中作清臣第2句集増補改訂版
繭の坂 MAYU NO SAKA
早春の走り過ぐものみな光る
早春の膨らみしものみな匂ふ
鶯の荒地に来たりすぐに去る
囀りも鳥影もみな辞書の中
小さき春見つけて子らの列乱る
正装はセーターでよし風光る
闘魂の病なりけり冴返る
揚羽きて兄かと思ふ戯るる
春は曙くずし字辞典の厄介な
春火鉢向田ドラマはや遠し
塵あまた宇宙も春も電網も
土に還りやがて芽吹くと思うかな
こころよき疲れ職辞す弥生かな
春昼のだれも遅るゝカフェテラス
制服に春の光やペダル踏む
京までの難所語らず桜かな
花の下ねねに一筆まゐらせそろ
一の老二の老支へ花の坂
老桜の水吸ふてなほ艶めけり
さきみちてさくらくらくらめくるめく
桜ふぶくわがロスタイム酔いの中
みみたぶもまぶたもタブー春の闇
八重桜九重部屋の七人衆
馬場さんの一蹴り千本桜散る
貼紙に落花しきりと二王門
落花しきり寂聴源氏巻ノ三
ひとひらは脱力系として落花
美しき噂のやうな花掃ふ
四月尽カワイ、スゴイのほか知らず
網塵とブログを訳し万愚節
老いては子猫に従へ従いぬ
加齢とは劣化ぞ時に冴返る
絵付けして春の光のこぼれ落つ
春暑し蒼茫の地にイぺ咲いて
テレビから煙草の消へて昭和の日
別れやうか店畳まうか啄木忌
町行けば理髪屋多き遅日かな
画家の居ぬ坂にキャンバス日永かな
アメフトの男放てり春疾風
振り払ふ春愁がばと顔洗ふ
古稀の春夢あわあわと語りけり
楢山も蕨野もなき古稀の春
春やその㐂の字に舞うてあと余白
さうかさうかこれが余命といふ春か
お手上げの手で指切りやこどもの日
どの家も庭に子ら出て五月青し
百人のダーウィン見上ぐ夏のキリン
少年になつて炭酸水の夏
助走して積乱雲にハイジャンプ
長靴が好きな子ばかり梅雨に入る
玄関のノブに虫籠お昼寝中
素裸の子らの飛沫や終戦日
風騒ぐなり新緑の濃く匂ふ
定年やまだ夏帽の定まらず
葉桜や木の下のことはや悔やむ
木の上に木のあり塔も青葉して
薔薇園や真つ赤な嘘が潜伏す
胸に薔薇なき生涯ぞ(笑)
あじさいの剪られて藍のさらに濃く
七色の嘘の終りの紅あじさい
ケータイの耳が勃起す梅雨じめり
汗ばみし街よカメラが作動中
戻り梅雨劣化進みし家具家電
魚屋の向い魚屋水を撒く
待つといふやはらかきとき初蛍
奥入瀬のしぶき蛍となりて消ゆ
素足なり水の地球を慈しむ
雨雫より生まれ落つ糸とんぼ
客席の宙翔ぶサーファー麦わら帽
借りて着る浴衣ですけど勝負服
サングラス噂を撒きにゆく途中
デ・ニーロへアル・パーチーノのサングラス
鮎食へば川音高き鞍馬かな
庄川を下れば即ち鮎の店
冷奴ふう生チーズ旨つ梅雨晴間
上司への上目の上司どぜう鍋
粥売の粥の湯気立つ火炎樹下
夕焼けをトマトに閉ぢこめ捥ぎにけり
泡立ちしワインの白も立夏かな
料理長いてパティシエもいて夏館
置賜庄内実を振り分けよさくらんぼ
すききらいすきうそほんとサクランボ
かなかなや既に避暑地の領域に
蝉の声老いの階もう一段
ようやくに海坂藩や蝉しぐれ
源氏の間の奥は闇の間蝉しぐれ
旱雲船攫はれて曝されて
仮設家といへど路地あり水を打つ
三陸に山背仮設の朽ちかけて
原発や夏の怒涛の真正面
坊ちやんの間といふ道後夏座敷
四万十に足抛げ入れよ夏の果て
コキリコや老女日陰に草履編む
風鈴の音の中なる金屋町
バイク百恋人二百夜涼かな
遊船や締めはジェンカの総踊り
美ら海の青七色に夏来る
下闇にひめゆりの塔やうやくに
夏濤やむかし革命というロマン
孫文の休息の地や海市立つ
風太郎日記全巻読破大暑
夏痩ぞ闘病のひと呵呵大笑
孤独とは加齢の深間蝉烈し
四肢の骨ぬきとつてゐる昼寝かな
半日は蟻の行方を追つており
だらだらと生きて暑さを知りませぬ
秋草の名一つ覚え一つ買ふ
コスモスのどこにでも咲くから綺麗
ここかしこ芭蕉さんいて伊賀の秋
フライトの邦字紙灯下親しみて
老々の売り手買い手や秋茄子
覗かねば見えぬ川あり秋彼岸
あまりにも昭和ぞ秋刀魚と卓袱台と
秋刀魚けぶらせ背も腹も代へませぬ
秋潮やエンジンどよむ島渡船
秋空へ釣糸投げる代休日
長き夜の時計しずかに狂ひ始む
長き夜の指が記憶を反芻す
おわら果て暁に咲く酔芙蓉
散るだけと知つて芙蓉の酔つて落つ
寄り添ふといふ語疎まし秋簾
攫われし船が陸路に無月かな
国が捨つ紅葉且つ散る村しんしん
小春日の塵なき地へ子ら攫おうか
柿一つ空に残して明日香村
木守柿八年先の村のこと
秋天にたじろがざるもの石舞台
秋日和摘むこと捥ぐこと千切ること
単線に乗換へてより黄落に
灘の生一本下げて訪ふ秋風裡
秋時雨ほんまやねんなと喪服きる
汝ひとり新酒酌む世へ我も途上
母一人棲むに炬燵の間で足れり
母の骨納め亡父と呑む新酒
俳句にも加齢臭ありそぞろ寒
木犀のこぼれし夜のスニーカー
どんぐりや熊に出会つてさあたいへん
鵯鳴いて山のあなたは空ばかり
のぼり吐息くだり溜息山粧ふ
紅葉も黄落もなく朽ちにけり
川といふ天高くする装置あり
黙考も沈思も秋の波止場ゆえ
望郷も追慕も冬の波止場ゆえ
港とは待つ場所である時雨くる
冬めきて小刻みに鳴るランドセル
三三五五一二一二七五三
恐竜の骨背伸びする春隣
大丸を出て汽笛きくクリスマス
溺るるものなき身の釣瓶落しかな
嚔して眼下に富士の現はるる
凩一号君の妻より喪中につき
隣席に亡きひとの坐し日向ぼこ
凩の来るか煮大根はふはふと
コンビニから派遣村見え一葉忌
逆上がりせよと囃されかいつぶり
ウ科カモ科カイツブリ科冬日射す
熱燗も煮湯も飲んで上司醒む
牡蠣焼いて涙一滴加えけり
賭けやうか酔はうか寒暮の三叉路に
棒に振る無い袖も振る師走かな
歳末のむかし新年特大号
冬至湯やマラソンランナー御一行
引いて割り足し算もして四温かな
三寒の鰭酒四温の生ビール
切れ者が切れてしまいぬ年忘れ
借金も掌も返しマスクする
サンタさんいらっしゃいと貼りイヴ早寝
冬休み孫のエプロンキッチンに
老々の熱燗二合にて散会
マスクはづしてワンコインだけの暖
短気怒気嫌気の棄て場日向ぼこ
ぐちぼやきこごとためいき日脚伸ぶ
数へ日の部下のメールのずかずかと
数へ日のつけっぱなしに第九など
望郷の晦日や貨車の音やまず
六甲におもてうらあり裏は雪
冷まじや姑息・隠蔽・野卑つづく
しはぶくや記憶記録の無きをいふ
六千四百三十四柱凍てしまま
エンディングノート追加す年用意
印南野の平かにして凧一つ
もういくつ寝るとあの世で凧あげて
去年今年せいてせかへんねんけんど
去年今年貫く棒のふにやふにやに
揺さぶればまだ余地のあり年迎ふ
元旦の一族と云へ小家族
従心のたくらみあまた書初に
これはこれは嫌な上司から賀状
お降りやされどハワイの大花火
年玉を父あるときの父のやうに
年玉は孫に貰つた言い張りぬ
LINEしか孫現れぬ御慶かな
繭(まゆ)というハンドルネームだった。それは句会だったから、俳号というべきかもしれない。インターネットがまだ普及していなかった90年代に、パソコン通信での句会に参加していた。
初心者なので包み込んで保護する覆いのようなものが欲しい。すなわち繭の由来である。繭は、蚕が羽化し、やがて蛾に。いやきっと薄羽白蝶に。意表をついて巨大なモスラに変身するのもいい。ところがいっこうに上達せず、繭の下に位置する意味で繭々(けんけん)と改名した。さらに転げ落ちれば繭三(けんぞー)としようと思ったが、そのころにはネット句会は消滅状態になった。
2001年に、50代の1000句のうち300句を集め、図々しくも第1句集『水の家』を編んだ。その後、高齢予備軍の遊び探しの一つとして年来の友人たちと初心者ばかりで句会を試みた。師を持たぬ句会は、年2回の吟行、句会、宴会という3点セットで今も続いている。
当方の句を年代順に並べてみると劣化著しく、このあたりが潮時かとおもい、句集以後の60代の約1400句のうち160句を選んでネット上で編み、第2句集とした。タイトルを『繭の坂』としたのは、蝶やモスラにならず繭のまま坂をゆるやかに転げ落ちるのをイメージした。
――2014年4月
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かつて“高齢予備軍”の遊びとして発足した「神戸RANDOM句会」は、宴会は昼の部となったものの今も続いており、“後期・末期高齢者”の集まりとなった。
当第2句集も60代の句を再吟味し、新たに70代の句を加え、計1700句から190句を集め、増補改訂版とした。
弔句など記録性や作品の出来よりも軽みや俳味に重点を置いて選句し、また前書きは省略した。
――2018年12月
中作清臣 1941年1月、兵庫県生まれ。1990年から句作。1995年からネット句会に参加。2001年1月、句集『水の家』(ふらんす堂、ISBN:4894023819)。
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句集 MAYU NO SAKA
繭の坂 増補改訂版
著者:中作清臣
Illustration:Junya Daisaku
2014年4月1日初版
2018年12月31日増補改訂版
発行 KOBE@RANDOM
naka.kobe@nifty.com
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