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【初回限定生産】『ブレードランナー』製作25周年記念 アルティメット・コレクターズ・エディション(5枚組み)

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 オレンジ色の空をバックに、近未来のロサンゼルスの街が眼前に広がる。中でもひときわ高く聳えるタイレル本社・・・。
 この冒頭シーン、ファンにはたまらない。よく言われることだが、CGのない時代によくもまあ作りこんだものだと感心する。「攻殻機動隊」をはじめ、影響を受けた映画は多い。
 日本人のファンが多いのも、当時のハリウッドには珍しかった「日本」をちりばめたせいか。あの「強力わかもと」の広告はインパクトあるよね(^^;

 ファンによってさまざまな解釈がされ、あちこちで議論されている。というか議論を楽しむのがファン。デッカードが屋台で「4つくれ」と言ったのに「2つで十分ですよ」と返すオヤジ。何が「2つ」なのか?とか。

 レプリカント(有機アンドロイド)のロイが、最後デッカードを助けて寿命の尽きる場面。
 デッカードの独白では「命を大切にしたかったのだろう。たとえ、それが敵の命でも」となっているが、少々掘り下げが足りない気がする。
 おそらく、あの段階のロイには人間以上に豊かな情緒が芽生え、例えば日本的な「もののあはれ」のような情緒まで理解していたのではないか、と解釈したい。
 白か黒かの二分法ではなく、その間の灰色の部分に事象を置いて眺める。そんな心境に至ったからこそ、デッカードを「生かすか殺すか」ではなく、生かすことによって悔い改める感情(ブレードランナーを職業として選んだことの反芻とか)の芽生えを期待したり、自分たちがデッカードの記憶の中で生き続けていったり・・・やはり「何か」を残したかったのだと思う。

 今回、「アンドロイドは電気羊の夢を見るか」を読んでから見直した。この映画は小説の持つ豊饒さの一部を切り取り、わかり易い形で視聴者に提供した。だから成功したのだと実感。やはり映像として鑑賞する以上、「ブレードランナーがレプリカントを狩る」というわかり易いストーリーと映像美は皆が期待するだろう。
 小説と映画の違いをおもな登場人物についてピックアップしてみる。
 ・デッカード
 【小説】妻帯者。本物の動物を買う(飼う)ために賞金稼ぎをしている。
 【映画】独身。腕利きのブレードランナーだがこれといった人生の希望はない。
 ・レイチェル(レプリカント)
 【小説】4年の寿命。デッカードにひどい仕打ちをして本社(小説では協会)に戻る。
 【映画】寿命に制限なし。デッカードとともに暮らすことになる。
 ・ロイ(レプリカント)
 【小説】レプリカントのリーダー。最後までデッカードを苦しめ、課題を与えて生かす。
 【映画】レプリカントのリーダー。死にざまはあっけなく、デッカードに残した印象は特にない。

 こうしてみると、映画の方が多くの人たちに受け入れられそうな設定になっているのが分かる。ただ、小説のラストも味わい深いので『ブレードランナー』ファンならば小説を読んでみるのもいいかもしれない。



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