それはついさっきまでの話

これまで大事にしてきたものも
「今」ちがうならポイしていく。
そんな軽やかな決意です。

30年の翻訳

2019-01-03 14:47:41 | 組織
未来予想図〜惰性的願望〜の続きになります

いやー人生悩みますよね
カラーテレビ、車、クーラー買えば幸せ!っていう時代じゃないし、
勤め上げて、子供大学行かせりゃ幸せ!っていう時代でもないし。
悩んで当然です。

数ある悩みの中で、
就職活動というのは22、23年の人生選択の中ですごく、考えさせられるものだと思います。だからいろんな人に相談もします。

OB訪問しても
「まあ、良し悪しあるよね。結局は自分がなにやりたいかだよ。」っていう真理を聞くことがほとんどじゃないでしょうか。
OBからしたらそれしか言えないですよね。究極的には。

だからこそ、親にもアドバイスを求めたくなるし、親もアドバイスしたくなります。かわいい自分の子供ですもんね。



さて、ここで考えたいことが二つ。
親が就職活動をしたのは30年前ということです。
要注意ポイント①
「時代は変わる」

そしてもう一つ。就職活動し、30年経ち、子供に伝えたいことはよっぽど「正しい」ことである可能性も高いです。
要注意ポイント②
「変わらないものもある」


さて、一見矛盾する二つを両立するために必要な心構えは何でしょうか。

それが30年の翻訳だと思います。

お正月に親戚一同が集まる機会がありましたが、
29歳の従兄弟がこのあとスポーツの応援に行くいいました。
聞いてみると前職のスポーツチームががんばっているようで顔を出しに行きたいとのこと。

そこで祖母(84歳)が
「あんた差し入れは持っていくんでしょうね。買う時間がないなら、何でもいいから持ってきなさい。ほらここにどら焼きがあるから。何人なの?!・・・・」
従兄弟「あ、ああ、ありがとう。でも個数足りないから・・・」

時間も来てしまい、「ただの木村家のお菓子」を従兄弟は持って行きました。「差し入れ」としてはお粗末だし、個数足りてないのに、従兄弟が渡したかはわかりません。

祖母曰く
「前職の人たちと付き合い続けることはとても大事。だから自分が顔を見せに行ったことをちゃんと示さないと。そういうことがわからないのかね最近の子は・・・」

ここで必要なのは60年分の翻訳です。
60年先輩の祖母がいうことは人生哲学上極めて重要なことだと思います。が、時代も変わっているわけです。
あげたくもない、欲しくもない差し入れがどこまで意味をなすのでしょうか

祖母が伝えたかった人生の教訓と60年の翻訳をしたのがこちらです。

教訓
前職の人ともひとづきあいをすることは大事。

これはその通りですね。翻訳する必要もない気もします。

ただ、次はどうでしょうか

教訓
自分が顔を出したことを相手にわかるようにする。差し入れをしなさい

意味はわかります。せっかく顔を出したんだから、それを知ってもらうことは双方にとって気分がいいですよね。

では差し入れしなきゃいけないんでしょうか。
手紙の時代を生きた祖母にはSNSはわかりません。

SNSで関係者をタグ付けし、
心のこもった感想を投稿する。


自分があげたくもない差し入れをするよりいいと思いませんか。


教訓
夢を追いかけるっていうけど家族を守るためにお金は本当に大事。
だから仕事は嫌でもやるもんなの。

これまた、
自分の大切なものを守る。
ということはすごく共感です。


これからは楽しむことが仕事になるかもしれません
嫌なことをやっていては仕事にならず大切なものを守れないかもしれません。





親や、年上の方からアドバイスをもらうことはあると思います。
その時に
時代なんて変わるんだから古いこと言ってんじゃねえよ。では
人類は進化できません。

そのまま聞いてしまっても時代錯誤なことをしてしまいます。


30年の翻訳
この姿勢を身につけることで
年長者をリスペクトし、自分を幸せにすることができる気がします。









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未来予図〜惰性的願望〜

2019-01-02 09:36:52 | 組織
興味深い記事が
ワープロがいずれなくなるかという質問に30年前のメーカー各社はどう答えた
30年前、
ワープロがなくなることを関係者一同予想できなかったという話

30年後の予想なんて無理でしょ!
って思いません?
だれも当時の東芝、NEC、キャノン、松下電器、富士通が予想できなかっことを責めませんよね

そう。30年後なんてわからないんですよね。

だけど
30年後はわからないのに
30年後も今の予想範囲内の延長線上にあると思って生きるのもこれまた人間。

予想はできない。でも
「惰性的願望」の望遠鏡で未来を見てる人が実に多い気がします。
まあ、資格取っておくか
まあ、会社勤めて仕事スキルつけるか
まあ、自分の人生で何したいか問いを立てるのめんどくさいし、やめにしておこうか。


出典◯◯年後に死ぬか

たとえばですけど
現在25歳のぼくは30年後には4%の確率で死んでます。
高くないけど、25人中1人ですからね。
なんていうか。
後悔しない人生を生きたいです笑

人生選択に話を戻すと
親の仕事観で働いてもしゃーないし、
これからやる仕事はぼくらが現役のうちになくなる可能性あるよ。
30年前だし、30年後の話だもん。
そら変わるよ。

今やってることが30年後役に立ってると思っちゃう。思いたい。
それが
惰性的願望。
です。


変われることって改めて本当にすごい力だと思います。



30年の翻訳
に続きます
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正義じゃ変わらない〜I do because I want〜

2018-11-03 23:16:18 | イキル


社会起業家、change maker という人たちは
自分の内発的動機、絶対人生で成し遂げたいことがある人たちというイメージがあります。

ただ、思いました。

その人達の言動、行動、在り方は
“一般”の人を遠ざけるのだと

「こんなに問題があふれているんだ。それを問題だと思わないなんてどうかしている!」
そういったメッセージを感じてしまう時があります。

そのため”一般”の人はそれを無意識/意識的に遠ざける
そして、遠ざかっている現状に理由をつける
・ボランティアでやるなんてようやるよね。
・私にはできない。
→ようやるわ。
→I can’t

I don’t because I can’t
I don’t because they and I are different
につながるのです。

先日のCMDで3つのNPOの代表が集いました。
究極的に自分がやりたいからやっている。
I do, because I want
だったのです。

これでいい。

正義を振りかざす人たちは
これじゃあ、世界は変わらない
レバレッジポイントに注力しないと!とか言うけれど、

うーん

それは終わってみて、レバレッジポイントだったよねという話であって。
んなもん、結果論なわけで
やる前は仮説に過ぎないわけです。

その施策が効果を発揮するかもわからないし
そもそもそこがレバレッジポイントかもわからない


んなことより、
I do because I want で進んだ方がいい。
ストーリーが大切とはよく聞きますが、根底にある気持ちはすごくシンプルでよい。
社会の意識を変えたい!〜で〜だから、〜をやるんだ!とか究極なくていい。
あなたの生き方をみて、周りが影響を受けるかもしれない。
そしたら連鎖するかもしれない。



それでいい。まず、それでいいんだ。という気持ちになれると
優しくなれると思います。
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想像力と微力感

2018-10-29 16:45:08 | 思想
Change Makers Day(半年に一回CMSP関係者が集まるイベント)やってきました!今回は会場内に100人弱が集まるという最大規模のものでした。

90分のトークセッションに
NPO法人ソコアゲ 斉藤祐輔(ゆっけさん)
NPO法人コモンビート安達亮(りょうさん)
NPO法人SET三井俊介(三井さん)
をお招きし、Visionに生きるとは。について話しました。





会場からは
「自分らしく生きるとか難しい」という声が会場からありました。
実際「やりたいこと」を見つけるって難しいような気がしますよね。
すごく共感できるこの声と、トークセッションの話が僕の中では繋がったので書いておきます。



僕的に一番印象に残っているのが
想像力の話。
例えば、どの銀行にお金を預けるか今まで頓着しなかったけど、預けられたお金がいったい何に使われているかを想像することで自分の行動は変えることができる。安いからと言って買ったコーヒー豆、洋服。もしかしたら海外での児童労働の産物かもしれません。一方僕らは良いと思った記事をシェアすることで世の中に訴えかけることもできます
これだけ世界が繋がっている今、ちょっと想像を働かすだけで僕らの日常は世界の裏側につながります。


さて、この話から僕が思い出した言葉があります
それは

「私たちは微力だが無力ではない」という言葉でした。
(長崎の高校生平和大使のスピーチに出てくるそうです)
僕らは実際にあなたと社会と世界と接続している。影響しあえる。
でもすごく見えづらい。ただそれだけ。
そこに必要なのは想像力。その想像力さえあれば、無力じゃない。ことに気づけると思います。
これを「横の想像」。とします。



さあ、無力じゃない自分がいます。
すると
未来を想像したくなりませんか?
逆に、自分を無力だと思っている人は未来を想像しないと思いませんか?
だって、想像したところでできない未来しか浮かばない。想像することが楽しくないからです。



子供の頃。ぼくらは自分が思っているより微力なことを知りませんでした。
だから、なんでも想像、空想ができました。
学年中の女子から告白されちゃったら
運動会で僕のおかげで大逆転勝利とかいかすじゃん
クラスの男子いっぺんに喧嘩して圧勝しちゃうんじゃないか
プロ野球選手になってるんだろうな。
恥ずかしいですが、ふつーにこんなこと考えてました。
でも気づきます。案外自分はたいしたことないのです。


今、どうでしょう。僕らは自分が思っているよりも微力なことを知りません。
自分の人生の想像が、妄想、空想が始まらないのです。
仮にあったとしてもそれは未来を考えて見てるだけ。
誰かの、みんなの、「予想」を見て、自分もこうなるんだろうな〜って思ってるだけです。
でも、気づきましょう。案外僕らは無力じゃないのです。
これは「縦(未来)の想像」と言えるのじゃないでしょうか



想像するのは自由。それこそ自由に想像していいのです

横の想像をしてみる
自分が無力じゃないこと自覚をする
すると縦の想像ができるようになる


想像を阻む無力感を微力感に変えてみる。
ただそれだけなのかもしれません。

ですし、CMSPというプログラムで、SETという場所で、自分と周囲(横)を、自分の人生(縦)を想像することを楽しいと思える人を生み出していきたいと改めて思いました。


CMSPは次の半年間でいよいよ広田町全地区での実施となります!


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想像越えマネジメント②〜狙うには〜

2018-10-24 11:54:02 | 組織


想像越えマネジメント①続きになっています)
では想像を超えるにはどうしたらいいのでしょうか。

大前提:定型の答え、やり方がないことを自覚すること。
半信半疑、情熱と柔軟性。が重要です。
一回目の成功要因を分析し、二回目に生かそうとした。が
それを盲信してしまった。信じ、情熱を注ぎまくったのです。
二回目のぼくはきっと、プロジェクトが走り始めないとわからない様々な雰囲気、機微、サインを見落とし続けたのでしょう。

その大前提がある中で
僕がすべきだと思うことは
①種を蒔き続けること
②雰囲気をみんなとつくること

です。

この施策がクリーンヒットするなんてわからない。が、
今回咲かないかもしれない未来への種を諦めずに蒔き続けることでしょう。
施策というほど厳かじゃないものかもしれません
伝えるメッセージだったり、とるコミュニケーションだったり、勉強かもしれません。

②想像を超えるがウェルカムである雰囲気をみんなでつくること
「意図をもって」あるいは「なんでかしらんが、感覚的に」計画と違うことをすること。
逆算、直線の世界とは違った見方、行動することをウェルカムすることです。


例えばもう一度チームの力を信じてみる


①、②の中で、人、チームにスイッチが入っていく。
その時に生まれる力ってすごいし、
その体験をみんなでもつことは本当に一人一人の人生にとって意味があることです。

想像を超えるをマネジメントする。
マネジメントという逆算的、直線的思考ではありません。
期待と想定をして、種を蒔きつづけ、最高な雰囲気で実践すること。
すると確率が上がっていき、振り返った時に「マネジメントしていた」ということになるのでしょう

可能性を信じていたい。あっと驚く何かを掴む瞬間をぼくは仲間と作り続けたい
半年前にできなかったあり方としての問いを今なら持てます。
ただ、信じすぎてはいけない。情熱&柔軟性(´▽`)



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