古代の日本語

古代から日本語には五十音図が存在しましたが、あ行には「あ」と「お」しかありませんでした。

た行の発音

2023-03-25 09:04:10 | 古代の日本語

儒学者として有名な荻生徂徠(おぎゅうそらい)の随筆『なるべし』(荻生徂徠:述、箕輪醇:増補纂評、小林新兵衛:1894年刊)という本に、「ふるき詞は多くは田舍に殘れる事いとありがたき事なり」と書かれていますが、これは古代の言葉が方言に残されていることを指しています。

このことは発音についても同様で、『国語音韻論』(金田一京助:著、刀江書院:1932年刊)という本には、高知その他で現に「つ」を今なお〔tu〕に発音していると書かれていて、これは、高知県に古い日本語の発音が保存されていたためだと考えられるのです。

さらに、『土佐方言の研究』(高知県女子師範学校郷土室:編、高知県女子師範学校:1936年刊)という本には、高知県ではジとヂ、ズとヅを明確に区別して発音していると書かれています。(発音記号を使って厳密に書くと、高知県のヂは〔dʒi〕、ヅは〔dzu〕だそうです。)

つまり、た行やだ行の古代の発音は、現代とは異なっていたということです。

そこで、古い時代の日本語の発音を知る手掛かりを探したところ、『音図及手習詞歌考』(大矢透:著、大日本図書:1918年刊)という本に収録されている次のような五十音図がありました。

発音が表記された五十音図
【発音が表記された五十音図】(『音図及手習詞歌考』より)

これは寛治六年十二月(西暦1093年1月)に書かれたもので、この平安時代後期の五十音図を見ると、た行の発音は、

ツア、ツイ、ツウ、ツエ、ツオ

と書かれていて、ちょっと驚いてしまいますが、『日本民族とローマ字』(宮崎静二:述、標準ローマ字会:1964年刊)という本によると、これは次の音韻を表記したものなのだそうです。

タ(ta)、ティ(ti)、トゥ(tu)、テ(te)、ト(to)

つまり、当時のツの発音は現在とは異なるトゥ(tu)であったため、この音を父音として、父音(トゥ)+母音(アイウエオ)でた行の発音を表記していたというわけです。

また、『大日本国語辞典 す-な』(上田万年・松井簡治:共著、金港堂書籍・冨山房:1917年刊)という本によると、奈良時代においても、チは〔ti〕、ツは〔tu〕だったそうです。

したがって、もっと古い時代においても、た行の発音はタ(ta)、ティ(ti)、トゥ(tu)、テ(te)、ト(to)だったと思われますが、確かにこの発音だと舌の位置が変化しないので、いかにも本来の発音という感じがします。

そして、た行の濁音であるだ行の発音も、当然ながらダ(da)、ディ(di)、ドゥ(du)、デ(de)、ド(do)だったということになります。

このことを裏付ける証拠としては、父親(ちちおや)を「てておや」と言ったり、疾風(はやて)が古くには「はやち」と発音されていたことが挙げられると思います。

疾風(はやて)とその古語
【疾風(はやて)とその古語】(『大日本国語辞典』より)

つまり、「ち」の発音が古代においては「てぃ」であったため、「てぃてぃおや」が「てておや」となり、「はやてぃ」が「はやて」になったと考えられるわけです。

それでは、た行の発音が現在のように変化した時期はいつ頃かというと、『新修国語要説』(東条操:著、星野書店:1943年刊)という本によれば、室町時代になってからなのだそうです。

ところで、古代のた行の発音がタ(ta)、ティ(ti)、トゥ(tu)、テ(te)、ト(to)だったということは、本ブログの「古代の五十音図」でご紹介した阿比留文字の五十音図が、古代の発音を表記したものであることを証明していると考えられます。(ここにその五十音図を再度掲載しておきます。)

阿比留文字の五十音図

つまり、この五十音図は、明らかに父音と母音から構成されていて、父音が途中から変化することは考えられませんから、必然的にた行はトゥ(tu)、ト(to)、ティ(ti)、テ(te)、タ(ta)となるわけです。

次回は、音韻の変遷について解説します。

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