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JR北海道、不作為と甘えの果ての不祥事

2014-02-03 10:32:55 | 世の中
2014年2月3日日経新聞より

なれ合いの果ての組織の結末ですね。
課題に気づいていても なにも対処しなかった組織のメンバー!!
ごまかし ごまかしで やり続けることが いまだに日本で可能なんですね。

本当の意味での 民営化は程遠いような気がします。
国土交通省の管理体制にも問題があったのでは・・・・・・・


『JR北海道、不作為と甘えの果ての不祥事(ルポ迫真) 』

 1月24日午後1時、東京・霞が関の国土交通省。北海道旅客鉄道(JR北海道)社長の野島誠(57)は鉄道局長の滝口敬二(58)からJR会社法に基づく初の監督命令など処分を受け、深々と頭を下げた。その30分後、札幌の本社では肝心の社長が不在のまま、定例の取締役会が始まった。


 会長の小池明夫(67)が議事を進行、行政処分と社内調査結果が淡々と伝えられる。「現場の処分が上に比べ厳しすぎる」との意見も出たが、議論は深まらない。データ改ざんなど想像を絶する実態が明らかとなったが、再生への第一歩はいつもと変わらず1時間ほどであっさり終わった。

 1月10日から2週間、社内は混乱を極めた。野島が持病の検査で突如入院。昨年6月の就任後2度目だ。15日に自宅に戻ると常務の小山俊幸(56)から携帯電話が鳴った。「坂本真一相談役の行方が分かりません」。2代目社長で昨秋まで取締役会に出席していた実力者は余市港で自殺とみられる遺体で見つかった。

 21日に国交省から監督命令の通知を受け、午後に保線担当部署の7割超で改ざんがあったとの社内調査を公表、5人を解雇した。「2度とこのような事態を発生させません」。記者会見で従来と同じ言葉を繰り返す野島に力強さは乏しかった。

 会社と4つの労組が初めて一堂に会した昨年12月20日。社員の8割強を握るJR総連系の北海道旅客鉄道労働組合(JR北海道労組)委員長の鎌田寛司(56)は「改ざんは国鉄時代からあった」と発言。一瞬、沈黙が流れた。最近、組合員から聞いて知ったという。

 「現場で実態報告書を改ざんしているのではないか。我々は報告を受けている」。分割民営化から4年後の1991年、本社の一室で少数派の労組が指摘していた。会社側は「絶対にありえないと思うが調査する」と答えたが結局、都合の悪い情報には耳を閉ざした。

 「修繕を決める技術的な管理基準がない。予算のあるなしで決まっている」。10年ほど前に役員からも問題提起があったことを示す資料がある。だが抜本的な対策が講じられることはなかった。

 人口密度の低い北海道には赤字路線が多い。JR北海道は87年に「JRのなかで最も経営環境が厳しい」と言われ発足した。2万8千人いた社員は民営化で半減。現在はさらに半分まで減った。

 人減らしや予算圧縮に主要労組は反発せず、なれ合いを選んだ。会社が主要労組を優遇し他に不利益な人事をしたとして、不当労働行為が認定されたこともある。その後も労使交渉は緊張感を取り戻せない。「あの人に話は通っているのか」。主要労組は技術系トップとして鉄道事業を長く掌握した当時の役員との太いパイプを盾にした。

 乗客78人が負傷した2011年の石勝線トンネルでの脱線火災事故後、社長(当時)の中島尚俊が自殺し小樽市沖で遺体が見つかった。「中島さんは4労組を等しく扱い正常な緊張関係を目指していた」。周囲が漏らす改革の動きも小池が社長に復帰後、影を潜めた。

 「上場は改めて考えましょう」。JR北海道の取締役は00年秋、国交省の幹部からこう告げられた。東日本、西日本、東海のJR本州3社は90年代に株式を上場。九州、北海道、四国の各社も上場を目指していた。北海道は収益面で自立のメドが立たず、事実上の断念通告だった。

 「何を目指せばいいのか」。目標を失った経営陣と人員減を言い訳に安全意識がまひした現場。労使関係は民営化直後の緊張を失う。経営側は「現場任せだった」(野島)。現場には不干渉の下で乗客無視の手抜きが広がる。不作為と甘えの果てに問題が噴き出した。

 昨年9月、ミスを隠すため運転士(33)が回送列車の自動停止装置(ATS)を故意に壊した。懲戒処分は出勤停止15日。世間とかけ離れた処分の甘さに経営陣は国会などで批判を受け、1月23日にようやく北海道警に器物損壊容疑で告訴。30日に逮捕された。

 「改ざんは当たり前のことですか」。国交省の監査員に聞かれた保線担当の50歳代の職員は悔しさをかみ殺した。その思いは本当に再生に向かうのだろうか。(敬称略)