、
「何ですと?この村ではそんなヤバンなことをさせているのですか?」
領主は真っ青になった。
ここでアメリカ人に嫌われては村の繁栄はパーになる。
しかし、貧村が生き延びるために戦国時代から
続いてきた慣わしなのである。
「いや、何かの間違いです!
この若造はきっと酔っぱらっているのでしょう」
「誰が酔っぱらって!酒なんぞ買う余裕もねえのにっ」
領主は慌てて馬作を向こうに連れて行かせ、縄で縛った。
アメリカ人一行を奥座敷に閉じ込めてから領主は、
再び縛られた馬作のところへやってきた。
「よけいな口を聞くでない。本当ならムチ打ちの刑だぞ」
「いえ、申し直しましょう」
馬作は両手を後ろで動かしながら地面に座りなおした。
「お願いいたしますだ。領主さま。年寄を山に捨てる慣わし、
取りやめていただきたいです。
村の衆も皆、切にそう思っているはず」
「じゃから、この貧しい村を裕福にしようと、
アメリカ様ご一行に来ていただいたのじゃ」
「えっ!?では…」
「おぬしの持参した林檎が姫の病に効いて、もし治るのなら
年寄山捨ての慣わしは廃止しよう」
でっぷりとした領主はヒゲをいじり、ふんぞりかえって言った。
「ほ、本当でございますかっ!!」
<これでばあちゃんも村に帰ってこれる!!>
馬作の顔が耀き「ぶいさいん」が出た!!
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1b/05/7f96a079efeae3eb8142889a8784d36a.jpg)
「ととさま……」
その時、障子の隙間から小さな白い顔が覗いた。
「おおっ、姫ではないか!おとなしゅう寝ていなければいかん!」
「その若者は、わらわのために青い林檎を
持ってきてくれたのでしょう。異人さんのお話では
焼きリンゴの お菓子をいただけば病に効くらしいではないですか。
乳母から聞きました。どうぞ、その縄をほどいて
自由にしてやって下さい」
コホンコホンと咳をして、顔が青ざめている。
「わ、わかった、わかったから無理せんでくれ。姫」
市松人形のような漆黒の髪、熱のせいだろうか、潤んだ瞳。
ぱっちりとした濃いまつ毛。紅い頬。
人間と思えないような美しい女の子だ。
(村で走り回るガキ共に混じっている女の子とは全然違う)
馬作が、ボウッと見惚れていると、縄は解かれた。
★第五章に続く